姫乃との初デート④
「シバ、手……繋ぐ」
亜美と風子からの視線を切った瞬間である。ぼそっと伝える姫乃は上目遣いで手を差し出してきた。
歩く時はこうすると姫乃の中でプランが決まっているのだろうか、この機会を伺っていたようなタイミングだった。
「あー、えっと、繋ぐのは全然嫌じゃないんだけど今は両手が塞がるから危ないかも。ほら、お互いにタピオカ持ってるし姫乃に怪我をさせちゃったら俺が責任を取れないから」
手を繋げばお互いに自由に動かせる手はなくなる。もしもの時の対処ができなくなる。その危険性を伝える龍馬だが姫乃らしい言葉が返ってくる。
「姫乃はこけない。だからシバもこけないようにして」
「そ、その意識だけで大丈夫かなぁ」
「ん、平気。だから繋ご……?」
「わかったよ。姫乃を信じるからね?」
「ん」
その返事を聞き、始めと同じように小指を出した龍馬だが――姫乃は小さな首を左右に振った。
「シバ、違う。今度は、パーで繋ぐ……」
「あっ、普通の握り方?」
「そう」
小指繋ぎから今度はスタンダードな繋ぎ方を要求する姫乃。小さな手をパーの形にしたまま華奢な手をさらに近づけてくる。こんなにもわかりやすく求めてくる姿はなんとも可愛らしい。
「じゃあ握るね、はい」
「……ん」
要求通りに手を開いて出された手を優しく握った龍馬である。手のサイズが大きく異なっているからか、意識せずとも包み込むような形で繋ぐことになる。子どものようなちっちゃい手はもちもちとしたマシュマロのような感触だった。
「これずっと思ってたんだけど、姫乃の手って小さいよね」
「ううん、シバの手が大きいだけ……。ばけもの」
「えっ!? それを言ったら姫乃の手の小ささだってバケモノだよ?」
「そんなことない」
「そんなことあるって。ほら、こうできるくらいだし」
「ぁぅ……」
包み込んだ手にぎゅっと力を込めれば、変な声を漏らす姫乃だ。
友達バレをした以降、一番の危機を乗り越えてたと言ってもいい龍馬は緊張もなにもかもが吹っ切れていた。それが今の余裕に繋がっているのだ。
「シバ、ぎゅって握るの禁止……。姫乃、喋れなくなる……」
「緊張してる?」
「普通の人は緊張する」
「な、なにその俺が普通じゃないみたいな言い方は……。そんな意地悪をいうならずっとこのまま繋いでおこうかなぁ」
「だめ」
「そんなに?」
「ん、命令」
「出た……」
命令には忠実に守る龍馬だ。意地悪を止めるようにすぐに力を抜いて握り変える。正直に言えば龍馬はこんなことに慣れていない。さっきの一件を無事に乗り越えたその安心感がこの余裕に変わっているのだ。
「さて、それで次はどこにいく?」
「……」
「え?」
返ってきたのはまさかの無言である。
「シバ、やっぱりぎゅってしてもいい」
それはつまり、喋らない口実を作りたいということ。
「もしかして次の場所は決まってなかった?」
「ん、考えてたプラン全部忘れた……の。さっきのことがあったから……」
「あー、なるほど。それじゃあ、ぶらぶら歩きながら気になったお店があれば覗くって流れにしない? お店たくさんあるから三つくらいは見つかるはずだから」
「いい?」
こくりと首を縦に振る姫乃は言葉を繋げる。
「姫乃、また迷惑かけてる……から」
「姫乃は責任感が強いんだから。俺には迷惑なんてかかってないし、ぶらぶらするのもデートの楽しみ方の一つなんだから気にすることはないよ。気楽にいこ。気楽に」
「……気楽」
「うん。俺のことを気にしてくれるのは嬉しいけど、俺、姫乃とのデート本当に楽しんでるんだよ?」
「ぶらぶらしてるだけなのに?」
「これ聞くのは本当に恐ろしいんだけ、姫乃は今のデート楽しくない?」
ここで肯定されたりしたのなら地獄の門が開かれるが、姫乃の様子を見るにそれはないとの予想ができている。
「ん、楽しい」
「あはは、ちょっと無理に言わせちゃったけど……ほら、お互いに楽しめてるからこうした形でいいと思うんだよね。俺たちは俺たちなりのデートを楽しもう? それが一番だよ」
「わかった……。ありがとう、シバ」
「こちらこそ。まだ終わってないけど楽しいデートをありがとうね」
お互いに礼を伝え、なんともよい雰囲気に包まれる。
「今日、シバが彼氏でよかった……」
「っ!? そ、そう言われるのは素直に嬉しいなぁ」
その返事をした最中、『ぎゅって握るの禁止』といった姫乃からその攻撃をしかけてきた。
思いもしない攻撃に息が詰まる龍馬である。
「姫乃ね、今日が初めてのデートだったからすごく心配だった。でも、シバが優しいからすごく安心した」
「心配したのは俺も同じだって。それに俺よりも優しい人はいっぱいいるけどね……って、ん?」
そこで引っかかったことが一つ。
「ひ、姫乃……? 今、姫乃って初めてのデートって言わなかった?」
「ん、そう。人生で初めて」
「さすがにそれは嘘でしょ?」
「ほんと」
「本当に本当?」
「ん」
「……」
「恥ずかしいからずっと黙ってた……」
健気な性格を抜きにしても、可愛い容姿で男を惹きつけられるだろう姫乃だ。そんな姫乃がデートをしたことがないというのはにわかに信じられなかった。
「ってことは今の俺って責任重大だね!? と、とりあえず満足させられるようにするから」
「姫乃は満足してる」
「そ、それならもっと満足させられるように頑張るよ。姫乃は俺にしてほしいこととかない?」
「ある」
「お! それはなに? 俺にできることならなんでも協力するよ」
「姫乃の手……離してっていうまで、ずっと繋いでて……」
淡白に、それでも強いお願いなのだろう、またぎゅっと力を入れてくる姫乃だった。
「そ、そのくらいならもちろん。他にはない?」
「ん、今のところは大丈夫」
「じゃあなにかしてほしいこととか見つかったら遠慮せずに教えてね。やり残しがないようにさせたいから」
「わかった」
そこからは手をずっと繋いだまま、人波に任せてぶらぶらと室内を回っていく。すれ違う他のカップルに劣ることなく楽しく雑談を続けていたその時である。
「あ……」
突然と足を止める姫乃はとある店に視線を送った。龍馬も促されるようにそちらを見れば――昔っぽい風情の駄菓子屋が凛として立っていた。四畳ほどの広さの駄菓子屋には天井から下げたフックに引っ掛けられて販売されている商品や、商品や菓子などの入った箱やビンが見られる。店内は親子連れの客が三名ほどいた。
「駄菓子屋さん気になるの?」
「ん、甘いのありそう……。シバ、ちょっと見ていい?」
「もちろん。ゆっくり見ようか」
「ありがとう……」
「お礼をいうことじゃないよ。正直、俺も気になってたから早くいこう?」
「んっ」
無意識なのだろうが語尾を上げた姫乃だ。顔に変化はないが、瞳には大好物を目に入れたような輝きがあった。
そうして駄菓子屋に寄った二人は、そこから書店、ペットショップ、雑貨屋と楽しくデートを続けるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます