21 Hardcore Peace
今までの全部なんだったんだよ!?
観客のざわめきが、徐々に壇上の参加者たちの意向を窺う質のものに変異してきた。のを察したのか、それでいいよなシーラ、前回までの暫定一位として? と名指しで差し向けるイネス。呼ばれた側は、数秒間嘆かわしげに沈黙したのち、いや、やっぱ納得いかんぞ……勝っといてなんだその変更は。とオンマイクの低い声で述べた。だって、最後くらいは全員にチャンスが与えられるべきじゃん。とイネスは一言だけ返し、シーラはこれ以上継ぐ言葉もないのか、しばらく口をもごつかせ、溜息とともにマイクを下ろした。一方で、ふざけないで、本当にこのままロンドン公演を迎える気!? Defiantから一方的に恩賜を与えられたような
てなわけでー、本当に次のロンドン公演で終わりだからな! あとそうだ、当日はいつもよりだいぶ早い開演時間だから、
ってわけなんだよ、ひどいだろ? 艦長室のテーブルにもたれかかり、マキの口端から逃げる煙を眺める。まあ良かったじゃないか、後腐れなく勝負できるってことだろう。そうだけどさ、今までずーっとあたしらが勝ってたのに。エディンバラ、マンチェスター、さらにダブリンであたしと
おひさしぶりいー! と、背後から
ところでグランドマスター。マキは微笑を崩さず、本日はどのようなご用件で。と事務的に言う。ああそれねえ、もちろんχορόςのフィナーレに際しての連絡事項をいくつか……あと、終わってからのこともね……いつもの調子からビジネスの態度に切り替わったのを察して、じゃあ、あたし、出とこうか。と起立する。うん、そうね、気ぃ遣わせちゃってごめんねえ。と
しかし、終わってからのこと、か。ずっと続くかと思ってたけど、そういうわけにもいかないよな。また、マキと離ればなれになっちゃうのかな。仕方ない、Peterlooの仕事があるんだから……でも、できることなら、ずっと一緒にいたい。
xxISRBxx の発言:
でしょー、まさかあたしらが what’s in my bag の取材受けるなんて( *ˊᵕˋ)✩‧₊˚
ccBASS の発言:
もともとアメリカのレコード屋の企画でしょう。アメーバレコード、だっけ?
xxISRBxx の発言:
今じゃいろんなレコード屋で有名人が来店したら動画撮らせてもらってるみたい。で、あたしらも今回ロンドンのラフトレードで(๑ᴖᴗᴖ๑)
ccBASS の発言:
イリチもすっかり有名人だね (^ ^ )
どんなレコードを選んだの?
xxISRBxx の発言:
最近好きなのでアンダーソン・パークとか、ルーツとしてもちろんヘイゼルいたころのファンカデリックとか、あとジェフ・ベックとヤン・ハマーのやつとか
ccBASS の発言:
Scatterbrainがすごく速いやつ。
xxISRBxx の発言:
そうそう!あれ高校の頃がんばってコピーした( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )
ライブ版とは違うけどスタジオ版のストリングスのアレンジも最高すよねーって言ったら、動画回してる人うんうんって頷いてた(๑˃̵ᴗ˂̵)
ccBASS の発言:
英国っぽいね (^ ^ )
xxISRBxx の発言:
でしょー。ちぬんにもおみやげいっぱい買ってきたから( *ˊᵕˋ)✩‧₊˚
ウェザー・リポートのよさそうなブートとか
ccBASS の発言:
ありがとう (^ ^ )
でも、東京で会えるならわざわざ送ってくれなくても大丈夫だよ。帰国したら会えるかな?
