愛羅の学校②

 その三◯分後のこと。

「ヤッホー! センパイ」

「……」

「ねー、なんで無視するわけ? アーシちゃんとしたお客さんなんだけど」

「いや、厄介な客が目に入ったからなんだけど」

「にしし、そのうざったそうな顔めっちゃ面白いね」

「そこで笑うのは愛羅だけだよ本当……」

 書店内でのこと。愛羅はとある男性店員に絡んでいた。

 店員の胸元には『龍馬』の名前が書かれたネームプレートが留められている。そう、龍馬は数ヶ月前からずっとバイト先で絡まれているのだ。目の前にいる女子高生ギャル、神宮愛羅に。

「ってか、ヤッホーって出迎えてよセンパイ。アーシ漫画買ってこの店の売り上げに貢献してんだからさ」

「仕事中に邪魔してこなければ大歓迎してるよ」

「言っとくけど邪魔してるつもりはないかんね? そんな迷惑かけたくないし」

「それは絶対に嘘」

「ホントだって! ただセンパイと話したいだけ」

「それが邪魔してるって言ってるんだよなぁ……」

「それはごめんごめん」

 翡翠の猫目を細めてご機嫌そうに微笑みを浮かべれば白色の尖った八重歯が顔を出す。小麦色の肌をしているからだからだろうか、より一層白い歯が目立つ。

「ね、それでさ、今日のアーシ可愛い?」

「またいきなりそんなこという……。毎度毎度このやり取りして飽きない?」

「飽きないからしてるんだし。で、どお?」

「可愛くない」

「……ハ? もう一回チャンスあげる」

 思っていることと逆を述べた瞬間に圧のある瞳に変えた愛羅だ。

 一◯回、二◯回、三◯回とこのやり取りをしているだけに返事を変えればバレるのは当然。 

 肩まで届き毛先まで整った金髪。小麦色の肌に端正な顔。澄んだ緑の大きな瞳。丁寧に塗られた薄緑のネイルに銀のピアス。短めのスカートに薄く化粧もしている。

 高校生として見たら派手だが、もう少し年を重ねたらそうも見えなくなるだろう。

 学校では絶対モテているだろう容姿に性格。そんな愛羅が一週間に二回、龍馬がバイトがある日に限ってやってくる。こうして絡んでいるのだ。

「一つ言わせて。これ『可愛い』っていうまで話が進まないよね?」

「そう思うならセンパイが取る行動は一つっしょ? いつもの言ってよ」

「はいはい……可愛い可愛い」

「もう一回」

「可愛いなー」

「うい、あんがとっ!」

 適当に返していることは理解しているはずなのに慣れたウインクをしてくる。冗談を抜きにして嬉しそうにしている愛羅は薄緑色をしたネイルでツンツンと龍馬を突いてきた。

「そう言えばさ、今日テスト返ってきたクラス一位だったんだけど」

「その褒めてって顔されると褒めたくなくなるなぁ」

「なにそれ酷すぎー。センパイに褒められるためにも頑張ったのに」

「ま、まぁ……一位ってのは誰にでも取れる数字じゃないからちゃんと努力したんだね。よく頑張ったよ愛羅」

「にしし、最初からそうやって褒めてくれればいーの」

「……それで本題は? 愛羅のことだから他にあるんでしょ?」

「もちろんご褒美に決まってるじゃん。一位取ったからなにか奢ってよ」

「そんな約束をしてなかったからパス」

「パスをパスするし」

「パスをパスのパスする」

「ならパスパスパスのパスするし」

「うん、とりあえず不毛な争いはやめようか。プライベートならまだしも俺バイト中だから」

「じゃあ奢ってくれる?」

「なんでそうなるんだよ……」

『少しくらい奢ってやれよ』と思うかもしれないが、今年は稼ぎの少ない龍馬は財布のチャックがキツくなっている。約束をしているならまだしも突然の要求にはなかなか答えられないのである。

