姫乃との初デート②

 男の人と手を繋いだの、いつぶりだろう……。多分、小学校の遠足以来だと思う。

 心臓の音、シバに聞こえてないかな。姫乃から手を繋ごうっていったけど、すごく緊張してる……。こんなになるくらいならって後悔してる……。でも、気まずいことはなにもなかった。シバがすごくリードしてくれるから。

「姫乃の好きな食べ物はなにかある?」

「……好きなのは甘いの全部」

「じゃあパンケーキとか好きなんだ?」

「ん、パンケーキはふわふわしてるのが好き」

「あー、テレビとかでよく紹介されてるやつだよね」

「そう。あれとっても美味しい」

 シバはとても頼もしい。姫乃がしゃべるのは苦手ってすぐにわかったんだと思う。だからたくさん話題を出してくれて、姫乃が緊張しないようにしてくれてる。

 初めて会った人なのに気まずくないのはおかしい。だから、シバはほんとにすごい……。

「じゃあ逆に嫌いな食べ物はなにかある?」

「嫌いなのはしいたけ」

「しいたけ!? えー、それはもったいないなぁ」

「シバはしいたけ好き?」

「それはもう大好き。ちょっと食い意地の張る話になるんだけど、すき焼きの中に入ってたら一番先に箸を伸ばすくらいだよ」

「バッテンになってるしいたけ?」

「そうそう、飾り包丁入れられたやつ。しいたけを食べるなら丸々一個ある方が嬉しいかな」

「……」

「え、なにその無言!? なんかありえないって顔してない!?」

「ううん、してない」

「本当かなぁ。なんかバケモノを見たような顔をしてた気がするけど」

「それは……したかも」

「ちょ、ちょっと!? もー、最初からからかってくるなんて」

「ふふ」

「笑うところじゃないからね!?」

 失礼なこと言ってみたけどやっぱり怒らなかった。優しく返して盛り上げてくれた。

 代行者さんってみんなこうなのかな……。でも、みんながみんなそうじゃないとは思う。ただ姫乃が当たりの代行者さんを引いただけだと思う。

「シバ」

「ん、どうしたの」

「シバは学生さん?」

 いきなりの質問で変だけど、ちょっと聞きたかった。学生さんなら姫乃と共通の話題があるから。

「正解。これでも大学二年。姫乃は十代って会社から聞いてるんだけど……姫乃も学生?」

「ん、姫乃は大学一年生」

「おっ、じゃあ同期なんだね。やっぱり高校と比べたら大変でしょ? 大学って」

「ん、課題がいっぱい。講義も長い。単位も厳しい」

 姫乃は学生だけど仕事をしてる。その仕事には締め切りがあって絶対に守らないといけないからとても大変。大学の試験がかぶっていたりする時は睡眠時間がなくなるくらい。

「いやぁ、その気持ちわかるよ。二年になってもその大変さって慣れないから」

「ほんと?」

「大学にもよるとは思うんだけど、学年を重ねるごとに必須科目も増えるからどんどん課題も増えるって感じなんだよね」

「聞きたくなかった」

「はははっ、それはごめんね。でもこれはさっき俺のことをバケモノのように見た仕返し」

 してやったりの顔をしてるシバ。すぐにいじわるされたけど、ちゃんと考えてくれてる。いじわるで姫乃の手を離したりはしなかったから。

 もう一回指を繋ごうっていう勇気は出ないから、このままにしてくれて嬉しかった。

「まぁでも、姫乃が課題とかの心配する必要はあんまりないと思うけどね。俺がなんとかついていけてるくらいだし姫乃だって大丈夫」

「そうだと、いいな」

「まだ出会って間もないからあれだけど姫乃って一生懸命な性格だと思うんだよね。すぐに投げ出さないっていうか芯が硬いっていうか。だから平気平気」

「……な、なんでわかる?」

 心当たりはいっぱいある。だからびっくりした。

「超能力って言ったらどうする?」

「シバの小指、痛くする」

「え゛!? ご、ごめん! そんなに気に入らなかった!?」

「いじわるしたお返し」

「なっ、え、ちょ……。はぁ、やられた。これはやられた」

