20 Hallowed Be Thy Game


 できないな。なぜだ? なぜだって……わかんないのか? それだけはできない相談だパンゲア、あれらは今まで正々堂々とやってきた。ひとえにパフォーマンスのみで勝負をつけてきたんだ、ウェンダのときでさえ。その前提を今更崩せっての?

 しかし、とパンゲアがサングラスを外しながら言う。あ、こんな顔だったか。けっこうかわいい眼してるな、ていうか今までもずっと外しててよかったのに室内だから。知っての通り、エディンバラ公演から現在に至るまで、Shamerockが二連続で首位を独占している。このまま今回のバーミンガムでも持ってかれた場合、もう事の趨勢が決したムードでロンドン公演を迎えてしまう……それだけは避けたいじゃないか。と先ほどにも聞かされた事情を繰り返されるのだが、だからあれらが実力でどうにかするって、Innuendoもついに本調子になったし、今度のバーミンガムは誰のホームってわけでもないんだし。だいたいあれらとShamerockとの得票差だって僅かなんだろ? なら小細工なしでも覆せるさ。と応えるしかない。だいたい、心外だなパンゲア。今まであれらの実力を見込んでくれてると思ってたのにさ、急に「次の公演の得票結果はこちらで操作させてもらいたい」なんて。こんなタイミングで出来レースかい? そうでもしないと面白くないってわけ? と揶揄からかいではなく叱責の口調で言うと、パンゲアは言葉を詰まらせながら、仕方ないんだ……社の意向だから。と口ごもりながらサングラスをかけなおす。今回のツアーは既に大成功だと言えるよ。ウェンダのあれ以降、ユニットだけでなく個人単位でも注目が集まり、配信視聴件数やマーチャンダイズの売上も飛躍的に伸びた。極め付けにダブリンでのあれが来て、もはやYonahでのχορόςは限られたファン層の内部で完結する質ではなくなってきた。これも君に初期の差配を任せておいた賜物だろう、本当に感謝しているんだよイネス。いや実際ウェンダとダブリンのあれはあれにとっても完全に予測不能な事態だったのだが、とは言わないでおく。つまりだ、最後のスパイスとして、今回のバーミンガム公演だけ出来レースにしてほしいというだけなんだ。ロンドン公演については何も言わない。ここでDefiantに勝ってもらえば最高のマッチメイクでフィナーレを迎えられる、そうだろう? そうだろうけど……やっぱ気に入らないよ、実力じゃなく八百長であれらが勝つなんて。八百長じゃない。よく考えてくれ、最後に投票結果を操作して君らを勝たせたとしたらそれは不正だが、ひとつ前の展開にツイストを加えるだけのことだ。さっきから同じことを別の言い方してるだけじゃんー。だから、そうなんだよ……君が承服してくれるまではそうするしかないだろう……と、案外辛抱強い口吻になにか感心らしいものを覚えながら、あれもソファに腰を下ろす。

 じゃあ、さ。なんだ。ちょっと考えさせて。解答は保留にしたい、ソーニャとも話さなきゃだし。保留って、いつまでだ。とりあえず明日まではね……どうせA-Primeの胸三寸で決まる話なんだからさ、緊急で答え出さなくてもいいっしょ? もっと早く返事をもらいたいのだが……だからそれを今から考えるんだっての。大丈夫、必ず答えは出すからさー。と言いながら起立し、ほい、この対話はもう終了だよ。とドアの前でロックを解除する。ああ……では、連絡を待っているぞ。おう、大変だねえ会社員ってのも。はは……いやイネス、本当に憶えておいてほしいのだ、君らの実力を見込んでいることだけは本当だと。わかってんよ。それよりかわいい眼してんだねパンゲア、サングラスじゃなくてコンタクトにしたら? いや、これは嗜みでかけているだけで……ていうかサングラスのコンタクトって何だよ。あははは、それじゃね。


