恋人代行をはじめた俺、なぜか美少女の指名依頼が入ってくる

夏乃実/角川スニーカー文庫

プロローグ①

「あー、彼氏ほしいなー! ほしいなぁあッ!!」

「……」

 大学の一限前の準備時間。

 姫乃ひめのはSNSアプリ、一言やメッセージ、画像、動画、URLの投稿ができるTwittetツイットに触れながらこんな声を耳に入れる。

「彼氏! 彼氏! かーれーし!」

「…………」

 その嘆き声は真隣に座っている親友の亜美あみから。すごく気持ちをこめてるけど正直うるさい。このセリフはたくさん聞いてることだから。

「いやぁ、ホンットに青春したい! どこにいけばそんな出会いがあるんだろうねー、ひめの!?」

「知らない」

「知らないって……! そんなツレないこと言わないでさー、ひめのだってほしいでしょ? 彼氏」

「ほしくない」

 この流れになるのはいつも一緒。でも亜美はいつもいってくる。

「はー? ひめのは絶対その意識変えた方がいいからね!? J D女子大生の青春は絶対楽しいはずだし! 車でドライブに連れていってもらったりとか、お部屋デートでいろいろしたりー!」

「ん、別にいい。姫乃には趣味ある」

「バ、バッサリ切るじゃん! ひめの可愛いのにもったいないのー。その武器があるのに使わないとかウチからしたらホント宝の持ち腐れだって! 先輩からも噂されてるんだからすぐ作れるはずなのに……。どんな噂されているか教えようか?」

「いい」

「ふーん、それじゃあその噂を教えてしんぜよう! ちっちゃくて童顔でお人形さんみたいに可愛い! その無表情が可愛い! 銀髪美少女を隣に連れて歩きたい! もう抱きつきたい! 彼女にさせてほしい! はい復唱!」

「姫乃言わないでいいって言った」

「あははっ、ごめんごめん」

 姫乃は亜美みたいに喋るのが苦手。表情に出すのも苦手。だから言葉が少なかったり、笑顔を作れなかったりで不機嫌になってるとか思われたりする。でも亜美は違う。姫乃のこといろいろわかってくれる。うるさいけど、うるさいけどすごくいい友達。

「でさぁ、謝ってからいうのはなんだけど……実際のところひめのも彼氏ほしいでしょ? ウチと一緒で」

「なんでそうなるの」

 姫乃はびくって上がりそうな肩を頑張って抑えた。今のは危なかった。

「これずっと前から思ってたんだけどさー、ひめのって女の子らしさ全開じゃん? 薄化粧にカチューシャにブレスレットもして前髪も整えて綺麗な触覚も作って……あ、甘い香水もしてるし」

「かわいく見られたいのは、みんな同じ」

「それを言われたら確かにその通りなんだけどー、ここまで頑張れるかねぇってね? 彼氏欲しいウチより頑張ってる気がするんだけど」

「気のせい」

「気のせいじゃしっくりこないレベルで頑張ってるからさ? それはもうしつこく聞いちゃうレベルでもあって」

「勘ぐりすぎ」

「そう?」

「そう」

 姫乃はここで話を終わらせる。ちょっと強引に椅子から立ち上がる。もうこれ以上は危ない、あのことがバレるかもって思った。姫乃はうそをつくことが下手。追求されたくないから。

