13 Sensitive Obsessed Sister
ロバート・プラントも唄っていたように、時として言葉は
「
「
「
「
なのだから何か。だから、あたしたちはいつの間にか、同じ文字の並びからまったく別のことを読み取っているのかもしれない。母国語じゃないからわからないが、日本語にだってあるだろう。書いたはずもないことを書いている、読んだはずもないことを読んでいる。とすれば、言葉で何かを伝えようとしたとして、それはあらかじめ失敗を運命づけられているのかも。書き言葉ですらそうなのだから、話し言葉においては言うまでもない、文字通り言うまでもないことだ。頭の中で練ったはずの案文でさえ言い間違って、書き言葉にできないようなノイズが混じって、それでも伝わるでしょ、ねえわかるでしょと一方的な甘えを抱いてさえいる。そもそも言葉は、友情や愛情を伝えるための手段として向かないのかもしれない。
それでも、言葉を使わなくてはならないとしたら、それは何故か。
「正しく言えた」でも「言い間違えた」でもない何かがあるとしたら、それは何か。
で、何の用だ朝から。曇天とはいえ、Yonah艦長室の窓ガラスから差し込む朝陽は、電灯を点けずとも互いの顔を伺い知るに十分な光量を与えていた。いや、何の用ってこともないんだけど、ちょっと話したいなと思ってさ。部屋から持ってきた炭酸水を卓上に置き、眠たげに瞬きするマキの目を見る。痩せた? いや、体重計がないからわからんし、だいたい計ってどうする。船の長旅では体調管理は重要なんじゃないの。私が体調を壊したところでこの船は止まらん。だからといって自分の身体を気遣わなくていい理由にはならないだろう、と言ったとしても
何も言わなくていい、沈黙を埋めなくていいこの時間が好きで、それだけのためにマキに会いたくなる。今までは電話しかできなくて、何の用もないならもう切るぞ。と無愛想にピリオドを打たれていたけど、マキが艦長の任を命じられた今では、こうして直接対面できる。この贅沢な時間を過ごせるようになったこと、それだけであたしは
でも、そう贅沢ばかりしてもいられない。あたしの仕事に備えなければ、いや、あたしたちの仕事か。ミッシーが目覚めたら、一週間後のステージの最終調整をしなければ。Innuendoに匹敵するどころか凌駕しうる二人だと証明するための、あたしたちにとっての大一番。
うん、完璧だよ
コーヒーでいいよね? いや、今日はカフェイン控えたい。そっか、じゃあホットミルクかな。ありがとう、もらうよ。マグカップふたつを電子レンジに入れるミッシーに、とりあえず全部済んだな。と確認する。うん、ヴァルパライソ公演までの準備はね。しかし、あの難曲のレコーディングもワンテイクとは、さすが
いきなりだけど。の前置きはどうしても必要と思われた。ん、どうした? いきなりだけど……これじゃ奴らに勝てないと思うんだ。敢えて短く切ると、奴らって、Innuendo? と心得顔で返す。ああ、もちろん練習はしてきた、楽曲も申し分ない。でも……なんだか、このままでは何度やっても奴らには届かない気がしてる。
そうなのだろうな。結局、そうなのだろう。エリザベスの鼻っ面を
ミッシーは──ミッシーは、最初から勝負する気が無いからそんなに落ち着いてられるんだろ。
しまっ、た。なんてことを。シーラ、お前なぜ言う前に考えなかった。
そうかもね。それでも眉一つ釣り上げずミッシーは言った。わたし、あのエリザベスもウェンダも、どっちかといったら仲間だと思ってるもんね。仲間……そうだな、あのオープニングセレモニーの対面でさえ、ミッシーはいつもの調子を崩さなかった。だからといって、Shamerockがいつまでもこの順位でいいとは思わないよ。だから次のオープニングでぶっかます。そのための準備を、この一ヶ月ずっとしてきたんでしょ。ああ、これだ。これなんだな、あたしがミッシーと一緒にいて、ときどき堪え難く思うのは……あたしがどれだけ薄みっともない言行を見せても、ミッシーは微笑を湛えたままとりなしてくれる──好悪の感情すら見せずに。どうすればそんなことができるんだろう、ミッシーが茶飯事のようにこなせることは、あたしが常に仕損じることなんだ。
うん……ごめん、余計なこと言ったな。立ち上がり、扉の前まで歩く。おーい
そうだ、根性なしなんだ、あたしは。スコットランドに出てきたのだって、ミッシーの家族は勇気の証のように言ったけど、結局は不快感から逃れたかっただけ。故郷を捨てて家出したあたしよりも、醜聞をそのままにゴールウェイで生き続けている父の方が、よっぽど胆力がある……あ。と、爪先ばかり見ていたあたしの目が、前方から歩いてきていた人を認める。
じゃあミキシングはこれで確定で。ん、今までで一番いいな。トラックはクリアに聴こえるし、ボーカルは生々しさを失っていない。でしょー、録りのときから気ぃ遣ったんだからー。じゃあこれをエンジニアに送って、二四時間以内にマスタリングも終わるから、これでほんとに準備完了だね。ああ、ライブ以外は……な。まだ心配してんの
えっと、どうしたの。深夜に呼び鈴が鳴るので何事かと思ってドアを開けば、そこにはシーラ・オサリヴァンが所在なさげに佇立していた。泊めてほしい、今夜だけでいいから。ええ……?