 さて。悪いやつじゃないし、悪い話でもないんだけどねー。やっぱ気が乗らないよな、他の奴らを勝たすならまだしも、あれらが贔屓されて終わるだけのステージなんて。お、あ。ういーっすイネス。おかえりソーニャ。に続いて二人のおのみちがほとんど煉瓦のようなショッパーをいくつも運んでくる。えらい買ったねえ。うん、やっぱイングランドの古書店ってすごくてさー、止まんなくなっちゃった。と言いながらおのみちを労いつつドアを閉める。あれらこのツアー終わったら国に帰るんだから、ここでそんな大荷物仕入れなくてもよかったんじゃないの? まあね、そしたら他の荷物と一緒に送ってもらうよ。そんなこと考えてたら買い物なんかできないじゃん、その場その場の出会いが大切なんだし。まあ、そうだな……それより見てよこれカフカの英訳初版本、とショッパーから一冊取り出して笑うソーニャ、の双眸そうぼうを見つめる。と、さすがに意を察したらしく、手元の本を置き、しかし微笑は崩さず向かい側のソファに着いた。聞くよ。何があったの。


 なるほどねー、最後のスパイスとしてねー。ああ、わからないこともないんだが……イネスは反対なの。だって嫌だろ、ズルで勝つことになるんだぞ。んー、でも最後のロンドンがあるからいいんじゃん。そう割り切れるもんでもないだろお……正直、私はいいと思うよ。えっ。運営はあくまでA-Primeなんだからさ、今回くらい言うこと聞いてあげてもいいと思う。ていうか、今まであまりにも聞かなすぎだったしね。まあ、それは……あと、イネスちょっと信じてなすぎでしょ、私ら以外のやつらを。なん……どういうこと? 私らが一回花持たされただけで優勝できちゃうほど、今回の参加者は弱っちい奴らばかりなの? と珍しく悪戯っぽい口調で言うので、それはない、あれだって他の四組のことは認めてる、だから嫌なんじゃないか。と後手ごて気味に引き取る。心配ないって、最後にはきっと在るべきところに収まるよ。みんな、それだけの力はある。言い終えるとソーニャは立ち上がり、私は信じてるよ、この船には性質の悪い奴らしか乗ってないんだ。そんな味付け程度のマッチメイクに呑まれるようなら、そもそも最初から大したツアーじゃなかったってことさ。とウィンクひとつ。そう、かな。じゃ、私ちょっと出るから。え、出るってどこへ。二番キャビン。最近この時間帯にはかるとセッションしてんだよ。えーもうちょっと話してってくれよ。だめー、イネスが楽器できるなら来ていいけど。う……何も弾けないの知ってるだろ……じゃあいつもどおり次のプラン練っててよプレジデンタ。私も自分のことやるからさー。ちなみに何の曲やるんだ? 『Got a Match』。え、チック・コリアの。そう。キーボードとサックスだけだろ、できるもんなのか……? はかる上手いから大丈夫だよー、左手でベースラインと右手でユニゾンもやってもらうけど。けっこう人使い荒いのかソーニャ……? ははは、音楽に関してはね。じゃね、決心ついたらまた教えて。


 信じてなすぎ、か。あいつらが自力で逆転できると信じてやれ、ってことだよなソーニャが言ったの。確かになあ……でもだからといってあれらが贔屓されるのだけは気に入らな、と考えながら歩いてるうちに、いつのまにかキッチンの前にいる。そうだ昼飯まだだった、済ませなきゃ。なに作るかな、そもそも材料どんなのあったっけ、と今日はいやに後手ごて後手ごてな感じで思考がすべる。先のこと考えるのが常だったはずなのになー……お。キッチンに歩み入ると、ふたりいた。おーイネス。手を振るミッシーのもう片手に、あれはなんだろう、クリームパイかな。おう、釜焼き? こちらも手を挙げて歩み寄ると、うん、今日はちょっと時間あったからね、材料買って作ってみようって。と傍らのシーラに目配せする。さすが勝者の余裕だなー。ははは、いっこもってく? おー、ありがとう。小皿にひとつ乗せてもらう。シーラのそれはなに、海鮮サラダか。相変わらず野菜ばっか喰ってるなー。別にいいだろう……それよりさShamerock、と、おい、何を話すつもりだ。まさかあのことを相談するつもり。まずいだろう、そもそも彼女らはA-Primeに配慮するいわれもないのに。と遅れて逡巡するこちらへ、どうしたの? とミッシーが小首を傾げる。あ、いやあ、君らの天下も次で終わらすぞー、って思ってね。と拙くおどけると、はははなんだそれ、とミッシーは笑うが、シーラは口角すら上げずにこちらを凝視している。まずい、見抜かれた、か。ていうかね、わたしらもそう思ってるんだよ。えっ、どう。勝ち続けるのもつまんないから、ここらで何か刺激が欲しいなーって。ねえヒメ。と視線を交わせて頷く。刺激、か。たぶん、次のInnuendoは本調子で来ると思うんだ。今までは色々あったみたいだけど、ついに吹っ切れた感じだから。きっとバーミンガムで明らかになるんじゃないかな、わたしらが続けてきた勝負がどういうもんだったのか。

