06 再出立
四七へ
あなたに手紙を書くのも、この名前を使うのも、もう最後になるね。名残を惜しむ気がないわけでは無いけれど、じゅうぶん役目を終えたと言えるでしょう。あなたもわたしも、お互いにね。
あなたはひとりでもやっていけるはずなので、いくつか簡単な事項を書いておくのみとします。まず、あなたがGILAffe完成のために敢えてしてくれた献身に感謝します。あなたなしでは、わたしは人体実験のために多くの人間を犠牲にするような、一昔前のマッドサイエンティストめいた真似をしなければならなかったかも。その必要なしに完成にこぎつけることができたのも、あなたがその一つ身に実験の役を負ってくれたことに依ります。忍耐と辛抱をありがとう。
次に、これは実際に会ってみればわかることだけれど、九三は初対面での印象よりもはるかに鋭敏な知性を備えた人間です。悟性、のほうが正確かな。決して甘く見ないように。常に過大評価しておくくらいが適切でしょう。もうひとり國分測さんという、とても繊細で可憐な女性がともにいるはずですが、わたしは彼女のことをとても高く買っています。正直なところ、九三も彼女無しでは何者でもなかったもしれません。常に九三と測さんが知性・感性ともに良好に交通している状態を保っておくこと。そうすれば、あなたもすぐにわかってくるでしょう。そこで何が起こりうるのか、自分は何をすべきなのか、が。
さて、長ったらしい手紙は読むに苦ですし、なにより眠くなってきたので、このへんで畳みます。既に伝えた通り、わたしはこれから別の名前で相も変わらず仕事に励みます。また別の名前になる、誰も知らない何者かに成り果ててしまうこの感じは四七、あなたならわかってくれるでしょう。かといって、今さら情緒に纏綿するような趣味も、わたしたちには無いはずですね。もっと(九三が謂っていた通りにこの概念を理解できたかどうかは疑われるのですが)ファンキーに仕事を続けなければなりません。四七も身体には気をつけてね。といってもあなたは頑丈な子だから、何も心配いらないでしょうけどね。もう会うこともないでしょう、し、また新たな名前で逢うことになるでしょう。杜さんや岩走のお嬢さんにも、よろしく伝えておいてね。それでは、これで最後になる署名を、あなたに贈ります。
百済不二良
身体がうるさい。のかも、しれない。なんだこれ、こんな感じだったっけ。これ、ほんとにわたしのなのか。っていう夢を見ていた、のか。いやちがう、確かにこれは現実。でも現実ってなんだ。わたしはふだん使わない言葉だ。現実を見ろ現実を見ろと居丈高にものを言うくせに、自分はといえば体制順応で現状追認な言葉を糊のようにひっつけることしかできない奴ら。現実を知っているせかいをれいてつににんしきしているりありすとであるとキャラ設定してるくせに、せいぜい自分の爺ちゃん世代までの遠近感しかなくて、ひどい手合ではその程度のことすら知らなくて、とりあえず自分が生まれついた土地の柵が錆びていないか、夜明けから日没まで気にしている奴ら。柵がなきゃ眠れないのか。誰か襲ってくるかもしれないと不安か。なら怒りを掴み出せ。呪いではなく。耳を澄ませて怒りを聴くんだ。耳さえ澄ませれば、何だって聴く事が可能だ。香りも味も怒りも恐怖さえも。耳に瞼は無い。耳に夜は来ない。耳を塞いだまま誰かを嘲け笑う事を、いつ、誰に、なんで教わった? 襲われたからか? 敵に? だったら自分が敵になれば良い。敵になるんだ。マイク・タイソンの……マイク? あれあのマイクどこやったっけ。そもそもここ何処。ステージじゃない、よな。うわ白い。マジ白い。白くて柔らかくて薬くさい。って、ことは。
起きたね、と声がする。
あのとき止めておけば、なんて言わないよ。と、自責でも難詰でもない声色で
沈黙。
また、死に損なったね。憐むでも
沈黙。どうしようもないな。恋って、自分で言ってどうする。でも言うしかないんだ、終わったことを恋だったと呼べるのは、当事者しかいないから。だから笑って。思うさま
じゃあ。えっ、なんもなしかよ。ちょっと
ばたん、と扉の音。もう今までと同じでは、そうだな。今まではあのニセキュウゾウがストッパーになってた、でもわたしがキュウゾウだとわかれば、もう同じではいられないか。じゃあ、今までのわたしは鏡の前で踊ってただけか、ただ自分の鏡像を前にして……いや、そうじゃない。だってキュウゾウを通して漁火ちゃんや
