金色狐は夜を駆ける

珀露

序章

 冬の透き通るような寒空の中腹まで登ってきた満月とそれに追いつかんと空高くそびえる摩天楼。そして、その眼下の混雑する幹線道路と歩道を行きかう人々。師走も間もなく終わり新年が間近に迫ってはいたものの多くの人々はいつも通りの夜を迎えていた。

  ターミナル駅である名護屋駅の近くの歩道で、ある通行人がふと目線を空にやった。勿論、その目に映るのは広告目的につけられたビルの看板と空へ登ろうとする満月だけである。その通行人は何も思うことはなくそのまま人込みの中へと消えていった。


 ====

 その日の深夜。少女が一人、高層ビルの屋上にいた。

「司令部!方向こっちで合ってますか?」

 紺色がベースの機能性を重視した和風の装束を身にまとい、月光を反射する長い金色の髪が風に吹かれてなびいていた。


「了解です。」

  言い終わると少女は何か指示を受けたかのように走り出した。10mは有にあるビルとビルの間も、そんなものが障壁にならなないと証明戦せんとばかりに少女は駆け抜けていった。


「了解!」

 おそらく指示された目的のビルまでやってきたのであろう。少女はビルの屋上に速度を殺して着地するとその端から下の裏路地を見下ろした。するとそこには粘液質な禍々しい触手を何本もはやした醜悪で巨大な肉塊と、それに追い詰められている女性がいた。

「『妖魔』目視しました。女性1人が追い詰められている模様。救助に向かいます!」

『了解しました。十分に警戒したうえでの救助、そして対応をお願いします。』

 そして少女はビルから飛び降りた。


 ===


「いやだ!来ないで!化け物!!」

 彼女は追い詰められながらも周りにある小石や自分の靴などを肉塊に投げ続ける。しかし、肉塊は気にも留めずにじりじりと彼女に近づいてくる。

(そんな!ただ終電を逃して、始発まで別の店で飲もうと思って、道を一本間違えて戻ろうとしただけなのに!こんな化け物に!こんなところで死にたくない!)

 彼女はそう思いながら投げられるものを探そうとしたが、もう周りに投げられそうなものは何も残っていなかった。もう抵抗することはできないという事実に彼女の心を絶望が包み始める。少なくとも噂など信じない彼女がSNSでのちょっとした噂にすがる程度には。

(最近噂のあの『お狐様』でもいいから!誰か!助けて!!)


 もう彼女が抵抗できないことを理解したのだろうか、肉塊から触手が伸びる。その行動に対して彼女は目をつぶり、自らに与えられるであろう『終わり』を覚悟した。

 が、その『終わり』は訪れなかった。肉塊が触手を伸ばし彼女に届きそうになった瞬間、触手の動きが止まったからだ。


(あれ、何も襲ってこない?)

『終わり』が来なかったことに困惑しつつも彼女は恐る恐る目を開ける。そして彼女の目に入ってきたのは真っ二つに分かれた肉塊と返り血を浴びた少女であった。


「大丈夫ですか?何もされてはいなさそうですが…どうしました?立てますか?」

 その少女は彼女に手を差し伸べた。その時初めて彼女は自分の腰が抜けて座り込んでいたことに気づいた。しかし、立とうとするよりも前に彼女は少女を見つめたまま心にわいてきた疑問を口にした。

「お、『お狐様』ですか?」

「インターネットではそう呼ばれているか、ということであれば答えは『はい』になりますね。」


 そう。少女の頭には一般的な人間には生えていない狐の耳が1対生えており、何もついていない尾部には4本の尾がふわふわと揺らめいていた。


「本当にいたんですね。」「ええ、一応。立てそうですか?」「あ、はい。」

 そう言って彼女は立ち上がった。表面上は冷静を保ってはいたものの、あくまで噂、都市伝説ですらない存在だと思っていた『お狐様』が本当にいたことに彼女は衝撃を受けていた。

 その彼女が立ち上がっている間、その『お狐様』はインカムのようなものでどこかと連絡を取っていたが、話が終わったのか彼女の方に向かってこう告げた。

「じゃあ行きましょうか。あ、でもその前に…」

 そして、彼女の後ろに回った『お狐様』はこう続けた。

「機密の関係から、ちょっと記憶飛ばさせていただきますね。痛くないですよ。」

 そして、その言葉の意味を彼女が考える暇もなく『お狐様』は彼女の背中を軽く叩た。叩かれた瞬間、彼女は自身の体に何か温かいものが流れてくるのを一瞬感じたが、それが何なのかを考える暇もなく意識を失った。


 ====

「はい。眠らせました。目に見えるけがはちょっとしたかすり傷くらいですはい。いつも通り救護班と回収班の方よろしくお願いします。では。」

 少女はそう言って通信を終えると先ほど眠らせた彼女を抱きかかえた。

「『お狐様』ねぇ。どうしてそう呼ばれるようになっちゃったんだろう。」

 少女はどこかあきらめたかのようにそうつぶやいた。

「そりゃあ、そんな見た目で人助けしていればそう呼ばれるに決まっておるではないか。凪よ。」

 さらに少女は先ほどとは声色の違う、まるで別人が話しているかのような声でつぶやいた。


「風花さんもそういうのか…。術式で身バレしないからまだいいけど『とりったー』の気持ち悪いコメントとかよくわからないクソコラとか見るこっちの身にもなってみてよ。あ、救護班と回収班の人が来たかな?」

 そして、最初の声色に戻った少女は向かってくる2台の車に向かって手を振った。


 ===

「じゃあ、よろしくお願いします。あ、そこの真っ二つの肉塊ですね。今回の『妖魔』は。」

「はい、凪君も風花ちゃんもお疲れ様でした。これどうぞ。」

 救護班に先ほどの彼女を引き渡し、回収班に『妖魔』の骸の回収を頼むと、『お狐様』に一本のジュースが差し出された。

「あ、いつもありがとうございます。」

「ここももう大丈夫だし、もう夜も明けるし帰りましょうか。もう融合を解いてもいいわよ。」

「はぁ~。今日もやっと元に戻れるよ~。『術式展開、全解除』。」

 次の瞬間、『お狐様』の肉体からエクトプラズムのような発光体が飛び出し始めると、その発光体はその真横に集まっていった。そして、元の『お狐様』だった肉体は少しずつ体積を増やし、顔付きもあどけない少女のものから中性的な成人の物へと変化していった。

 変化が収まるとそこには少し背の高い青年の男性と狐の耳と4本の尻尾を持つ幼い少女が立っていた。

「凪よ!妾と一緒になっておるのに『はぁ~』とため息をつくとか『やっと』とかどういうつもりじゃ!これはある意味名誉なことなのじゃよ!」

「そんなこと言われても普通の男は誰かと融合して妖魔と戦うなんて喜べないよ!しかも性別まで変わっちゃうし!」

「これは後でお仕置きが必要じゃな。じゃが、とりあえず眠いから早く帰って寝るぞ!車を出せい!」

「ほらほら、2人ともケンカしないの。眠いなら早く車に乗って。置いてっちゃうわよ。」

 そして、『お狐様』から分かたれた、凪と呼ばれた男性と風花と呼ばれた少女を乗せた車は走り出した。




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 これは青年と少女が織りなす調伏の物語。あるいは、2人の絆が奇跡を起こす物語。

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