今夜、ワッフルを焼く

富本アキユ(元Akiyu)

第1話 今夜、ワッフルを焼く

「森屋、どうやら卵が切れてるらしい。買ってきて。今すぐに」


私がこの変人探偵と出会ったのは、四年前の事だった。

最初は、この人が何を言ってるのか訳が分からなかったが、もう慣れてしまった。

慣れというのは恐ろしい。今ではこれが当たり前だからだ。


「事件の謎が解けたんですね。はぁ……。分かりました。じゃあちょっと卵買いに行ってきますよ」


やっぱり焼くのか……。

この変人探偵の名前は一宮洋介。私より一回りくらい年上の男だ。

えっ?あっ……私?

申し訳ありません。自己紹介が遅れました。

私は森屋真宵。二十三歳の女です。一宮さんの助手……。探偵助手。いわゆるワトソン的な立ち位置の人間です。

まあ探偵助手と言っても、私の役目は毎回、食材の買い出しに行く事くらいなんですけどね。


探偵というのは、事件の推理をする時、関係者全員をひとつの部屋に集めて推理を披露する。

これが探偵のお決まりのパターンです。

ですがこの変人探偵は、事件の謎が解けたら、まず部屋を用意してもらってワッフルを焼こうとするんです。

一宮さんは、お気に入りの小型のワッフルメーカーをいつも持ち歩いています。

二枚ずつしか焼けない小型の物です。

ワッフルに並々ならぬこだわりを持っていて、一回の焼き時間は四分三十秒と決まっています。

だからワッフルメーカーの他に、キッチンタイマーも持ち歩いています。


そして事件の関係者全員分のワッフルが焼きあがった頃に、皆を集めて、出来上がったワッフルを御馳走しながら推理するんです。

だから事件によっては、事件の推理する時間よりもワッフルを焼く時間の方が長い時も多々あります。

事件の関係者が多ければ多いほど、ワッフルを焼く時間が長くなりますからね。

その為、警察関係者の間は、ワッフル探偵と呼ばれているらしいです。


今日起こった殺人事件について説明します。

被害者は相川千鶴さん。ファッションデザイナーの仕事をしていた彼女の誕生パーティーで起きた殺人事件です。

一宮さんは、相川さんの知人です。誕生パーティーの招待状を受け取ったので、私と一緒にこのパーティーに参加しました。

私と一宮さんの他に友人が六人招待されています。相川さんの学生時代の友人である、皆川圭子さんと大原明子さんと坂島祐介さん。

相川さんの恋人である林亮介さん。職場の先輩である柳薫さんと同じく職場の後輩である山下美香さん。


パーティーが開催されるのは、夜七時を予定していました。

一時間前の夜六時にパーティー会場である皆川圭子さん宅に、ドレスを着たり化粧をする為に早めに相川千鶴さんが訪れていました。


皆川さんが相川さんのメイクをしている時、お腹が痛くなってトイレに行きたくなって席を外しました。

トイレは廊下を出て階段を下りてすぐ左側。

その間、相川さんは椅子に座って一人でした。

その時は、大原明子さんと坂島祐介さん。林亮介さん。山下美香さんと私と一宮さんは、一階のリビングで談笑して相川さんのメイクが終わるのを待っていました。

皆川さんがトイレを済ませて戻ってくると、刃物で刺されて血まみれで倒れている相川千鶴さんを発見。

皆川さんの悲鳴を聞き、皆で部屋まで急いで走っていくと、変わり果てた姿の相川千鶴さんが倒れていたのを全員が目撃したというのが事の流れです。


「ダメだ。もう亡くなっている……。皆さんは、この部屋には入らないでください。事件の現場は保存しなくてはならない」


一宮さんだけが部屋に残る。


右手の人差し指には血がついていて、R&Bと書かれたダイイングメッセージが残されていた。

その時間帯が六時五十五分。

皆川さんがトイレにいたのは、十五分程だったという。

