プロローグ②
中東国立大学、経済学部二年の
「やっぱり目ぼしいバイト先はそうそう見つからないよなぁ……」
「ん? 龍馬って書店で働いてるだろ? また新しいバイト始めるつもりなのか?」
「それが半年後に移転することを昨日知ってさ、だから今のうちに新しいバイト先を探してるんだよ。新しいバイトに慣れることを考えたら今のうちから探してた方がいいと思うし」
「移転!? そりゃあキツイな……。引き続きそのバイトに務めることはできねぇの?」
そして、龍馬と親しく会話をするのはこの大学で一番最初に親しくなった中村雪也だ。
「俺も最初はそう考えたんだけど、移転先が電車で一時間かかる場所らしくて」
「なるほどな。往復で二時間かけるくらいなら新しい場所探した方がマシだわな」
「うん。他の店よりも時給が高いなら考えものだけどそんなことはないからね」
「まー、収入に関わってくるし早めにバイト先を探すその行動に間違いはねぇと思うぜ。大学の学費はクソ高ぇしな」
「俺、いっそのこと夜勤で働こうと思うんだけど……雪也はどう思う? 夜勤だと時給も高いしもう十一月に入ってるから今のうちに稼ぎを増やしたくもあるんだよね。冬休みは稼ぎ時にもなるから」
「夜勤はガチでやめとけって。生活バランス崩れるしそれで勉強についていけなくなってみろ。一年分の学費がパーの留年もあるんだぜ?」
「そ、それはそうだよね……」
大学では珍しくない事実。青白くなった顔で苦笑いを浮かべる龍馬だ。
『留年しても平気!』という人間も中にはいるだろうが龍馬はそっち側の人間ではない。絶対にすることはできないのだ。
それは龍馬の複雑な家庭環境にあった。
体の弱かった母親は龍馬が幼少期の頃に他界している。そして父親も思春期の頃、過労により他界してしまった。その結果、金銭面を考えた姉は大学進学を諦め進路を就職に切り替えることなったのだ。
姉が稼ぎを優先してくれたからこそ、汗水流して働いたお金があるからこそ今現在、龍馬はこの大学に通えているのである。
龍馬はバイトをしているおかげでお金を稼ぐ大変さやその辛さを十分に理解している。
だからこそ姉のカヤにはできる限り苦労をかけさせたくない。少しでもお金を稼いで楽にさせたい。そんな気持ちが前に出ているのだ。
仮に、龍馬が留年したとしてもカヤは嫌な顔をせずに『次は頑張ってね』と、次の学費を出してくれるだろう。二十年という時を同じ屋根の下で過ごしているからこそどのような行動を取るのか簡単に理解できる。その優しい気持ちを無下にするような真似はできないのだ。
「昼休憩中に求人探すってことは結構ピンチなのか? 金の方は」
「正直、去年よりピンチかな……。店の事情で俺のシフトも減っててさ。去年の貯金分に追いつくにはもう高時給のバイトをやるしかないって感じで」
「ほお、なかなかのヤバさじゃねぇか」
「雪也はなにかオススメのバイト先知らない? もしアテがあるなら紹介してほしいんだけど……」
「無理いうなって。龍馬が希望してるバイトってのは高時給でなおかつ夜勤帯を外した条件だろ? ねぇよ!」
「あはは、そんなバイト先があればみんなしてるよね……」
「イベントスタッフとか事務所移転の手伝いなら高時給で夜勤帯も外れてるとは思うが、それはどうなんだ?」
「贅沢いうんだけどそっち系のバイトって一日限定の仕事でしょ? やっぱり会社に登録してもらえるようなところがいいんだよね。継続的にバイトができるみたいな」
「はぁ……」
「そ、そんなに呆れないでよ」
なんていうものの、贅沢を口にしていることは龍馬が一番わかっている。しかし、雪也がため息を吐いたのは龍馬の発言に呆れたからではなく、とある提供の前置きだった。
「そんなに切羽(せっぱ)詰まってんなら……一応あるぜ。高時給で夜勤外れて“能力によっては”継続的にできるバイトが」
「ほ、本当!?」
「友達に勧めるのはマジで気が引けるけどな。一般的なバイトじゃねぇし」
「一般的じゃないって、それまさか危ないやつとか言わないよね? 法に触れるっていうか……」
「なわけあるか! 合法、合法だ。といってもオレに言わせてみれば倫理的にはどうかとは思うが」
「倫理的?」
疑問符ばかり浮かべる龍馬だがそれは仕方のないことだろう。ぼかして話を続けている雪也なのだから。
「焦らしても時間もったいねぇし説明するが――恋人代行サービスってやつだよ。龍馬は聞いたことねぇだろ?」
「うん、なにそれ」
「オレの幼馴染がつい最近までやってたんだが、まー言葉通りだ。依頼主から金をもらう代わりにその恋人役になるってバイト」
「へ?」
雪也の声を最後まで聞き入れた途端、頓狂な声を出して眉をしかめる龍馬だ。
先ほども言っていた通り、これは一般的なバイトではない。恋人代行なんてワードを聞いたこともない龍馬は当たり前の反応。
「初めて聞く人間はそうなるわな。でもまー、説明したまんまのバイトなんだよこれが」
「紹介してもらっているところ本当に申し訳ないんだけど、それってかなり胡散臭くない……? 率直にいうと怪しいっていうか」
「実際にこのバイトやってた幼馴染いわく、会社がかなりしっかりしてるらしいから問題も特になかったらしいぜ? 金も一時間で二◯〇〇円もらえるらしいしな」
「えっ!? そ、そんなにもらえるの!?」
「それに依頼主によっては追加報酬ももらえたりするらしいぜ? 追加の金やらプレゼントやら」
