愛羅の学校③
『お兄さん、これどこにあるかわかる?」
突然だった。スマホの液晶に購入したい漫画を映した愛羅が現れたのだ。派手な容姿もあり、口調も崩しており、当時のことは今でも印象に残っている。
『そちらの商品はあちらですね。案内いたしますよ』
『あ、場所わかる系なの?』
『そうですね。一年ほど働かせていただいてますので』
『へえ……、お兄さんって学生さん?』
『はい、大学生です』
『ふーん。ここのバイトって楽しい?』
『そう……ですね。本がお好きでしたらとても楽しいかと』
『そっかそっか。へー、お兄さんは漫画より一般文芸が好きなんだ?』
店のネームプレートには名前と好きな本、オススメの本を書くことになっている。愛羅はそこを見て好みを判断したのだ。
この時、やけに話しかけてくるなぁと思いつつ接客を続ける龍馬である。
『漫画もたまに読みますよ。一番最後に読んだ漫画は巨人が出てくるものですね』
『ラブコメ系は?』
『あぁ……高校時代は少し読んでましたけど、いつの間にか読まなくなりましたね』
『漫画読まなくなったのって大学が忙しくなったとか?』
『あはは、それもあるかもしれませんね。時間の使い方も下手なので』
『あー、それアーシも一緒!』
初対面の相手でもフレンドリーに接してきた愛羅。バイトの中でも特に接客を好んでいる龍馬はお客さんとの会話を楽しんでいた。
『あ、それでこの漫画の場所なんだけど指差しで教えてくれる? アーシが取りにいくから』
『そうですか? それでは指を差させていただきますと……あちらですね』
『あんがと。じゃあこれは?』
スクリーンショットをアルバムに保存しているのだろう。フリックして次の写真を見せてくる。
『それも同じ棚にございますよ』
『最後、これは?』
再び指差しする龍馬に、もう一度フリックした愛羅。
『あー、そちらはすみません。来週に入荷される予定になってます』
『まだきてないのかぁ……。わかった。あんがとお兄さん』
『いえいえ。もし見つかなかった場合は遠慮なくお教えください』
『うん!』
なに知らぬ顔で対応していた龍馬だが、一つ意外だったのは愛羅が探していた漫画が全て『お兄ちゃん』系統のラブコメ漫画だったこと。
それからである。なにを思ったのか愛羅がこの書店に足を運ぶようになり、龍馬にいたずらをするようになり、邪魔をするようになり……。
今ではバイト日には毎日訪れるようになり、こうして雑談をするほどの仲になっていた。
****
「前から思ってたんだけど……愛羅はお兄ちゃんがほしい願望でもあるの?」
顔は正面。手を動かしながら接客という名の会話をする。
「マ、アーシが買う漫画って全部そんな系統だから予想はつくよね」
そんな系統というのは、会話の通り『お兄ちゃんモノ』である。
「アーシって一人っ子だからさ、ちょっとは甘えられる存在がほしいっていうか羨んでる感じだから。ママもパパも仕事で帰ってくるの遅いし。ってか帰ってこない日の方が多いから構ってももらえないし」
「両親に頑張ってもらうとか……どう?」
「オトコが生まれたとしてもアーシの弟になるっつーの。ってかそれちょっとセクハラ入ってるかんね」
「あはは、悪い悪い」
そんな軽口を言い合えるのもお互いの距離感を理解しているから。少し拗ねた様子を見せた愛羅の気を紛らわせさせるには適した対応だろう。
「逆にセンパイはお兄ちゃんほしいとか思わないの? あ、センパイの場合はお姉ちゃんか」
「言ってなかったっけ? 俺は姉の二人きょうだいだよ」
「ハッ!? それズルいんだけど! じゃあお姉ちゃんいてよかったって思うっしょ?」
「んー、小学校中学校まではいい思いはしなかったけど、高校になってからいてくれてよかったって本当に思うよ。こんなことは姉に伝えたことないけどね」
「高校の友達もみんないうんだよね。マジでお兄ちゃん羨ましい」