「ふふ、シバちょろい」

「あーあ、年上にそんなこと言っちゃうんだ」

「シバは年上だけど……彼氏だからいう」

 今、姫乃は羨ましかったことが少しずつできてる。手を繋げたこともそう。でも、彼氏っていったのは言いすぎたかも。すごく恥ずかしくなってくる……。

「それじゃあ姫乃の彼氏として俺から一つ言わせてくれる?」

「なに?」

「姫乃の服、とっても似合ってるよ」

「……っ!?」

「伝えるのが遅れてごめんね。最初から思ってたことなんだけど、タイミングがなかなか掴めなくて」

「へ、平気……。ありがとう……」

 今まで男の人にこの服を褒められたことなかった。でも姫乃はこれが好きだけどイタイとかみんなに言われる。だからすごく顔が熱くなった。嬉しかった。

「あれ、もしかして姫乃照れてる?」

「っ、照れてなんかない」

「じゃあこっちに顔向け――」

「――ない」

 シバの言葉に姫乃は声を被せた。

 もしかして姫乃が言われたいことわかってて、ここまで焦らしてた?

 代行者さんだから、デートの経験がない姫乃を読むことは簡単だと思う……から。

 姫乃、ずっとドキドキしてるのに、シバに余裕があるのはずるい。

 もう撤回。シバは全然ちょろくない。姫乃と一つしか変わらないのに経験値が違う。これが代行者さんの力だってわかる。

 でもこれ以上は手玉に取られないようにする。やられっぱなしは恥ずかしいから。

 そんなことに気をつけて二◯分。

「よしっと……最初はどこにいこうか?」

 イヨンに着いてシバが聞いてくる。こんなに人がいるのに手を繋いだまま。全然いやじゃないけど、すごく注目集めてる……。たくさん見られてるのに、シバは堂々としてる。ありえない。ばけもの……。

「え、えと……まずタピオカ屋さんいく」

「お! 了解」

 ほんとはタピオカを買うのは最後だったけど姫乃は予定を変えた。

 それはシバと会う前、『和栗スムージー美味しかっダァッッ!』このメールが亜美から送られたから。だから最初にタピオカ屋さんで時間を使ったらデートを見られる可能性は下がると思ったから。

 亜美は友達とイヨンにきてるはずだからバレないように工夫する。

「タピオカ屋っていうとあの一階の隅っこにある場所だよね?」

「そう。今は和栗のスムージーが出たらしい。この時期限定の」

「じゃあ今日はそれを飲みにきたんだ?」

「ううん、姫乃が飲むのは黒糖ミルクタピオカ」

「おぉ……あくまで限定には左右されないと」

「ん」

 これが姫乃が一番好きな飲み物。和栗よりも甘い黒糖が好き。

「買ったあとは近くの椅子に座って、休憩しながらおしゃべりする」

「いいね!」

 シバは姫乃以外にたくさんの女の人とデートをしていると思う。こんなにリードしてくれるからシバは人気の代行者さんに違いない。

 それなのに姫乃は初めてのデート。男の人にも慣れてない姫乃だから、こんなデートはあんまり楽しくないと思う。

『いいね』って言ってくれたけど、代行者さんだからその気持ちを偽ることは難しくない……。

 どうせならシバにも楽しんでほしいけど、姫乃には経験値が足りないから我慢してもらう。

 その代わり、おいしいタピオカ屋さんのタピオカを姫乃はご馳走することにする。


「ありがとうね、姫乃。和栗のスムージー奢ってもらって」

「平気。それよりもシバはだめなことしたの反省して。お金を出さないのはルール」

「あ、あはは……。ごめんね、つい反射的にやっちゃって……」

「気持ちは嬉しかった。でも次は我慢する。いい?」

「ごめんね。反省してるよ」

 ドリンクを買ったあと、側にある椅子に座って休憩をしながらお話する。

 最初、びっくりした。お会計の時、シバが代行のルールを無視してお金を払おうとしたから。気づいたから止めたけど、姫乃がなにも言わなかったらほんとに払ってたと思う。ルールは守らないとだから厳しくしないとだめ。でも、その気持ちは嬉しかった。

