第7話
動けるようになった時には一人残されていた。
辺りは凄惨たる有様。フロアは水浸しで照明の幾つかはスパークしている。一張羅のレザージャケットは焦げ、いくつも穴が開いていた。どこも怪我をしていないのは奇跡か? いや、これのおかげかもしれない。ネックレスの宝石からは赤く優しい光が漏れていた。
どうしてこんな事になった? あの黒ローブの男が電撃を放ったからだ。まるで魔法じゃないか。
それよりも、アリス! どこに連れていかれた?
海水を跳ね上げながらエントランスに出たが、そこには誰もいなく、静まり返っていた。どこに行った? 中? 外? 待て、俺は追いかけようとしているのか? 俺に何ができる? アリスは何と言った? 逃げろと言っていなかったか?
ネックレスを握り締め、奥歯をぐっとかんだ。
知るか! アリスは嫌がっていた。それで十分だ。
ネックレスを身に着けると、俺の決意に呼応するように震えていた。
それで、俺はどこに向かえばいい? 今は少しでも情報が欲しい。そうだ。これだけの騒ぎになっているんだ。TVで臨時放送しているかもしれない。スマホはさっきの衝撃で画面が割れていたが見れない事はない。
……あった。水族館をヘリが空撮している。いくつもの煙が立ち上がり、まるで戦場だ。ボリュームを上げると中継アナウンサーが悲痛な声を上げる。
『――湾口水族館で原因不明の爆発がいくつも起こり、負傷者が多数でている模様です! 現場では所属不明の武装集団が確認されており、
俺の上の方から爆発音が聞こえ、少し遅れてスマホに映る水族館の屋上で爆発が起こる。カメラが立ち上がる黒煙をズームした。
これは……なんだ? よく見ると、画面端、さっきまでいた屋上のショースタジアムに人かいる。あの
スタジオのキャスターがもっと寄れないか、と無責任な事を言うが、アナウンサーは答えない。カメラはヘリ内を映した。パイロットと話していたアナウンサーはカメラに向き直り、額の汗を拭いながら声を張り上げた。
『駄目です! 今、自衛隊から退去命令が出ました! 中継を終了します!』
カメラは再び屋上を映すが、随分離れたようでアリスの姿を見つける事はできなかった。まあいい。向かう場所はわかった。スマホをポケットにねじ込み、吹き抜けのエントランスの上を向くと、足音がいくつも近づいてきた。
「南館エントランスにて要救助者一名発見! 負傷している模様!」
入場ゲートを飛び越えて三人の自衛隊員が来た。彼らの持つライフルが、ここが戦場だと物語っている。腕をつかまれたが振りほどく。
「放してくれ! アリスを助けないと!」
「お前に何が出来る!
彼らの後ろからもう一人。花ちゃん? 何でここに?
彼女もパンツスーツの上から武装し、ライフルを携帯していた。
「大人しく保護されろ! 我々の邪魔をするな!」
「それでも! やらないといけないんだ。俺がやりたいんだ! そっちこそ邪魔するな!」
子供の
花ちゃんはサングラスを取り、目を見開いた。冷静だった自衛隊員からも驚きの声が上がる。
「魔法? 馬鹿な! 今まで魔法を行使できた日本人はいない!」
「そうか、じゃあ俺が一人目だ。俺はアリスを助けるために力に目覚めた。魔法使いに対抗できるのは魔法使いだけ。もう一度だけ言う。俺の邪魔をするな」
握りしめた拳を突き出した。それに合わせて花ちゃんは後退る。
もしかすると、アリスのペンダントが俺を守ろうとしているのかもしれない。それが正しいならやり方次第でなんとかなりそうだ。
花ちゃんは頭を振って苦笑う。
「魔法使いには魔法使いか、良いだろう来い! 時間が惜しい。その代わり、後で覚悟しておけ!」
「特務一尉! 民間人を同行させるのは危険です!」
「現に我々では結界を破れずにいる。彼の力が必要だ。責任は私が持つ! 来い、鈴木裕司! 北館三階、ショースタジアム。そこにアリスがいる」
「ああ。居場所はすでに把握している。任せろ」
先導する彼らのあとを追い止まっているエスカレーターを駆け上がる。
スタジアムに続く通路に入った時、すぐ近くで爆発が起こった。
自衛隊員が駆け回り、怒声が飛び交う。
「入場ゲート破壊失敗!」
「特務一尉! 結界によりスタジアムに入れません!」
「報道管制が完了したと報告あり!」
次々と連絡を受ける中、堂々と進む花ちゃんは負け時と叫ぶ。
「これより火器制限を解除! 火器制限解除だ! 訓練の成果を見せろ!」
たったそれだけで活気づくのがわかった。
「もしかして、花ちゃんって偉い?」
「その呼び方は止めろ。それより結界だ。持ち込んだ兵装では歯が立たない。鈴木裕司、やれるか?」
「任せろ」
根拠はないがアリスのペンダントがあればできる。そう確信していた。武装した自衛隊員の間を進む。
爆破跡で汚れてはいるもののへこみもしていない扉に触れると光の揺らぎが波紋のように広がった。
どうすればいい? 俺はアリスを救いに来た。こんなわけのわからないものに足止めされている場合じゃない!
思いに呼応したのかネックレスが震える。扉に触れる右手が赤く輝き、結界を形成する波紋が乱れる。それの波はどんどん大きくなり、弾けた。
背後から花ちゃんが声を張り上げる。
「突入! 一、二班は左、三、四班は右だ! スタングレネードを使え! 屋外だ、出し惜しみするな!」
20名程の隊員がなだれ込む。スタジアムからいくつもの
「ここまででいい。ここから先は戦場だ」
「まだだ、魔法使いを押さえないと
今度こそ聞く耳を持ってくれそうになかったが、新たな報告で肩を落としていた。
「特務一尉! ステージを覆う結界があります!」
「くそ! ……鈴木裕司、頼む」
鎧の兵士は制圧されつつあったが、結界があるステージ上には手が出せずにいた。そこにアリスもいた。彼女を押さえつけているのは父親だ。
黒ローブの男、魔法使いは俺を見つけると、少し驚いたようだったが、ニヤリと口端をゆがめた。
「任せろ、と言いたいが、手伝ってくれ」
「どうすればいい?」
「あの魔法使いは危険だ。周囲に稲妻をまき散らす。目くらましできないか? その隙に近づいて結界を壊す」
「わかった。右に注意を引き付ける。赤の煙に突っ込め。一班! 援護しろ! 結界を破る! 二から四班! 私と共に
指示を受け自衛隊員の動きが変わった。
いくつものスモークグレネードがステージに投げられる。赤い煙が立ち込め、視界が狭まったと同時に銃撃が止んだ。自衛隊員の一人がサムズアップを見せる。
「行ってこいヒーロー! 俺たちが支えてやる! お姫様を救ってこい!」
俺はステージへ駆ける。それは背を張られたからだけではなかった。
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