第7話 誠意と人質



 カルラへ取り敢えず上皇たちを正門の内側にある応接室に案内するよう告げた俺は、シュンランとミレイアとサーシャとリーゼ。そしてラティを連れて正門へと向かった。


 そして正門の外にずらりと並ぶ数台の豪華な馬車と、その周囲にいる数百人の護衛の騎士たちを横目に応接室へと入った。


 もともと正門横の応接室は警備隊の休憩室も兼ねていたが、この応接室は貴族がよく来るようになったので急遽その隣に作ったものだ。広さは大部屋1つと小部屋が3つあり、ダークエルフの中でも綺麗どころの女性がメイドとして働いている。


 この応接室は最近スマートテレビを設置した警備隊の休憩室とは違い、キッチンとエアコン以外の内装は商会の人間がこの世界に合った物に改装している。さすがにトイレは無理だが、各部屋にあるエアコンは板で囲って隠してある。トイレを売ってくれとうるさい貴族たちに、エアコンまで見つかったら面倒くさいからな。


 そんな応接室に入るとメイドとカルラが出迎えてくれた。カルラは助かったと言わんばかりの表情のを浮かべた後、速攻で部屋を出ていったけど。


 そしてメイドに一番広い部屋へと案内され中に入り、広い部屋を見渡すとそこには上皇とシュバイン公爵とシェリス皇女がソファーに座っていた。


 彼らの後ろには護衛の騎士のほかに、上皇の治療を俺に頼みに来たシュバイン公爵の側近であるエルムートも立っていた。


 俺は軽くエルムートに目で挨拶をしたあと、上皇たちのいるソファーへと向かった。


「おお勇者殿。余が自ら来てやったぞ」


 俺がソファーの前に着くと、ソファーの真ん中でふんぞり返っていた上皇がまるで『来ちゃた♪』と言わんばかりに満面の笑みを浮かべそう口にした。


「来てやったぞじゃないだろ上皇……」


 そんな上皇にため息を吐いていると、上皇の隣に腰掛けていた清楚な金髪の少女。シェリス皇女が立ち上がり俺に向かって深々と頭を下げた。


「あ、あの勇者様。先日は危ないところを助けていただいたこと、改めてお礼申し上げます」


「頭を上げてくれシェリス皇女。もう何度もお礼をもらってるよ。それよりも帝国が落ち着いたようで良かったよ」


 滞在中に何度も礼を言われている俺は、シュンランたちと上皇の向かい側のソファーに腰掛けながら彼女にそう言って笑いかけた。


「は、はい。これも全て勇者様と戦妃様のおかげです」


 そう言ってシェリスは俺とその後ろにいる恋人たちを、まるで憧れの人を見るかのような目で見ている。恐らく先日の戦争でのシュンランたちの活躍を耳にしたんだろう。ふと後ろを見ると、サーシャが得意げな顔を浮かべていた。その横では最近化粧を覚えたせいか急激に大人びてきたラティが、シェリスと同じような目でシュンランとミレイアを見ていた。


「俺たちは降りかかる火の粉を振り払っただけだよ。で? 上皇、何しにここへ? 皇位を譲ったとはいえ、上皇が来るような所じゃないだろう。それにシェリス皇女を危険な滅びの森に連れてきたのはなぜだ? 新皇帝は知っているのか? また新たな火種を作りに来たんじゃないだろうな?」


 以前の覇気はどこへやら、目尻を下げて孫のシェリスをうんうんと頷きながら見ていた上皇を俺は軽く睨みつけながらそう告げた。


「うむ、先日の戦争の詫びと、約束しておった治療費と賠償金を持ってきた。シェリスの事は心配するでない。メルギスは知っておる」


「上皇自ら詫びと治療費の支払いに?」


 そんなの文官がやることなんじゃないか?