xxISRBxx の発言:
今のうちにねえさんに今後の予定きいとこうかな
ちょっと待ってて( ・ᴗ・ )
ccBASS の発言:
うん、九三さんと測さんにもよろしくね。
端末をオフにし、テーブルに置かれたマグカップを持ち上げる。ロンドン塔だけは見たくないから毎日塔の中で昼食摂ってた、ってやつ誰だっけ? とねえさん。モーパッサン、について書かれたバルトの随筆ね、エッフェル塔の間違いでしょう。とはかるん。あ、フランスだったか。なんかわかるよねー観光名所すぎてうざいっていうかさ、東京住んでたら東京タワーもそんな感じなのかな。いや、何処にいても見えるほど大きくないから。そうなん漁火ちゃん? はい、実際しょぼくれてるすよ。なんで塔ばっか建てるんだろね、雷避けかな。違うと思うけど。ジョイスってすごい雷嫌いだったんだってね。と、このままだといつもの調子で延々と脱線しちゃいそうだから、あの、ねえさん。とこっちから切り出してみる。なに。今ちぬんと連絡取ってたんすけど、あたしら全部終わったら東京帰ります? んー、そうだね、どうせ成田でも羽田でも関東に着くだろうし。いや、空路で帰るとは限らないよ。Yonahってもとは日本の船でしょう、返すとなればまた博多に戻るのかも。あっその線もあるか、忘れてた。漁火ちゃんは一度帰りたい? はい、とりあえずスタジオの人らに挨拶して、そのあとちぬんにも会おうかなって。私とイリチは東京に用があるけど、あなたはそうでもないからね。だね、帰ったら
しかし、と言いながらはかるんはコーヒーをひとくち。あなたも随分打ち解けたね、あの船員と。なに、
でも実際さ、とねえさんが頭の後ろで腕を組む。なに。これ全部終わっちゃったら、離ればなれなんだよね……Shamerockとも、
と言われて、はかるんはコーヒーカップから手を離し、椅子に深く腰掛け、大きく胸を反らす。妹みたいに、じゃない。妹だと思ってる。なんだか、笑うとも嘆くともつかない顔。でしょ、アイルランドは
ってわけで期待しててよ
ふう。あと三日、か。さすがにもう新曲
仕方ない、すべきことをしなきゃ。当日のステージセットの確認しとこう、リハで怯える羽目にならないように。しかし、ウェンブリー・アリーナ……あんなに広い会場で私たち二人がパフォーマンスするって考えただけで……どうしようステージに立って全部飛んじゃったら、振付も歌詞も……あ、着信。
分け与えた……そうかなあ。何そのだらしない返事、あたしが言うんだから自信持ちなさいよ。いやあ、でも……うん、そうなのかな。そ、う、なの。でね、あたしたちが式を挙げるときは、あんたにベストウーマンの役を頼みたいと思って。とこちらの気遅れをよそに
そう、か。そうよ。強いなあ
JFK
と大書された紙をイネスが自慢げに掲げるので、えっと……なんの略。と問う。イネスは紙を裏返し、下部の余白に何か書き込んでいる。「Just For funK」! 誇らしげに読み上げる顔を前にしてミッシーもあたしも苦笑する。「funK」ってなんだよ。いいじゃん、アメリカとアイルランドの折衷って意味では、なかなかのネーミングだと思うよ? え。ああ、そういう……いや、ちょっと待てよ。じゃあそれロナルド・レーガンでもいいんじゃ……とあたしが漏らすと、ちょっとちょっとお、それはイヤじゃん、レーガンイヤじゃんー。とイネスが右手を押し付けて遮る。
まあユニット名はそれでいいが、曲はどうするんだ? 簡単だよ、ミッシーと
お待たせ。制作ブースのドアを開けると、DAW画面上には各種パラメータが整然と映し出されていた。おう
……これは……どう。いえ、この曲、私は初めにキーボード録ったきりだけど……ここまでのものになるとは。と言葉を詰まらせると、でしょ。とイリチが笑う。完全にネクストレベルに行ったんじゃないかな、作曲でもラップでも……まず、これだけ長大なギターイントロがある時点で実験だもんなー、Eric B. & Rakim の『Put Your Hands Together』のギター版みたいな。ああ確かに、その感じね……最初はリフしかなかったはずだけど、このイントロはイリチが付け加えたの。と訊くと、そうすよ、もっとゴージャスにしたいーと思って。
じゃあ、と改めてDAW画面を眺める。音源は完成したってことだから、あとはこれを演れるようにしないとね。あと二日かー。正確にはもう午後だから、一日と一〇時間ちょとすね。うわーいよいよって感じだな……今すぐトラックダウンすればマスタリングは間に合うと思うけど。音源出すタイミングどうしよ、前日? それとも開演数時間前? スケジュール的に考えても、出番直前に発表すべきじゃないかな。会場の客たちはいきなり新曲で始まったことに驚いて、配信で見てるファンたちは音源が既に発表されてることに驚く。ん、それが一番いいね。じゃマスタリング終わったら
それがお前の選んだ相手か。と、初対面でいきなり指示語で呼ばれたことに憤る気にもなれなかった。目の前の、背は低くても雅量と冷徹を兼ね備えた雰囲気の老嬢を前にして、私自身も少なからず気遅れしていたからかもしれない。前々から話は聞いていたけど、こうして対面するのは初めて。エファ・エプスタイン、ウェンダのお婆様。
はい、彼女が私の「王」です。と毅然として返すウェンダの横顔を茫と眺める。「王」、ね。お前が決めた相手なら、もう婆が言うことは何もない。見せておくれよ、ウェンダ。仕立屋としての半生をかけて
ウェンダ。なんだい。あなた、「私を壊すに値する」とか言っていたけど……言ったよ。わかるだろうリズ、真の藝術家は、自らが生み出したものによって圧倒されなくてはならない。まさかあなた、この公演のあと死ぬ気じゃないでしょうね……馬鹿を言うな、そんな三文芝居に興ずるものか。単にこういうことだ、リズ。このウェンブリーで、Innuendoは死に、そして生まれ変わる。私も君も、どちらもね。それって……ふふっ、今までずっと起こってきたことじゃない。エディンバラでもマンチェスターでも、いったい何度殺されてきたか……ふっ、そういうことだ。ではリズ、今回も相変わらず始めよう。私と君どちらも、途中で弱音を吐いたら地獄落ちだぞ。地獄なら何度も落ちたわよ、そしてそのたび揚がっていった。私たちにはもう上も下もないわ。では、その円形の地獄めぐりをこそ。ええ、見せつけるとしましょう。
“Let us go then, you and I, When the evening is spread out against the sky.