『十字架のヨハネ研究』鶴岡賀雄著。なんでだよ。なんでこのチョイスだよ。一晩で読むには厚いし、入院してる友人に宗教学の差し入れってどういうことだよ。しかもこれ国立国会図書館のだ、わざわざ借りて持ってきたのかな。わたしが目覚めるまで待って、目覚めるのを信じて、わざわざこれを……
となると、読まずにおけないのが人情である。十字架のヨハネ、ちゃんと読んだことないなー。
〈非永続性〉そしてこの突然に生じた接触は、永続することなく、やがて終わる。触覚一般はともかく、接触・触れ(toque)という把握は、上述のように一時的な感覚である。しかるに、この触覚の一時性は、触覚一般に伴う身体運動性とあいまって、優れて距離を開き措定する感覚と言えるだろう。ここで言う距離とは、それまで触れていた対象が、いまは私が触れてはいない別の場所に存続しているがゆえに成立する空間である。接触は、触れるときも触れられるときもほとんどつねに、触れていたものが離れることによって開かれる距離空間を動く運動感覚を潜在的に伴うように思われるのである。
思われるのである。躊躇とともに断言するような不思議な結び。そこから論旨はふたたび、
とすれば、接触は、空間概念一般ではないにしても、少なくとも自分がその一端にいて、そこを動く具体的空間を開く。そして何かに触れ(られ)ることと、その何かが離れたことによって開かれた、主体とその何かとの──私とあなたとの──「間」の空間は、そこを対象が言わば連続的に動いて離れていった空間であるから、主体もまたそこを動き、通過し、移行していくことが可能なはずである。その意味でこれは、ある超越的視点から思念される等方等質のユークリッド空間──延長としての物の空間──ではなくして、触れられたものと触れて離れていったものがその中にいる、両者を極とする一種の志向性に貫かれた磁場のような空間である。それは、両者を隔てると同時に、ある緊密な関係性の中に結ぶ。かくて、接触として語られる神秘体験とは、神と魂との間にこうした極性を帯びた時空の隔たりが定立・設定されること、そのこと自体である。接触が合一の「部分だ」と言われるのは、こうした意味であろう。
私とあなたとの「間」の空間、触れられたものと触れて離れていったもの、ある緊密な関係性。なんだかすごいな、宗教学の論文ってこんなのかな。いや多分、この人の美文が為せる業だよな、美文って一言で済ませていいのかわからないけど。それにしても──接触は、触れるときも触れられるときもほとんどつねに、触れていたものが離れることによって開かれる距離空間を動く運動感覚を潜在的に伴うように思われるのである──なんか、わかる気するな。いや、気だけじゃいけないんだろうけど。なぜだか、この段落ばかり何度も読んでしまうな──触れられたものと触れて離れていったものがその中にいる、両者を極とする一種の志向性に貫かれた磁場のような空間──これって、わたしと
ぱたん、と紙々がぶつかる音。やめよう。考えすぎだ、慣れないところをうろうろと……でも
これは試練なのか。たぶんそうだろう。でなければ先に進めない。またこうして帰ってきたんだ、馬鹿なことやらかした患者として、しかし三年前とは確かに違う迂路を通って。繰り返しだけど、繰り返しじゃない。反復は時間の順序とは関係ないって、こういうことか。進んだと思えば帰ってくる。でも、この身体に残った痕たちが、確かに本当だと気付かせる、起こった事すべては幻ではないのだと。
何も収穫が得られなかったとしても。愛とともに迎えてくれる腕がなかったとしても。それでも続けなきゃいけない。なぜ? 癒したいから? たぶん違う。そもそも癒しなんか望んでない。ただ喰らって、砕けるだけ。本当にそうか。それはなんか、かっこよすぎないか。もっとなにかあるんじゃないか、どうしようもなく平凡で、だからこそやめられない理由が。
わからない。わかるもんか。ひとりで考えたってわからないよ。とにかく始めよう、また始めるんだ。どこまでいっても続きしかない、誰かが踏んだ土地をまた行くしかない。
せっかく
髪型どうしましょうか? えーと自然にしてくれたらいいんですけど、