「誠意というやつじゃ。それとの、余がここにおることで帝国は勇者殿と事を構える気はないという証明となる」


「ん? 上皇がここにいることが敵意のない証明? まさかここにずっといるつもりなのか!?」


 上皇がサラッと言った言葉に俺は声を張り上げた。


「竜王が魔国に戻らずここに住んでいるのは知っておる。獣王も度々来ておることもな。それにじゃ、アルメラ王妃もおるじゃろ。ついでにサーシャ姫だけでなく第二王女までもの」


「そ、それは確かにそうだが……」


 王妃がいることも知っているのかよ。相変わらずエルフがいるわけじゃないのに情報が早いな。これもシュバイン公爵の配下の者が調べたのか? 宿屋という人の出入りが激しい商売をしている以上、防諜が難しいのは仕方ないがここまでザルだとなぁ。


「人質ということじゃ。帝国は勇者殿に負けたのじゃ。そのことを帝国民だけでなく、余の息子や孫たちにしっかりと知らしめねばならん。さすればルシオンのような馬鹿なことを考える者がもいなくなるじゃろう」


「……そうか」


 親の目の前でルシオンを殺した俺はそう呟くことしかできなかった。


「気にするでない。あ奴は余の手で引導を渡すつもりじゃった。それを代わりにやってくれたことに感謝しておる。じゃがもう二度とあのような事は起こって欲しくないのじゃ。じゃから余がこの街に滞在する。それをもって帝国は勇者殿に屈したことの証明とする」


「わかった。そこまで言うのなら滞在を認める」


 二度と戦争をしたくないのは俺も同じ気持ちだ。そのためにやむを得なかったとはいえ、息子を殺した俺の人質になってまで防ごうとしている上皇を追い返すことなんてできない。


 ミスリルランク《Aランク》のハンター証も持っているようだしな。シュバイン公爵もゴールドランク《Bランク》だったのには驚いたが、そういえばシュバイン公爵も雷のギフト持ちだったな。恐らく若い時に上皇とお忍びで一緒に森に出入りしてたんだろうな。上皇は皇位継承権はもともと低かったって話だし。


「うむ、世話になる」


 俺が滞在を認めると上皇は言葉とは裏腹に尊大な態度でそう答えた。


「まあ上皇のことはわかった。で? なぜシェリス皇女を連れてきたんだ? いや、また会えて嬉しいよ? 俺だけじゃなく病院の看護師たちも喜ぶと思う。けどなぜ危険な森を抜けてまで連れてきたのかがわからなくてな」


 歓迎されてないと思ったのか、悲しそうな顔を浮かべたシェリスにフォローを入れつつ、上皇になぜ彼女を連れてきたのかを確認した。


「シェリスがの。ここに残してきた患者が気になると言ってての。そんな時に真聖光教会で調合師の募集をしておると話を聞いての。シェリスに聞いてみたら是非働きたいと言うんじゃ。じゃから連れてきたというわけじゃ」


「あ、あの! 勇者様に恩返しがしたくて……その……残していった患者さんも気がかりでしたし。調合には自信があります! ですからどうかここに置いてください!」


「そう来たか……」


 長寿の秘薬のために真聖光教会を隠れ蓑に調合師のギフト持ちを募集をしたが、まさか帝国の皇女が応募してくるとはな。


 シェリスは本気なんだろう。滞在中に誰よりも患者に寄り添っていた優しい子だ。だがまあ、上皇の言葉をそのまま受け取る訳にはいかないよな。一国の皇女が教会で働きたいですと言って認められるわけがない。


「シェリスもこう言っておる。ここにはもおるでな。寂しい思いはせぬじゃろう」


「まあ……これは仕方ないわね」


「そうだな。受け入れるしかあるまい」


 上皇の言葉の意図に気付いたサーシャとシュンランが、お互いに顔を見合わせ頷きあった。


 やはり帝国は王国と獣王国と同じように、自国の姫を俺に嫁がせようとしているという事か。


 ここで断れば帝国だけが勇者の子孫を得られなくなる。俺の子供が神器を使えるかはわからないが、少なくともその可能性はある。それに戦妃の圧倒的な力を目の当たりにした以上、帝国だけが戦妃を得られないのは納得がいかないだろう。


 上皇を人質に出し現皇帝の一人娘まで嫁に差し出されたのにそれを断れば、メンツを潰されたと怒る者も出てくるだろう。ただでさえ帝国では勇者は700年前に皇帝を殺した悪人のように教育されているんだ。皇帝にそのつもりがなくとも、フジワラの街と帝国との関係が悪化するのは間違いないだろう。


