異世界転生進路相談 ~現代人はなぜ異世界に転生するのか?~

ひなた華月

異世界転生を希望する息子と母親の相談ケース


「あの、先生……本日はお時間をつくっていただき、ありがとうございます」


 緊張した面持ちで教室に入ってきた彼女は、俺に対して感謝の意を口にしながら深々とお辞儀をした。


 普段の騒がしい教室とは違い、放課後の教室というのはどうも独特の雰囲気がある。


 彼女もその空気を感じ取ってしまっているのか、少し表情が硬くなっているようだ。


 また、それは俺も同様で、今目の前にいるのが、いつも相手にしている制服を着た生徒ではなく、四十代前半の女性であることも、この異質な空気を形成している原因なのかもしれない。


 服装は紺色のニット服に白いフレアスカート姿。


 清楚感があり、普段から外見には気を遣っていることが伺えた。


 正直、俺も彼女のような生徒の保護者と接する機会は少ないので、彼女が来訪してくるつい先ほどまで、無駄に席から立ち上がって右往左往していたところだ。


 だが、俺まで身構えてしまっては、せっかく足を運んでくれた彼女に申し訳なくなってしまうので、俺は出来る限りの平穏な笑顔を浮かべて答える。


「いえ、お気になさらず。これも私の仕事のうちですから。どうぞ、お座りください」


「はい……」


 その努力の甲斐があったのか定かではないが、着席した彼女の周りを覆っていた空気が幾分いくぶんか和らいだところで、俺は早速本題に入ることにした。


「お母様。あれから勇人ゆうとくんのことについて、お父様とはお話になられましたか?」


 そう告げると、彼女は視線を彷徨わせ、恐る恐るといった感じで口を開いた。


「はい……主人には、話しました。でも……やっぱり、その……」


「……あまり良い反応ではなかったんですね」


 俺の発言に、彼女は首を縦に動かして肯定した。


 おおよそ予想通りの反応ではあるのだが、覚悟していたとはいえ彼女の心境としてはさらに不安が募ってしまう結果となってしまったようだ。


「あの、先生ッ!」


 そして、今まで我慢していた感情が爆発したように、彼女は叫んだ。



「どうして息子はなんて言い出したんでしょうか!!」



 彼女は机を叩いて、勢いよく立ち上がる……ということはさすがになかったのだが、そんな行動を取っても可笑しくはないほどの形相で俺を見つめていた。


「お母様、まずは落ち着いてください。今は感情的になってはいけません」


「…………申し訳ございません。お恥ずかしい姿を見せてしまいました」


 彼女は、俺の反応を見て落ち着きを取り戻したのか、頭を下げて謝罪の言葉を口にした。


 もちろん、俺は彼女に謝ってほしかったわけでもないし、不安そうに視線を落とす姿を見てしまうと、居た堪れない気持ちになってしまう。


 しかし、俺は教師として、可愛い生徒の保護者の悩みを解消しなくてはならない。


 ましてや、というのは、親にとっても息子の将来に関わる重要なことだ。


 俺も真剣に、話をしなくてはならない。


「お母様、まずは今の状況を整理しましょう。勇人ゆうとくんは、進路先として異世界への転生を希望している。ここの本人の意思は変わってないのですね?」


「……はい」


 奥歯を噛みしめながら、彼女は俺の質問に頷いた。


「正直……今でも息子がどうして異世界への転生を希望するのか、私には分からないのです」


 そして、一度口火を切ってしまったからなのか、彼女は次々と自分の意見を主張し始めた。


「私、今まで勇人ゆうとには何一つ不自由をさせたつもりはないんです! 欲しいと言われたものは全部買い与えましたし、あの子がやりたいって言ったサッカー教室や野球チームだって入れてあげました! なのに……どうして急に異世界なんて……」


 ついに我慢の限界を迎えたのか、彼女は顔を手のひらで隠しながらヒクヒクと喉を鳴らす。


 今、もし生徒の誰かが教室に入ってきたら、俺はクラスで作られているであろうライングループでこの状況についての情報が拡散され、翌日には問題を起こした芸能人のように注目の的となること間違いなしだ。


