第10話 デーモン族からの刺客



「セイラン! 1人逃げたぞ! 東の方向だ!」


 闇に紛れて魔法を放ってくる二人の敵の攻撃を展開していたアンドロメダスケールで弾いた俺は、首からぶら下げていた魔物探知機に映る青い点が1つだけ離れていくことに気が付いた。


 そして頭上を飛竜に乗って旋回しているであろうセイランへ追うように叫んだ。


 今夜は『無月』と呼ばれる太陽とこの星。そして二つの月が重なる夜なため、月は真っ黒でその影響で空は暗く薄っすらと光る星しか見えない。だがその星を横切る影が現れると同時に、頭上よりセイランの声が周囲に響き渡った。


『わかった! 逃しはせぬ! 我らに任せよ!』


「裏切り者の吸血鬼が! 行かせぬ!」


 セイランの声を聞いた敵の一人が仲間を追われるのを防ぐためか、空を飛んでいるセイランの乗る飛竜へと魔法を放とうと青い肌の腕を空へと向けた。


「させません!」


「グアッ!」


 が、次の瞬間。森の奥から白い人影が目にも留まらぬ速さで現れ、その腕を切り飛ばした。


 その白い人影は白い狐耳と尻尾を生やしており、剣を振り切った状態のまま綺麗に着地した。彼女の名はラティ、俺の恋人であり婚約者だ。


「ラティ! もう一人いる! 下がれ! コイツらは俺が仕留める!」


 俺はそう言って自分を守っていたアンドロメダスケールを、急いで敵と彼女の間にカーテンのように展開した。


 まったく、敵の放つ魔法は特殊だから接近戦は禁じていたのに、クロース並みに脳筋なこの恋人は俺の指示をもう忘れてしまったようだ。


「はいっ!」


 そうラティが返事をしその場を離れると同時に、展開していたアンドロメダスケールにいくつもの魔法が突き刺さる。


 素直なのがせめてもの救いか。と、そう内心でため息を吐きつつ俺はペングニルを振りかぶった。そしてカーテン状に展開しているアンドロメダスケールの外側に向け放った。


 俺の手を離れたペングニルは5本に分裂したあと、その姿を消し森の中で闇に紛れ隠れている敵。魔物探知機にはデーモン族と表示されている二人の敵に向かって行った。


 それから数秒後。森の奥でくぐもった声が聞こえ、魔法も飛んで来ることは無くなった。魔物探知機を見ると俺が相対していた二つの点滅していた青い点のうち一つが消え、もう一つも点滅する速度が遅くなっていた。これは重傷を負ったことにより、敵意が弱まったことを意味する。


 他のデーモン族を追っていた恋人たちやダークエルフを示す青い点は全て無事で、彼女たちと戦っていた点滅する青い点は全て消えていた。セイランに追わせたデーモン族は魔物探知機の探知範囲外に出てしまったのでわからないが、彼女なら逃がすようなことはないだろう。


 とりあえずこれで街に侵入したデーモン族は全て処理できた感じだな。あとは生き残ってる者からなんの目的で侵入してきたのかを聞くだけだ。まあ、どう考えても俺が目的なんだろうけど。なんたって前魔王を倒した勇者と同じ存在だからな。そりゃ警戒もするだろう。


 ルシオンとの最後の戦いから1ヶ月半か。まあ電話もネットもないこの世界なら、俺のことがデーモン族に伝わり諜報員や刺客を送り込むのにそれくらいは掛かるか。


 前からセイランにデーモン族に俺が勇者だと伝われば、必ず刺客を送って来ると言われていたので警戒はしていた。深夜にベッドで恋人たちと愛し合う時も必ず枕元に魔物探知機を置くようにしていたし、恋人たちにも見るように言っていた。そのおかげで5つの点滅する青い点が街に近付いて来て、侵入するのがわかった。すぐにデーモン族だとわかったよ。


 ダークエルフたちからデーモン族は闇を操ることと、闇に溶け込む闇隠ダークハイドという魔法が使えることを聞いていた。だから警備隊に気付かれることなく簡単に街に侵入できたんだってね。


 それからすぐに警備隊直通のインターホンでデーモン族が侵入していることと、その場所を知らせたんだ。そしたらたまたま夜勤だったスーリオンが張り切っちゃってさ。俺と恋人たちが装備を身に付けて部屋を出るまでの間に、ダークエルフたちを全招集してデーモン族狩りを始めたんだ。