おまたせ。おー、キマってるじゃないすかー! おそらく
おーなんか緊張したー。なんでだよ、ライブのときもそんなかよ。いやステージとは別の緊張ていうか、いま撮られてるんだなーて意識がさ。撮られてるって意識は捨てたほうがいい、そしたら自然に映るよ。ていうかこのミックス初めて聴いたけどすげえな、
あはは、今のズームアップからの決めポーズよかったんじゃん。見てみる? うん、こっから……あはは、いいじゃんいいじゃん、ミュージックビデオっぽいよ。
うーん、なんか合わないな。だから、こんなカットにテイク費やさなくていいって。いやこういうのに神が宿るんだってば、なんだろ、もっとこう煽る感じじゃなくてさ、あるじゃん、片眉だけ吊り上げて挑発するみたいなの、映画とかで。ああ……それをやればいいの? そうそう、きっと
おーあははは、これだよこれ! きたっすね、ブラピっぽい! ブラピっぽいは褒め言葉かな。よーしこれで全体の流れ見えたよ、あとはさアウトロあたりの、スーパースローモーションっぽくうわーって動く感じのやつ、そういうの撮ろう! ほんと感覚だけで作ってんなー。フロウしてるって言えよー。あとあたしとちぬんの両手タッピングのとこ、さっきのテイクとは別に手元ズームで撮っといてもいいすか? いいよもちろん、編集の時どっち使うか決めよう。
おーもう一五分前、だいじょうぶ撮り忘れとかない? とフッテージにかじりつく
あの花を枯らすつもりはない。いつかは
よーし
はい、
何だった? え、なに
撮影機材が撤収される慌ただしさの中、
遅刻なんてありえない人だから、もう来ちゃうと思うけど、ああどうしようかなちゃんと話せるかな、わ。お待たせ。いや待ってないです、と反射的に応じた相手が本当に待ち人なのかも疑わしいまま、目を釘付けられるしかなくなる。くぎづけられるっておかしいか。でも本当にそうなのだから仕方ない。
新宿御苑前駅から数分歩き、公園が見えた先を右折したところ。そこに
うわ。なん、ですかこれ。でしょう。わたしの舌が溶けたのかと思ったが、いやまだ確かについている。どうしたの。いや、あの、なくなっちゃったかと思いまして。なにが。舌が……とおぼつかない発音で答えると、ふふっ、とくしゃみのような笑みが漏れた。大袈裟だね。おおげさじゃないですよ、だってたべものでこんな感触はじめてで。わかるよ、別次元だもんね。なにか誇らしげな微笑とともにグラスを呷る先輩。その仕草さえも絵になるなあと見惚れていると、はい、と酒瓶の先がわたしのグラスに向けられる。あっいいですよ、自分でしますよ。よくない、年長者からの酌は受けなさい。はい、と慌てて応じる姿勢となり、グラスと瓶がぶつかる音を聴く。口に合わなかったら言って、二本目は別のを頼むから。はい。けっこう
で、あなたの作詞業だけれど。と、唐突に話題が切り出される。はいっ。日の目を見た作品数が増えたのはいいことだけれど、質的に一貫性を欠いてるね。アニメ映画主題歌からアイドルソングから公共広告機構モノまで、って。はい……会社が回してきたものを手当たり次第に、って印象を受けるけど、違う? はい、そのとおりです。悪いことだとは思わないけどね……と語尾を保留してグラスを飲み干す。悪いことだとは思わないけど、クライアントと意思の疎通は取れてるのかな。とくにアニメ映画のあれ、原作とも映画用脚本とも関係ない内容だったけど。はい、あの……実はあれ作詞コンペに出してたのが拾われて、とりあえず間に合わせで使われたんです。やっぱりね、とグラスに酒を注ぎながら、いいけれど、あなたが点数を増やしたのは自分の実力を示したかったからでしょう。そういう時こそチャンスなんじゃないかな、「これとは別に映画用に書き下ろします」くらい食い下がってもよかった気がする。と、こちらの心裡を赤剥けにするようなことを言う。はい……おっしゃる通りです、実はわたしあの作品の原作も何も知らないまま出して……監督もそうだったらしいね、雑誌の映画評に書いてあった。酷評でしたか。まあね。そうだよなあと思いつつグラスで口を塞ぐ。その監督と同じくらい、あなたも不実だったってことだよ。上の人間が誠実さをもって取り組んでない現場なら、そもそも近寄るべきじゃないと思う……なんて、職業作詞家から降りた私が言っても説得力ないけどね。いえっ、まさにそれです、それが聞きたかったんです。社の中にいると、まるでこのルーチンをやっていくことが目的のように思えてくるから……その外にいる人の意見を聞きたかったんです。ほたての握りを口に運びながら先輩が頷く。ひとつだけ助言があるとしたらね、と静かに話し始める、のを聞いている。たとえば、メジャーの仕事を受ける。自分の作品の受け手が増える。そしたら称賛も多く集める。けどね、と一呼吸ののち、たぶん、見抜かれてるんだと思うよ。と