 だから、というわけではないが、俺は彼女を宥める為に口を開いた。


「お母様。勘違いをされているようですが、勇人ゆうとくんはご両親に不満があるから異世界への進路を希望しているわけではありません」


「……えっ?」


 俺の発言がよほど意外だったのか、彼女は顔を覆っていた手のひらを下ろして、まっすぐな瞳で見つめていた。


 ただ、ここまでの反応は予想通りではある。


「これは他の異世界に転生を希望する生徒の親御さんにも多いことですが、彼らは決して、今の環境に不満があるから異世界に転生しよう、と考えたわけではありません」


「そ、そうなんですか……いや、でも……」


 一瞬、納得しかけた彼女だったが、半信半疑といった様子で俺に問いかけた。


「あの……非常に申し上げにくいんですけど、私の頃はその……異世界に転生するような子は、家庭に問題があったり、クラスで孤立しているような子が転生していたんです……。だから、その……勇人ゆうとももしかしたらと……」


 ぐすっ、と零れそうになった涙を、彼女の細い指が押しとどめる。


「ごめんなさい……先ほどからお見苦しいところばかりを……」


「いえ。お母様が心配なさるのは仕方がありません。事実、今でも私より世代が一回り上の教師の中には、異世界の転生を希望する生徒を呼び出して、カウンセリングを薦める人もいるくらいです」


「……そう、ですよね」


 これは些か極端な例であったが、彼女があまり驚いた様子を見せなかったあたり、やはりこの世代で育ってきた人たちにとっては大げさではない共通認識となってしまっているようだ。


「ですが、もちろん私は勇人ゆうとくんにそういった心配を抱いてはおりません。彼の生活態度は非常に素晴らしいものですし、学校で何かトラブルを抱えているということはないと、担任の私が断言させていただきます。それに、今日のお母様の様子を窺うかぎり、家庭内で何か問題を抱えているとは考えにくいと思っております」


「はい。勇人ゆうとは昔から素直で、とても優しい子に育ってくれました。親の私たちにも反抗することなく育って……。だからこそ、あの子の口から異世界に転生したいと言われたときには、頭が真っ白になってしまって……」


 またしても、俯いてしまいそうになる彼女を制止するために、俺は即座にフォローする言葉を述べた。


「お母様。今は時代が変わりました。私のような若輩者じゃくはいもの講釈こうしゃくするなど非常に烏滸おこがましい行為ではあるとは思うのですが、少し私からも現状の異世界転生についてお話させていただいても宜しいでしょうか?」


「……もちろんです。私、先生のことを信頼していますから。勇人ゆうとも、先生は本当に良い先生だと、いつも家で話してくれるんですよ」


 思わぬ方向から自分の評価について聞くことになってしまったが、今はそのことを喜ぶよりも彼女の不安を取り除いてあげることが先決だ。


「まず、文部科学省が調査した高校卒業後の進路先の割合ですが、およそ54.8%が大学への進学を選んでいます。そのほか、専門学校への進学が16.3%、就職を選んだのが17.6%という割合ですね。そして、残りの11.3%の約半数である5.8%ほどが異世界への転生を選んだ生徒、となります。よって、全国の高校生の統計で計算すれば、年間約6万人の生徒たちが異世界へ転生していることになります」


「6万人……ですか……」


 それが多いのか少ないのか、彼女の顔を見ると、後者に受け取ったことは明らかだった。


 俺はすかさず、再びフォローを入れることにした。


「お母様。6万人というのは決して少ない数字ではありません。文部科学省でも、年間6万人という人材が異世界に流出することを問題定義している動きがあったりします。今は全国的に見れば微々びびたる数字ではありますが、この数字は年々上昇の一途を辿っており、あと数年すれば10万人を超える可能性があると言われています」


 実際、日本での労働者人口が減っていく現状、そういう人材の流出を問題視する意見が出てしまうのはやぶさかではない。


 さらに、今は若年層だけの統計結果を伝えたが、ほかの年代でも異世界転生への関心は高く、現代のストレス社会に不満を持つサラリーマン世代の人間が一時期爆発的に異世界転生をしてしまうという問題が発生したこともある。


 これにより、多くの上場企業が働き方を見直し、国を挙げての改革が行われたのは記憶に新しいが、果たして、その効果が表れているのかといわれれば、首を傾げてしまうのが実情だ。


