第8話

 煙の中をステージへ駆ける。その瞬間、嫌な感じがして横に跳んだ。俺がいた場所を稲妻が通り抜ける。俺の後ろを走る数名が膝から崩れ落ちた。イオン臭が漂う中、スモークの向こうから魔法使いの声が聞こえた。


『稲妻を受けていながら無傷、しかも我の魔法を察知した。貴様、何者だ?』

「俺も魔法使いさ。日本の魔法使いをなめるなよ」


 俺は魔法を使えない。結界を破っているのはアリスのペンダント。俺にできるのはハッタリだけだ。考えさせる間を与えず突っ込む。もう少しで結界に届くところで、薄れゆくスモークの中に魔法使いが見えた。そのつえは青白く輝き、俺に向けられている。まずい! 稲妻を受け止めるつもりで手を差し出す。

 赤い光が手のひらに集まる。それは今まで以上に強い光だった。

 杖から稲妻がほとばしる。

 赤い光は盾となり、稲妻を弾き四方へ飛び散った。

 スタジアムのシートは吹き飛び、スタジアムに被さる屋根から照明が落ちてくる。

 それでも稲妻の勢いは衰えない。それに引き換え俺の光は弱まっていく。

 これは俺と魔法使いの我慢比べだ! 足りなければ俺の力を使え! 弱まりかけた光は一度だけ強く輝き、消えた。稲妻が消えるのと同時だった。

 結界を破らないと。俺の仕事は終わっていない。進もうとしたが、全身が重い。唇にヌルッとしたものを感じて拭うと親指が赤く染まっていた。なんだ? 鼻血?

 魔法使いが勝ち誇った声を上げた。


『あれを防ぐとは褒めてやる。その様子では魔力を使い切ったようだな。もう何もできまい。結界は健在、侯爵と令嬢も結界の内にある。そして門が開くまであと僅か。我の勝ちだ!』


 魔法使いは杖を突く。

 カツン。

 魔法使いの足元に幾何学模様が現れ、輝き、回りだす。風が渦巻き、プールの海水が巻き上げられステージに降りしきる。


『さらばだ! 異世界の魔法使い!』

「行かせるか!」


 何をしようとしているのかはわからない。ただ、止めないと駄目だ! まずは結界を破る! ステージを覆う結界に触れた時、ネックレスは一度だけ震えて砕けた。結界は健在。俺は手札を失った。


「くそ!」


 結界に拳をたたきつけるが、波紋すら起きなかった。

 すぐそこにアリスがいるのに手が出せないなんて。ペンダントがなければ俺は無力だ。歯を食いしばる事しかできない。顔を伏せた時、俺を鼓舞するアリスの声が響いた。


「裕司! 諦めないで!」


 顔を上げると、アリスは父親である侯爵を振りほどき、腕をひねって投げ飛ばした。あれは花ちゃんが使った体術だ。侯爵はぬれたステージを転がりプールに落ちた。イルカが取り囲むように至近距離で泳ぎ出す。

 侯爵はもがき暴れ叫んでいた。


『おおお! 誰か! 助けろ! 早く! 食われる!!』


 アリスはぬれた髪から水滴を飛ばしながら走り、魔法使いに体当たりした。二人はもつれながら倒れ、手から離れた杖はステージから転がり落ちた。俺のすぐ近くに。杖の光は失われておらずに鈍く脈動していた。

 半身を起こしたアリスが叫ぶ。その目は、あとは任せた、そう言っている気がした。


「折って! それで止まるわ!」

『止めろ! 暴走するぞ!』


 魔法使いの言葉とアリスの叫び。どっちを信じるかなんて考えるまでもない。こんな細い杖!

 振りかぶりコンクリートに叩きつける。パキン、と乾いた音をたてて杖は折れた。一瞬弱まった光は大きく輝き、消える。

 これで、いいのか? 結界は消えていないぞ! それに、幾何学模様の輝きは強くなり、回転は速まった。


「アリス! どういうことだ!」

『暴走すると言ったはずだ! 杖は失われたが門は開く!』


 結界の上に穴が開いた。出来損ないのCGみたいな真っ暗な穴だった。

 やり切った顔でアリスはほほ笑む。


「これでいいのよ。異世界の者は異世界へ。それが正しい姿よ」

「いいわけないだろ! 帰りたくないんじゃないのか!」


 穴は吸い込んでいく。拘束され転がる兵士を。


「帰りたくはないけど、仕方ないわ。じゃあね、裕司」

「待て! 行くな!」


 結界が崩壊し、魔法使いが、侯爵が飲み込まれる。ステージに上がり、アリスへ手を差し出すが、宙に浮いた彼女には届かず、俺の手はむなしく空をつかんだ。

 吸い込まれる寸前、アリスの口が動いた。

 その言葉は俺に届かなかった。


 穴が閉じ、残されたのは荒れ果てたショースタジアムだけ。

 拳を握りしめ、立ちつくす俺の肩に花ちゃんの手が置かれた。


「俺は、守れなかった」

「そうだな」


 花ちゃんの顔とパンツスーツはすすで汚れていたが、言葉は重く、力強かった。


「悔しければ、学べ、力をつけろ。次に活かせ。私たちはそれしかできないからな」

「なぐさめてくれてもいいじゃないか」

「無意味だ」


 花ちゃんらしい言葉だと思った。おかげで下を向かずに済みそうだった。

 俺から離れ、後始末に走る自衛隊員の元へ向かう背中に問いかける。


「なあ、これからも花ちゃんって呼んでいいか?」


 足を止め、顔だけ俺に向けた彼女は口端をゆがめていた。


「いまさらそれを聞くか。……アリスがつないでくれた縁だ。特別に許してやる」


 上空を自衛隊のヘリがサーチライトで照らす中、俺は全て終わったと悟った。


 その夜、花火を上げるクリスマスイベントは中止された。

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