第52話 [誘惑]




 唯咲が制服に着替えるのを少し待ち、俺たちは外に出た。



「さっすが僕の師匠ですねぇ!」


「そうか、だが後ろ向きに歩くと転ぶぞ」



 俺を見ながら後ろに歩いているので、転びそうなのだ。



「僕も早く師匠ぐらい強くなりたいです!」


「そうだな、次の休みにでも稽古をつけてやろうか?」


「えっ!!いいんですか!?やったー!!」



 唯咲は目をカッ見開き、よくわからない踊りをしていた。喜びの舞か……?

 その後はしっかりと前を向いて歩き始めた。



 校門まで歩いていたのだが、後ろから何かが飛んでくるのを感じた。

 そしてそれが近づいてくると叫び声が聞こえてきた。



「誰かァァ!!危なぁぁい!!」



 俺はノールックでそのなにかを手で真っ二つに切った。切ったのは野球ボールだった。

 野球部がホームランでもしたのだろう。



「師匠!?今の気づいていたんですか!?」


「何っ……お前気ずかなかったのか?」


「えぇと……はい……」



 下をペロッと出していたが、俺がずっと視線を送っていたら唯咲が冷や汗をかき始めた。



「し、師匠…?そんな後ろに“ゴゴゴゴ”って書いてそうな感じで見つめるのはやめてください……」


「稽古は……厳しめに行くか……」


「ぇぇ……!!」



 掠れた声で驚いていた。あれぐらいは感じ取れるようになってもらわなければ前世では戦えないぞ……。

 俺の基準として。



「大丈夫でしたか!?」



 白いキャップに白に黒い線が入っている服を着ている男がやってきた。野球部だろう。



「ボールが大丈夫じゃないな」


「え?———えっ……?」



 男は一瞬俺の言ったことがわからなかったようだが、ボールを見てもわからなさそうであった。



「あの……これはなぜ真っ二つに……?」


「すまんな、切ってしまった」


「どうやって……?」


「手」


「手……ですか……」



 若干引かれた気がするが、弁償などはしなくてもよかったので問題なし。


 そして校門を出て少し歩いていた。今日は早く帰って夕飯を作らねばならないのだ……!


 今日の夕飯は———はぁ!!


 夕飯を考えようとしていると前に訪れた喫茶店の窓にこんなことが書いてあった。



 “新作!絶品!!イチゴたっぷり激厚ホットケーキ数量限定!十六時〜十八時まで!”

 そして美味しそうなホットケーキの写真。



「お、おのれ日本人…!なぜこうも美味しそうな新作を……しかと数量限定で時間指定だと……!?許すまじ……!」


「師匠?食べたいんですか?」


「食べたいに決まっているだろう!!」


「おぅっ……そこまでなんですね……」



 だがここで時間を潰していると夕飯が作れなくなってしまうし、腹が膨れてしまう!今の時間は十七時半!

 どうする……考えろ…!前世では最強と呼ばれていた者だろう!


 どうする……どうする…!



「あ、あの!また来てくれたんですね!」


「……む、お前は……沙夜香か」



 店から出てきたのは茶色の髪を編んでいる女子、沙夜香だった。



「えっ!?いきなり名前呼びだなんて……照れちゃう……」



 顔を手に持っていたおぼんで隠していたが真っ赤になった耳が見えていた。



「で、何か用があったのか?」


「え?店に来てくれたんじゃないんですか?」


「ああ……実は今悩んでいるのだ……。ここで帰るか、それともここで食べるのかを……」



 ぐぬぬと唸っていると、こんなことを言ってきた。



「い、今ならこの期間限定のポイントカードが作れるんですっ!」


「む?なんだそれは」


「えっとですね……期間内に指定された料理を注文してポイントをためることで裏メニューが食べれる、というものです!」



 ふっ……俺がそんな誘惑に屈するとでも思っているのか?



〜〜



「ご注文の“イチゴたっぷり激厚ホットケーキ”で〜す!」



 屈するに決まっているだろう?裏メニュー?気になるに決まっている。


 そして俺の前には普通のホットケーキの数倍厚く、上にはホイップクリームとイチゴがたくさん乗っていた。



「おお!これは美味そうだな…!」


「そうですね!部活終わりに甘いもの……最高ですね……」



 皿をもう一つ持ってきてもらい、このホットケーキを半分にして唯咲と分け合った。



「「いただきます」」



 フォークとナイフを持ち、ホットケーキを一口サイズに切って口へ運んだ。



「………こちらが正解の道だったか……」



 美味い。それしか出てこない。

 唯咲と俺は終始ニコニコしながらホットケーキを食していた。



「あれ、師匠イチゴが残っていますよ?」


「くくく、俺はメインディッシュを最後まで取っておく派なのだ」



 俺がそう話している途中、足の位置を変えたいと思い動かすと、机がガタッと動き、皿の上にあるイチゴが床へと向かっていた。



「あっ!」


「む?あぁ!」



 俺は咄嗟に持っていたフォークをイチゴに向けていた。

 だがこのままではフォークで押し出してそのまま床へ落下するだろう。なので……。



(【念動力サイコキネシス】!)



 イチゴをフォークをの元まで操作し、自然に刺さったかのように見せた。



「お、おお!師匠すごいです!」


「ふぅ……危ないところだった……」



 メインディッシュがなくなったら終われないからな。

 因果律を操作してまで俺はイチゴを取るつもりだったが、簡単に取れたな。


 ちなみに【念動力サイコキネシス】は【重力操作グラビティ】の劣化版のようなものだ。

 だが使う魔力マナの量も少なく、小さいものを動かす時に使うものだ。



 最後のイチゴを食べ終え、レジでしっかりとポイントカードも作ってもらった。



「また来てくださいね〜!!」



 沙夜香はブンブンと手を振っていたので俺も振り返しておいた。


 唯咲とも別れ、俺は家へと向かった。

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