Like a patient etherized upon a table;
Let us go and make our visit.”
大したことなんだよ、世界にこれだけ多くのものが存在するってことは。ってあなたは言ったけどさ、
幸か不幸か、この世界では通じることになってる、わたしらの母国語が。最初の予選でANDYOURSONGとやったときとは違って、今や英語で話さなくても大抵の人には通じる。それってすごく気持ち悪いけど、でも使うしかない。生まれ持ったものを使うしかないんだ。英語圏の人もこんな感じなのかな、世界中のほとんどで母国語が通じてしまう気持ち悪さ、みたいな。ははっ、じゃあロンドン。今回はわたしたちからやらせてもらうぞ。
今、今ここに集まってるやつら全員が、何を、誰を、何処を、どういうふうに愛してるか──そんなことはどうでもいい。みんなそれぞれ持ってるんだろう、愛すべき人を、物を、祖国を。まず、ひとつだけ言わせてくれ。その愛はお前を救いもするし、壊しもする。愛は一筋縄じゃいかない。お前はその愛で誰かを救い、自身救われもするだろう。しかし同時に壊し、壊されもするだろう。人への、物への、祖国への、盲目の愛によって。今じゃそこらじゅうに溢れてる、手前勝手にのたうちまわり、喘ぐだけの愛が。
だからって、わたしは愛することをやめろなんて言わない。
逆だ。愛で、愛で闘え。
愛のために、ではなく、愛で闘え。お前自身を救い、壊しもする、その愛で闘え。もっと良い愛、次に来る人々への愛で。勝ち負けなんてそんなもん、後に来るやつらが勝手に決めんだよ。前に打ち倒されたやつらの武器を、後に来たやつらが新たに鍛え直して、今のとこ優勢であるやつらを打ち倒す。そうして打ち倒されたやつらの武器がまた他のやつらに拾われて……っていうのが、永遠に続く。人類が滅びない限り、どの土地でも、どの島でも、どの国でも、どの時空でも。勝ったり負けたり勝ち直したりがずーっと続く。
なんの問題がある?
なんの問題もねえな。
Wassup Wembley? わたしたちは今夜、愛を教えにきた。言語とか人種とか世代とか、そんなのは全部どうでもいい。愛が闘う場所に上がる覚悟があるのなら、全員まとめて面倒見てやる。愛する人がいる? 愛する物がある? 愛する国がある? ならオーケー、リングに上がりな。でも、これだけは言わせてもらう。お前らが何をどういう風に愛していようと、わたしらの愛が一番強い。それは音楽、だけじゃない、この世界を埋め尽くす全ての音への愛だ。
わたしらの名は『93』。愛と音楽で
それではあー、もう発表するしかないわねえー。メキシコから始まってロンドンに到った今回のχορός、優勝の栄冠に輝くのは──
なーんとお! 最後の最後で大逆転! 紳士淑女の皆さぁん、あんたがたが選んだのは、レペゼンジャパン、93の三人よお!