そうじゃないところで書いてる、人もいる、ってことを、知ってしまったから。先輩らしくもない、途切れ途切れの構文。商業的じゃない場で、ですか。即座に首が横に振られる。メジャーかマイナーかなんて関係ない。どんな環境に身を置いていても、これだけはやらない、あっち側には絶対に行かないって禁欲をもって
ああ、と詠嘆が漏れそうになる、のを
とにかく、作品で証明し続けるしかないよ。はい。どんな道を通ろうとも、その過程で、自分が世界に捧げたものを残し続けるしかない。世界に、ですか。そう、結局これが一番適切な言い方でしょう。誰かに認められたいでは権力欲になってしまう。誰に届いてもいい、誰にも届かなくてもいい、ただ自分はこれを
さ、私の話はもう終わり。何か聞かせなさい、浮いた話の一つでもないの? ないですよお、もう毎日仕事ばかりで。のわりにツイッターからは離れないね。えっ、見てるんですか。いや、勘で言っただけ。う。あんなところで言葉を垂れ流したって消耗するばかりだよ。うう……まあ、告知リツイートくらいしか使ってませんけど……なんかもう疲れちゃって。疲れないわけがないよ、あんな読み書きもままならない幼児たちがいっぱしの顔するためだけの社交クラブで。はい、もうネット上になんやかんや書くのも疲れちゃったので、最近ノートをつけるようになったんです。ノート。誰に見せるわけでもないんですけど、訳詞をしてみようと思って。ほかの人が書いた詞を自分なりにかみくだいてみれば、何か得られる気がして……それで、いま英語詞の翻訳ノートをつくってるんです。
それは、それは──いいと思う。と、今日初めて見せる表情で先輩が言う。母国語だけにしがみついてる作詞家なんて話にならないよ。自分の生まれ持った言語に対する違和感は、物を書くうえで絶対に必要だと思う。歌詞の翻訳はその感性を鍛えるのに最適だと思うよ。やっぱりそうですか! じつは、今日持ってきてるんですけど。と浮かれて鞄の中から一冊取り出す、のを見て先輩が苦笑する。誰に見せるでもない、って言ったでしょう。ですけど、ですけどお、やっぱり先輩には聞いてほしくて。読んでほしい、じゃなくて? はい、最近わたし、自分の作詞以外でも、物を書くときは常に声に出してから文字にするようにしてるんです。正しいと思う。大江健三郎も同じことを言ってた。そうなんですか! なので、私が訳した詞を読むのを、ちょっと聞いてほしいなって……だめですか? と見え透いた躊躇を置くわたしに、先輩はお酌で応える。聞かせて。はい。ぐいっと一口含み、うわーどれにしようとページをめくる。うん、一番自信あるのはこれかな。と、飲み込む。プリファブ・スプラウトの『Appetite』なんですけど。わたしが投げた曲名を、先輩は絶句とともに受け取り、数瞬の沈黙ののち、あの曲は、あの曲は──本当に素晴らしいよ。と陶然として応えた。イントロに入ってる三拍子のパートが、繰り返し挟まれるんだよね。ある意味、ビートルズの『We Can Work It Out』を逆さにした発想とも言える……でも、あの曲はパディじゃなきゃ作れない。何よりあのシンセの
ど、う、ですか。いいと思う。ほんとですか! 明らかな誤訳が二、三箇所あったのを除けば、曲の雰囲気もうまく出せてると思う。う、やっぱありましたかあ。大したことじゃない、どういう誤訳がありうるかを知りたければ、自分で誤訳をしてみるしかない。誰だって、その一線は越えなきゃいけないの。少なくとも、この訳者はだめだのこの誤訳はひどいだのAmazonレビューに書き散らして
そうか、音楽する方法はひとつじゃない。別の唄い方、別の繋げ方があるはずなんだ。すくなくとも今日、わたしは先輩と同じ曲で繋がることができた。それだけでじゅうぶんだろう。それを大切にしよう。持って帰って、植えて、枯れないように育てよう。そうすればきっと実るかもしれない、わたしよりも
