第32話 [唯咲の悲しき過去:前編]




 唯咲がベッドに転がった後、俺もベッドに転がり寝ようとしていた。


 だが唯咲に話しかけられた。



「師匠。師匠はこの傷のこと気にならないんですか?」


「……人には、喋りたくない過去もあるだろう。無理に聞こうとするものじゃない。あとあまり気にならなかったからな」


「えー!まあ……確かにこの傷はあまり人には聞かれたくないものです……」



 唯咲は右目あたりをさすりながら言ってきた。



「でも師匠には言っておきたいんです!なんで傷がついたのか……。なんで僕が師匠を師匠にしたいのか……。聞いてくれますか?」


「聞くだけならな……。そのあと俺に何かを求めるなよ」


「じゃあ話しますね。あれは僕が小学三年生だった頃です———」



〜〜



「「唯咲!誕生日おめでとう!!」」


「ありがとう!お母さん、お父さん!!」



 僕は今年で九歳になった。



 そして目の前にいるのは僕のお母さんとお父さんだ。


 お母さんは“桜花 光月おうか こうげつ”という名前で、黒い髪を後ろで緑色の組紐で結んでいる、僕の顔とそっくりなお母さん。

 でもお母さんは不思議で、普段は黒い目だけど月明かりに照らされると淡い紫色になる。


 お父さんは“桜花 桃介おうか ももすけ”という名前。僕と同じ色の髪と目の色をしたお父さん。“桜花家の血を引き継ぐものはこの色になるんじゃ”っておじいちゃんが言ってた。


 僕とお母さん、お父さんとおじいちゃん以外は家族がいない。



 僕は“彼岸桜式刀術ひがんざくらしきとうじゅつ”という刀術を教えている道場の長男として生まれた。家は道場が隣接しているのだ。


 だから休日でもお父さんやおじいちゃんと勝負をしたりしている。



「やぁあああ!!」


「隙あり!」


「うわっ!?」



 今日も今日とて、おじいちゃんと試合をしていた。


 そして今、おじいちゃんに転ばされて床に転がっていた。

 僕のおじいちゃんはヒゲまでピンク色になっている。



「おじいちゃん強いよぉ……」


「ははは、まだまだじゃが……日に日に強くなっておるのう」


「本当に!?」


「ああ、本当じゃ」


「やったー!!」



 基本的な刀術は自分でも上達していると自覚があるから楽しいけれど、“彼岸桜式刀術ひがんざくらしきとうじゅつ”はどうしてもやり方がわからなかった。



「二人ともー、そろそろお昼にしないー?」


「お母さん!僕お昼にするー!」



 こんな何気ない日常が好きだった。



 だがそんな日常が、明日崩壊するなんなてこの時には思いもしなかった。



「明日ちょっくら出かけるからよろしく頼むぞ」


「おじいちゃんどこ行くのー?」


「何、ただの用事じゃ。すぐ帰るから安心せい」



 今は道場の隣の家で家族揃って夜ご飯を食べている。


 そして特に何もなく眠りについた。



 翌朝。目が覚めたのは十時ぐらいであった。


 今日はお父さんと稽古をする予定だった。

 僕のお父さんは“彼岸桜式刀術ひがんざくらしきとうじゅつ”を使えないけど、剣道は普通に強い。


 だけどこの前にお父さんに勝ってから僕がずっと勝ち続けている。



 木刀を持ち、袴に着替えて隣の道場の前までやってきた。



 だが道場に近づくと、中からうめき声が聞こえてきた。


 何かあったのかもしれないと思い、急いで道場の中に入った。



 すると中には、血だらけになりながら木刀を持っているお父さんと、床に倒れているお母さんの姿が目に入った。



「唯…咲、来るな……!助けを……呼ぶんだ!」


「あ?誰だよあのガキは」



 そして、刀を持った血まみれの男がいた。



 僕は恐怖はなかった。



 逆に憎悪しかなかった!!