 綽々と笑う様子のよさに、しばし沈黙してしまう。じゃイネス、わたしらもう行くよ。あ、ああ、そうだな、クリームパイありがとう。おう、口に合うといいけど。じゃシーラ、次も期待してるぞ。ああ、そっちもな。と、通り一遍の挨拶だけ交わして退出する。ふう、うっかり漏らしかけたな、あれとしたことが……しかしShamerock、ツアー開始時にはもっと格下の扱いだったんだよな、新進のシィグゥや93と同じくらいの……そんな彼女らもここまで上がってきた、ひとえに実力で。そうだ、このツアーを通してみんな変わった。ツアー開始時の彼女らではもはやない。じゃあ、競技をともにしている相手たちのことを、あれはもっと知らなきゃいけない。




 これ……もうアルバム四枚分くらいあるな? と、DAW画面を見ながら言う。ねー、これでも出来上がったものを精選したんだよ。とハンは笑い、そうそう、一月ごとに出来たデモを全部聴いて、これはないこれは甘えてるこれは肝心の何かが決定的に欠けてるってお互いに批判しあって、そのテストを通過した曲たちだけ残したんだよね。とヤスミンが呆れ混じりに付け加える。それでもこの数か……いやあ、やっぱすごいなシィグゥあれらが手伝った時よりもさらに。そう、あのときイネスとゾフィアに協力してもらって、私たちさらに弾みがついたよね。微笑とともにハンのほうに目配せするヤスミン。順位だけで言えば、今の私たちは最下位だけど……でもこうして沢山の収穫を得ることができた、それだけで参加した意義があったなって。ああ、ずいぶん話しぶりが落ち着いたな。初めの頃はもっと浮ついてたのに。ぶっちゃけあたしら、もう六月以降の準備もしちゃってるもんな、ミッシーと一緒につくるやつとか。とハンがくだけた調子で言う。えっ、χορός以外の。うん、とりあえずいい機材積んでるから出来るかぎりはここで済まそうぜって。それもなんというか……すごい余裕だな。あはは、むしろそうなのかもね。勝敗どうこうに執着あったら、もっと狼狽うろたえてるのかもしんないけど。執着、か。それが無いゆえなのか、彼女らの創造性の横溢は。勝ち負けに拘らないがゆえに自分の仕事を続けられる……としたら、あれはどうだろう。運営会社のことを慮ってあれこれ目を配る、これが自分の仕事だと、確かに言えるだろうか。


 ハンに焼いてもらった数枚のデモトラックCDを卓上に置き、ぐーっと背伸びする。たしかに拘りすぎてたのかもな。当初はA-primeの意向なんか知るかって感じだったのに、いつしかツアー全体に配慮するようになってた。なんでだろう。たぶん、あれにとってもこの船に乗ってる奴ら全員のことが、大事になってきたから……あーやめやめ、内省なんか似合うもんか。いま何時、一三じゅうさん時前か。ソーニャ帰ってきてないな、まだはかるとセッション中。ってことは、いるよな。たぶん、この時間帯なら。