 もうどこかの国の暴動かってくらい外が騒がしくてさ、いつもは温厚なダークエルフたちがサブマシンガンや弓を手に男女関係なく殺気立った表情を浮かべて街のあちこちを探し回ってた。酒場で飲んでいたハンターたちなんか今にも銃を乱射しそうなほど殺気立っているダークエルフたちに驚いて、急いでマンションに逃げていったらしい。


 まあスーリオンたちの気持ちもわかる。ダークエルフは長年自分たちを奴隷のように扱ったデーモン族を恨んでいるからな。相当な数のダークエルフが間接的にも直接的にも殺されたらしいし。


 そして侵入したデーモン族だけど、どうしてか侵入したことがバレたうえに数百人のダークエルフの戦士たちがデーモン族を探し始めたことで、目的の達成は難しいと判断したんだろう。一時撤退することを選択肢したのか、街の外へと逃げていった。


 当然逃げる時も闇隠ダークハイドを使ってきたが、そんなもの神器である魔物探知機には通用しない。まあ方位磁石なんだけど。いや、今はその事はいい。その魔物探知機で街の外で一旦隠れた彼らを俺が速攻で見つけたことから、彼らは闇隠の魔法が通用しないと思ったんだろう。隠れることをやめ、包囲されないよう森の中に分散して逃げることにしたようだ。


 その中で一番数の多い所を俺が追い、残りを恋人たちとダークエルフで追ったというわけだ。


 そして俺が追っていた二人を仕留めたんだが、まさかラティが来るとは思わなかった。


「お見事です勇者さ……アタッ!」


「ラティ、接近戦は駄目だと言っただろう。デーモン族には近距離用の強力な魔法があるってセイランとダークエルフたちが言っていただろう」


 背後から満面の笑みを浮かべ現れたラティに、俺は軽くゲンコツをして叱った。


「ううっ……ごめんなさい勇者様」


「まったく、なんでここに来た? クロースたちと一緒に追ってたんじゃなかったのか?」


 ラティはよくクロースと一緒に狩りにいくことから、今回もクロースに付いていった。しかしクロースの姿は周囲にはない。魔物探知機を見ると、かなり離れた場所に数百人の人間が固まっている所がある。間違いなくダークエルフの集団だ。恐らくこの中にいるんだろう。


「付いていったんですが、私の出番はありませんでした。接近戦しか出来ない私には無理ですよ、あの銃弾と矢と石槍の雨の中に突っ込むのは」


「あー、まあそりゃそうだな。でもそうなるといつもはクロースとの狩りの時はどうしてるんだ?」


 クロースもゴーレムと一緒に機関銃を連射しまくってると聞いたけど。


「クロース姉様は鉄人を使いたがるので、私が魔物を多数引き寄せに行って集めた所をダダダーン! グシャリって感じです」


「魔物の釣り役をやらされてるのかよ」


 確かに今やレベル28になったラティの身体能力は、恋人たちの中ではシュンランに次いで2番目に高い。Bランクの魔物相手でも飛竜以外なら逃げ切れるだろう。しかしだからといって危険な釣り役をラティにやらせるとは……帰ったらクロースはお仕置きだな。一番嫌がっていた石抱きの刑にするか。


 ちなみに石抱きとは江戸時代の拷問の一つで、ギザギザのスノコの上に正座をさせ、膝の上に石を積み重ねていくという物だ。時代劇物のドラマを恋人たちと見た時にこの拷問のシーンがあって、クロースが興味が湧いたのかドワーフに作らせたんだ。でも試してみたら石を抱かされて、脛だけがジワジワと痛くなるのが好きじゃないらしくてすぐに使わなくなった。どうも縛られて全身を叩かれるのが一番良いらしい。愛を感じるのだとか。うん、やっぱり俺には理解できない。まだクリスの方が理解でき……いや、最近俺のパンツをニカブの下に固定して歩いているって、クリスがベッドで楽しそうに話してたな。やっぱり理解できないわ。