 また、世間の関心が集まっていることがよくわかる例として、小学生に向けた意識調査で『将来なりたいもの』を聞いてみると『異世界転生』というワードがトップ10にランクインしているということが挙げられる。


 ただし、これは『異世界に行って○○する』という回答を全て統合した結果なので、本当はもっと細分化されるのだが、今はそのあたりは割愛させてもらおう。


 ちなみに、今の小学生がなりたいもの第一位は『柱』で第二位が『VTuber』だそうだ。


 まだ25歳の俺でさえ、自分の頃とは随分子供たちの夢も変化したと感じてしまう調査結果だった。


 きっと、俺より上の世代の人たちは、この結果を見てさらに驚愕することだろう。時代が変わったと口に出してしまうのは仕方のないことではある。


 そして、彼女もまた、その一人というわけだ。


 しかし、だからこそ、より理解を深めなくては、転生したいという今の子供たちの気持ちを見失ってしまう。


 教師として、俺はそのことを彼女に伝えなくてはいけない。


「お母様。お母様が先ほどの私の話を聞いてどのように感じられたのかは、十分理解しているつもりです。ですが、勇人ゆうとくんもまた、日本にいる多くの若者のように自分の夢を見つけたのです。差し出がましいようですが、私は勇人ゆうとくんの担任として、彼が選んだ道を応援してあげたいと思っています」


「先生……」


「ほかに、何か懸念点があれば仰ってください。私が答えられる範囲でしたら、お答えいたします」


 俺は、初めて彼女と顔を合わせた時と同じ、朗らかな笑みを浮かべるように努める。


 すると、彼女も最初の頃より幾分柔らかい表情になって、俺に質問を投げかけてきた。


「では、先生。今はどのような方法で異世界に転生をするのでしょうか? その……本当に基本的なことを聞いてしまっているのかもしれませんが……」


「構いませんよ。大事なことですからね。ちなみに、お母様はどのような転生方法をご存じですか?」


「えっと……私の頃はトラックに轢かれるというものが多かったかと思います。あとは、ビルの屋上から落ちたり……何か事件に巻き込まれてしまう……などでしょうか?」


「そうですね。一時期はそういったフローが主流でした。ですが、今はそのような方法での転生は殆ど事例として上がってはいません。かなり偶発的な出来事に頼らなくてはいけませんし、何より近年ではトラック運転手からの苦情が殺到したこともあり、今述べた方法は国の異世界転生ガイドラインで禁止事項となっているんです」


 ちなみに、ビルからの転落は、その後転生スポットとして無断で敷地に侵入する人間が増えてしまうという問題が発生することが多く、これも禁止事項となった。


 通り魔に関しては、これはもう転生云々ではなく、普通に事件なので、もちろん禁足事項となっている。


 たとえ双方で合意があったとしても、加害者側は転生てんせい幇助ほうじょ罪として捕まってしまうのだが、意外にもこれは世間では知られていないことだったりする。


 つまり、今では国の許可がなく転生を行うことは原則禁止ということだ。


 但し、瑕疵かしではなく、偶発的に起こった意図しない転生はその限りではない、という法律もあるのだが、この辺は専門分野による解釈の違いなどもあるため、俺も上手く説明できないため詳細は省かせていただく。


「では、今はどうやって転生をしているのですか?」


「ほとんどの転生が、厚生労働省と文部科学省の人間が立会いの下、特別に用意された施設を利用して人為的に仮死状態にします。そして、肉体は特別な処置が施されコールドスリープ状態で保管することになるんです」


「それで転生が可能なんですか?」


「可能です。仮死状態になることで、肉体に宿っていた魂が比較的簡単に抽出可能になり、そこから簡易式次元トンネルを開いて異世界へのアクセスを可能にして魂を送り込みます。これはアメリカの学会に提出された論文の中でも、最も安全な異世界への転生方法として高く評価されており、日本でも採用されています」


「そうだったんですか……では、転生をしても、息子の身体が傷つくことはないんですね?」


「はい、そのあたりはご安心ください。そして、身体を残しておく理由としては、のちに転生した世界で彼らが与えられた役目を終えて、この世界にかえってくるための措置です」