 Wassup ー! Wassup イネスー! やっぱりいた。こっちのキッチンに材料借りに来るとき、いつも窓からぷかーって見えたもんな。珍しいね、イネスがこっちで吸うって。言いながらは日陰のスペースを一人ぶんけ、ごめん、もちょっとそっち寄って。と傍らに座り込んでいたにも促す。ありがと、実は土産物があってー。言いながら銀色の小箱を開ける。お、なんそれ、またジョイント? ただのクサじゃないぞ、英国産だ。マンチェスター公演のあと、ファンが差し入れてくれた。差し入れって、こっちも合法なの。そんなん問題ないだろお。知ってるだろ、大麻がらみのいちゃもんで中国に戦争ふっかけた国だぞここは。そんな国に文句つける権利なんてあるかい。その理屈もわかんな……いやいいって、吸わないって。とは向けられた一本を突き返すが、何度も言うけどただのクサだぞお? ともう一度差し出す。さっきただのクサじゃないって言ったじゃん。そういう意味じゃなくて、ハシシなんかただのクサだけどこれはその中でも特上物ってこと。なあ、君もインド出身なら知ってるだろ? と放ると、ええ、まあ大したものじゃありませんよ。なにもやる気がしなくなる、という意味ではよくありませんが。とやんわり受け取られる。やる気なくなるならだめじゃん。は今日これからやることあんの? いや、正直いまは漁火ちゃんの作業の仕上がり待ちだけど……じゃあいいじゃん、ほら一本。んー……これ大丈夫かな、怖くないかな? 子どもみたいなことを言いますね。みやしませんよ、それと比べたらタールやアルコールのほうがよっぽど有毒です。ほいじゃいいか、火ぃ着けるぞ。んー。


 あー、うわ、ほんとになんもやる気しない。だろー、チルってこういうことだよ。すげー全身から力が抜けるっていうか、すごいなこれ、ジャミロクワイがジョイント回しながら演奏してるの見たことあるけど、あれ実はすごいリキることだったんじゃ……もどうだ? あと一本あるけど。いえ、遠慮しておきます。見てるだけで楽しいのでね……と笑う顔を見ながら、こいつもずいぶん打ち解けたよな、初めはもっと事務的にやってるのが見え透いてたんだけどな、と回顧の念が兆す。のを巻き戻して、ほんと、こんなただのクサを躍起になって規制しようってんだから、嫌だねえピューリタンの国は。の頭頂にくっつけてあれも寝そべる。日本でも似たようなもんだよ、定期的な生贄みたいに芸能人がぶち込まれるんだよなー。エナジードリンクとか質の悪い缶入りチューハイとかはバカみたいに摂ってるくせにさ。はは、逆転した禁酒法みたいな。ほんとそうだよ、あれ消費する側もダサくてさ、ただの既製品でやべー悪酔いしちゃったー俺いま超ヤバいのに中毒しちゃってんなーって中学生並みの自意識満たしてんの。アホか、自分の飲みたい酒くらい自分でつくれって感じだよ。実際ウォッカとかロンリコとかでつくるカクテルの方がよっぽど濃いんだよ。濃さで酔っ払ってんじゃないの、質の悪いもん混ぜられてるだけなの。そんなことにも気づかずに御上が合法と認めたブツでジャンキー気取りなんだから、ほんとおめでたいよなー。はは、バッドじゃなきゃキマった気がしないってか。これ見よがしにグロいだけの映画をやたらと高く評価するみたいな。ほんとそういうことだよ、ファンキーじゃねえんだよあいつら、露骨で残酷ならなんでも良いと思いやがってさー。確かに、それってUSAうちと日本と共通の病かもな。ねー。今ならわかるよイネス、バッドてのは自分の闇に甘えてるやつの症状だね。鏡見てるだけなんだよ、ファンキーなやつらはただひたすらにチルですよ。と知った風なことを並べる見下みおろしながら、が苦笑する。