「ん、わかったらいい。じゃあ一緒に飲もう?」

「あははっ、そうだね。ありがたくいただきます」

 手を合わせたシバは和栗のスムージーを飲んだ。

「シバ、おいしい?」

「ん……! 美味しいっ!」

「ふふ、よかった」 

 ここのタピオカ屋さんは美味しいお店で有名。シバみたいに目を大きくして喜ぶ人も多い。姫乃も手を合わせてシバに続くように飲む。

「ん、おいしい……」

 濃ゆい牛乳に黒糖シロップが混ざってる。大きくてもちもちしてるタピオカ。一日に一回は飲みたくなるくらいほんとにおいしい……。

 口を動かしてゆっくり味わう。

「ふっ」

 タピオカを噛んでるといきなりシバが笑った。よく見ればどこか嬉しそう。 

「……姫乃の顔、なにかついてる?」

「あっ、ごめん。姫乃はそんな顔もするんだって思って」

「そんな、顔?」

「好物を口にしてるんだなぁっていうか、幸せそうな顔してるから俺もそうさせるようにしたいなって思って」

「~~っ!」

 こんなところ平気でいってくる。ほんとにおかしい。わざとドキドキさせてくるみたいでずるい……。

「見ないで」

 真顔でいう。

「デートだからいいでしょう?」

「だめ。命令」

「命令!? そ、それは……従うしかない……のかなぁ?」

 デートに慣れてない姫乃だからこうして命令する。

 シバがこんなこと言われたのは初めてなんだと思う。すごく困惑そうな顔してるから。

「からかわないなら、見てもいい」

「別にからかったつもりはないよ? ただ素直にそう思っただけで」

「なら見ちゃだめ」

「わ、わかった! もうさっきのことはいわない! これでいい?」

「ん、いい」

 いっぱい褒めてくれたり、気持ちを教えてくれるのはすごく嬉しい。でも、シバみたいには慣れてないから少しずつしてほしいくらい。

「シバ」

 だから今度は姫乃から話しかけてみる。あんまり攻められないように。

「シバが初めて。この服見て驚かなかったり、褒めてくれたの」

 ずっと思ってたことだから、すぐ声に出せた。

 姫乃はかわいい服が好き。だからお家にもたくさんあって私服でも着てる。でも、他の人と比べて浮いているのはわかってるつもり……。だからお礼を言いたかった。シバは気にしないで姫乃とデートをしてくれるから。嫌な顔しないで隣を歩いてくれてるから。

 恋人を依頼してるから当たり前のことかもしれないけど、姫乃は最初不安だった。好きな服を着てもいいのかなって。今まで『もっと普通の服を着ろ』とか『正直、隣を歩きたくない』とかいう友達も多かったから。