つまり皆川さんがトイレに行っている間の十五分の間に犯行が行われた事になる。


そして夜七時十分頃、柳薫さんが仕事の都合で少し遅れてやってきた。

柳さんが来て数分後、通報を受けた警察もやってきた。


犯行時の全員の行動はこうだ。

大原明子さんと坂島祐介さん。林亮介さん。山下美香さんと私と一宮さんは一緒に談笑していたからアリバイがある。

消去法で考えて、第一発見者である皆川さんか、仕事の都合で遅れてやってきたという柳さんが怪しいか。

どちらかが犯人である可能性が高い。

しかし柳さんの職場に電話で確認したら、職場から皆川さんの家までの距離までは、どう考えても時間的に犯行は不可能。

なら犯人は、やはり第一発見者の皆川さんだろうか。

でもR&Bってダイイングメッセージは、何なのかしら。


私は自分なりに推理をしながら卵を買って戻ってきた。


「一宮さん。卵買ってきました」

「ごくろうさま」

「……やっぱり焼くんですか?」

「当然焼くに決まってるだろう。やっぱり事件の謎を解き明かすワクワクには、ワッフルがないと」

「その感覚が……私には……イマイチよく分かりません」

「映画を観るのにポップコーンを食べるのと同じだよ」

「わ、わからん……」


一宮さんは、手際よく牛乳、卵、バター、砂糖、薄力粉を混ぜていく。


「森屋。焼きあがるまで一時……」

「一時間後くらいに皆をここに集めたらいいですか?」


私は一宮さんが言い終わる前に先に言った。

今日の事件の関係者は、全員で八人。プラス警察関係者の分。

一人二枚のワッフルを焼き上げるのに、一回で四分三十秒かかるから八人分で三十六分かかる。

それプラス多めに何枚か焼いておいて、全部焼き終わるまでに約一時間くらいだろう。


「森屋、流石!よくわかってるね!それじゃ、よ・ろ・し・く♪」


一宮さんはワッフルを焼いている時、物凄く楽しそうだ。

探偵よりもワッフル屋さんになった方が良いんじゃないだろうか。

この四年間、何度もそう感じていたが、やっぱり今日もそう思った。


一時間後。

私は事件の関係者全員に声をかけた。


「ワッフル探偵。またお前か」


髭の濃いダンディな警察官。

彼は渡辺警部。

一宮さんが遭遇する事件には、妙に彼が担当になってしまう不思議な縁がある。


「渡辺さん。久しぶりですね。ワッフルが焼きあがったので、渡辺さんも食べましょうよ」

「俺は甘い物は食べない」

「そう思って渡辺さんの分は、砂糖なしで作っておいたので大丈夫ですよ」

「……いらんところに気を遣わず、ワッフルなんて作らずにさっさと推理しろ」

「そう焦らなくても大丈夫ですって。なぜなら犯人は、すでにこの中にいるのですから」


一宮さんがそう言うと、部屋の中に緊張が走る。


「そんなっ……!!」

「こ、この中に千鶴を殺した犯人が!?」


大原明子さんと相川さんの恋人である林亮介さんが、声をあげる。


「二宮。どういう事か早く説明しろ」

「渡辺さん。僕の名前は一宮です。一が一本多いですよ」

「ああ……そうか。すまん。お前はワッフルを二枚ずつ焼くから二宮な気がしてならないんだ……って、そんな事よりも早く説明しろ」

「今回の事件。まず気になるのが第一発見者の皆川さんと仕事で遅れてきた柳さん。アリバイがないのは、この二人だ」

「違います。私はやってない!!」

「ちょっと!!さっき私の職場にも電話で証言してもらったでしょう?私に犯行は無理よ」


皆川さんと柳さんは、即否定する。


「はい。柳さんはどう考えても犯行は不可能だ。職場から皆川さんの家までの距離までは、どう考えても時間的に犯行は不可能」

「じゃ、じゃあ……やはり皆川さんが……?」


柳薫さんが言った。