それでは、93の三人、こちらへー! と促され、アリーナ中央の花道に照明が灯る。えっ、と気遅れする私たちの背中を、ほら行ってきな、と
さて優勝したからにはあー、Dyslexiconがお望みのことをなんでも叶えちゃうわけだけどお、どうするう、なにお願いしちゃう? と再びマイクが向けられる。えっ、そんなのあったんですか? と
まったく、あんな勝たれ方をするなんて。もちろんイネスが言った通り、あんなのはただの一発勝負。実力よりも運とタイミングがものを言う、そういう鉄火場。しかし前回の優勝者がクロージングセレモニーの挨拶なんて、ほとんど辱めでは。でもいい、どうでもいい。形式的なことは形式的に終えるしかないのだから。これもまた女王陛下の務め、不本意ながらね。
さあ、最後だよリズ。ウェンダに背中を押される。黙して頷き、スポットライトが照らす通路を遠望し、ステージ中央に歩み出る。マイクが備え付けられた壇上に立ち、正面を見据える。客席の照明も青系統のものに変わっていた。マイクの位置を調整し、懐から封筒を取り出す。あとはウェンダの用意した原稿をその通りに読み上げる、たったそれだけよ。頑張りなさいエリザベス、って、あれ。
白紙なんだよなあれ。えっ。そうそう、さっきウェンダから相談あってね、「リズにとって最もふさわしい閉会スピーチとはどんなものだろう」って。えー、あいつがわざわざ相談。
なんてことを……ウェンダ、最後の最後に一杯喰わせたわね。本当に信用の置けない……ステージ袖に控えている姿を凝視するが、背中を向けたきり微動だにしない。お前の言葉で語れ、ということか。はあっ、と溜息ひとつ。仕方がない、やってやるわ。
今回のχορόςを閉じるにあたって……まず、五組の参加者全員に敬愛の情を表明します。すべての公演を追ってくれたファンには説明の要もないことだけれど、私は様々な面で彼女らと競い、衝突し、助け合ってきました。このχορόςは、ひとりではできないことを学び取るにおいて最良の環境であったと、今になって実感しています。
本当に……色々なことがありました。私の一身に限っても、あまりにも多くの浮き沈みがあった。ご存知の通り、隠していた半生や本名まで晒されてしまってね……それも信じていたパートナーの手によって。しかし、それもまた必要な迂路だった。ウェンダ・ウォーターズ、彼女が私にしてくれたすべては、人と人との関わり合いから藝術論に至るまで、あまりにも多くのことを再考するきっかけを与えてくれました。他の誰にも
そして。
今、このウェンブリー・アリーナに集まっている皆様に、伝えたいことがあります。
本当におかしなことに、現在この世の中は、匿名であればいくらでも尊大になれるという、奇妙な原理に則って動いています。隠れた場所からいくらでも誹謗を投げつける、その権利が誰に対しても保障されている。もちろん、それを一概に悪いとは申しません。その振る舞いが如何に卑劣なものでも、言論の自由の一形態ではあるのでしょうから。でも、それでも、私は皆様に申し上げたい。
当事者になることを恐れないでください。
ステージの上では、誰もが当事者です。音楽は、我慢のならない物事に対する異議申し立てとして、最良の手段です。その代償として、いつ如何なる時でもステージで殺されかねない危険性を、誰もが負っています。偉大なるキース・ムーンは、ブルズアイの模様がプリントされたシャツを着てステージに上がっていた。しかし、不幸にも斃れたヒップホップアーティストの数の多さを偲ぶにつけ、もはやそのような態度も殊更の意味を持ちません。あの人々は自らの行いに、振る舞いに、創作に、一度も言い訳などしなかった。ただ文句がある、変えたい何かがある。だからこそ自らの仕事を続けていたのです。政治家のようなしかめっ
だからこそ、もう一度言います。
当事者になることを恐れないでください。あなたの心身を匿名のままに束縛する、その奢りと怯えとを同時にもたらす悪癖に、決して屈服しないでください。この世界は問題に満ち満ちています、これからもそうでしょう。だからといって、何もしなくていいことになるでしょうか。何も感じられないならどれほど良いことでしょう。何も聞こえない、何も見えない、浮世の憂さとは無関係なところで憩えるとしたら、どれほど良いことでしょうね。しかし、それは不可能です。我々は誰かの手によって分娩されてしまった。感官を備えて生まれてきてしまった以上、もう逃げることはできません。何が言えるでしょう。何が書けるでしょう。どのようなことを、どのような新しさあるいは古さで、唄いあげることができるでしょうか。わかりません、すべてあなた次第です。あなた自身が、自らの試行と鍛錬の結果として考えるべき事柄です。Innuendoも、Defiantも、
おー、やりきった。すごい拍手、さすがだねえ。ちょっとヤスミン……ごめん、だってえ、あんなの聞かされたらあ。ははっ、そうだね。当事者になること、か。当事者として、この場に立ち会えてよかったな。じゃ、そろそろ……あれ、なに、まだいるけど。なにしてんだろ。拍手が止むの待ってるんじゃないか?
