鈍牛

綿涙粉緒

第1話

「しかし最近暑すぎやしねぇか」


 澱んだ空気漂う長屋の4畳半で、目明しの藤五郎が憎々しげにつぶやいた。


「ええ、まあ、そうですね」


 そんな藤五郎の悪態に、とりあえずという風情で返事をしたのは、その手下(てか)の五平。

 

 浅草一帯を取り仕切る大親分の下で働き始めて7年、面倒見がいいのとお節介なのはいいとして、なんにでも嘴を挟みたがる割には、畳の上から動きたがらない面倒くさがりのこの大親分の下で、コマ鼠のように働く元悪党としては、暑がって寝っ転がってくれているうちがありがたいといえばありがたいの、だが。


 先ほどこの長屋に来てから、とあることが気になって仕方がない。


「で、あの件はどうなった」


「あの件ってぇ言いますと?」


「やかましい、聞かれたらすっと答えやがれ」


 藤五郎の身もふたもない言いぶりに「へぇ」と小さく答えて、五平はここにきてから気にかかっていたことをついに口に出した。


「あっしとしては、あの件よりその件の方が気になるんですがねぇ」


 そう言って五平が指さしたのは、藤五郎に寄り添うように座っている十歳くらいの小娘、いや薄汚いガキだ。


「そんなのとくっつき坊してたら、そら暑いはずですぜ、親分」

 

 五平の言葉に、やはり藤五郎は面倒くさそうに答える。


「これかい?こらぁちょっとしたあれだ」


「あれとは?」


「やかましい、そんなことよりあの件だ、どうなった」


 我関せずとばかりに再び問うた藤五郎に、五平は観念してあの件について話し始める。


 その隣で、小さなそのガキはひとつ大きなあくびをうかべた。


 娘の名前は千勢、とりあえず子供好きに囲まれていることだけは間違いない。




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