さ、話しすぎて箸が止まっちゃったね。もう何貫か頼みましょうか。いいんですか。金の心配なんてしなくていいの。何か季節のものをいくつか、と、
じゃ、このボーカルトラック基準でねえさんのも混ぜようと思うっす。ん、こんなもんでよかろ。よしもっかい頭から聴こーぜでかい音でー。さっきからそればっかやな
な、改めて見てもよか? え? そん刺青。ああこれすか、どうぞ、撮ってもいいすよ。おーやっぱ迫力あるな。痛くありませんでした、入れるとき? いやー初めての感覚だったんで痛くはないんすよ、でも二回目からは慣れてきて痛み感じるらしいすねー。みんなそう言うよな。そっちのもよか、知念の? あ、はい、どうぞ。トライバル、っち言えばよかとかな。そうですね、こういう模様が得意な彫師さんで。でもなんか、同じテーマのタトゥー入れるってすげえよな。香港映画みたいっしょー? 義兄弟の契りみたいなー。いや、それよりも、ストレートに恋人だろ。えっ? えっじゃねえよ、お互いの名前を身体に彫りあうってことは、それはもうそういうことだろ。えっ、いやあたしらそんなんじゃないっすよ、ねえちぬん……うん。え。出、出たーノンケ特有の無神経さ! おいチヌ、だっけ? 隠さずに言っていいんだぞ! なん言いよんか
でもなんか、不思議ですよね。なんが? χορόςで出会った人たちと、こうやって同じ曲で作業してるって。ま、ぜんぶ
じゃあ今夜の主役にいー、乾杯の音頭とってもらいましょうー! さあ
まさかうちからヒップホップスターが生まれるとはねえ。いやスターとかそんなんじゃないすよ。まあ、あの日集合に遅れて
あーあの、ほんとに、ありがとござしたあ、おせわになりましたあ。がんばれよーキュウゾウ。よー日本代表。あざす、あの、わたし、ほんとに、世界変えようと思うんで。おーなんかでかいこと言いだしたぞ。いやね、わたしの大好きなトゥパックってラッパーがね、こう言ってたんすよ、「俺は世界を変えることはできないだろう、でも俺に影響された奴が世界を変えるはずだ」って。で、その奴ってのがわたしなんすよ、だから、わたしがんばります! だからの使い方がすげえな。あはははは。じゃもう解散で。えー二次会ないんすか。あのな俺たちは明日も仕事なの。あーそうでした、みなさんありがとござしたほんとに……じゃーなー。おつかれー。
あー……いくらなんでも病み上がりで調子こきすぎたな、あたまいてー。あの、
いやあ、あるんだなこういうことも。たまんないな、どうしよこれ酔っぱらいの幻だったら。朝になって全部消えてたら……よう。よう、おっなんだフリースタイルか、やだよわたしもうバトルはしな、あ、古市さん。相当飲んだな。いやまあいつものことじゃないすか、それよりすいませんでしたいろいろ失礼なこといって……それもいつものことだな。ほれ。え、万札。あ、タクシー停めてくれたんすか。ほら、さっさと帰れ酔っ払い。あ、いいんすかこれ、おつりかえすの後日で。いらねえ、とっとけ。え、ちょっとお、ちゃんとお別れ言わせてくださいよお。めんどくせえな、お別れってわけでもねえだろ……あのな。え、なんですか。言ったろ、娘がいて、もう会ってないって。はい。でもな、何年か前に向こうからLINEで申請が来て、たまに連絡取ってんだよ。え、そうなんすか。でな、LINEのプロフィールで、なんか好きな曲登録する機能あるだろ。LINEのサブスクみたいなやつすね、あるらしいすね。それが? うちの娘のな、お前らの曲だったよ。じゃあな。
ばたん、と外からドアが閉まる。えー、えー、そこで閉めるかあ。なんて不器用な人なんだ、まあ知ってたけど。どちらまで。あっすいません
いろんなことがあった。痛かったし、辛かったし、死にかけたし、でも、全部の傷がわたしを強くした、はず。トゥパックも言ってたな、 “That which doesn't kill me can only make me stronger.” これニーチェの引用らしいけど、ドイツ語原文ではどうなってるのかな。こんど
また続けよう。続きを始めるしかない。
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