20 Hallowed Be Thy Game
できないな。なぜだ? なぜだって……わかんないのか? それだけはできない相談だパンゲア、
しかし、とパンゲアがサングラスを外しながら言う。あ、こんな顔だったか。けっこうかわいい眼してるな、ていうか今までもずっと外しててよかったのに室内だから。知っての通り、エディンバラ公演から現在に至るまで、Shamerockが二連続で首位を独占している。このまま今回のバーミンガムでも持ってかれた場合、もう事の趨勢が決したムードでロンドン公演を迎えてしまう……それだけは避けたいじゃないか。と先ほどにも聞かされた事情を繰り返されるのだが、だから
じゃあ、さ。なんだ。ちょっと考えさせて。解答は保留にしたい、ソーニャとも話さなきゃだし。保留って、いつまでだ。とりあえず明日まではね……どうせA-Primeの胸三寸で決まる話なんだからさ、緊急で答え出さなくてもいいっしょ? もっと早く返事をもらいたいのだが……だからそれを今から考えるんだっての。大丈夫、必ず答えは出すからさー。と言いながら起立し、ほい、この対話はもう終了だよ。とドアの前でロックを解除する。ああ……では、連絡を待っているぞ。おう、大変だねえ会社員ってのも。はは……いやイネス、本当に憶えておいてほしいのだ、君らの実力を見込んでいることだけは本当だと。わかってんよ。それよりかわいい眼してんだねパンゲア、サングラスじゃなくてコンタクトにしたら? いや、これは嗜みでかけているだけで……ていうかサングラスのコンタクトって何だよ。あははは、それじゃね。
さて。悪いやつじゃないし、悪い話でもないんだけどねー。やっぱ気が乗らないよな、他の奴らを勝たすならまだしも、
なるほどねー、最後のスパイスとしてねー。ああ、わからないこともないんだが……イネスは反対なの。だって嫌だろ、ズルで勝つことになるんだぞ。んー、でも最後のロンドンがあるからいいんじゃん。そう割り切れるもんでもないだろお……正直、私はいいと思うよ。えっ。運営はあくまでA-Primeなんだからさ、今回くらい言うこと聞いてあげてもいいと思う。ていうか、今まであまりにも聞かなすぎだったしね。まあ、それは……あと、イネスちょっと信じてなすぎでしょ、私ら以外のやつらを。なん……どういうこと? 私らが一回花持たされただけで優勝できちゃうほど、今回の参加者は弱っちい奴らばかりなの? と珍しく悪戯っぽい口調で言うので、それはない、
信じてなすぎ、か。あいつらが自力で逆転できると信じてやれ、ってことだよなソーニャが言ったの。確かになあ……でもだからといって
綽々と笑う様子のよさに、しばし沈黙してしまう。じゃイネス、わたしらもう行くよ。あ、ああ、そうだな、クリームパイありがとう。おう、口に合うといいけど。じゃシーラ、次も期待してるぞ。ああ、そっちもな。と、通り一遍の挨拶だけ交わして退出する。ふう、うっかり漏らしかけたな、
これ……もうアルバム四枚分くらいあるな? と、DAW画面を見ながら言う。ねー、これでも出来上がったものを精選したんだよ。と
Wassup
あー、うわ、ほんとになんもやる気しない。だろー、チルってこういうことだよ。すげー全身から力が抜けるっていうか、すごいなこれ、ジャミロクワイがジョイント回しながら演奏してるの見たことあるけど、あれ実はすごい
ていうかイネスあれでしょ、ヴードゥーなんでしょ? そうだよ。ヴードゥーの神ってどんなん、多神教だよね? もちろん、いろんな神性がいるけどな、基本的には言葉を媒介する神。へえ、一神教とは違った意味で? 一番の違いは、こっちの神が媒介するメッセージには複数の意味が折り畳まれてる、ってことだな。予言とかじゃなくて? 神々の意思を人間に通訳する意味では予言だけど、ヴードゥーではそれが口承詩への翻訳に直結してる。つまり、比喩的言語の曖昧さを体現する神。へえ、多神教ってそういうことか、いくつ解釈があってもいいってことでしょ。もちろん。
結局ただ一本キメて帰ってきただけ。だが、
そうだ、初めて入るんだこの部屋には。見回すと、クローゼットには整然と並べられた衣装、卓上には雑然と散らばった書類。テキストもスケッチも渾然としているが、次のステージに備えての試行だということは察せられた。ようこそ。と、向こうから声がかかる。おうエリザベス、お呼びいただいて光栄だよ。テーブルのほうに歩み寄ると、すでに紅茶の準備が済んでいる。ウェンダが椅子のひとつを引くので、ありがと、と言いながら座る。あなたとこうして話すのは初めてね。エリザベスも鷹揚に微笑みながら着席する。だね、サン・ディエゴ行きの列車で話したとき以来か。ふっ、あのとき地べたに座れなんて言われたときは、どんな辱めかと思ったわ。いいじゃん女王陛下、タコ部屋に追放された時よりはマシだったろ? とウェンダのほうに一瞥くれると、エリザベスも苦笑する。まったく、あれでさえ
で、なんで呼んだの。と率直に訊く。ええ、実はね。ウェンダ、お願い。促されるとともに、オーディオ装置から聴いたことのないイントロが。これって。ええ、先ほど出来上がったばかりの、
あなたには、先に聴かせておきたくて。なんで? 憶えてるでしょう? このツアーは当初、InnuendoとDefiantの一騎打ちとして企画されたもの。あっは、もはや懐かしいな。ええ、あまりにも不測の事態ばかりが起こったけど……でも、と言いながらエリザベスはこちらの
お、イネス。戻ると、ちょうどソーニャがサックスを仕舞い終えたところだった。視線を交わし、数秒の沈黙。決まったんだね。と小声で言う相手に、小さく頷く。
端末を立ち上げ、ビデオ通話。やあイネス、エドワードだが。やあパンゲア、決めたよ。バーミンガム公演の投票結果は、あんたらの好きにしていい。そうか! いやあすまないイネス、上のほうにはこちらから伝えておくから……その代わり。えっ。その代わりに、こっちからもひとつ条件があるんだ。条件、なんだね。
え。今、なんて言った。
あれ? なんかざわざわしてるみたいだからもっかい言うぞ。イネスは投票結果が表示された画面を背にし、暫定一位となったDefiantには、χορόςの既定ルール変更の権限がある。と観客と参加者の両方へ向けて呼ばわる。よって、このように変更を行う。「メキシコ公演からバーミンガム公演に到るまでの、全公演で獲得された全グループの得票数を、すべてリセットする」。A-Prime代表取締役の承認は既に得られた。よって、この変更は只今をもって発効される!
え。
じゃあ……
じゃあ、
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