第15話 王女追放とサラの開業



「では王妃様。明日には戻って参りますので、それまではくれぐれも外出はお控えください」


「わかっています。それよりも戻ったらすぐにブラームス侯爵家との婚姻の支度をするように王へ伝えるように」


「ハッ!」


「イヤッ! お母様! 私はあの真面目しか脳のない侯爵家の跡取りとは結婚したくない! それにまだ連続ドラマも見終わってないし、見たいアニメだってたくさんあるの! 勇者様! 愛してます! どうか私を捨てないでください!」


 正門前で王国に貸し出している自動車。グラディエーターの中から縋るような目で俺を見て、心にもないことを口にするマルグリット第二王女に俺は困った表情を浮かべる。


 今日はマルグリット第二王女が追放……いや国に帰る日だ。そのために俺は王妃とサーシャとリーゼ。そして王妃が連れてきていた騎士と使用人たちと一緒に正門前まで見送りに来ていた。


「何が愛してますよお姉様。リョウスケに逃げられてからは毎日毎日引きこもってアニメを見ていただけじゃない。その証拠にそんなに太って……この街に引きこもりは必要ないの。デーモン族にも狙われているし、安全のためにも国に帰った方がいいわ」


 一緒に見送りに来ていたサーシャは疲れたような表情で腹違いの姉へとそう告げる。その隣でリーゼも呆れた顔でマルグリットを見ていた。


 確かにマルグリットは初めて会った時よりもかなり太ったな。来ているドレスもパッツンパッツンだ。まあカップ麺ばかり食って部屋から出てなかったみたいだし太って当然といえば当然だろう。


「まさかこんなグータラ娘だったとは……確かに部屋に設置してもらった魔道具は素晴らしいものばかりですし私も映画やドラマが大好きですが、1ヶ月もまともに部屋から出てこないなど信じられません。王国に帰ったらちゃんと痩せて良い妻になるのですよ」


 王妃も義理の娘ながらも呆れ果てている様子だ。王に黙ってマルグリットを連れてグラディエーターに乗って一緒にここに来た人の言葉とは思えないが、まあ確かにマルグリットは引きこもりの才能がある。


 最初は俺に逃げられたことがショックで引きこもっていたらしかったから、王妃も優しく接していたそうだ。しかしそれから1ヶ月も引きこもってりゃな。王妃がいくら言っても出てこないもんだから、結局サーシャが力尽くで部屋から出したらしい。んでその時に部屋の中を見たら、あっちこっちにカップ麺が散乱していた上に虫まで大量に湧いていて酷い有り様だったそうだ。


 その部屋と太りまくって変わり果てた姿になっていた娘を見た王妃が激怒して、本日晴れてこの街から追放とあいなったわけだ。引きこもりの末路としては順当だな。


「せ、せめて王宮の私の部屋にスマートテレビとゲーム機を! お願いします勇者様!」


「まあ! なんと図々しい! 早くそのグータラ娘を王国に連れて行きなさい!」


「ハッ!」


 最後までスマートテレビとゲーム機に未練を残しながら、マルグリットはグラディエーターに乗って王国へと帰って行った。


「やっと帰ったか」


 マルグリットの乗るグラディエーターが森へと入っていくのを見送った俺は、思わずそう呟いた。


 俺が振ったことが引きこもりの引き金になったのは間違い無いので、多少責任を感じていてはいた。


「色々とご迷惑をおかけして申し訳ございません勇者殿」


「あ、いえ……マルグリット王女も辛かったのだと思いますし」


「気にすることないわよリョウスケ。お姉様はフラれたことなんてこれっぽっちも気にしてなんかないんだから。自販機で買い物を頼まれていた使用人たちが言ってたわ。映画にゲーム三昧で毎日すごく楽しそうだったって」


「そ、そうなのか。なんというか逞しいな」


「そりゃそうよ。逞しくなきゃ魑魅魍魎が渦巻く貴族の夜会なんか行けないもの」


「その夜会から逃げて滅びの森ばかりに行っていたサーシャが言うことではありませんよ」


 得意げに語るサーシャに王妃が辛辣な言葉を投げかける。サーシャを見る視線も厳しいことから、彼女が王国にいた時は相当手を焼いていたことが窺える。姉も姉なら妹も妹というわけか。