「飛竜は流石に厳しいですが、それ以外の魔物なら追いつかれることはありません。そのうち疾風の戦妃と呼ばれるかもしれません」


「ハァ……クロースには後で言っておく。だから俺のいない所で魔物の釣り役はもうしないでくれ。ラティに何かあったらと思うと胸が痛むんだ」


 レベルアップしたことで急に強くなったことの弊害だなと、ため息を吐いた俺はラティを抱きしめながらもう二度と釣り役をしないよう頼んだ。


「勇者様……私のことをそんなに想って……はいっ! ラティはもう二度と釣り役はしません! だから安心してください勇者様!」


「ありがとう。さて、倒したデーモン族を治療して捕らえないとな。っと、自害したのか。誇り高い種族だって言っていたが、まさか捕らわれるくらいならと死を選ぶとは」


 満面の笑みを浮かべるラティの頭を軽く撫でたあと、倒したデーモン族のところに行くと、生きていたはずのデーモン族の男は自らの喉に短剣を突き刺し絶命していた。ダークエルフたちからデーモン族は誇りだけは無駄に高いとは聞いてはいたが、ここまでとは思っていなかった。これはセイランが追ったデーモン族も生きてはいないだろうな。


「勇者様。デーモン族が誇り高い種族というのは魔王ドーマがいた時代の話だそうです。今の堕落し落ちぶれたデーモン族に、そんな誇りを持っている者はいないとお父様が言っていました」


「そうなのか? でもこうして捕らえられるくらいならと自害しているぞ?」


「その男の表情をもう一度よく見てください」


 俺の言葉にラティは首を振って自害した男の顔を見るように言った。俺は彼女の言葉通りもう一度男の顔を覗き込んだ。するとその鬼のような顔は酷く歪んでおり、目から液体が流れていた。


「泣いている……のか?」


「はい。この男は死にたくなかったんです。ですが死ぬしかなかった。恐らく捕虜になれば領地にいる一族や家族に迷惑が掛かるのでしょう。この者はデーモン族の誇りを守るために死んだのではなく、誇りによって殺されたのだと思います」


「誇りの押し付けってことか。嫌な社会だな」


 デーモン族は魔王ドーマを排出した種族であり、その魔王は当時バラバラだった魔族を一つにまとめ魔国を建国した。そして人族をあと一歩のところまで追い詰めた。


 その過去の栄光を今でも引きずっているんだろう。だから魔王ドーマが健在だった時のように、誇り高い種族でいるべきだと同族に強要しているのだろう。誇り高い事は別に悪いことではない。だがそれは他人に強要するようなものでは絶対にない。けどデーモン族はそれを強要し、デーモン族の誇りに泥を塗る行為。今回の件で言えば敵の捕虜となることだな。そういった事をすれば、本人だけでなく家族や親戚も非難されるんだろう。死を選ぶほどだ、その非難は生易しいものではないんだろう。


「哀れだな」


「はい、魔王ドーマの呪いから抜け出せない哀れな種族です」


「そうか……呪いか。ラティ、埋葬してやるか」


「そうですね、埋めてあげましょう」


 俺はこの青い肌で魔人族よりも遥かに鬼に近い顔をしているデーモン族の男が、急に哀れに思えてきて埋葬してやることにした。そんな俺の言葉にラティも頷いた。


 そしてアンドロメダスケールを操作して地面を掘りながら、俺は今後のことに考えを巡らせた。


 さて、この件をどうするかね。竜王に言ってデーモン族を抑えてもらうのは当然として、自称誇り高い種族のデーモン族が今回のことを認めるかどうか……捕らえて自白させない限りは無理だろうな。でも捕えるにしても、今回のように自害されるだろうな。


 しかし黙っていればまた刺客を送り込んでくるだろう。


 直接文句を言いにデーモン族領に乗り込むのも難しい。他の種族より少ないとはいえ、五千人はいるらしいデーモン族の本拠地に乗り込んで無事に帰ってこれる自信はない。先代勇者の代わりに討たれたくないし。


 火災保険が通用すれば行ってもいいけど、通用しない以上は間違いなく数に押し潰されると思う。


 そう、デーモン族は闇の魔法を使うから火災保険バリアが効かない。地水火風雷氷なら火災保険がカバーしてくれるが、闇は適用外だ。日本に闇が襲い掛かってくることを想定した保険などない。そんな厨二病の設定に付き合う保険会社があったら逆に驚きだ。