「うわぁあああ!!!」



 僕は一直線にその男へと向かって走り出した。



 許さない……絶対に許さない!!



 僕は上から木刀を振り下ろしたが、刀でなんなく弾かれ、そのまま僕の腹を蹴られてしまった。



「カハッ……」


「おいおいなんだよ。この家族は夫婦とジジイと息子しかいねぇって言ってたじゃねぇかよ。なんで女がいんだよ。チッ、やっぱ情報員がガキだから間違えたのかよ…」


「何……言ってる!なんで……こんなことを!!」



 僕は床に這いつくばりながら男を睨みつけ、そう言った。


 お父さんはすでに体力がなさそうで動けていなかった。



「話すわけねぇだろうがよ。あと、お前はもういなくなっちまいな!」



 そう言うと、男はお父さんを斬りつけた。

 お父さんはその場でバタッと倒れた。



「お父さん!!」



 男がお父さんを斬った直後、僕は再び立ち上がり、男へと走った。



 木刀と刀がぶつかり合い、鈍い音が道場に響いた。


 それからは服が斬られたり、逆にこちらが相手に木刀をぶつけたりとする乱打戦になった。


 そして相手が後ろに仰け反り、隙ができたと思って思い切り木刀を振るった。



 だが、僕の右目に激痛が走った。


 刀で右目が浅く斬られていたのだ。だが浅かったため開けることはできた。



「ぐっ……ぅゔゔゔ!!」



 僕は一旦後ろに下がり、右目を抑えた。



「唯咲……きちゃダメ……逃げて……!」


「お母さん!」



 お母さんが意識を取りもしていたが、瀕死状態であった。



「悪りぃな。上から全員殺せって言われてんだよ。自分の家族も守れない、自分の弱さを噛み締めろ」


「やめろおおお!!」



 男はお母さんの胸に刀を突き刺した。



 お母さんに突き刺した部分から血が吹き出していた。



(今すぐあいつをぶっ殺してやりたい……!けど僕は……あいつより……弱い……!)



 相手はわざと隙を見せたていた。



 僕は戦う気力が失いかけていた。



 僕は無力だ。


 大切なお母さんとお父さんが守れないただの子供だ。



(僕もこのまま死んでしまおうか……そしたらお母さんとお父さんと一緒だ……)



「———………諦めないで……唯咲……!」


「!」



 お母さんがこちらに手を伸ばして、か細い声でそう呟いていた。

 そして再びお母さんは目を閉じた。



「そうだ……戦わなければ何も得られない……。諦めたら……何も残らない!大切な家族の思い出すらも失ってしまう!」



「そんなのは絶対嫌だ!諦めるなよ、僕!」



 そうだ。絶望なんかしてられるか。

 そんな暇があったら刀を握れ。魂を燃やせ!戦え!!



 僕は木刀を強く握り、深呼吸をした。



 そしておじいちゃんの言葉を思い出した。



『よいか?彼岸桜式刀術は、全ての感情を一定にして、気を練るのじゃ。とれだけ怒っていても、苦しくても、常に平常心でえるのじゃ。相当難しいが、いずれできる』



「ふぅーー………」



 僕は両目を閉じ、何も考えず、心を一定にした。


 そして木刀を左の腰に添えて、呟いた。



「“彼岸桜式刀術ひがんざくらしきとうじゅつ………彼岸の夜桜ひがんのよざくら”!!」



 僕は自分でも驚くほどのスピードで相手に近づき、相手に向かって抜刀した。



「なっ、早———」



 男は道場な壁を突き破り、外へ吹っ飛んで行った。



「できたよ……おじいちゃん……。だけどお母さんとお父さんが……」



 僕はその場に座り込んだ。身体中が痺れて動けないのだ。



「ケホッ、ケホッ……」


「———!お母さん!!」



 お母さんが血を吐きながらも咳をしていたのだ。

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