「なにその天国のようなバイト……。凄すぎるって」
「まー、依頼主の当たり外れはすげぇらしいが当たりを引いた時にゃあ役得だよな。可愛い子とデートできて金までもらえるんだから」
「そ、それは否定しないけど……」
「そうだなあ。当たり枠をここの学生で例えるとロリリンレベルの女がくるらしいぜ。ニワカには信じられねぇが」
「あぁ……そのあだ名は聞いたことがあるよ。確か一年生だよね?」
「この大学の超有名人なのになんで知らねぇんだよ……。彼女のいるオレがいうのもなんだが人形みたいでガチ可愛いぜ?」
「雪也はその子と会ったことあるんだ?」
「ふーちゃんが世話になってる友達でもあるからな。まー、ロリリンは口数少ねぇし表情筋死んでるからなに考えてるかわかんねぇけど」
「ひどい言い草……」
ロリリン。それがこの大学の有名人であり、学内で一番可愛いと言われている女の子である。
そして、雪也の口から自然と出た『ふーちゃん』。これが雪也の彼女でもある。
「でも悪口を言ってるわけじゃねぇぞこれ。ロリリンにはコレがあるから人気があるわけだしな。レベル高ぇ童顔に低身長に基本真顔で超落ち着きがある性格っていうの? 言葉だけでもいろいろと際立ってるだろ?」
「まぁ……そんな人とデートできて時給二◯〇〇円もあるって単純に破格だよね」
「だがこのバイトは固定シフトじゃねぇんだよな。依頼主を楽しませてそこから客を獲得していくみたいな感じらしいからな。キャバとかホストとかとそこら辺と同じ仕組みだ。少し前にもいったが要は手腕が大事ってな」
「今のセリフ聞いて諦めようと思ったよ。そのバイト」
「いやいや、それはねぇだろ。なんだかんだでお前はコミュ力あるし、そのオフ状態でいかなけりゃ普通に通用すると思うぜ? プライベートの容姿でいえばオレの幼馴染よりもカッケェぞ?」
「お世辞をどうも」
「マジだって! それじゃあ試しに大学でもプライベートと同じようにダサいメガネをコンタクトに変えて、そのなっげぇ髪をセットしてみろよ。オレからしたら宝の持ち腐れってやつだぜ? 龍馬は」
人差し指で?を掻きながら心底に呆れている雪也。
雪也はなに一つとして龍馬のことを誇張しているわけではない。冗談を口にしていないからこそ、こうした本気の反応を取っているのだ。
「それは嫌だよ……。ワックスって高いし毎日使ってたらすぐなくなるし、それにメガネの方がコンタクトよりも楽だから」
「そんなんだからお前は……。まーオフ状態の龍馬でいてくれた方が隣にいるオレが際立つからいいんだがな?」
「はいはい」
ニカッと白い歯を見せて気持ちのいい笑顔を見せて来る雪也に対し、龍馬は軽く流す。
こうしてお互いに失礼なことができるくらいにはいい友情関係を築けているのである。
「とりあえず龍馬に代行ホームページのURLを送っとくから気が向けば電話してみろよ。クリスマスシーズン対策で人材を募集してるらしいから受かる率は高ぇと思うぜ? あ、ちゃんと髪とかセットしたらな?」
「そういってもらえるのは嬉しいけど……って、なんで雪也はそのURLを持ってるの?」
「割のいいバイトってことで幼馴染からずっと勧められてたんだよ。ふーちゃんと付き合ってるからちゃんと断り続けたけどな」
「なるほど。さすがは彼女想いの雪也」
「当たり前よ。そうしねぇと殺されるし」
冗談を交えながらも顔は真顔の雪也である。
「んじゃ、そろそろ次の教室移動しようぜ? 余裕持って行動ってな」
「賛成」
そうして二人はいつも通りに学業に励んでいた。
大学の講義も無事に終わり、その放課後である。
昼休憩時と同様に求人に目を通していた龍馬は雪也から送ってもらったURLをタップする。恋人代行サービスのホームページに移り飛び、記載された文を読み進めていた。
龍馬の脳裏には雪也から教えてもらったこのバイトがずっと残っていたのだ。
『時給二◯〇〇円』、『依頼主によっては追加報酬』このワードは魅力的すぎる。お金を稼ぎたいと焦っている龍馬にとっては宝石のような言葉。
このバイトを調べた結果、代行者側が先に代行を行える時間を指定し、そこから依頼主が合わせる流れになるらしい。つまり、雪也のいっていた通り夜勤帯になることはなく生活バランスが乱れることもない。大学に影響が出ることはないのだ。
龍馬が探し続けていた好条件のバイト。このようなバイトは他にない。
「こ、怖いけどやってみても損はないよなぁ……。雪也の幼馴染もしてたってことはそれなりに安心なんだろうし、どうしても合わなければ辞めればいいんだし……」
お金を稼ぐために手段は選んでいられない。そんな直線的な思考になっていた。
本日は電話対応時間が終わっているため、龍馬は明日電話をかけることを決め――面接に取り繋げた。
その、面接時である。
PCを使ったリモート面接で始まったが急募しているだけあり、あっさりすぎるほどに採用が決まった。
あとは氏名や住所などの基本的な個人情報から年齢。得意なこと、趣味などの特徴をWedページで記入し、キャストとして会社登録を行った。
その流れで希望条件の確認や人柄を確認するための簡単なカウンセリングを行った結果五日後の土曜日、、予想以上の速さで龍馬にマッチする依頼が届いたのである。
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