第2話
「料亭『寒川』の一件、ありゃ燕の仁助のやり口に違いないと、秋川様も太鼓判でござんしたよ」
「それで間違いねぇ、秋川様がそういったんだな」
「へぇ、間違いなく」
秋川様とは、北町の定町廻同心の秋川小十郎という侍で、えらくこの件にご執心であると噂の男だ。
嗅ぎまわることに関しては藤五郎の上を行く五平。さすがに今回の件でその人物を飛ばして話を聞いて回るというようなうかつなことはしない。
「秋川様が言うには、今回もご丁寧に仁助と名のへぇった木彫りの燕が置いてありましたし、その細工の様子からも間違いねぇだろうと」
「で、いつも通り」
「なくなっていたのは、店においてある金のきっかり半分だったそうで」
「人死には」
聞かれて五平は口ごもる。
「なんでぇ、人死にがあったのかい」
これまで燕の仁助は人殺しを働いてはいなかった。
「へ、へぇ、今回ばかりは一人。奉公人で流れ板の忠兵衛ってぇ小男がバッサリと」
「バッサリ?」
「ええ、一刀のもとに」
「それも秋川様に?」
「いや、これはさすがに北町の同心方何人かと、あとは死体を検めた八助親分に」
「そうか、あの日の当番は八助だったな」
八助とは、上野あたりを縄張りにする目明しで、藤五郎とは旧知の仲だ。
「とにかく、これで全部でござんすよ」
五平の言葉に、藤五郎は「ううむ」とうなると腕組みをする。
基本、藤五郎はこの姿勢になったら時の立つのも忘れて動かなくなる。とはいえ、ふいに思いついたように五平に使い走りを命じて、そしてそれをきっかけに数々の事件を解決してきているものだから、五平もその場を動くわけにはいかないのだ。
そしてこの、動かざること山の如しな姿こそ、藤五郎をして「鈍牛」と二つ名される由来の
そう言うわけで、こりゃ長くなりそうだ。と五平が覚悟を決めたその時、鈍牛がその重い腰を上げた。
「ど、どうしたんですかい?」
あまりのことに、五平は目をむいて口走る。
しかし藤五郎は、そんな五平をじろりと睨むと「おかしいかい」と一声かけて土間におり草鞋を履き始めた。
「どこに行かれるんで?」
地獄の閻魔ですらひるもうかという藤五郎の睨みに冷や汗をかきながらも、御役目上仕方なく五平は行き先を尋ねる。
「寒川に決まってるじゃねぇか」
「寒川って、今からですかい?」
「まずいのかい」
「いや、まずかぁねえんですけど」
今いったところで、寒川にはもう何も残ってはいない。
北町と火盗改めのお調べが入った後で、今回の押し込みの関するものは血しぶきひとつも残っておらず、清めの塩を拝むくらいの事しかできないことは藤五郎も周知のはずである。にもかかわらず、鈍牛が実際そこに行ってみるというのだから。
「珍しいこともあるもんで」
そう五平がもらすのも無理もないことであった。
「おめぇがどう心得ているかは知らねぇが、俺は働き者なんでね」
藤五郎は、五平の困惑など気に留める様子もなくそう言い放つと、さらに意外なことを口走った。
「千勢、おめぇもこい」
さすがの五平も、この一言は見逃せない。
「ちょ、親分。まさかガキ連れて行こうってんじゃないでしょうね」
「悪いか」
「悪いも何も、あんなところ子供を連れて行っていい所じゃござんせんよ」
確かに、今ではもうすっかり清められているとはいえ、人間が惨殺された場所だ。
大人ですら気色が悪いというのに、子供なんぞを連れていっては、どんなたちの悪いものに取り憑かれても文句は言えない。いや、それ以前に、こういう仕事は子供連れでするもんじゃない。
しかも普段なら、子供好きの藤五郎が一番嫌がりそうなことですらある、の、だが。
「うるせぇ、いやならてめぇは来なくて構わねぇ」
そう言われては、五平としては従うほかない。
「ええい、もう、あっしは知りませんからね」
そう忌々しげにつぶやくと、五平は、その奇妙な二人連れの後を不平たらたらで着いていくことにした。
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