12 三人成虎
うーん……母ちゃん、いくらなんでも無理があるよそれ。むりってなんだね。ありえないって、現実じゃないってそれ。げんじつってなんだね。だから、全部母ちゃんの頭の中で考えた作り事でしょ。つくりごとってなんだね。あーもう……真面目に聞いてよ。お前こそまじめにきくことだね、のべつまくなしに否定してばっかりで。だって、実際に死体見たじゃん、死んだんだよ父ちゃんは。一度死んだらもう戻らないんだよ。死ってなんだね。母ちゃんさあ。いいかね、ほんとうのところはこうだ。おまえの父ちゃんは、あたしのひとは、死んだふりして外国へ行った。おそらく北朝鮮さ。そこで秘密の任務に従事してるのさ、じぇいむ、むしゅ、じぇいむしゅ・ぼんどみたいにね。何をしてるの。そんなのわかるはずないじゃないか、あたしらみたいな普通の人間を欺くために死んだんだからさ。でもあたしにはわかる、あの葬式で父ちゃんを見たとき、たしかにあたしに目配せした。心配するな、ってね。だからこれは全部辻褄があってるのさ。はあ……まあ、母ちゃんがそう思いたいんならそれでいいかな。うん? わかったよ、つきあうよ。父ちゃんは生きてるね。そうだよ、さすがあたしの子、ものわかりがいいなあ。生きてて、どっか見えないところで大きな仕事やってるんだよね。そうだよお。で、いつかあたしらのもとに帰ってきてくれる。そうなる、そうなるなあ。
このままでは勝てない。わかってはいた、そんなことは。でも93のオープニングステージ、まさかあれほどのものを持ってくるなんて。他の出場者とは違って楽器の生演奏者がいるとか、そもそも開幕の熱狂が追い風になっていたろうとか、そんな事後的な分析は意味を成さない。あれは有無を言わさぬ才覚と鍛錬の賜物だった。持っていかれた。
次は私の番だ。ペルーのカヤオにて行われる第二回公演にて、オープニングで新曲を披露しなければならない。もちろん十分な曲数を準備してきた。しかし、あれに匹敵する演舞を今の私に為しうるか。
ねえヤスミン、と声。あ、そうだ、一人ではないのだった。私はすぐ忘れる、一緒に作ってくれる相手の存在を……うん。やっぱさあ、この前のメキシコで思い知らされたんだけど、ショーとして成り立ってないとだめだよ。うん。93はオールドスクールなヒップホップで、Shamerockはメタルコアとヒップホップのコンビネーションで、Innuendoは言うまでもない完璧な舞台立てで、みんな特色がある。何よりDefiantのマジックリアリズムっぽいステージにはびっくりした。そりゃラテンアメリカのバイブスに合うはずだよ。うん。だからさ、曲はよくても、それを見せる工夫に関して、あたしらはあまり考えてこなかったと思うんだよね。うん、その通りだね……だからさ、今のうちに次はどんなステージにしたいか考えとこうよ。どんなって……ヤスミン、こういうのはでかく考えたほうがいいよ。ステージの上ではでかすぎるってことはないよ。ヤスミンはどうなりたい、ステージでどんな人になりたい? どんな人になりたい……か。
もう父さん、泣かないでよ。だってなあ、まさか私たちの娘がこんなになってくれるなんて。なあ。ええ、想像もしなかった、あなたが音楽の祭典で世界一に、なんてね。たまたまだよ……いやこれは必然さ、わたしたちの見えないところで、ずっと頑張ってたんだなあ
ヤスミン? えっ、うん。そうだね、やっぱり、観客をこう、非現実の世界に連れていくような演出にしたい……非現実か、いいね。そして、私たちは東アジアから来たわけだから、その印象を武器として使いたい……うん、シンセポップとアジアンテイストの相性の良さ、ってのもあるしね。そして何より……多くの人を魅了するステージにしたいな。魅了?
