姫乃の秘密②

 龍馬と雪也が話していた数時間後のこと。中東国立大学の昼休憩時間である。

「はぁ、さすがはひめのだ。彼氏の情報を全く公開してくれないしぃ。デート目撃から三週間も経つのに!」

「秘密主義ここにありって感じだよねー。あたしがアミと協力すれば姫乃っちの頑なさを突破できるとは思うけど」

 経済学科を学ぶ亜美と、流通学科を学ぶ風子は大学のテラスでお弁当を広げていた。

 話題の中心人物である姫乃は昼休憩に入った瞬間に幽霊のように消えるのだ。

 昼休憩になれば別学科の風子も合流する。姫乃は二人からの追求を避けるために避難しているのである。

「ふーこの尋問から逃れられる人はいないもんねぇ。粘り勝ちするっていうか」

「あたしのカレシもこの尋問にはお手上げってね」

「まあ男好きのふーこが彼氏に尋問できる立場かねぇーと思うわけですけどねー、ウチは」

「男は好きだけど、彼氏にしたいとかの好きじゃないからね? 二股する気とかさらさらないし」

「それでもふーこの彼氏が可哀想ー。ひめのを見習ったら? ひめのは彼氏一人いれば他の男と仲よくする必要はないってタイプだし。そっちの方がふーこの彼氏も安心するでしょ」

 母親に作ってもらったお弁当をパクパク食べ進めながら会話を膨らます亜美。お互いにおしゃべり好きなこともあり会話が止まることはない。

「一人じゃ物足りないみたいな言い方なに!? あたしも彼氏一人いれば十分だって! ただ、ある程度の男と知り合ってた方がカレシを嫉妬させられるでしょ? その顔がすっごく可愛いからさー」

「出たよノロケ。早く話変えてくれないとウチがふーこの首に手をかけそう」

「じ、じゃあ話変えるんだけど! 龍馬さんってどこの大学通ってるんだろうね?」

 冷や汗を浮かべる風子はあからさまな話題転換をするが、これは実際に気になっていることでもある。

「少なくともこの大学じゃないでしょ? もし通ってるならふーこの彼氏みたくカッコいい的な噂が出るだろうし」

「出るだろうしじゃなくて絶対出るって。そもそも姫乃っちの彼氏ってだけでぶっちぎりの話題性があるんだから。ロリリンって名前を聞いたことない在校生はいないでしょ」

「あー、そうだったそうだった」

「龍馬さんも別の大学で人気者だろうし、姫乃っちも人気者だし、そんな二人がこっそりお付き合いしてるとかお互い背徳感ありありだろうねー」

「それに、あれだけ大事にされてたら幸せだろうねぇひめのは」

「姫乃っちの無表情さはあいかわらずだけどね?」

「あぁ、それがそうでもないよ。同じ学科じゃないからふーこがわからないのは当然だけど」

「え!?」

「少し前なんだけどねぇ、ひめのがスマホの画面を見てにやにやしてたわけですよ」

「ほお。それはそれは。で、なにを見てたんですかい?」

 悪人っぽくニヤリと口元を崩す亜美。その表情で面白い話が出されると察したのだろう、風子まで口角を上げている。

「ズバリ! りょうまさんとのツーショット写真。それも恋人繋ぎをしながらの写真!」

「ふわぁお! 完全にアツアツじゃん!!」

 恋バナとは楽しいものだ。特に親友が絡んでいるとなればこの盛り上がりも普通である。

「それみてひめのとふーこがホント羨ましくなったよ。あと一ヶ月後に迫ってるリア充イベントを楽しめそうでさ」

「あー! あれれ!? アミはクリボッチなのかな!? いつメンの中で一人だけクリスマスボッチなのかな!?」

「その煽りは効かないよーだ。まだ一ヶ月あるから希望はあるもーん! ただ最近はイライラしっぱなしでそれどころじゃないけどねッ!」

 握り拳を作った亜美は感情を込めるようにしてテラスの台にドン! 通称、台パンを食らわせる。

「え、なにがあったの?」

「数日前に街中にイルミネーションがライトアップされたじゃん? クリスマスシーズンに入ったから。あれが原因なんだけど」

「ほお……? イルミネーションって綺麗なのにイライラするの?」

「そっちじゃなくってその日を境にイチャついたカップルばっかり見るようになったからッ! なんで非リア充に見せつけるんだろうねぇあそこの連中はッ! ひめのを見習ってこっそりイチャつけばいいものを!!」

