後編

  ライトが完成したのはつい二日前のことだった。

 滑走路の端に停めたライトの操縦席に飛び乗ってエンジンを始動させる。轟音とともに正面のプロペラが回り出し、いつでも飛び立てる状態になる。僕は、彼女との約束を胸に操縦桿を握った。ライトは真っ直ぐに滑走路を走りだす。徐々に速度を上げ、タイヤは次第に地面を離れていった。飛んだ。自分の手で作ったこの飛行機がちゃんと空を飛んでくれた。それだけで心が熱くなる。エンジンは順調に動いていて、飛行高度も想定通りの高さまで上昇した。大成功だ。

 飛行が安定したのを見計らって僕は周りの景色を見渡す。

 目の前に僕が住んでいる街の全体が見えた。よく使っているショッピングセンターや市役所、警察署に病院。それから僕の通っている学校や飛行場。この街のありとあらゆるものが見える。この街は自分が思っていたよりも広くて素敵な場所だと気付かされる。世界はもっと広い。きっと、これ以上の景色が広がっているのだろうなと思うとワクワクする。この世界のことをもっと見たい。心の中に新しい夢が広がった。僕は燃料が持つ限り飛行を続けた。


 日が暮れだし、そろそろ戻ろうと思った時、僕は最後に空を見上げることにした。それは美波のためだった。本当は一緒に乗って見上げたかったが、それはもうできない。だからこそ、彼女の分まで空を見上げる。

 夕暮れの空はとても綺麗な色をしていた。

「空高く飛んだら、空を掴めるのかな?」

 昔、彼女はこんなことを言っていた。それを思い出して、試しに片手を空の方に伸ばしてみる。だけど掴めなかった。

「だめか……」

 僕は少し笑って独り言を言う。彼女のいる空に、この腕は届かなかった。それでも満足している自分がいたのだった。


 飛行場に着陸して、僕はライトを倉庫に戻す。

「お疲れ様」

 誰に言うわけでもないが呟く。簡単な整備を済ませて僕は倉庫の明かりを消して鍵をかけた。また飛ぼうと思う。鍵をかけた瞬間、僕は彼女との約束を果たせたことで涙が溢れた。

「やったよ。やっと飛べたよ」

 嬉しかった。小さい頃にした約束をようやく果たせて、救われるような気持ちになる。


 僕は美波にこのことを話すために、明日は彼女のお墓へと行くことを決めた。


(完)

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フライト 石嶋ユウ @Yu_Ishizima

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