「あっ、どこいくの!?」

「お手洗い。一人でいく」

「一人で……ね。了解! ちゃんと手は洗うんだよー」

「亜美に言われたくない」

「ちょっとぉ!? それだとウチが洗ってないみたいじゃん! 変な噂立てるようなことは言わないッ!」

「悪いのは亜美」

「ええっ!?」

 これは冗談。ほんとにそんなことは思ってない。でもこのくらい攻撃しないと教室に戻ってきた時にまた追求されることは姫乃わかってるから。

「じゃあいってくる」

「あははっ、わざわざ挨拶しなくていいって」

「ん」

 報告したことを笑われたのはちょっと恥ずかしかった。


 用を済ませたあと姫乃は液体石鹸で手洗いをする。周りには誰もいない。水が流れる音だけが聞こえる。

 姫乃はさっきのお話でずっと我慢してることがあった。ずっとうそをついてた。今、お手洗いに一人しかいないからいえる。

「彼氏、ほしくない人なんていないよ……」

 じゃあさっき『いらない』って言ったのは? って聞かれたらただ見栄を張ったから……。

 姫乃には趣味があって、それを仕事にもできてる。充実した生活をしてると思う。

 それでも、やっぱり彼氏はほしい。それに友達の話を聞いてるとすごく羨ましくなる。姫乃もほしいって嫉妬する。

 姫乃はもう大学一年生、十八才。彼氏に興味が出てくるのは当たり前……。それでも勇気がなかなか持てない理由がある。

 それは姫乃が中学一年生の時、三年生の先輩から初めて告白を受けた。嬉しかったけどその人と喋ったのは初めて。顔を見たのも初めて。

 全然知らない人と付き合うことに抵抗があるのはみんな同じだと思う。だから『ごめんなさい』って断った。

 その翌日、こんなことが広まってた。

『いやぁ、罰ゲーム告白で振られると逆にスッキリするもんなんだなー!』

 それは、姫乃に告白してくれた先輩の言葉。

 言葉は悪くなるけど、最低って気持ちでいっぱいだった。それなら告白してこないでって強く思った。

 それ以来、罰ゲームかもしれないって不安で告白が怖くなった。生意気だけど、ほんとのことだから……。

 だから今でも告白を受ける勇気が出ない。誰とも付き合ったこともない。大学生になってそのことをいうのは恥ずかしいから、彼氏には興味がないって誤魔化してる……。

 姫乃は蛇口の水を止めてハンカチで手を拭きながらお手洗いを出る。そのまま教室に向かっている途中、廊下の窓際でカップルが仲よく会話をしてた。

「今日も一緒に帰ろうね? 今日もなにか作ってあげるから」

「マジ!? ならカレーがいいんだが」

「えっ? カレーは昨日作ったはずだけど……って、もしかして全部食べたの!?」

「だってお前が作るやつなんでも美味ぇもん。オレ一人暮らしだから本当助かってるわ」

「ちょっ、いきなり褒めるのはやめてっていってるでしょ……」

「お前ってすぐ照れるよな。それされるとオレまで恥ずかしくなるだろ」

「う、うるさいなぁ……! 嬉しいんだからしょうがないじゃん!」

 彼女が照れてるところを見て、彼氏は嬉しそうにしてる。すごく距離が近くて二人の世界にいるように楽しんでる。

 羨ましい……。

 じっと見たら失礼だからこっそり見ながら心の中で思う。でも、意識はそっちに向いたまま……。姫乃はカップルに気を取られて前を見ていなかった。タイミングが本当に悪かった。