 ていうかイネスあれでしょ、ヴードゥーなんでしょ? そうだよ。ヴードゥーの神ってどんなん、多神教だよね? もちろん、いろんな神性がいるけどな、基本的には言葉を媒介する神。へえ、一神教とは違った意味で? 一番の違いは、こっちの神が媒介するメッセージには複数の意味が折り畳まれてる、ってことだな。予言とかじゃなくて? 神々の意思を人間に通訳する意味では予言だけど、ヴードゥーではそれが口承詩への翻訳に直結してる。つまり、比喩的言語の曖昧さを体現する神。へえ、多神教ってそういうことか、いくつ解釈があってもいいってことでしょ。もちろん。あれのMaMaLaBasってステージネームもその神に由来してる。へー。なんか日本うちでは八百万くらい神がいるってことになってんだけど。じゃあその八百万もうちの仲間だよ。え、ヴードゥーの? もちろん、神ならなんでもうちの一員さ。ユダヤの視えない神さんも、キリストさんもね。いいねーそれ、おおらかだなー。ま、いつだって搾取され弾圧される側だったからこそのおおらかさだな。ユングも多神教めいたゆるい宗教観だけどさ、あいつ実は少数派を擁護する側になんか一度も立ったことないからな。だね、神道も他所よそへの侵略を正当化する燃料にしか使われなかったって意味では同じだなー……だから、わかるだろ、闘争なんだよ、こうしてチルすること自体。あはは、本当かよ。実際そうだろ、こんな穏やかにキマってるときに誰が戦争なんかしようと思う? まあ、確かに。重要な闘争なんだぞ、こうしてスローダウンする場所をかろうじて守り続けるってことは。そうだね、あー波の音が気持ちいなー……でさ、。あれ……寝ちゃった? そのようですね。じゃあいいや、そのままにしときな。と言いながら頬杖をつく。と、が寝落ちする前からが両膝を枕として当て交っていたことに、いま気づいた。




 結局ただ一本キメて帰ってきただけ。だが、もだいぶリラックスしてたみたいだしいいだろう。日本のほうの決勝でブチギレて罵倒しまくって気絶してステージから転落したって聞いてどんな悪魔憑きだろうと思ってたけど、もう払魔は済んだかな。いや、ダブリンのあれみたいなことを突然言い出すんだから、やっぱ憑いてはるんだろう。でもデーモンにも良いのと悪いのとがある。今のあいつには良いのが憑いてる、と信じたい。

 おのみちですが。うおっ。突然申し訳ありませんが、一番キャビンまでよろしいですか、Innuendoのお二人がお呼びです。え、あれを? 珍しいな、あいつらのほうから。はい、実は先ほども伺ったのですが、イネス様は喫煙所で伸びておられるようでしたので、醒めてからお呼びしようと……あははすまんな、いいよ、今から行く。


 そうだ、初めて入るんだこの部屋には。見回すと、クローゼットには整然と並べられた衣装、卓上には雑然と散らばった書類。テキストもスケッチも渾然としているが、次のステージに備えての試行だということは察せられた。ようこそ。と、向こうから声がかかる。おうエリザベス、お呼びいただいて光栄だよ。テーブルのほうに歩み寄ると、すでに紅茶の準備が済んでいる。ウェンダが椅子のひとつを引くので、ありがと、と言いながら座る。あなたとこうして話すのは初めてね。エリザベスも鷹揚に微笑みながら着席する。だね、サン・ディエゴ行きの列車で話したとき以来か。ふっ、あのとき地べたに座れなんて言われたときは、どんな辱めかと思ったわ。いいじゃん女王陛下、タコ部屋に追放された時よりはマシだったろ? とウェンダのほうに一瞥くれると、エリザベスも苦笑する。まったく、あれでさえ英国われわれには必要な回り道だったというのだから、何事もわからないものね。そうかい。言っておくけどイネス、Innuendoは愈々いよいよもって十全よ。あと二公演で英国われわれがゲーム盤ごと覆してしまう様を、よく見ておくことね。はは、それShamerockも言ってたよ、本調子のInnendoなら刺激になるだろうって。ふん、運に恵まれただけの小娘が生意気な……と相変わらず毒づくが、その微笑はどこか親愛混じりの余裕を湛えて見えた。