 昔は転生先の神の采配か恩恵かは分からないが、こちらで滅んでしまった肉体を再生させたり、時を巻き戻して転生者の死亡する事象をなかったことにしてくれていた。


だが、「勝手なことしないでくれる? ウチはウチでやってんだからさ」とこちらの世界を管理している神様たちから各国のトップの人間が怒られたらしく、転生先の神の権限は、転生者の魂の返還だけという条約が交わされたのだそうだ。


 このあたりは、本格的に近代社会を学ばなくてはいけなくなってしまうので、説明はこのあたりまでにしておこう。


「ちなみに、転生したのち、息子の魂が還ってくるのは、どれくらいの期間なのでしょうか?」


「転生先の時間じかん流動りゅうどうの概念にもよりますが、平均して1~3年ほどが多いそうです」


「なんだか、思ったよりは長い期間ではないのですね」


「ええ、親御さんの中には、もう一生会えないと覚悟して見送りをしたのに、たった数秒で還ってきたという事例もあるくらいです」


「えっ? でも……転生というからには、あちらでも長い時間を過ごすことになるんですよね?」


「その通りです。殆どの転生者は自分が生まれたときから新しい人生を再開させ、長ければ人の一生を終えてこちらに戻ってくることがあります」


「だったら……」


「そこで時間じかん流動りゅうどうの概念なんです。こちらの一秒があちらの世界の1年に該当する場合もあれば、10年、20年という場合もあります」


「ああ、そうでしたね……。なんだか、難しい話ですね……あっ、でも、その逆というのはないのでしょうか? えっと、こちらの1秒が、あちらの1年? となることもあるのではないんですか?」


「仰る通り、その可能性はあります。はっきり申し上げまして、0%というわけではありません。ですが、数々の異世界への転生をおこなった記録によりますと、そういった世界へ送り込まれる可能性は本当にごく少数なのです。その確率は年末ジャンボ宝くじを1枚買って、1等を当てるくらいの確率と同じくらいだといわれています」


「……それは、実質当たらないということと同義……と考えてもよさそうですね」


「これは、異世界の性質が我々の住む世界の時間流動がほぼ遅緩ちかん的であることが起因ではあるのですが、なぜ我々の世界が他の世界に比べて時間じかん流動りゅうどうが早いのかというのは、まだ明確な理由があげられていない、というのが現状ですね」


「……えっと、つまり、時間などの問題は、あまり考慮しなくても良いということでしょうか?」


「はい、その通りです」


 再会を果たすこちら側からすれば、大学に進学する際に都心に行ってしまった友人が、すっかりそっちの生活が気に入って長期休暇のときも帰ってこず、就職活動が始まると地元の企業もひとまず見ておくため、実家に帰ってきていたタイミングで偶然遭遇し「久しぶり」と声を掛けられたくらいの感覚で再会することになるらしい。


 ただ、ご両親にとっては年月の違いはあれど、息子としばらく離れてしまうというのは、それなりの寂しさを覚えてしまうことではあることを、俺は彼女との会話を通して察することができたので、年末年始くらいは実家に帰ろうと脳内の予定表にチェックを入れておくことにした。


「ですが……やっぱり仮死状態とはいえ……親としては少し怖いです……」


「そういう場合は『転生』ではなく『転移』というアプローチで異世界へ行くことが可能ではあるんですが……」


「えっと……それはどう違うのですか?」


「簡潔にいえば、肉体ごと異世界に行くかどうかの違いですね。『転生』の場合は、その世界の人間として生まれ変わることを指しますが、『転移』は今の姿のまま異世界に行くことになってしまいます」


「はぁ……」


 彼女の反応から、その違いがいまいちよく分かっていないことは察せられたが、俺は気付かない振りをして話を進めた。


「ただ『転移』だと肉体ごと異世界に転移させるわけですから、人為的に行おうとすると、かなりの費用が掛かってしまい、転生のときのような補助金も国から支給されません。また、勇人ゆうとくん自身も親に金銭面で負担はかけたくないと考えているようで、やはり『転生』を希望しているようなのです」