『ドン!』

「うっ!!」

「うおっと!」

 体に強い衝撃。男の人の声も一緒になって聞こえる。手に持ってたハンカチを落とすくらいに痛い……。

「ごめーん!」

 続けて聞こえたのはそんな言葉。姫乃にぶつかった男の人はそのまま走り去っていった。

 もぅ……。前を見てなかった姫乃も悪いけど、こんな対応をされるのはすごくいやな気持ちになる。こんなに痛かったのに。

 じんじんする痛みを我慢して廊下に落ちたハンカチを拾おうとしたその時、さっき姫乃が見てたカップルの、男の人が歩み寄ってくれた。

「おいおい、大丈夫かよ」

「ん……」

「ひでぇな、今のヤツ。ぶつかったら普通止まるべきだろ。なあ?」

 男の人は姫乃をフォローをしてくれた。姫乃よりも先に落ちたハンカチを拾ってくれて、ホコリを払って姫乃に渡してくれた。

「あ、ありがとう……」

「別に礼を言われるようなことじゃねぇよ。今度は気をつけてな」

「ん、気をつける……」

 その男の人は姫乃に注意して彼女さんの元に戻っていった。

 姫乃が彼女さんにも頭を下げると、ちょっと嬉しそうで誇らしい顔をしてた。

 彼氏のそんな姿を見たら誰だってそうなると思う。羨ましくてずるい気持ちでいっぱいになったけど、顔には出さないようにして教室に戻った。


「おかえりー、ひめの!」

「ん、ただいま」

 中に入るといつものように亜美が声をかけてきた。さっきより少しちょっとテンションが高い気がする。……その理由はすぐにわかった。

「ねぇねぇ、突然なんだけどこれ見て! ふーこからいきなり送られてきた写真なんだけどさ!」

 亜美が興奮しながらスマホを見せてくる。そこに表示されていたのは――

「恋人代行……サービス?」

「そうそう! 恋人の疑似体験ができる会社があるんだって! 会社を通してるから安心らしくて評判もいいらしいんだよー!」

「……」

 姫乃は亜美の言葉に返事することを忘れてた。それくらいに集中してスマホの液晶を見てた。

「一八歳以上って年齢はクリアしてるし、今度電話してみよっかなーって思うんだよね! 彼氏作れないウチにとってはこのサービスは神!」

「…………」

「ひ、ひめの? おーい」

「な、なんでもない」

「それならいいんだけど……それでね! 一時間二◯◯◯円と会社の仲介料を一万円で利用できるらしいんだけど、今はクリスマスシーズンだから仲介料が八◯◯◯円になってお得なんだって! つまり一時間分が無料ってことだからこれなら全然アリじゃない!?」

「亜美にはそうかも」

「ウチにはとかいうんじゃないーッ! はぁー、ホントに興味がないのかねぇ、ひめのは」

 ため息を吐かれた。でも、話題を出してくれてるのにこんな対応をしたらそうなるのは仕方がない。見栄を張っていることに罪悪感はあるけど、いまさらほしいなんていえない。彼氏を作ったことがないなんて言えない。そして、もうすぐ講義の時間にもなる。

「亜美、そろそろ講義始まる。準備しよ」

「嘘っ!? もうこんな時間か! 教えてくれてありがとう!」

「ん」

 その日の大学、講義に集中してても姫乃は『恋人代行サービス』のワードが頭から離れなかった。

 

 その夜、姫乃はお家のベッドで寝転がりながらスマホで検索をかけていた。亜美から見せてもらった『恋人代行サービス』のホームページを調べてみた。

 亜美のいう通り会社を通すから安心。それに、これなら姫乃は怖くないと思った。告白をなしにデートができるから……。

 姫乃は仕事をしてるからお金には少し余裕がある。一回くらいお試ししてもいいかなってそんな気持ちになってた。亜美と同じくらいに体験したかった。

 姫乃はホームページに記されてるサービスの仕組みを調べて、一応、電話番号の画面をスクリーンショットする。

 今日の下調べはこれくらい。明日は時間を作ってもっと調べてみる。

 一区切りをつけて、姫乃は次にツイットを開く。一日の日課、今日の出来事を仕事用のアカウントで投稿した。

『今日男の人にハンカチを拾ってもらった。嬉しかった』

 これが今日一番嬉しかったこと。顔文字も絵文字もつけてないけど、これが姫乃の基本。

 投稿して同業者さんの投稿にいいねと拡散をしてると通知が表示される。

 これも姫乃が楽しみにしてること。すぐに確認していく。

『ちょ! その男は誰!? でびるちゃんのハンカチに触れたとか羨ましすぎるんだが!』

『いい匂いするだろうなぁ』

『その男エライ! ワイならハンカチ拾って即逃げ』

 ネタを含んだ返信がリアルタイムでくる。

 姫乃のアカウント、名前は恥ずかしいけど……でびるちゃんのフォロワーは三十万人まで増えてる。

 今日の投稿もたくさんの反応があった。嬉しかった。

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