 で、なんで呼んだの。と率直に訊く。ええ、実はね。ウェンダ、お願い。促されるとともに、オーディオ装置から聴いたことのないイントロが。これって。ええ、先ほど出来上がったばかりの、英国われわれの新曲よ。新曲! そういえばInnuendoって今まで従来のセットリストだけで勝負してたよね。ええ。でも前回の公演で『Clothes to Me』を挙行して以降、創意が止まらなくなってね。その結果として生まれたのがこの曲、『Hallowed Be Thy Game』。へえ……スピーカーに耳を傾けながら、コーラスに達するまでの楽曲構造をうっすらと追う。拍子は一定だけど、一拍の分割が奇数なんだな。そう、一拍の三連取り。でもいわゆる三連ラップのような無粋な真似はしないわよ。たしかに、トラックとボーカルの両方で、精確さは崩さずとも微妙な揺らぎがかもされている。お、これ『Bolero』のリズムか。なるほど、三連もここまで遡れば。そう、自堕落な流行り物のリズムとも違う、一種の新古典主義として用いることができる。なるほどなー、やってることは今風でも別の時間軸が一本組み込まれてるってことか。やっぱタダじゃ起きないなーInnunedoは。と率直に賛意を呈すと、エリザベスはげんたっぷりに微笑する。

 あなたには、先に聴かせておきたくて。なんで? 憶えてるでしょう? このツアーは当初、InnuendoとDefiantの一騎打ちとして企画されたもの。あっは、もはや懐かしいな。ええ、あまりにも不測の事態ばかりが起こったけど……でも、と言いながらエリザベスはこちらの双眸そうぼうを見据える。ついに、舞台は整ったと言うべきではないかしら。今やInnuendoは十全の状態であなたたちと対峙する。バーミンガム公演は、真の意味でDefiantと競い合える最初の機会となるはずだわ。エリザベスの言に続いてウェンダも頷く。そう、か。確かにそうだな。だから、覚悟しておくことね。Shamerockのような三下さんしたを遥か飛び越えて、英国われわれは頂点に立つ。InnuendoとDefiant、どちらが真に優れた存在か、次の勝敗で明らかになるわ。その宣戦布告のために呼んでくれたのかい。ええ。歴史を紐解いてもわかるでしょう、英国われわれは必ず勝てる戦争しかしない。はは、一次大戦以降は怪しいもんだけどな。うるさいわね……とにかく、布告は済ませたわよ。あなたがたの日々は限られてる。せめて英国われわれに打ち倒される用意だけは整えておくことね。お気遣い痛み入るよ女王陛下。じゃあさっそく二人ぶんの墓碑銘を用意しとかないとな。もちろんあれらのじゃなくて、あんたらのだけどね。ふふっ……本当に口が減らないのね。そりゃあー、口先だけでここまで上がってきましたからねえ。




 お、イネス。戻ると、ちょうどソーニャがサックスを仕舞い終えたところだった。視線を交わし、数秒の沈黙。決まったんだね。と小声で言う相手に、小さく頷く。

 端末を立ち上げ、ビデオ通話。やあイネス、エドワードだが。やあパンゲア、決めたよ。バーミンガム公演の投票結果は、あんたらの好きにしていい。そうか! いやあすまないイネス、上のほうにはこちらから伝えておくから……その代わり。えっ。その代わりに、こっちからもひとつ条件があるんだ。条件、なんだね。あれらが勝った後、首位獲得者としてルールを変更する。その流れをスムーズにするために、あらかじめそっちの会社の了承を得といてほしい。変更……最終公演を残すのみなのに、か? ああ。ま、些細なことだよ。やってくれるだろ? ん、構わないが……では、それも含めて代表取締役に伝えておく。うん、よろしくね。ではイネス、また連絡する。ああ。




 え。今、なんて言った。

 あれ? なんかざわざわしてるみたいだからもっかい言うぞ。イネスは投票結果が表示された画面を背にし、暫定一位となったDefiantには、χορόςの既定ルール変更の権限がある。と観客と参加者の両方へ向けて呼ばわる。よって、このように変更を行う。「メキシコ公演からバーミンガム公演に到るまでの、全公演で獲得された全グループの得票数を、すべてリセットする」。A-Prime代表取締役の承認は既に得られた。よって、この変更は只今をもって発効される!


 え。

 じゃあ……

 じゃあ、


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