第33話 [唯咲の悲しき過去:後編]




「お母さん、お母さん!!」



 僕はお母さんに駆けつけた。



「待っててお母さん!今救急車を———」


「大丈夫よ……唯咲………。もう……間に合わないから………」



 僕は救急車を呼ぼうとし、ヨロヨロの足で歩こうとしていたが、お母さんは僕の足を掴んでそう言ってきた。



「そんな……そんなこと言わないでよ……!」


「唯、咲……最後にちゃんと……顔……見せてほしいわ……」



 僕は苦渋の決断だったが、お母さんの頼みを聞くことにした。



 僕は木刀をその場に置き、お母さんの隣に座った。



「ああ……可愛い顔に傷が……。ちょっと……待ってて……」



 お母さんが自分の髪を結んでいる組紐を震える手でほどいて、僕の右側のもみあげに結んだ。



「これ…を、お母さんだと思って……大事にしてね……」


「ぅ……ううぅ……」



 僕は抑えていた感情が溢れ出し、両目からポロポロと涙が零れ落ちてきた。



「ふふ……泣かないで……。笑ってたほうが……あなたらしいわ……」



 お母さんは僕の頰を撫でながらそう言ってきた。

 だけど笑うことなんかできなかった。



「……ごめんなさいね……」


「謝らないでよ……お母さん……」


「ああ……ダメなお母さんね……謝ってばっかで……」



 目の光はどんどんと消えかけており、瞼はどんどんと閉じていっている。



「唯咲……あなた……おじいちゃん……姉さん………」


「お母さん……!!」


「最後……に、これだけ……言い……たい」



 お母さんは僕の頭に手を置き、撫で始めた。



「ぁ……———」



 最後に何かを言いかけたのだが、言う前に瞼は閉じ、僕の頭にあった手も離れていった。



「わからないよ……最後になんで言おうとしたの……!お母さん……」



 僕はお母さんの手を両手で掴み、さらに涙の量が増えた。


 お母さんは冷たかった。



「くぅう……くっ、ゔぅっうう!」



 僕は声を殺して泣いていた。


 その涙は水栓のない蛇口のように、おじいちゃんが家に帰ってくるまでも、帰ってきてからも止まらないでいた。



〜〜



「すまんのう。早く帰ってこれなくて……」


「………おじいちゃんは悪くないよ……。僕が……僕が弱がっだがら!」



 おじいちゃんが帰ってきたら、おじいちゃんがすぐに警察に電話し、男は逮捕された。


 お母さんとお父さんはその場で死亡の確認がされた。



 僕の右目は医療措置を施してもらい、眼帯をつけている。



「まだ若いのにこんな思いをさせてしまうとは……。唯咲、お前はあの男が憎いか?」


「憎いよ!お母さんとお父さんを……!」


「そうか……。唯咲、お主に話さなければならないことがある」


「?」



 おじいちゃんがしゃがみ、僕の肩に手を置いて話しかけてきた。



「あの男は、裏のとんでもない組織のメンバーの一人なんじゃ。だからあの男の仲間がまだこの世界にいる。そしてわしはそれを追い続けていたのじゃ」



「そしてあやつはまだまだ下っ端なのじゃ。だから、お主があの男の仲間を倒したいのならば、お主はもっと強くならねばならん。強くなりたいか?唯咲」



 そんなの決まってる。



「ゔん!強くなりたい!!」



 僕は頰から流れるものなど気にせずそう答えた。



「よく言った。稽古をみっちりつけてやる。だがそのあと、お主はまだまだ強くなれるじゃろう。だから、師匠を探せ」



「強くなった自分よりも強い奴を見つけ、弟子入りするのじゃ。そしたらあやつらとも渡り合えるじゃろう」

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