姫乃との初デート③

 龍馬がトイレから戻れば目の前には騒がしい光景が広がっていた。

「ち、違う……から」

「ええー? これのどこが違うのかなぁ! 男用の荷物あるしぃ!」

「姫乃っちやるーっ! デートだデート!」

「だ、だから……」

 依頼主である姫乃に二人の女子が囲っていたのだ。なにやらちょっかいをかけて盛り上がっている様子で友達との予想が簡単にできるほど親しそうだ。

 こればかりは予想もしてなかった展開だ。

 見るからに明るそうな性格の姫乃の友達。このままあの席に戻ればたくさんの質問を受けることだろう。一難去るまで身を隠したい龍馬だが長いトイレは印象よく映らないだろう。二人に挨拶をする以外に龍馬には選択肢が残されていなかった。

 勇気を振り絞りながら歩みを進めた矢先、

「あっ……」

 偶然に目が合い、姫乃は目を丸くさせながら固まる。そして龍馬は手を左右に振る。

 こんなあからさまな対応をすれば友達には一発でバレる。デート相手が戻ってきたと。

「えっ!? 姫乃のデート相手ってアレ!? 普通にやばくない!?」

「イケメンだね。ガチの、うん」

 そんな会話がされていることは声量と距離の関係で聞こえない。会話するに適した距離に近づいた龍馬は遠慮気味になって自己紹介を兼ねた声かけをする。

「ど、どうも初めまして。龍馬といいます。二人は姫乃のお友達ですかね?」

「初めまして! ウチは亜美です。実はこの三人同じ大学に通ってましてー」

「あたしは風子でーす! あの、早速聞いちゃうんですけど姫乃っちとデート中ですかね!?」

 間を置くことなくスタタッと龍馬の前まで接近し、興味津々に見つめてくるのは風子である。初対面にも関わらずよくこうもグイグイこれるものだろう。

 予想外の詰め方に気が動転してしまう龍馬だが、唇を強く噛んで冷静に立ち回るプランを思い描く。偽の恋人だとバレるわけにはいけない事態がやってきたのだから。

 おどおどしてしまえば姫乃を不快にさせかねない。頼りなさも覚えることだろう。それはつまり代行の満足度を下げ、失敗をする可能性が高め、リピーターになってもらうチャンスを潰すことになる。意地でも絶対に上手く切り抜けなければならなかったのだ。

「あ、姫乃って今日のこと内緒にしてたんだ。てっきり話してるって思ってたよ」

「っ!?」

 誤魔化そうとの意図を持った促しだが、姫乃にとってキラーパスを受けたようなものである。なんといっても『彼氏に興味ない』と訴え続けた相手と対面しているわけでもあるのだから。

「じゃあやっぱりデートなんですね!?」

「あ、亜美……うるさい」

「あららぁ、姫乃っちってば照れちゃってかわいー!」

「ぅ……」

 一つ言い返せば、左右からからかいのパンチを浴びせられ姫乃は顔を赤らめながら黙ってしまう。正しく一瞬のKOというところだろう。

 女の子っぽい可愛い反応だが、今この状況において頼りになるとはいえない。龍馬一人で切り抜けるしかないのだ。龍馬は試験同様に頭をフル回転させながら言葉を繋いでいく。

「いやぁ、まさかこんなところを姫乃のお友達に見られるなんてね……。お願いになるんだけどこの件は内緒にしててくれるかな」

 先ほどから口を閉じ、下を向いている姫乃の気持ちを汲み取る龍馬は人さし指を口に近づけてジェスチャーをする。

 正直な気持ち、龍馬だってデートをしているところをバレたくはなかったのだ。

 真の恋人であるなら言いふらされても特に問題はないが、これはお金が絡んだデート。この話題を広められるのはお互いに不利益なのだ。

「それはもちろんです! だけど……ははぁ、なるほどねーひめの。彼氏がいらないとか言ってた理由ってりょうまさんって彼氏がいたからなんだねぇ? いろいろと納得がいったよ」

「う……うるさい」

 点と点が繋がったようにニヤニヤと姫乃をいじり倒している亜美。見ているだけでも物凄く楽しんでいる様子が伺える。

 姫乃がさらにいじられる結果になったが、バレないためには仕方のないこと。

 とりあえず誤魔化すことができたと安堵の息を吐こうとする龍馬だが――まだそれは早かった。もう一人、風子という伏兵が潜んでいたのだから。

「あの、龍馬さーん! 姫乃っちとはどこで知り合ったんですか!? ちょっとそこが気になってまして!」

「えっ!? どこで出会ったって……?」

「そうです!」

 質問内容も龍馬にとってモンスター級の強さだった。無意識に攻められている龍馬はなんとか躱すことに成功する。

「んー、本当は教えたいところなんだけど姫乃と秘密にしてることだから」

 秘密にすることに疑問を持つだろうが、違和感ない出会い先を思い浮かべられるほど龍馬は器用ではない。打ち合わせもしていない分、嘘をつけば墓穴を掘る可能性が高い。情報を閉じることが一番正しい選択なのだ。