ヤスミン、魅了っていっても色々あるよお。うん、そうだよね……ただ、照明とかバックスクリーンの効果とかで色々できるってわかったから、イメージから作ろうかと。いいね、どんなだろ。まず、霧をステージに充満させる。霧かあ……野外のステージだから散りやすいと思うけど、どうするの。まず奥から私たちが登場して、イントロがフェードイン。そこに紫と橙色の照明。大胆な配色だね、で歓声がワァーッか。うん、そして……ええと。客の反応込みで考えたらいいよ、いわば観客は三人目のメンバーだし。三人目……
人は見かけによらないって言うけど、すごいよ
もとに戻れない。え? こんなステージを観た後ではもとに戻れない、って感じにしたいな。体験する前の状態には、ってこと? そう。いいね、あたしが最初にウータン・クランのビデオ観たときみたいな。でもさヤスミンもっと具体的に。ああ、ごめん……えっと、ライブでやるわけだから、五感に訴えかけるステージにしたいというか。五感ねえ。なんだったら香とか焚いてみる? 香、か……VIXXが香水ふったアルバム出してたじゃん、あんな感じで。いっそあたしらの香水つくって物販で売ってみる? その香りがファン同士の結束力になったりして。うわービジネスチャンスかもなこれは! 香り、か……
ずっとこのときを待ってたんです、意のままになってくれるこのときを。ねえ、エリザベス。私知ってました、どれだけ取り繕おうと、あなたも無防備な娘っこにすぎないってこと、私と同じで……あなたの高飛車な態度からは、誰かの愛を求める
ひとつに溶け合うのです。え? えっ? いやあの、香りの話? え、そ、そうだよ。観客との連帯感というかさ、ひとつになる、みたいな。いいね、音楽をライブでやる醍醐味だよね。一体感、と……うん。なんか今日はヤスミンがいっぱいアイデア出してくれて嬉しいー、こんなになっちゃったよメモ。うん……じゃあ、そろそろ本格的に固めようか。固める。うん、出たアイデアをまとめて、ひとつのコンセプトに結集させる……あー結局、この作業が一番しんどいんだよね。えっ。すべてを実現させられるわけじゃないからさ。出したアイデアのほとんどは、削るか切り捨てるかしなきゃいけないから。そうなの。うん。じゃ今までのアイデアに合う曲決めようか、とくに照明とステージのイメージは良いと思うよ。あ、うん……
これだね。これか……な。これで勝負しよう、『第七天』。作ったときからフェス向けの曲だとは思ってたけど、ステージ演出と
ごめんね
……なるほど。どうかな。すごくいいと思う、このオケはデモ音源? いや、最終的な編曲のですけど。そうか、ライブ栄えするタイプね。でしょー。でも、ちょっと意外というか……意外? 失礼かもしれないけれど、
いいのかな、これで。でもやり直すにしたって、あれだけ詰めたものを今更なしにするなんて、できるわけない。
大丈夫、
何なんだよ、まだ
やれるだけのことはやったんだ。一音目が鳴り響いた瞬間、私たちにも93と同じくらいのことがやれると思った。でも開幕の高揚感が退くにつれ、ステージを牽引できている実感は下降線をたどるばかりだった。これは私一人の採点じゃない。今回の投票結果を見ても、如実に現れているのだから。
ヤスミン、と。まただ、また私は忘れていた。何度繰り返せば気が済むんだ、私は一人で作ってるわけじゃないのに。でも『第七天』は、二人で、
素晴らしいステージだったわ。と、
とだけ言って、背を向けて歩き出す。見透かされていた、ここまで完膚なきまでに。
どうするヤスミン、ドロップキックくらいしてこようか。立ち去る二人の背中を指差して
言えるか、目を逸らさずに、一切の誤魔化し無しに言えるか。言える、言うしかない。これからは──
……そっか、と
こんなにも危ういのか、二人で何かを為すことは。お互いの
どうか見放さずにいてくれ、三人目よ。私たちはあなたを求める。
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