第4話
八角楼、寅の刻。
静まり返った黄瀬川の部屋に、燭台の小さな灯りがうすぼんやりとともっていた。
そんな小さな灯りの中、狸和尚と言いそやされる坊宗が肌脱ぎの様子で目を閉じ、じっと静かに座っている。
そして、だしぬけに小さくうなった。
「てめぇら、刻限だ」
その声を合図に、食い散らかしたお膳の周囲に転がっていた三人の芸者がむくりと起き上がってその場に整然と座り直す。同じく黄瀬川は裸身に夜着をかけたまま起き上がると、惜しげもなくその豊かな胸をさらして半裸の坊宗にすがるように寄り添った。
「お楽しみは終わりですか」
そう声をかけたのは楓、先ほどまで疾風の三味線と東雲の太鼓で舞い踊っていた芸者だ。
「やかましい、てめえらもさっさと支度しな」
そう言うと坊宗は、名残惜しそうに黄瀬川のむき出しの胸をまさぐりながら、押し殺した声とともにその場に並ぶ芸者を睨む。
「かしこまりました、ではさっそく」
坊宗の言葉に、今度は誰も茶化すことなく丁寧に頭を下げると、三人の芸者はその場で着ていた物をするすると脱ぎ始める。
そして、そのすべてをあらわにした。
月明かりに浮かぶ、三人の芸者の白い裸身を。
しかし、それは。
皆一様に、男の身体であった。
「支度しながら聞きな」
そんな裸の男たちに、坊宗は冷たい口調で話し始める。
「今日の獲物は蔵前の米問屋で大黒屋。黄瀬川のつてで入った仕事で、しくじりは出来ねえ。しかも大店(おおだな)だ、万事抜かりなしということでおさめてえところだ」
坊宗の言葉に、疾風が澄んだ声で尋ねる。
「その大黒屋、どんな悪事を働いたんで」
その問いに、坊宗は詳しいいきさつを答える。
「ああ、大黒屋ってのは阿片の密売で相当儲かってるらしい」
阿片、人を生き地獄に引きずり込む、ご禁制の品だ。たしかにそれは悪事と言うにふさわしいものではあるのだが。
「それじゃ、軽い」
楓が小さくそう言い捨てる。
「ああ、まあな、ただその阿片を使って使い勝手のいい肉人形を作っているとしたらどうだ?」
坊宗の言葉に、楓の眉間にシワがよる。
「それも、そこいらの身寄りねぇガキをその妻である内儀が仏面で引き取って、だ」
「ねぇ、ひどい話だろ」
黄瀬川もまた、吐き出しそうな青い顔で言い添える。
「頼んできたのは、その大黒屋の娘。てめぇの親の鬼畜加減に愛想を尽かして、いっそ家ごと皆殺しにしてほしいそうだ」
そう言い終えたころには、坊宗はしっかりと墨染の衣をまとって、禿頭には頬かむりをかぶせ終わっていた。
「で、殺っていいんですかい?」
疾風が問う。
「ああ、大黒屋の主と内儀はな、あとは、娘にゃ悪りぃが犯さず殺さずだ。いいな」
「そんな胸の悪い悪党でも」
「言うんじゃねぇ、そりゃ俺の性分でな」
坊宗はぶっきらぼうに答える。
「取り分は?」
楓が問う。
「大黒屋の財、もてるだけ全部。依頼主に分けはなしだ」
坊宗はまたもぶっきらぼうに答え、続けた。
「娘は、今日のうちに知り合いの寺に預けてきた。後の人生は尼にでもなって念仏三昧ってことだな」
そう言うと坊宗は、ふうっと一つ息を吐いた。
「もう、聞きてぇことはねぇな」
その一言を確認して、東雲が低い声で締めくくった。
「じゃぁ親分まいりましょう」
それを受けて、坊宗は黄瀬川に優しく声をかける。
「明ける前に帰る、朝湯の準備をしていい子で待ってな」
「はいな」
言いながらゆっくりと頭を下げる黄瀬川が、その裸身を起こしたときには、もう、そこには誰もいなくなっていた。
「ご無事で」
黄瀬川はそう言うと、坊宗のおいていって数珠を手にとる、そして。
「南無阿弥陀仏」
そうつぶやいて、江戸の漆黒の闇を見つめた。
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