「まぁ、俺は妹か弟がほしいかな……。どんな感じなのか気になってるから」
姉がいれば年下の家族に興味が自然と湧くもの。この好奇心にはなかなか勝てないだろう。
「センパイは妹ほしいんだ?」
「弟もだけどね」
「ふぅん……。それならさ、アーシがセンパイの妹になってもいいよ」
「え? そ、それどういう意味?」
膝を折り、下で平積みしてある漫画に目を通しながら意味のわからないことを発言する愛羅だ。
「変な話にはなるけどアーシ達って等価交換できるってこと。アーシがセンパイの妹役をして、センパイはアーシのお兄ちゃん役をするって感じで。ほら、そしたらお互いの願望を叶えられるじゃん」
「おままごとの進化版みたいな感じみたいだね?」
「そうそう。結構面白そーじゃない?」
「面白そうではあるけど、漫画を買うほど妹がほしいとは思ってはないよ俺は」
「でも妹がほしくないことはないんでしょ」
「役を演じてまでほしいとも思ってない」
「えー、それだと話が進まないしつまんないんだけど。ウソでもいいから頷いてよ」
ピンク色の口を尖らせる愛羅は表情にわかりやすく出しながら半目をこちらに向けてくる。ギャルの愛羅だがこうしたところは年相応だ。
「愛羅のことだし頷いたら絶対そう進められるからね。あと、演技するのって死ぬほど疲れるんだからね」
龍馬は代行で思い知らされている。高時給の条件がなければやる意味など見出せてはいないだろう。
「それなら演技じゃなくて素でいいよ」
「それでも嫌」
「じゃあどうすればセンパイはアーシのお兄ちゃんになってくれるわけ?」
「いや、どんなことをされてもお兄ちゃん役はしないって。子どもならまだしも俺たちの年じゃ倫理的な問題があるんだから」
恋人代行というバイトをしている龍馬に言われたくはないだろうが、この事実を知らなければそんな指摘も入ることはない。
「お金出すって言ったら?」
「あははっ、冗談はそれくらいにしてよ。それじゃさらに酷い問題になるって」
「冗談じゃないっての……」
――ボソリ。
「え? なにかいった?」
「なんでもないしっ!」
軽く流されていると察した愛羅は強制的に話を区切った。この様子では相談を続けても進展はない、そう感じるには十分なのだ。
「えっ、なにか怒ってる……?」
「怒ってるにきまってんじゃん。センパイがわからず屋だから」
「そ、それはごめん?」
「ごめんじゃ絶対許さない。アーシの機嫌を直すには一つしかないから」
と、そのすぐである。愛羅が両手で差し出してきたのは先ほど気になっていると言っていた【大賢者お兄ちゃんと引きこもり妹】だ。
「も、もしかしなくてもそれを奢れと?」
「奢れとはいってない。ただテストで一位取ったご褒美くれたら嬉しくなるよね」
ものは言いようだ。結局のところ機嫌取りのために奢れと言ってるわけである。
「あのさ、まさかだけど怒ったフリをしてた? こうしてご褒美もらう流れに持っていくために……」
「話逸らさないの。で、ご褒美はどうする?」
今の今までご褒美の件を保留にしていたのだ。頭のよい愛羅だけに虎視眈々とそのタイミングを狙っていたのだろう。こうなったのならもうお手上げである。
「わかったよ。その漫画って何円?」
「んー、四四◯円」
「四四◯円……ね、了解。仕事に空きができたらお金取ってくるよ」
「にしし、ご褒美あんがとねっ」
「どういたしまして」
お礼を伝えながら小悪魔な笑みを浮かべている愛羅だ。
年下相手に一杯食わされた龍馬だが、こうも嬉しそうにしているのなら仕方がない……なんて思ってしまう。
そうして、空き時間にしっかりとご褒美を与えた龍馬は愛羅に苦笑いを返していた。
憎めないところは漫画一冊だけという基本的安価な値段を要求したところだろう。
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