プロローグ④
午前中のみの講義が組まれた土曜日の大学。現在、ちょうど講義が終わったばかりである。
ガヤガヤとした教室。帰宅準備を始めている学生と一緒に姫乃は教材をカバンの中に移していた。
だが、そんな姫乃は普段とは様子が違かった。周りをきょろきょろ見渡したり、両手を重ね合わせたり、紫水晶の瞳を何度も時計に向けたりと落ち着きがないように
こうなってしまっている理由はただ一つ。数日前、姫乃は恋人代行サービス、ファルファーレに予約をしていたからだ。
本日になる土曜日の一六時に。
代行の予約は至って簡単だった。
ファルファーレのホームページから依頼受付のページに飛び、代行者の希望の年齢や容姿を指定をする。もちろん会社のお任せにするのも可能である。
あとはデート時間の希望、待ち合わせ場所を決め、こちらがデートに着ていく服装を会社に教えるだけ。あとは当日に待ち合わせ場所に着いたら会社に連絡。デートが終わったあと、一時間までに再度連絡を入れ、仲介料を支払い期限についての説明が入る。
恋人代行サービス、ファルファーレの特徴は会社が依頼主に合った人材を派遣すること。通常の仲介料は一万円と高めだが『ご満足いただけなければ仲介料全額返金』なんて安心を大いに出した会社である。
代行とはいえど初対面の相手と時間を過ごすことになるだろう。派遣に自信を持っているというのは姫乃にとっての大きな安心点ではあるが、デートまで残り三時間ほど。着々と時間が迫っているためそわそわしているのである。
「ねー、ひめのは一体どうしたの?」
「っ、なに」
その時である。隣席に座る亜美が唐突に声をかけてくる。
「なに、じゃなくってさっきからどうしたのソワソワしてるから。あ、もしかしてトイレ我慢してる? 講義終わってるし早くいってきなよ」
「お手洗いじゃない」
「じゃあどうしたの? いつもと全然様子が違うじゃん」
「……亜美の勘違い」
「えー、絶対勘違いじゃないって。そのくらいわかるし」
姫乃がこの大学に入学して初めてできた友達、それが亜美である。
そんな亜美の観察眼は人並み以上に優れていた。その能力があるからだろうか、寡黙な姫乃の感情を察知することができるほど。
「まあ体調方面で悪くなければいいんだけどね? ここだけは正直に答えてほしいなー」
「体調は普通」
「ならよかった!」
端的な物言いになにかしらあることは見抜かれている。それでも亜美は姫乃の体調を心配して声をかけてくれたのだ。その気遣いを無下にしないようにコクリと頷いた。
「あっそうそう! 体調が悪くないなら聞いちゃおっと! それでひめのってこれから用事入ってたりする?」
「どうして」
「あのね! イヨンの中にあるタピオカ屋さんに和栗のスムージーが出たらしいんだよ!! この時期限定らしくてこれはもう飲みにいくしかないって思うわけ!」
「……っ!?」
亜美の言葉を聞き入れた最中、
「え? どうしたのその反応。今日ホントにおかしくない?」
「おかしくない。平気」
「じゃあ今日の予定はどんな感じ? 予定ない?」
「……ある」
「あ、あるんかいッ! マジかー。くそぉ……あるのかぁ! ならもう別の友達を誘うしかないかぁ……」
ガーンという擬音語が聞こえてくるくらいに肩を落とす亜美だったが、すぐ別の思考に変えた。
『今日絶対に和栗のスムージーを飲むんだ!』なんて強い意志が伝わってくるほどである。
「……亜美はいくの? 今日」
「いやぁ、ずっと気になってたし今日はお出かけ日和の土曜日だし! ウチの大好きな和栗スムージーにタピオカまでトッピングできるってなったらもういくしかないよね!」
「亜美、タピオカは太る」
「運動するから大丈夫大丈夫!」
「タピオカはとんこつラーメンとカロリーと一緒。太る」
「珍しく饒舌だねぇ。え? もしかしてウチがその店にいくと不便なことでもあるのかね? うーん、その店ってよりもイヨンに、かな?」
「そ、それは……別にない」
ぼそりと呟く姫乃は?まで伸びた銀髪の触角を人差し指で巻きながら視線を逸らしていた。なんともわかりやすい反応である。
「ふーん、あるんだ。不便なこと」
「……ない」
勘の鋭い亜美でなくてもこればかりは簡単に気づくことができるだろう。だがしかし、この件は絶対に内緒にすると決めている姫乃なのだ。彼氏が要らないといい続けていた姫乃は今日、そのイヨンでデートをする予定なのだから。
「へぇ、その不便なこととは一体なんですかねぇ」
「なんでもない」
「なるほどなるほど。教えられないって感じかぁ~」
「…………」
立場が悪くなった時に有効な技、黙秘を使用する姫乃。これ以上の情報を与えないように立ち回ったのだ。
「あのさー、もしかしてだけど今日、イヨンにいけばひめのと会えたりする? ひめのってゴスロリファッションだからすぐに見つける自信あるんだけど」
「あ、会えない」
「じゃあウチがイヨンにいってもダメじゃないよね?」
「だめとは言ってない」
「それはそうだけどさー、『イヨンには絶対くるなー!!』みたいな雰囲気出してるんだもん」
「……そ、そんなことは、ない」
口では否定するも『なんで今日なの……』と不満を撒きたい姫乃だった。
もしデート現場を見られたのなら、なにを言われてしまうのか想像するまでもない。彼氏だと誤解されるか、はたまた代行を利用しているとバレるか、どちらにしても由々しき事態に陥ってしまうのだから。
「まあいろいろとショックだなー。ひめのはウチよりもそっちの友達を優先してるってことだしー」
「先に予定してた。優先はそっちになる」
「そっかそっか! 確かにそれなら仕方がないっか!」
「ん」
そうして亜美に納得させるも姫乃の不安は拭い去れないもの。恋人代行会社、ファルファーレにはデート先も着ていく服装も伝えてしまっている。
いまさら変更できるような連絡ができるはずもなく、デート自体が未経験な姫乃は大型商業施設、イヨン以外のデート先に心当たりはなかった。亜美と会わないようにと願うほかなかったのだ。
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