「うぐっ……で、でもそのおかげでリョウスケと出会えたわけだし。先見の明があったということよね」


「先日のパートリー商会の悪党にコロッと騙された子が先見の明ですか……」


「ぐっ」


 やめておけサーシャ。王妃には口では勝てないぞ。


 とは言ってもサディムに関しては騙されても仕方ない部分はある。それだけ温和で物腰が柔らかかったしな。俺だって過去の経験がなかったら間違いなく騙されていた。


「ああいった者を見抜く目を養うために夜会へ行くように言っていたのですが……」


 なるほど、そういう目的もあるのか。


 まあそれでもサーシャがいてくれて助かったのは確かだ。商知識を持っていて、王国の元王女という肩書きのあるサーシャがいてくれたおかげで騙したりしようとする者はいなかったしな。ここはサーシャをフォローしておこう。


「まあまあ王妃様。確かにサディムのことをサーシャは見抜けなかったですが、商談とかそういった部分では本当に助かったので。なにせ俺はこの世界の商習慣にはうといですから」


「フフン、そうよお母様。私も役に立ってるのよ」


 俺のフォローにサーシャが得意げな顔を浮かべる。


 そういうところだぞと言ってやりたいが、得意げにして無い胸を張っている姿が可愛くてそんな気が失せていく。可愛いってズルいよな。


「ふふっ、愛されてますねサーシャ」


 王妃はサーシャの態度よりも、俺の恐らくニヤけているであろう顔を見て彼女が俺に愛されていることを知れて嬉しそうだ。また子供はいつ頃できますかとか聞かれそうだなこりゃ。


「ですが勇者殿、今後は私にも声をかけてくれると助かるのですが」


「いやいや、王妃様にそんなことさせられませんよ。皆恐縮してしまい商談どころじゃなくなりますし」


 現役の王妃にそんなこと頼めるわけない。そもそも王妃様はパソコンで入力なんてできないし。こればかりは日本語ができないとどうしようもない。


「そうですか……ですが今後何かあれば相談してください。もしも王国にサディムのような男がいて、勇者殿に迷惑をかけたらと思うと不安で仕方ありません」


「たとえああいったのが王国にもいても、それで王家にどうこういうつもりはありませんよ。国を問わず色んな人間がいるというのは理解していますから」


「そう言っていただけると心が軽くなります。ハァ……それにしてもマルグリットはどうしてあんな子になってしまったのか」


 王妃はまさか自分の娘が引きこもりになるとはと、心を痛めているようだ。


「引きこもりは俺がいた世界にも一定数いました。スマートテレビとゲーム機とカップ麺は引きこもりにとっての三種の神器に等しいアイテムですから。仕方がない部分もあるかと」


「!? 勇者様の世界でもですか……それでは私たちがあらがえないのも仕方ないのかもしれませんね」


 王妃は勇者を輩出する世界でも引きこもりがいつことに驚き、そして妙に納得していた。


 地球人も世界の人間も変わらないとか言いたいが、まあ言っても信じてもらえないだろうから黙っていよう。


「あ、もうこんな時間ですか。悩みの種も追い出せましたし、私はこれで部屋へと戻らせていただきます。勇者様、わざわざのお見送りありがとうございました。サーシャも手を煩わせました」


 王妃正門横にあるテーブルの上に置いてあった目覚まし時計の時間を見たあと、そそくさと迎賓館へと戻っていく。


 何をあんなに急いでるんだろうと思っていると、リーゼがその答えを教えてくれた。


「今日は王妃様のハマっているドラマの配信日なのよ。それであんなに急いでるってわけ」


「ああ、そういうことか」


 引きこもりの娘を追放した直後に、自分もスマートテレビを見るために部屋へと戻るのか。


「まあお母様はお姉様みたいにはならないから大丈夫だとは思うけど、いつまでここにいるのかしら?」


 
 王妃は基本的に動くのが好きな人なのか、騎士と雇ったハンターたちと一緒に周辺でオーク狩りをしている。だからマルグリットのようにはならないとサーシャは思っているんだろう。それでも身内が近くにいつまでもいるのは嫌そうだ。


「竜王や上皇とちょこちょこ話してるしな。王国としては王妃様がここにいる方が外交的な部分で国益になっているのは間違い無いだろう。当分滞在するんじゃないか?」


 夜に迎賓館の1階の大広間で三人で飲んでいる時もあるし、リーゼが渡された手紙を精霊に持たせて王国まで飛ばさせられているから国益になっているんだろう。


 リーゼも魔力が増えたことで、南街にいるエルフを経由せずとも単独で王城まで精霊を飛ばせるようになっている。その結果、便利だからとしょっ中王妃に使われているみたいだけど。