「勇人……! そんな、私たちのことまで考えて……!」


 息子の優しさに胸打たれたのか、最初に不安で流してしまいそうになった涙とは違う感情が詰まった雫が、彼女の頬を伝っていった。


「どうですか、お母様。異世界転生について、かなりご理解いただけたと思うのですが」


 俺がそう尋ねると、彼女はぎゅっと胸の前で手を握りながら告げる。


「先生……私、本当は怖かっただけなんです……。ずっと可愛がってきたあの子が、私の手の届かないところに行ってしまうのが……」


 肩を震わせながら、自分の思いの丈を伝えてくれた彼女に、俺も思わず目から熱いものがこみ上げてきたのだが、ぐっと堪えて顔には出さないようにした。


「お母様。心配しなくても大丈夫です。勇人ゆうとくんは、きっと異世界でも立派にやっていけます」


「本当に……大丈夫でしょうか? あの子……親の私がいうのもなんですが、特別に賢いわけでも、運動神経が良いわけでもないのに……」


「安心してください。多くの異世界が確認されていますが、殆ど間違いなく、私たちの世界からの転生者は、その異世界で成功を収めています」


 これも今では常識となっているが、貴重な転生者たちは最初から特別な存在として優遇を受けながら育つことが多い。


 また、別パターンとして最初こそ不遇な目に遭ってしまう場合もあるのだが、その後は必ずジャイアントキリングが起こり、異世界生活を謳歌することになるのだ。


 万物ばんぶつを凌駕する圧倒的な力であったり、実は英雄や魔王の血を継いでいたり、チート級のスキルがある日突然目覚めてしまったりと、それこそパターンは豊富に用意されているのだが、それらの事象は確実に転生者の身に起こるとされている。中にはこの現代の知識を生かし、異世界を生き抜く人たちもいるそうだ。


 しかし、万が一そのような能力に恵まれなくとも、スローライフという新しい生活スタイルが確立されてのんびりと平和な日常を、幼なじみだったり、国から追放された第一王女だったり、獣人やエルフたちと過ごすことになったりするのだ。


「また、記憶を保持したままこちらの世界に還ってくる者もいて、その成功談を本としてまとめている方々がいます。もしご興味がありましたら、その本もお教えいたしますよ」


「はい……。ぜひ、お願いします」


 その後、俺は彼女に転生者たちが綴った自伝本をいくつか紹介すると、彼女は早速、今日の帰りに本屋さんによって購入してくるとのことだった。


「先生、今日は本当にありがとうございました。主人とも、もう一度話してみます。それに……勇人ゆうととも」


「ええ、ぜひそうしてあげてください」


 最後に、彼女は深々とお辞儀をしたのち、俺に笑顔を向けて教室から退出していった。


〇 〇 〇


「……ふぅ」


 彼女が教室から立ち去ったあと、思わず大きく息を吐いてしまったが、これは決して彼女との面談の時間が苦痛であったという意思表示ではなく、むしろ逆で、少しでも力になれたことへの安心感を表す行為だった。


 しかし、異世界転生、か。


「……俺が転生したら、どんな人生を送ることになるのかねぇ」


 少しだけ想像してみようとしたが、何も頭に思い浮かんではこなかった。


 どうやら、俺は異世界転生には向いていない人間らしい。


「ま、こっちでやりたいことが見つかったからかもしれないけどな」


 俺は、机の上に置いたままにしてあった学級名簿を手に取って、生徒たちの名前を確認する。


 俺の役目は、ここに書かれた生徒たち全員の未来を応援し、力になってやることだ。


「……さてと、休んでいる暇はなさそうだな」


 時計を見ると、次の予定までもう5分もインターバルがない状態だった。


 すると、それを見計らったかのように、再び教室の扉が開く音が響く。


「……あの、先生。少し早いのですが、面談、宜しいでしょうか?」


 そこにいたのは、眼鏡を掛けた中年の男性だった。


「はい、構いませんよ。どうぞ、おかけになってください」


 俺は、先ほどと同じような対応をとって、彼に座ってもらうように促した。


 俺も殆ど同じタイミングで席につくと、彼は軽く会釈をする。


「先生。本日はこのような機会を頂き、誠にありがとうございます。それで、早速なのですが……」


 そして、彼はやや緊張した面持ちで、少し強張りながらも、目の前に座っている俺に告げた。



「娘が悪役あくやく令嬢れいじょうになりたいと言っているのですが、どうすればいいでしょうか?」



 やれやれ。


 子供たちの将来の道が増えた分、親の気苦労も増えてしまっているようだ。


【完】

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