……とはいえ、今回、このエリザベス・エリオットがポッと出の東洋人に勝ちを盗まれてしまったとは、まことに遺憾です。いつの日か復讐すると誓います! 次回のχορόςでケリをつけましょう。次回もありますよね! きっとあるはずです! Innuendoのファンを名乗る者たち、それまで
ぶっははははは、最後の最後に! RULE BRITANNIA!! って、おー大合唱起こってるぞ。あははは、宣戦布告じゃん
まだー? ちょっと待って、これのどっちか……もう何でもいいから始めなさいよ。いや重要じゃん、乾杯の音頭だよお? と言いながら、DJブースで選曲を決めあぐねるミッシーと
向こう側ではウェンダが
でさ、
グラスの中のものを飲み下し、一息つく。もちろん。えっ。いいに決まってる。ミッシーは今後もリリース予定が詰まってるからわからないが、あたしは大丈夫だろう。お招きに預かり光栄だよ、
リズ。なに? 電話だ、君のお父上から。げっ……なに、出なくていいわよそんなの。いや、私のほうからかけたんだ。なに余計なことしてるの!! ええ、はい、代わりますね。さあリズ。ちょっと……おーおつかれ、開演から観てたぞー、残念だったなー僅差で。そんな慰めいいから……最後のスピーチもなかなかだったぞ。閉会式までの短い時間でよく考えたな、まさか前もって用意してたわけじゃないよな? してたわけないでしょ、わざわざ負けたとき用の式辞なんて……でもまあ、よくやったよ。まさか解散しないよな? するわけない。じゃあいいな、結局は次の仕事が救いだよな。頑張れよ、ウェンダにもよろしくな。って、ちょっと待って。なんだ? 父さん……どう思う? 私たちがやってきたこと……すごいと、思う? あーすごいとは思うけど、あんま理解はできないな。えっ。だって、なんであんなエグいことばっか唄うんだ? もっとリアムの『Songbird』みたいにホンワカしたさあ……それ、は、父さんの趣味でしょう。もちろんそうだよ、俺とお前は違うからな。それでいいだろ、俺はお前みたいな音楽は創れない。だから比較するまでもない。それ、は、そうだけど……父さんは娘が親離れしてくれて嬉しいよ。たぶん、母さんも喜んでるんじゃねえか。うん……じゃあな、俺も明日早いんだ。わかった……ありがとう、父さん。母さんも。おう。
ってことは、この全員で日本公演やれるってことか! Defiantのスケジュール次第なんだけど、どう? もちろんいいよ! やったーまたみんなでできるんだ。ていうか帰りの段取りはどうなってるんだ、
あはは懐かしー! 確かに、もう遠い昔みたいだ。なに? ほら、最初の顔合わせで撮ったやつ。あ……はは、懐かしー! 列車の床に座って撮ったやつ。オールマンブラザーズのジャケみたいじゃん、いい絵だなー。これ
宴も
と、あたしの喜色とはあべこべに、なにか重たいものを浮かべているマキ。なにか、あったの。いや、特にはないのだが……逸れていた視線が、ゆっくりとこちらを向く。お前には、言っておかなくてはな。今回、日本に滞在することになった理由。
なに。
アーイシャが帰ってくる。
数秒間の沈黙。
帰ってくるって、日本に。ああ。彼女も自分の仕事で世界を巡っていたからな。それが一段落ついて、ひとまず東アジアの国に滞在先を探していると。地理的、時間的に適するのはおそらく日本だろうと、グランドマスターから通達があった。てことは、マキと一緒にアーイシャも……黙して頷く。そういうことになるな。そっ、か、それが次のマキの仕事……
とりあえず、準備はしておけよ。というマキの言葉の意味を
ああ、考えてどうなることでもないのに。しかし夜は涼しいなここ、もう五月も終わるのに。しかしあたしひとりでいると、あのダブリンでの酒宴の賑わいを思い出して無性に寂しく……あ。やあ、アナタもですか。
安らげてしまうのも、考えものですね。こうも静かだと、妙なものが聞こえてきませんか。
妙なもの。いや……べつに。とだけ小声で返すと、
どうして、こんなものが……
あたしに言ったのか、それともただの
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