「いやぁ、本音を言わせてもらうと最初は驚いたよ? ゴシック系? の可愛いファッションをする友達はいないからね」

「ほんと?」

 意外だった。最初に会った時、シバは驚いてなかった気がしたから。

「うん、驚きはしたんだけど姫乃のファッションが似合ってたから顔には出なかったんだと思う。気持ちが強い方が前に出るものだから」

「……ん、あ、ありがとう」

 変な空気。思わず間を空けて返事してしまう。

 また褒められた……。絶対、シバは狙ってる。姫乃が嬉しくなることわかってるんだと思う。心がすごく軽くなる。すぐににやけそうになる。

「……ぁ」

 でも、こんな時に余計なことを思い出してしまった。シバが優秀な代行者さんだったからすっかり呑まれてた。初めてのデートで浮かれてた。

 シバはデートをするのが仕事。姫乃を気分よくさせるのが仕事。そんな仕事だから姫乃を褒めているんだって。狙って喜ばせようとしてるんだって。

 シバは代行者さんとして当たり前のことしてる……けど、姫乃の好きなことを、趣味をこんな理由で褒めてほしくはなかった。褒めるなら本心で褒めてほしかった。 

 そうわかったら、すぐに熱が冷める。落ちこむ。

 でも、早く切り替えないとだめ。これだと全部自分勝手だから……。

 気持ちを隠すために姫乃がタピオカを飲む。

「あっ、誤解のないように言わせてもらうけど、俺って器用な人間じゃないから仕事だからとかそんな理由で褒めたりしないからね。ちゃんとそう思って褒めてるから」

「っ! こほっこほっ」

「えっ!? だ、大丈夫!?」

「こほこほっ。ん、大丈夫……こほっ」

 むせて咳が出る。こんなこと言われるとは思わなかった。タピオカ飲んだタイミングでそれはいじわる……。

「ごめんね、飲んだタイミングで話しかけちゃって。もう少し気をつけるべきだったよ」

「ん……」

 シバはばけもの? ほんとにそう思う。ありえないことだけど人の心が読めるんじゃないかって。姫乃は顔に出してないはずなのにすぐに言葉を増やしたから。

「それで話を戻すんだけど、なんていうか俺は姫乃が羨ましいと思うよ」

「羨ましい」

 シバは頬杖をついて見てくる。

 姫乃からしたら、シバの方が羨ましい。明るくて、話すことも得意で、お友達もいっぱいいそうで。

 そんなシバが姫乃に羨むところがあるだなんて思えない。

「いやだって姫乃って趣味を表に出せてるでしょ? 今で言ったらその可愛い服装になるけど」

「ん」

「俺は姫乃と真逆だからさ。趣味があってもそれを前に出す勇気はないし、好きなことも正直見つけられてなくってね」

「そう?」

「うん。だから趣味を見つけられて表に出してる姫乃の生き方は羨ましいし格好いいから。俺もいつかはそうなれるようにって思っててね」

「……」

「もうここまできたら包み隠さずにいうんだけど、全部姫乃のファッションはちょっと特殊な部類には入ってるから気分が悪くなることも言われたりしてると思うんだよね……? もしくはこれから先に言われたりするかもしれないけど姫乃にはそんな言葉は無視してほしいな。『どんな趣味でも素晴らしくないものはない』って名言が拡散されてたけど本当にその通りだと思うから」

「…………」

 返事をしなきゃいけない。なにか反応をしなきゃいけない。それはわかってるけど唇を強く結んでた。口を開きたくなかった。だって、口を動かしたら変な顔になるから。顔が緩むから……。

 姫乃が反応できなかったから無言になる。

「あ、あはは……ごめん! ちょっと熱が入っちゃった。恥ずかしい恥ずかしい。ちょっとお手洗いにいってくるよ」

「…………ま、待ってる。そのまま逃げないで」

「そ、それはもちろん。すぐに戻ってくるよ」

 貴重品のお財布をテーブルに置いたシバは頭を掻いてほんとに恥ずかしそうにしてる。苦笑いを見せてお手洗いに歩いていった。

 姫乃はここで一人になる。心を落ち着けるためにタピオカミルクを飲もうとする。でも、口に力が入らなくてうまく飲めなかった。

「……シバは姫乃を信頼しすぎ……」

 また帰ってくるって示すためにシバは財布を置いていったと思う。でも荷物は置いてるから貴重品は持っていくべき。姫乃がお金を取る可能性だってあるのに。

「でも、今はそれどころじゃ……」

 我慢の限界。周りの目があるのに口が上がる。一人で笑っちゃう。早く直さないと。反則なことばかりするシバが戻ってくる前に……。姫乃は冷たい容器を両手で持って真顔を作った。

 でも、姫乃の顔はすぐに変わる。

 逃げたいくらいに嫌な光景を見たから……。

「おっ、あぁああー!! ひめのいるじゃーんっ! ウチだよぉおお!」

「えっ、おー! 姫乃っちだぁああー!」

「……」

 声が出なかった。正面から姫乃の親友、亜美あみ風子ふうこが手を振りながら近づいてきてたから……。

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