「もう嫉妬に狂ってるじゃん……」

「恋人繋ぎならわかるけど、なんで肩抱いて歩いてるんだか! 歩きづらいでしょあれ!!」

「寒くなくなるし幸せになれる」

「なんで一つの手袋に一緒に手を突っ込んでるんだか! 使い方間違ってるでしょあれ!!」

「寒くなくなるし幸せになれる」

「なんで一つのマフラーを一緒に巻いてるんだか! 引っ張られて勝手悪いでしょあれ!!」

「寒くなくなるし幸せになれる」

「ムキぃぃいい!!」

 リア充の風子、全て即答である。

「アミ、あたしは応援してるよ。アミにもカレシができるように」

 そして、温かな目を向けて亜美をあやす。

 普通ならこれに対し『煽るな!』『マウントを取るな!』と返してくる亜美だが、イチャイチャ現場を何度も目撃し心がやられているのだろう。すがってくるような声色で助けを求めていた。

「ウチに彼氏の作り方を教えてよふーこぉ……。このままじゃふーこから教えてもらった恋人代行を使っちゃうことになるよぉ……」

「あっ、それはそれでいいんじゃない? もしかしたら龍馬さんくらいの男がくるかもだし!」

「気が引けるんだってー! 冷静に考えたら怖いしーっ! 初めての人と会うわけなんだから!」

「あのサービスを利用する人ってかなりの肝が座ってるよね」

 この肝が座っている人物が二人の親友である姫乃だとは思いもしていないだろう。

 そうして、なんだかんだで話に花を咲かせた二人。大学の昼休憩終了まで残り五分弱になる。

 昼食を食べ終えた後、大学の廊下を歩きながら恋バナの余韻を楽しんでいた。

「はぁ……。あんな話してたらますます彼氏がほしくなったよおー。りょうまさんの男友達を誰か紹介してくれないかなぁ。あっ! これひめのに頼んだらどうにかしてくれそうじゃない!?」

「姫乃っちのことだからカレシに迷惑がかかることは絶対頷かないだろうし、紹介されたら紹介されたで龍馬さんと同等の男が出てくると思うよ?」

「それでよくない!?」

「はい贅沢すぎっ!」

 ベチッと亜美のおしりを叩く風子に「それもそっか!」と笑声をこぼす亜美。

 盛り上がりは絶えずに二人で教室に向かっていたその時である。正面を見ながら突と目を見開いた風子。

 ――出会いは本当に偶然であり、いきなりである。

「あーっ! 龍馬じゃないですかっっ!!」

「え……? あ、あーーっ!! りょうまさんこの前ぶりですー!」

 風子の言葉にその人物を二度見。状況を理解した亜美はカッと両目を開くと前髪を下ろしメガネをかけた龍馬に挨拶を飛ばす。亜美もイメチェンした龍馬に気づいたのだ。

「おっ! 二人ともお久しぶりだね」

「そういえば龍馬さん今日はワックスつけてないんですね!? しかもメガネかけてるし! って、イヨンで会った時とめっちゃキャラ違うじゃないですか!!」

「別人みたい……」

「あはは、毎日となるとめんどくさくてね……。大学の時は基本こんな感じで溶け込んでるよ」

「なんか……なんかもったいないですよ!? 姫乃っちとデートしてた時みたいにしてた方が絶対いいですって! ね、アミ!」

「う、うん。絶対そっちの方がいいですよっ! それか前髪を切ってみるとか!」

「そう言われると悪い気はしないなぁ。アドバイスありがとうね……っと、ごめん。講義があるからもういかなきゃ」

 学生の身、時間に追われる日々を過ごしている。遅れるわけにはいかないため強引に話を切る龍馬だ。

「それじゃあまた。お互いに講義頑張ろうね」

「ありがとうございますー!」

「がんばりまーす!」

 自然に、ナチュラルに会話を終わらせ、そのまま背を向ける龍馬と二人。

 廊下を数歩進み、少しの距離が開いたところでとある違和感に気づくのだ。

「え?」

「あ?」

「へ?」

 上から順に、龍馬、亜美、風子。

 三者三様の声が同じタイミングで発され、歩みを止める。非現実的な世界に迷い込んだようにゆっくりと振り返る。そして一対二で絡み合う視線。

『……』

 全員が頓狂な顔を浮かべながら口を閉ざす。そのまま三秒から四秒が経ち、脳裏で状況を理解した瞬間である。

「なっ、な、なぁぁあああ!!!!」

「ぇぇぇええええええええ!!!!」

「なんでぇぇぇぇええええ!!!!」

 ミーティングをしたかのように同じタイミングで三人が指さす。『なんでここにいる!?』なんていうまでもないリアクション。

 なんの前触れもなく互いの大学を知ってしまう事態。龍馬にとって、姫乃にとっても厄介ごとを生む最悪の出会いをここにて果たしていたのだ。

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