第2話


「しっかし、ずいぶんときらわれてるみてぇだな」


 黄瀬川の膝に頭を置いて、のんびりと煙管をくゆらせながら坊宗はつぶやく。と、その煙管を奪った黄瀬川はそのまま一口吸って、再び坊宗の口へと戻して答えた。


「しかたありんせん、主さんは遊び方が良くありんせん」


 そう答えた黄瀬川に、坊宗は苦々しげに吐き捨てた。


「やめろ、やめろ、そんな屁みてぇな話し方されたんじゃへその下がかゆくならぁ」


 そんな坊宗に、黄瀬川もつっけんどんに応じる。


「文句お言いでないよ、ここは吉原だよ、この話し方が嫌ならどこぞの宿場でもおいき」


「へへ、それだそれ、そうでなきゃここに来る意味がねぇぜ」


 その乱暴な口ぶりに、坊宗は喜色満面だ。


 とはいえ、かくいう坊宗の口ぶりも、先ほどまでの穏やかな住職の調子とは裏腹に、まるでその辺の遊び人のごときざっけないものへと変わっている。まあ、これが本性というわけだろう。


「で、むねさん。今日もお仲間は来るのかい」


「ああ、くるぜ、あいつらがいねぇとな、話は始まんねえ」


 そう言うと坊宗は煙草盆に煙管を置くと、ごろりと身をひるがえして黄瀬川の下腹に顔をうずめた。


 そしてそのまま、すでに乱れている襦袢のすその合わせから器用に右手を割り込ませ、その奥の柔らかなふとももをなぜようとした……ところで、外から声がかかった。


「失礼いたします坊宗和尚、本日はいかがいたしますか」


 黄瀬川の部屋のある、二階専門の牛太郎だ。


 坊宗は、一旦は悪戯な手を止めたものの、それが牛太郎だとわかるや、そのままするするとその手を奥まで滑り込ませた。そして、黄瀬川の柔らかくも温かで、しっとりとした湿り気を帯びたももの内側をさわさわとさすりながら答えた。


「そうでございますなぁ。よろしければ、いつも通りの連中を呼んでいただきましょう」


「へ、へぇその件なんでございますがね」


 いつもはただ「へい」と答えていなくなる牛太郎が、今日は少しばかり粘りの様子を見せた。


 それを聞いて坊宗は、いぶかしく思うどころかにやりと笑うと、差し込んだ手をさらに奥に押し込んで黄瀬川の内もものその付け根あたりを指先でスゥっとなぞった。と、黄瀬川が「あっ、んっ、ちょ、ちょいと、もう、おやめなんし」と切なげに声をあげる。


「へ?黄瀬川さんなんです?」


 それを聞いて牛太郎がくそ真面目に答える。それが坊宗には面白くてたまらない。


 となればさらに大胆に、奥へ奥へと分け入っていくのであるが……。


「いい加減にしなんし!」

 