 機関銃を装備させたダークエルフたちを連れて行っても、犠牲者は間違いなく出るだろう。あっちも遠距離から強力な魔法を撃ってくるからな。防衛戦ならともかく、攻城戦だと機関銃はそこまで有効ではない。あの強力な闇魔法を使う相手と戦うなら、原状回復の使える家があるこの街の周辺じゃないと厳しい。


 今回みたいに二人や三人程度ならアンドロメダスケールで防ぎながら戦うこともできるし、サブマシンガンを使えば圧勝できるだろう。恋人たちも苦戦するようなことはないだろう。


 だが、相手が千人とかになれば話は別だ。遠距離から魔法を打たれまくったら、俺も恋人たちも間違いなく被弾する。厄介なのはスーリオンがそうだったように、デーモン族の闇魔法は傷の治りを遅くする能力があることだ。呪いみたいなもんだな。原状回復のギフトなら瞬時に治せるが、逆に原状回復が使えない状況で戦えばジリ貧になる。


 やっぱり乗り込むのは無しだな。俺は先代勇者みたいに全ての攻撃を無効化するようなバリアは張れない。似た能力を持っているアルメラ王国にある神器を借りて単身で乗り込む手もあるが、あの神器は青龍戟と同様に初期化されて全盛期ほどの能力はないはずだ。つまりどこまで魔法の攻撃を防いでくれるか未知数だ。そんなギャンブルはできない。


 悔しいが今回のことは竜王に伝えて牽制をしてもらうに留めるしかなさそうだ。それでもまた刺客を送ってきたら、今度はできるだけ圧倒的な力で殺して一人だけわざと生きて返そう。その時にデーモン族の族長を挑発するようなことを言っておくか。怒って大軍で攻めて来てくれれば儲けものだ。うちと魔王軍で挟み撃ちにして滅ぼせばいい。竜王も喜ぶだろうな。


 次は何人送り込んでくるかな? 10人? いやもっと多いかもな。今回より精鋭の可能性だってある。


 恋人たちのレベルもそこまで差がなくなってきたし、俺もレベルが54で止まっているからそろそろAランクの魔物に挑戦しようと思っていたがこれじゃあ遠出は難しいな。デーモン族が刺客を送ってくるなら夜の可能性が高い以上、夜は街にいないといけない。俺が留守の時に嫌がらせで街の人間が襲われても困る。


 吸血飛竜に乗れば日帰りが出来なくもないが、さすがの吸血飛竜でもAランクの魔物がいるエリアの上空を旋回させて無事でいられるとは思えない。元はBランクの魔物だからな。


 Bランクの魔物がいるエリアギリギリまで吸血飛竜に乗って、そこから車でっていうのが一番安全だろう。まあ日帰りは確実に無理だけど。


 まったく、次から次へと厄介な奴らが現れやがって。俺は魔族を滅ぼす気もないってのに。俺は勇者じゃなくて不動産屋なんだよ。やっぱ戦場で勇者だって言ったのが不味かったよな。でもあの場では聖光教を潰すためにそう言うしかなかったしな。


 済んだことをウダウダ言っても仕方ないか。帝国から多額の賠償金も入ったことだし、せっかくだからデーモン族が手を引くか暴発するまでは女神の街のマンションを増やすとするかな。帝国の奴隷の待遇が良くなったおかげで、利用者が激増して部屋が足らなくなってきてるからな。あっちの警備隊の増員も出そう。


 フジワラの街もマンションを増やすか。そしてこっちの賃料はもう少し下げよう。女神の街の賃料が割高だから、十分ペイできるだろう。というかBランク以上の魔石が市場で買えないなら、金なんかいくらあっても意味がないんだよ。欲しいのは高ランクの魔石なんだよ。ここは一気に値下げしてお客様満足度を上げた方がいいな。そしたらマンカンの募集図面のバージョンアップも早まるだろう。次は15階建だろうから、早いとこバージョンアップさせてシュンランとミレイアの喜ぶ顔を見たいな。


 そうだ、ギルドも女神の街に支部を出してもらえないか相談するか。もし危険過ぎて職員を送れないというなら、フジワラの街のギルドの支部に若いダークエルフを何人か就職させよう。そこで仕事を覚えてもらって女神の街に派遣してもらえばいいだろう。お互いに利益があることだし、ギルドも嫌とは言わないだろう。


 そんなこれからの街のマンション建設と運営計画を穴を掘りながら考えるのだった。

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