「いいえ。皆川さんも犯人ではありません。ここで皆さんに注目して欲しいのは、被害者が残した血でのダイイングメッセージ、R&B」

「R&B……」

「僕には伝わりましたよ。相川千鶴さんらしいメッセージでしたよ」

「R&Bっていうのは……なんだ?思いつくのは、リズムアンドブルース。音楽のジャンルじゃないのか?」


渡辺さんが言った。

渡辺さんは、R&Bが音楽のジャンルだと睨み、R&Bを好んで聞く人がいるかどうか調べていた。

しかしR&Bを好んで聞いている人物はいなかった。


「Red&Black。今黒い服を着ている職場の後輩である山下美香さん。犯人はあなただ」

「な、なんで私が……」

「そういえば山下さん。煙草を吸いに一度、外に出て行きましたよね。もしかしてその時に……?」


私は言った。


「そう。一度外に出て煙草を吸う振りをして、外から二階に登り、あらかじめ鍵を開けておいた窓から二階に侵入し、千鶴さんを殺害してまた窓を降りて一階から何食わぬ顔で戻ってきた」

「しょ、証拠がないわ!!証拠を出しなさいよ」

「山下さん。とても綺麗なデザインの服を着ていらっしゃいますね。その服をデザインしたのは、千鶴さんだと言ってましたね」

「ええ、そうよ。それがどうしたの」

「Red&Black。その服、今は黒ですけど、本当はリバーシブルで裏が赤なんじゃないですか?」

「……っ!!」

「あなたが着ているその服を調べたら、千鶴さんを刺した時の返り血がべっとり付いているんじゃないですか?」

「………………はぁ。言い逃れできないわね。私の負けね。そのとおりよ。私が千鶴を殺したの」



山下美香さんは、犯行を認めた。


「ねぇ、どうして!?どうして千鶴を殺したの?」


大原明子さんが泣きながら言った。


「私、林さんが好きだったのに……。彼女に盗られた。それが許せなかったの……」


山下美香さんが犯行の動機を語った。


「ふざけるな!!そんなことで人の命を!!人の命をなんだと思ってるんだ!!」


渡辺さんが怒鳴りつけた。


「山下さん。……ワッフル食べてください」

「ぐすっ……。……美味しい」


「そうですか。よかった。でもね、千鶴さんは、その美味しいという感覚を……もう二度と味わう事ができないんです。……山下さん、しっかりと罪を償ってください」

「ううっ……。私、なんてことを…‥‥。千鶴……ごめん……。ごめんね……」


一宮さんのワッフルの味が、彼女に罪の重さを分からせる事になった。

いつもならワクワクするはずのワッフルが、今日は違った効果をもたらしたのだった。

事件は解決した。


「ところで一宮さん。千鶴さんとは、いつ知り合ったんですか?」

「知人の娘さんなんだ。僕のコートも彼女がデザインしたものなんだ。とてもセンスの良いファッションデザイナーだったよ。惜しい人を亡くしたな」

「私も千鶴さんのデザインの服、素敵だなって思いました。もう彼女の新作の服を見る事が出来ないのは、とても残念です」


プルルルル……。

携帯が鳴った。


「はい。一宮です。……えっ?殺人事件?場所は?……ええ。はい。分かりました。今から向かいます」

「事件ですか?」

「全く……。今、ひとつ事件を解決したばかりなのに。森屋、ココアプロテインを買ってきてくれ。次のワッフルはココア味だ」

「さっき食べたばかりなのに、また焼く気ですか!?」

「当たり前だ。ワッフルがないと事件を解決できないだろう」

「はぁ……。わかりましたよ。じゃあ先行っててください。私、ココアプロテイン買ってから行きますから」


やれやれ……。

次はどんな事件に巻き込まれるのやら……。



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