「ええ……」


 俺の答えにサーシャもリーゼも嫌な顔を浮かべる。


 サーシャは俺と一緒でいつ子供ができるかしつこく聞かれているんだろうな。リーゼはまあ王国との連絡役が面倒なんだろう。


 彼女の場合は長老たちに子供を早く作れと言われても無視できる立場だしな。それというのも先日のルシオンとの決戦以降、エルフたちはリーゼを族長として見ているらしい。その結果、長老たちの力が弱まっているらしいんだ。


 今後はリーゼが声をかければエルフたちが駆けつけるそうだ。まああれだけ圧倒的な精霊魔法を見せられたらな。精霊の森を取り戻したいエルフたちからしたら、偉そうにしている年寄りよりも力を持っているリーゼに従った方がいいと考えるのも頷ける。


「さて、俺たちも戻るか。モラン商会の受け入れ準備もしなきゃだしな」


 結局2区に誘致する奴隷商はモラン商会に決定した。ほかの帝国五大商会からも、モラン商会を経由して食材や日用品や魔道具を仕入れる予定だ。ここ数日はその受け入れ準備を俺とサーシャたちで行っている。


「そうね。戦闘奴隷たち用の武器や防具の増産はドワーフに頼んであるから、あとは治癒水の増産ね」


「治癒水の増産の方は、また司教クラスが何人か真聖光教に改宗してここに来たから大丈夫だろう」


「中級治癒水は確かに余るほどあるけど、上級治癒水が足らないのよ。ローラも苦労しているみたいだし、私があのエロ大司教の尻を叩いてやるわ」


「それは……逆効果だと思うけど」


 エロ大司教とは治療費を割引くことで患者にセクハラをしていた大司教のことだ。現在も軟禁中で、ただひたすら上級治癒水を作らせている。たまに娼婦を派遣してやる気を出させてはいるが、作る本数が安定しない時はローラがシバいて作らせていた。


 しかし最近はローラにシバかれたいがためにサボっているように見える。というのもこの間、大司教のとこに向かう娼婦が鞭を持ってるのを見ちゃったんだ。おそらく目覚めちゃったんだろうな。だからローラが苦戦してるんだと思う。サボったらご褒美がもらえるわけだし。


 とまあこんなことを大司教のとこに行こうとするサーシャに説明したらドン引きしていた。とは言っても聖光教会の粛清祭りで大司教の数は激減したので、あとこの街で上級治癒水を作れるのはクリスしかいない。しかしクリスは精神力が増えたとはいえ、毎日完全治癒での病人の治療で大忙しでそこまで余裕はない。


 結局、大司教の扱いに慣れている娼婦を派遣するということでこの話は落ち着いた。


 その後、俺は2区でモラン商会のために建てた倉庫の内装と設備をチェックしたあと、夕方になると1区にある従業員女子寮へと向かった。


 そしてエントランスにいる警備の子に挨拶をすると、エントランス奥の元は倉庫だった部屋まで案内された。


 その元倉庫だった入口の扉は鉄製から趣のある木製の扉へと変わっており、中に入ると薄暗い部屋の中に4つほどのテーブルと広いカウンターがあった。カウンターの後ろには大きな棚があり、そこにはこの大陸中の酒を集めたんじゃないかってほどの大量の酒が並んでいた。


 そう、ここはBARだ。その名もBAR『ルフェール』。フランス語でやり直すという意味のこの言葉は、人生をやり直すという時に使われるそうだ。棘の警備隊が多く住んでいるこの女子寮にはぴったりの名前だと思う。


 それでなぜ俺がこのBARに来たかというと、それはカウンターの向こう側に立っている美女が答えてくれた。


「ようこそBAR『ルフェール』へ。リョウスケさんが最初のお客様として来てくださって嬉しいです」


「サラに招待を受けて来ないわけがないだろう。しかしまさかBARを開業するなんてな。意外だったよ」


 俺はカウンターの向こうで笑みを浮かべているサラへとそう答える。


 今日の彼女は髪をアップに纏め、胸元の大きく開いた紫色のドレスを着ていた。そして彼女の身につけている髪飾りとイヤリングに真珠のようなネックレスなどのアクセサリーも、彼女をより魅力的に見えるよう演出している。バーテンダーの格好ではないが、綺麗なんだから気にしない。むしろこっちの方がいい。


 このBARが開業に至った経緯だが、今から1週間前。サディムとの一件が終わってすぐに、サラがBARを女子寮内に作りたいと言ってきた。もちろんOKを出したが、あまり積極的な性格ではない彼女がBARを経営するなんて意外だった。