「秘密……ですかぁ。それなら仕方がないですね……! あっ、すみません! 龍馬さんにもう一つ!」

「う、うん?」

「正直、タイプです!」

「ッ!? え、え……? お、俺……?」

「はい!」

「……あははっ、それはありがとうね」

 姫乃の嫉妬を煽りたいのだろうか、風子は龍馬にニンマリ顔を向けていた。冗談だとわかっていてもこのようなアタックにはドキッとしてしまう。

「もー、言っていい冗談と悪い冗談があるって。りょうまさんは真面目に相手しなくていいですよー。ふーこにも彼氏がいるので」

「この際にダブル二股なんていかがでしょーか!?」

「バカなこといってないでさぁ……。りょうまさんもなにか言ってあげてください」

 よいバランスが取れてるのか、亜美がクッションになり助け舟を出してくれる。この対応は龍馬にとってありがたい限りである。

「えっと、つまらない返しになっちゃうんだけど、俺には姫乃がいるからごめんね……?」

「それはつまり龍馬さんは姫乃っちのこと好きってことですね!?」

「もちろんお付き合いさせてもらってるから」

「じゃあ姫乃っちのことが……」

「う、うん。大好きだよ」

「シバ……っ!」

 姫乃の友達に会わなければ絶対に言わなかっただろうセリフ。

 心構えをしていなかっただけに吃ってしまう龍馬だが、その印象を上書きするほどに動揺する姫乃。この反応のおかげで“付き合っている”ことに信ぴょう性が増す。

「よかったねぇひめの。ふーこのおかげで気持ち聞けたじゃん」

「ねー! 姫乃っちのことが大好きだってー!」

「っっ~」 

 雪のように白い肌を持っている姫乃は真っ赤に?を染めながら華奢な体を震わせる。そんなあからさまな照れに伝染気味の龍馬。

「も、もう。タピオカ買いにきたならもういって。そのまま帰ってっ!」

 からかいすぎた結果がこれ。姫乃は羞恥を漂わせながら思いを述べた。普段からここまで強い意見をすることはないのか、予想外というようにまばたきを何度も繰り返す亜美と風子である。

「そ、それもそうだね……。もう随分とデートのお邪魔しちゃったし……。ふーこ、そろそろ退散しよ。彼氏持ちなら気持ちわかるでしょ?」

「わかります!」

「なら早くいく。帰って」

「いくけどぉ……じ、じゃあ今日のデートがどうだったか教えてね!? 楽しみにしてるからね姫乃っち!」

「うるさい」

「ほら、ふーこはしつこい。早くいくよ」

「気を利かせてくれてありがとうね、亜美さん、風子さん。それじゃあまた」

「はいっ! 失礼しました!」

「バイバーイ!」

 姫乃の言葉が決め手となり、亜美と風子はタピオカ屋の列に並んでいった。

 この流れを見るに二人はタピオカを買いにきたところで姫乃を見つけたのだろう。運が悪いとしか言いようがない。

「な、なかなかクセのある友達だったね……。パワーがあるっていうか、とっても楽しい大学生活が送れそうで」

「ごめんなさい……。姫乃会うと思わなかった……」

「会っちゃったものは仕方がないよ。お友達も足を運ぶくらいに人気なんだね、このタピオカ屋って」

「亜美と風子、二回目」

「二回目……?」

「タピオカおかわりにきたらしい」

「お、おかわり!? 一杯だけでも結構お腹に溜まるのに……それは凄いなぁ」

 人並み以上に食べる龍馬でもタピオカのおかわりをいこうとは思わない。それほどに満腹感を得られる飲み物がタピオカなのだ。

「シバ、怒ってるない……? 姫乃が迷惑かけたから……」

 責任を感じている姫乃はしゅんとしているがこればかりは誰のせいとも言えないだろう。

「怒ってないから安心して。逆に姫乃は俺を怒ってない……?」

「な、なんで姫乃が怒る?」

「言いにくいんだけど、友達に恋人って誤解させちゃったから……。余裕がなかったからあんな誤魔化し方をしたんだけど、今思えば仲のいい友人でも十分通用したんじゃないかって思ってね……」

「シバの対応はなにも間違ってない。姫乃を守ってくれたの、すごく嬉しかった」

「そ、そう? そういってもらえると助かるよ」

 今になってミスをしたと感じていた龍馬だが、今回は恋人という程でこの大型商業施設に訪れている。

 もしあの場で『友達です』なんて答えていたのなら恋人という程は一瞬で崩れただろう。難はあったが龍馬の対応に姫乃は不満を抱くことはない。むしろ満足しているくらいだった。

「シバ、もう逃げよ。亜美と風子は……特に風子がまたちょっかい出してくる」

「あははっ、了解」

 タピオカ屋の列に並んでいる亜美と風子はどんどんと注文口に近づいている。

 もしタピオカを買い終わったのなら、なにかしらの行動を取ってくると予想している姫乃なのだろう。

「ばかっ」

 そんな亜美と風子を牽制するように悪口を漏らす姫乃だが、隣にいる龍馬は怖いの『こ』の文字も感じない。むしろ可愛さが増すようで……対象の相手に聞こえるはずのない小声。

 そんな別れ言葉を残した姫乃の指示に従い、和栗スムージーを手に持った龍馬は早々と移動するのであった。

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