「んー、じゃあご褒美は一旦保留にして……とりあえずセンパイ、今本の整理中でしょ?」

「見ての通り」

「ならさ、純文学コーナー(ここ)じゃなくて漫画コーナー(あっち)の整理をしてよ。時間的にまだしてないでしょ?」

「とりあえず理由を聞く」

「だってアーシが好きな漫画探しながらセンパイと話せるじゃん? 一石二鳥つってね」

「えっと、俺にメリットがなくない?」

「ふつーにあるでしょ。センパイが可愛いっていうJKと話せるんだし」

「うん、遠慮していくよ」

 一石二鳥なのは愛羅だけであろう。頑固さを出して否定するがこんなところで簡単に引くような相手じゃないのは龍馬が一番に知っている。半ば諦めながら抵抗をしているのだ。

「ふーん、なら最終手段使おっと。口コミでこのお店に低評価つける」

「『ガッコの友だちと協力して』……でしょ? 毎回いうから覚えちゃったよ」

「ねー、ぶっちゃけお世話になってるお店にそんなことできないからさ! ね、いこ! お願い! もしテンチョに怒られたらアーシが謝るから!」

「……」

「うっし!」

「間違いなく幻聴が聞こえてるんだよなぁ。俺返事してないし」

「とりあえずいこいこ!」

「はぁ……」

 愛羅は龍馬の仕事着を掴み、ずるずると漫画コーナーへと引きずっていく。

 もちろん力で抵抗をすれば簡単にはいかないのだろうが、龍馬は口でしか抵抗することができなくなっている。それは愛羅がこの書店の名物になっていることが原因であった。

 愛羅がこの書店に通い始めたのは三ヶ月前であり、たった九◯日という間にこの書店には可愛いギャルがやってくるとの噂を作った人物なのである。

 その結果、男性客数が増加し移転前に売り上げがアップしているのだ。

 単純すぎる話ではあるが、店長からすれば愛羅は招き猫のような存在。移転する寸前まで金のなる木を逃さないために『あのお客さんの要望は断らないでほしい!』と店長に頭を下げられている龍馬なのだ。

 客としても可愛い愛羅を見られるのは嬉しいのか、今までにクレームも入っていないらしい。

 そんな店長の願いを拒否できるわけもなく素直に従っているわけでもあるが、愛羅は愛羅なりに一応の気は遣ってくれている。ちょっかいをかけてくる時間を決めていたり、仕事が詰まらないように居座り続けない……など。

 そんなことがあり、今に至っては龍馬と愛羅のやり取りがこの店の名物になりつつあるのだ。

 漫画コーナーにはすぐに着く。

「ね、でびるちゃんの新刊出てる? 学園ラブコメのやつ」

「新刊は一ヶ月後だった気がするよ」

「センパイそれ長すぎ」

「俺に文句言われても困るって……」

 でびるちゃんとは愛羅が一番好きな漫画家であり、ライトノベルの表紙なども描いたりしている人気絵師でもある。さらには成人を迎えていないという若きながら業界で大活躍している有名人だ。

「じゃあ別でなにか面白そうなやつ探そーっと」

「それがいいだろうね」

 愛羅が漫画を漁るその隣で再び本の整理を始めた龍馬だが、すぐに話しかけられてしまう。

「あ! 見てセンパイ『大賢者お兄ちゃんと引きこもり妹』ってこれめっちゃ面白そーじゃない? 絵も綺麗だし」

『邪魔してるつもりはない』これが愛羅の口癖だが、どこを取ったらそうなるのだろうか。龍馬が不思議にしていることだ。

「その漫画は星三ついかないくらいだったかな。平均評価だったよ」

「センパイも評価気にする派? それダメだし」

「え?」

 尖った爪を龍馬の腹部に刺すといきなりダメ出しをする。

「最近特に思うんだけど、みんな自分で決める能力が落ちてない? とりあえずレビュー見て買う買わない決める的な」

「あぁ……それは否定できないなぁ。俺がその一人だよ」

「気持ちはわかるけど、レビューが効果てきめんなのがわかってるからサクラが活発化するんだよね。それでホントにいい商品が埋もれたりするのは嫌じゃない? 変な業者に手のひらで転がされるのは」

 サクラとは、商品の売れ行きが良い雰囲気を作り出したりする者を指す隠語。当て字で書くと『偽客』である。

「確かになぁ……。だから評価には左右されないようにするってことか」

「うんうん。やっぱり人間って感性さまざまだし、合う合わないが絶対あるからさ」

「その通りだね」

 見た目は派手な愛羅だが、クラスで一位を取るだけに頭は回る。

 愛羅との出会いはこの店でのこと。質問されたのが始まりだった。

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