 内装なんかはドワーフやダークエルフに作ってもらったようだ。皆映画を見てインスピレーションを刺激されたのか、できあがったBARの内装はこの世界の酒場ではなく地球にあるBARそのものだ。名前も映画に出てきたBARの名前みたいだしな。パソコン内にある辞書で調べたら”やり直す”という意味だったので採用したそうだ。


「リョウスケさんのおかげで過去と決別できましたので……何か新しいことをしようと思ったんです。それで映画を見てやってみたいと思っていたBARをやってみようかと思ったんです」


「そうか」


 カルラからサラは自らの手で復讐を果たしたと聞いた。それで過去ではなく未来に目を向けることができたんだろう。そして何か新しいことをと考えて以前からやりたかったBARを開業したというわけか。


「とは言っても警備隊の仕事もあるので、私は週末だけで他の日は隊員やダークエルフの子たちにお願いする形になります。お客さんも女性限定になるので、経営というよりは趣味のようなものですね」


「女性だけのBARか。いいじゃないか。街の酒場はうるさいしエロ竜人の爺さんとかもいるしな。落ち着いて飲みたい女性もいると思うし、何よりもサラは聞き上手だし隊員の悩みとかも長年乗ってきただろ? サラが思っているよりもお客は来ると思う」


「そうでしょうか? そう言ってもらえると嬉しいですね。でもその……私がいる日はリョウスケさんだけしかお客さんを入れるつもりはなくて」


「え? 俺だけ?」


 サラは週末だけしかいなくて、俺以外お客を入れないって。そんなことを顔を真っ赤にして言うってことは……


「はい……わ、私はリョウスケさんのお相手をするためだけにここに……そ、そのためにこのBARを……その……」


「わかった。毎週ここに顔を出すようにするよ」


 俺はサラの気持ちに応えるため毎週来ることを約束した。どうやらサラは俺と話すためだけにこのBARを開業したようだ。ここまでされて通わない男なんていないだろう。


 しかしまさかサラが俺のことをそんなに想ってくれていたとは……今思えばカルラに飲みに誘われると、必ず恥ずかしそうにしたサラがいた。あれはサラが俺を飲みに誘えないから、カルラが代わりに誘っていたのかもしれない。そんな彼女だからこうしてBARを開業して俺がお客として来ることで、自然に話せると考えたんだろう。不器用というかなんというか……可愛い女性だよな。


「あ、ありがとうございます!」


 サラは俺の言葉に嬉しそうに、本当に嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。


「お礼なんかいらない。どう考えても得をしているのはこんな美人と話せる俺の方だしな」


「び、美人だなんて……私はそんな……からかわないでください」


「からかってなんかないさ。さて、それじゃあじゃあまず何から話そうか」


 褒められても喜ばず暗い顔を浮かべる彼女に、俺はすぐに話題を変える。


 こんなに綺麗なのに相変わらず自分に自信がないみたいだ。やっぱ過去のことがまだ尾を引いているんだろう。ちょうど良い、ここに通いながら少しずつ彼女に自信を持たせてあげないとな。


「あ、はい。あの……私映画で見たカクテルというのに興味がありまして。その作り方とかを教えてもらえないかと」


「あー、蒸留酒はあるからできるはできるけど、俺もそんなに詳しくないからなぁ。知っているのだけなら」


 ネットに繋がれば調べられるんだけどな。まあ蒸留酒とこの世界の果物や自販機の100%ジュースや炭酸を混ぜればそれっぽいのができるだろう。


「お願いします。授業料としてその……リョウスケさんは永久に無料でここを利用していただいて結構ですので」


「ははっ、それじゃあちゃんと教えないとな。俺もそっちに行っても?」


 なんとも可愛いお誘いに俺は胸がキュンとなり、席を立ってカウンターの向こうに行っても良いかとサラへと確認する。


「は、はい。どうぞ」


 サラは赤面しながらそう言って頷く。俺はカウンターの端に行き中へと入り、着ているワイシャツの袖を捲り上げながらサラの隣に立った。


 そして二人で色々な材料を混ぜながらオリジナルカクテルを作るのだった。


 それから毎週末。俺はこのBAR『ルフェール』でサラと過ごし、数々のオリジナルカクテルを作り出すことになる。当然二人の仲も少しずつ縮まっていき……まあその辺の話はまた今度な。ものすごいテクニシャンで最高の女だったとだけ言っておく。大人の女性ってやっぱいいよな。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る