 黄瀬川がそう怒鳴って坊宗の頭をパシリと小気味よくはたいた。


「え、は、えっと、すいやせん、それではこれで!」


 その声を聞いて、何を勘違いしたのか、牛太郎はそうあわを食って答えるとパタパタと足音を響かせて退散した。


「く、ふははははは」


 その様子に、坊宗は大笑いで、黄瀬川は頬を膨らませて不貞腐れる。


「もう、いい加減におしよ。それでなくとも宗さんのおかげであたしの評判はがた落ちなんだよ」


「まあそういうな、厄介払いができたんだ、御の字だぜ」


 そう言うと坊宗は奥まで差し込んでいた手を少し浅めに引き戻し、そのつややかなふとももを撫でながら、今度は低く沈み込むような声でつぶやいた。


「俺はな、おめぇとの時間を邪魔されたくねぇのさ」


 言いながら坊宗の手は、今度はふとももから尻のふくらみの方へと分け入っていく。


 その動きに、黄瀬川はため息のような吐息のような、どちらとも判別のつかない「はぁ」っという息を吐いて、びんのおくれ毛を耳にかき上げながら漏らす。


「まったく、山寺のお坊様が、どこでそんな文句を覚えてくるのやら」


「なぁに本心さ、二心なき阿弥陀様の御心と同じよ」


「もう、何が阿弥陀様だい、あんたなんか盛大に罰(ばち)が当たればいいのさ」


 黄瀬川の言葉に、坊宗は「ちげぇねぇ」と楽しそうに答える。と、突然、黄瀬川の尻のあたりを無遠慮にさまよっていた手を引き抜くと、くるりと体を起こした。


 これには、身体の芯に火がともりかけていた黄瀬川も拍子抜けして尋ねる。


「あら、おわりかい?」


 そのもの欲しそうな声に、坊宗はにやりと微笑む。しかし直後、すっと表情を硬くし、またしても低い、今度はさらにどすの利いた声でうなるように吐き捨てた。


「なぁに、おめぇの艶声はのぞき風情に聞かせてやるにはもったいねぇと思ってな」


「え?」


 黄瀬川がそう声をあげると、同時に、ふすまが左右にすっと開いた。


 そこにいたのは、三味線を携えた何とも涼やかな見た目の芸者だ。


「なんだい、疾風姐さん、そこにいたのかい」


 黄瀬川の声に、疾風と呼ばれたその芸者は、これまた絹をこすったような心地よい声で丁寧にお辞儀をしながら答えた。


「はい、坊宗様がおよびということでしたので」


「確かに呼びゃあしたが、のぞきを頼んだ覚えはねぇぜ、疾風」


 坊宗の切り捨てるような物言いに、疾風はひるむことなくふっと鼻で笑って答える。


「人呼びつけておいて、女郎にいたずらしようって魂胆の方がどうかしておりますでしょうに」

 

 その言いようは、まさに深川芸者といった感じのピンシャン振りだ。


「まあいいさ、で、他のはどうしてやがる」


「楓姐さんはいつものように最後でしょうし、東雲は他にお座敷がかかってましたんで宵の頃かと」


「そうかい、忙しくて何よりだ」


 そう言うと坊宗は疾風に手招きをする。


 それを見て、疾風は何も言わずスッと音もたてずに膝立ちのままにじり寄ると、坊宗の耳に何やらささやいた。


「そいつはいいな、こりゃ今宵は忙しくなりそうだぜ」


 そう言いながら舌なめずりをする坊宗。


「まったく欲深い坊主だね、この人は」


 黄瀬川はそんな坊宗の様子に深くため息をつき、それに疾風が「まったくですね」と応じる。


 と、その時、またしてもふすまの向こうから声がかかった。


「坊宗和尚、よろしゅうございますか」


 さっきとは別の牛太郎だ。


「はいはい、何でございましょうや」

 

 坊宗が答える。と、ふすまが開いて、現れたのは白粉の秋介。


 普段は二階まで登ってこないのだが、先ほど二階専門の牛太郎を追い返したせいで、どうやら役代わりということらしい。


「へぇ、いつもごひいきにありがとうございます」


「いえいえ、それでご用件とは何でございますかな」


 坊宗にそう促されて、秋介はいっそおそるおそるといった風情で答えた。


「へぇじつは坊宗和尚のお呼びになる芸者の方々なんでございますが、ご内所としてはいつも同じ方をおよびいただくのはまあ良いと致しましても」


 言いながら秋介は頭をあげて、疾風の顔をギッと睨んだ。


「花魁はまだしも、こういった所に芸者ごとお留め置かれるのは、さすがに他に示しがつきませんで」


 秋介はそう言って、疾風から目を外すと乞うように坊宗を見上げる。


 が、坊宗は、そんな秋介の態度に構うことなく、すっと疾風の方に手を伸ばすとそのわきに腕を差し込み胸の膨らみごと鷲掴んでその細い身体を自らの方に引き寄せた。


 疾風の口から「あっ」っと小さな声が漏れる。


「いやぁ申し訳ない、これもまた私の」


 そう言うと坊宗は、今度はもう一方の手で同じように黄瀬川を抱き寄せてにこやかに言い放った。


「性分でございますので」


 そう言ってニヤリと笑ったその顔は、影で狸坊主といわれる坊宗の、まさに狸たるゆえんを感じさせて、秋介は心の内で大きくため息をついた。 




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