姫乃の秘密①
「ハッ!? もう三回も代行しただと!? っていうか龍馬あのバイトやってんのかよ! オレそんな話聞いてねぇぞ!?」
「今まで雪也に聞かれてなかったし、人に言えるような話でもないでしょ……?」
「確かにその通りだわ」
雪也に代行のバイトを紹介されてから三週間が過ぎている。
龍馬は一週間に一回、日曜日に指名依頼を受けていた。その相手は龍馬が初めて恋人代行をした人物、柏木姫乃である。
未だ一人にしか依頼をされていない龍馬だが、新人にしてはかなり多い回数をこなしていると会社から褒められたほど。
「って、三回代行したってことは三人とデートしたってことだろ? モテモテだなぁお前は」
「それが一人なんだよね。ありがたいことにその女の子が指名してくれてるって感じで……」
「いやいや、それもそれですげぇことだぞお前。しょっぱなから指名されるってのは。それでその依頼者の歳は? 龍馬より年上なのは間違いないだろうが」
「実は俺よりも年下なんだよね。大学一年生って言ってたから」
「歳下!? おいおい大学一年ってことはオレの彼女とタメじゃねぇか。そんな年から依頼するとか随分とマセてんなぁ……」
「俺も最初はそう思ったんだけど、今までデートしたことがない子らしくて」
「なんかオレの予想がめちゃめちゃ外れてんだが……。じゃあ依頼してきた女の子が可愛くないってのも間違ってる系か?」
「う、うん。両手で数えるくらい告白されたことがあるらしい」
「おいおい、さすがにその回数は嘘だって。サバ読んでるに違いねぇよ」
「聞くだけじゃそう思うだろうけど、多分本当だと思う。隣を一緒に歩いてたらすれ違う人に嫉妬されるくらいだし……」
「マ、マジカヨ」
「うん。着てる服も可愛かったよ。ゴシック系のファッションっていうのかなあれは」
細部にまでこだわった造りをしていたあのワンピース。オーダーメイドで作っているのだろうか、姫乃のファッションは今でも脳裏に焼き付いている。
「それまた特殊な格好してんだなぁ……。一般的にそんな服着てるってめっちゃロリじゃねぇの?」
「正直にいうと……うん。童顔で身長が一五◯センチあるかないかだったから」
「ガッチガチじゃねぇか! ひぃー、そんな可愛い子とデートできて金までもらえるとか羨ましすぎるぜ」
「あーあ。雪也が彼女さんに怒られる」
「まー、冗談だがな? 冗談! ……ははは、マジで秘密な」
ベシベシ龍馬の肩を叩く雪也は口元を引きつらせたまま空笑いをする。そして、真顔のマジトーンで口添えをする。
「そ、それで性格はどうだったんだよ! そのロリ依頼者ってのは」
あからさまな話題変換だが、こ雪也の彼女の件にツッコミを入れても話は進まないだろう。龍馬は素直に乗ることにした。
「ちょっと無口ではあったけど接しやすいよ。ちゃんと目を見て話してくれるし、話題も振ってもらえるし。こんな関係じゃなかったら友達になりたいくらいで」
「ほー、でもよくやるよなぁその依頼者は。大学一年で代行の金を払えるとかそうそうできねぇしだろうし経済力ヤバすぎだろ」
「俺もそう思うよ。仕事をしながら大学に通ってるって話なんだけどなんの仕事をしてるのかは詮索しなかったよ。気になるけど聞かれたくないって雰囲気を出してたから」
三時間の代行をしたとしても会社の仲介料が発生する。それだけでなく代行中の費用は全て依頼者持ちになる。デート場所によっては一日に三万円を超えたりもするだろう。
「まー、楽しめてんならオレも紹介した甲斐があるってもんだ」
「本当にありがとう。ただ、演技をするからとても疲れるけどね……。素は見せたりしたら嫌われそうだし」
「別に龍馬の素ならなんの問題もねぇだろ。今度その依頼者に言ってみたらどうだ? 『素を出したいんですけど』って」
「そんな勇気ないって!」
「お前は素行不良でもねぇんだし、嫌われることはねぇと思うんだがなぁ」
そんな代行の話で盛り上がっていた矢先、雪也は眉を上げて頭上に豆電球を浮かべた。
「あのさ、今の話を聞いて思ったんだが」
「ん?」
「その依頼者ってロリリンに特徴が似てんのな。大学一年で可愛い系、無口、ゴスロリファッションって」
「へぇ、ロリリンってそんな感じなんだ? まぁ……あだ名である程度の容姿は想像できるけど」
「今度見にいってみろよ。仲よくなれたりしたらその依頼者からもっと好かれるように立ち回れるかもだぜ? マジで特徴似てるし」
「その通りではあるけどやめとくよ。見にいったところでその人と会話できる自信はないから」
「冷めてんのなぁ。可愛い女がいるって情報聞いただけで直行ダッシュしてもおかしくねぇのに」
「客観的に見て直行ダッシュする方がおかしい人だって」
「男として正しい行動をするなら直行ダッシュだろ」
「……ま、まぁ」
可愛い女性や綺麗な女性を見ればテンションが上がる。思春期真っ盛りの中学や高校時、そんな男子が高割合を占めていただろう。雪也の言っていることはあながち間違ってはいない。
「で、でもさ、もしそのロリリンって人が俺の依頼人だったらって想像すると冷や汗が止まらないよ。どう接していいかもわからないし、このバイトしてるってバレるわけにもいかないし」
「なに言ってんだよ。同じ大学の先輩後輩が~なんてあるはずねぇって。どんな確率なんだよそれは」
「そ、そうだよね」
この恋人代行のバイトをしていることは、姉であるカヤにすら言えていないのだ。雪也のようにこのバイトを紹介してもらった相手ならまだしも、この大学の在学生にバレると変な噂が立つ可能性がある。依頼者である姫乃も。
また依頼者と代行者が同じ大学に通っているなんてことになれば厄介ごとが必ず発生するだろう。一度、龍馬は姫乃とのデートを友達に見られている。付き合っていると誤解させたままでもあるのだから。
「まー、安心しろって龍馬。ロリリンはそんなサービス利用するわけねぇから」
「それはどういう意味?」
「ロリリンは彼氏に興味ねぇって公言してるってこった」
「な、なんだよそのオチ! もっと早く言ってよ!」
不安の解消で、気を張っていた肩を緩ませる。ほっと安堵の息を吐く龍馬だが一つ忘れていることがある。
デート時、亜美と風子との会話。
『彼氏がいらないとか言ってた理由ってりょうまさんって彼氏がいたからなんだねぇ?』なんて一言を亜美が漏らしていたことを……。
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