ってことはつまりあれか、喧嘩別れってことか。と
じゃあ
すごいな、こんなイクラの使い方が……そうす、きれいに盛り付けるのどうしたらいいんだろーって悩んでたんすけど、いっそ具材ぶつ切りにして味醂と醤油ぶちまけたあとイクラ振ってみたら、なんか
じゃあ、話を聞きましょうか。と食器をかたしながら言うと、えっ、と目を丸くしている。話って、入ってすぐに話したじゃないか。あれが全部ってわけじゃないでしょう、まだ隠し立てがあるように思えた。せっかく泊まりに来たのなら、もっと胸襟を開いてくれてもいいんじゃない。と言うと、いや、93の時間を奪うことになるし……と逡巡するので、なんだよ聞かせろってのーとすかさず
なんだか……ずっと一人でいるって気がするんだ。
一人でいる、って?
なにか見当違いの迂路に迷い出たようで、私から言葉を切り出すのは控えていると、それなんかあれに似てるな、と
そう、か……誰に言うでもなく呟き、何を見るでもなく視線を泳がせている。そうだ、そうだよな……奴らに勝つのは、目標ではあっても仕事じゃ……そっか、こんな簡単なことにも気づかなかったのか。こんなことすらわからずに、あたしはミッシーの音楽の仕事を……と呻きながら立ち上がる、のを制する。待ちなさい。えっ。どこに行くつもり。どこって、今すぐミッシーに謝りに……あなたは本当に落ち着きがないね。とだけ言うと、また不意を突かれたような顔。いきなり出ていきなり帰っていきなり謝られたら、
ああ、一体どちらがどちらを見ているのか。この子を前にしていると、わからなくなることがある。単にアイルランドの血を同じくしているから、だけではないだろう。知りもしない相手の心裡を気安く窺うべきではない、とわかっていても、この子に対してはどうしても、妹のような、家族、のような……
そのへんにしておけ、と自分の中の誰かが言う。その言は正しい。生まれ故郷を捨てて歌の道を選んだ彼女と、父母との因縁をずるずると引きずって時折悔恨の念が兆す程度の私とでは、辿ってきた
お。
おはよーていうかおかえりー
なあ、ミッシー。
なに?
こんなこと、すごく馬鹿らしく聞こえるかもしれないけど……言わせてほしい。
なんでも言いなよ。
あの……昨晩、93の部屋で色々話して、色々考えて。それで、あたしも自分の仕事を見つけなきゃって思ったんだ、ミッシーがプロとして音楽に携わってるように。あたしもシンガーとしてはプロかもしれないけど、ミッシーに頼ってばかりだから……いつか本当の意味で、これが自分の仕事だって言えることを見つけたい。今まで全く注意を払わなかったことを、今日からは見据えられるようにしたい。だから……いいかな?
いいかなって、なにが?
あたし、もう一度……ミッシーの友達になりたい。友達になって……いいかな?
うーん、それはどうかなあ……
えっ!?
うん。
「友達になっていいかな」って会話が成立する二人はさ、すでに友達なんじゃないかな?
すっ、と右手を差し出す。今度はうまくできるかなあ? と言うと、
掌で一回叩き、手の甲で一回叩き、ぐっと握った拳を突き合わせる。
そう。できたじゃーん! と拳を何度かこつこつ突き合わせていると、目の前の丈が急に低くなる。えっちょっとどうしたの
やられたねえ。やられたっすねえ。四位に落とされたのに、なんでそう清々しく言うの。いや
やっぱ、違うね。何が? なんというか、長く続けてる人たちは。
彼女らが唄うのを観たのは初めてか。ああ。なにか、特別な感慨があるものかな。どうかな……生憎、音楽とは縁遠い仕事をやってきたんでね、それはあなたも同じだろう
なあ
さしあたっては、さしあたってはだ。どこまで行ってもまだ途中だ、続き続いて際限がない。生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥い。しかしそれでも、さしあたってはここまで来たのだ。消えるな、消えるな、つかの間の
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