27 残品
何かは起こったのだろう。何かが起こったには決まっている。しかしまたこうして陽は昇り、地の
夜を徹して徒歩で帰宅した客たちも多かったらしいと、スタッフたちから
わたしらも帰ろう、と誰にともなく言う。
ああ。避難所からはもう出たのか。私も間もなく戻る。と、Aminadabの門下生たちと通話しているのであろうアーイシャの声を隣に聞きつつ、えっ、と彼女らしくもない
生命維持装置の計器が、すべてゼロの数値を指し示している。その内部に安置された
で、それ、は……
君たちのせいじゃない。ひとまずは沐浴を済ませたまえ。あと二回の礼拝はいつもどおり行う。と、周章の色を隠せない門下生たちをアーイシャは
呆然として端末を下ろす私に、なに……と
二台の救急車が引き上げていく。マキの遺骸は故郷の青森県弘前市に搬送し、遺族の手によって火葬場に引き継ぐ段取りがついた。
続けるかどうかは、と、二階の共用キッチン前に集まった全員に対して
慄えは、もうおさまった。Defiantの部屋に入るとともに、小声で訊いてみる。ああ、まだちょっとあるけどね……イネスは苦笑しながら返す。もし余震が不安なら、一階で寝泊りしてもいいから。と言うと、いや、揺れても一階にいればマシってわけじゃないっしょ? と笑われ、確かにそうか、とくに震災慣れしていない地域出身の人にとっては、と遅れて納得しているところに、それに、一階にはもう行けないよ……ずっとあいつがいるんだろ。と継がれ、私も黙り込んでしまう。そう、マキの遺骸がなくなった救護室で、ずっとシーラが喪に服しているのだ。
でもまあ、私とイネスはやるつもりだよ。と脇にゾフィアが
ほんっとうんざりだよ、この国には。言いながら掌中のスマートフォンの画面を指し示す。ひっきりなしに書いてるよ、こいつら。こんなん面白いと思ってんのかよ。
あたし、
この子、こんなに外向的な子だったか。と、一言も返せず黙り込むこちらへ、そして、このことは、
一階の、観葉植物と自販機がある一隅。そこに卓球台がある。でもヤスミンはいない。どうしてだろう。いや、聞いた、その理由はさっき聞いたけど。でもどうしてかな、どうしてあたしには一言も。両掌を卓球台の
なんの音だ、と思って救護室を出たところに、
まずいことしたわね。と、機内モードを解除してすぐに着信が通じた
信義区、竹林電脳、の本社。自分が生まれ育った場所なのに、今では他所のように感じられる。エントランスを抜けると、あの、ゲストの方ですか、こちらにご用件とお名前を。と受付の女性に言われる。そっか、私が発ってから雇われた人か。苦笑しながらパスポートを提示すると、あっ、大変失礼しましたっ。と恐縮しながら引っ込んでいった。
沈黙。
えっ、と、どういうこと。父さんと母さんの顔を見比べながら問う。藝術振興のための出資を行っている団体は、もちろんこの国にもいっぱいあるわ。父さんも知っている限り連絡をとってみた。でも……今度は母さんが黙り、この類の出資を行うにあたっては、国ごとの等級が定められているんだ……つまり、投資したところで相応の成果物を
沈黙。
三等、国。ああ。去年だったかな、日本で開催されたトリエンナーレがあったろう。えっと……あの、放火予告で中止だ続行だとか話題になってた。そう。あの一件をめぐる、とくに日本のアーティスト側の言論が問題になってね……つまり、表現の自由のために公費を出すこと自体を嘲笑するような文言が多数見られた。あの事件が決定的となり、日本には藝術を産み育てる意志もなく、そもそも藝術家たちは表現の自由を手放してもいいと考えているらしい、そんな国に金を出してもしょうがないということで、一斉に財団からの支援が打ち切られたんだ。この評価は、よっぽどのことがないかぎり覆らないのではないか、と思う……
藝術に、等級があるなんてね。頭の中でなんとか整理をつけながら、呻くように言う。ああ……こればかりは、金の問題だから仕方ないんだ。じゃあ、私はもう、交渉すらさせてもらえないってこと。こちらからも言ってみたのだよ、日本のみならず世界規模で開催される音楽イベントの一環だからと……しかしどの財団も、開催地が日本である時点で拒絶の意を示した。それくらい……もう、諦められてるってことだ。諦められてる、か。そうだ、薄々気付いてはいた。
手持ち無沙汰の
一階で待ってるから。という
カン、カン、と、向かいのテーブルに着いている姿を遅れて眺める。ヤスミン。サーブはもらうよ、とも言わず、ペンホルダーのラケットを握り、ピンポン球を打ち放つ。シェイクハンドのラケット、ビニールテープの下の軋りを指で感じながら打ち返す。カン、カコ、なんでだよ。カン、カコ、なんで、なんでさヤスミン。カン、カコ、なんで……黙ってラリーを続けるうちに、なにかがあたしの堰を切った。カンッ、とスマッシュをヤスミンの胸めがけて打つ。パシュッ、と掌で受け止められる音。なんで黙って行ったんだ!! 気付けば叫んでいた、その
延べられた掌を、左手で握り、もう片方の右手を拳にする。ごつっ、と目の前の身体が立てる音を聞く。ごつっ、と二発目を耐える呼気が耳元を掠める。ごつっ、と三発目をねじ込んだ、瞬間、こっちが耐えられなくなり、両腕で抱きしめる。ヤスミン。ごめん、
いなくならないよ。
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