 これは断れない。


「わかった。シェリス皇女を調合師として雇うように聖女には言っておく」


「あ、ありがとうございます勇者様!」


「そうかそうか、これで帝国も安泰じゃの」


 シェリスは純粋に病院で働けることに嬉しそうで、上皇は王国と獣王国に遅れを取らずに済んだことが嬉しそうだ。


「しかしよくあの皇帝がシェリス皇女がここで働くことを認めたな」


「まあ少々モメたがの。最後は地に頭を付けて余とシェリスを送り出していたぞ」


 上皇がそう言うと、隣りに座っていたシュバイン公爵が目をつぶり頭を横に振った。シェリスも困ったような表情だ。後ろに控える騎士やエルムートも首を振っている。


 嫌な予感がした俺は、上皇に詳しい説明を求めた。


「モメたとは具体的に?」


「む? まあちょっとな。あまりに反対するもんじゃから力ずくでの。なに、心配はいらぬ。万が一軍を送って来たら余が先頭になって戦うと約束しよう」


「心配しかねえよ! 何してんだよ上皇!」


 新皇帝が地に頭を付けて送り出したってのは、上皇に殴られて気絶したからじゃねえか!


「うるさいのう。冗談じゃ冗談。確かにモメはしたし力ずくで連れ出したことは否定せぬが、メルギスもこれが必要なことだということはわかっておる。あ奴は確かにシェリスを溺愛しておるが、ルシオンと違い頭の良い子じゃ。シェリスをここに置くことが、帝国のためには必要だということがわからないはずがない。余がスムーズに帝国を出ることができ、ここへたどり着いたことがその証明じゃ」


「それは……確かに」


 確かに力ずくでシェリスを連れ出したのなら、あの親馬鹿のことだ。ここに上皇が辿り着く前に兵を送り出し連れ戻していただろう。それをしなかったということは、王国も獣王国も直系の姫を嫁に出している以上。帝国だけが勇者に嫁を出さないのはマズイということが、頭ではわかっているんだろう。あとは感情の問題だが、その辺は皇妃のアリアさんがフォローしてくれるのを願うしかないな。


 しかし12歳の婚約者か……上皇が遠回しに言っていたことから、シェリスはまだそこまで聞かされてないんだろう。俺も子供に手を出すつもりはないし、彼女が成人するまでそういった事は意識しないで接したほうがいいだろうな。


「ふぅ、まあわかった。とりあえず上皇とシェリス皇女の家はこっちで用意するから、そこから病院に通ってくれ。護衛の騎士はハンター証を持っている者で数は6人までだ。持ってないならこの街にあるハンターギルドでハンター証を取得してくれ。侍女も滞在するなら侍女もだ。そういったルールなんでな」


 ここはハンターの街だからな。緊急時は仕方ないとしても、ハンター以外を受け入れる訳にはいかない。あの短剣すらまともに振れないマルグリット王女でさえ、ハンター証を持っていたしな。


「うむ、既に取得させておる。おお、シュバインも家督を譲って暇なようじゃからここに滞在するでの。よろしくの」


「公爵も?」


「元公爵です。今後はシュバインと及びください勇者殿」


「なんか引退してもこの上皇の世話を焼くなんて大変だな」


 領地で余生を静かに過ごしたいだろうに。


「なんじゃと! 余の側にいれることほど光栄なことはないのじゃぞ!」


「ははっ、息子に家督を譲ってからというもの。やることが急激になくなりまして。そんな時に上皇様からお誘い頂き、頭の病気になる前にと飛びついたというわけです」


「シュバインがそう言うならいいけど……」


 まあ親友同士みたいだしな。上皇が神経毒にやられた時も、命がけで帝城から連れ出してここまで連れてきたわけだし。


 問題は住むところだよな。うちのマンションは駄目だ。ハンターばかりだし、騎士たちとハンターが揉めるのが目に見えている。特に帝国騎士は嫌われてるからな。


 竜王が住んでいるがアレは例外だ。本人が身分を明かしていないもんだから、半分くらいのハンターたちからは年老いた竜人が道楽でここにいるくらいにしか思われていない。それに酒場に通っていることもあって人気がある。護衛の竜人たちも受付の警護をしてくれているから、ハンターと揉め事を起こすこともない。竜人に食って掛かる馬鹿はいないということだ。


 となるとダークエルフ街区の迎賓館の隣に倉庫型をもう一つ建てるか? でもそれだと場所がな……1区はダークエルフたちの家でいっぱいなんだよな。なんたって三千人もいるからな。


 かと言って2区に建てるのもな。ダークエルフ街区の2区は工業地帯だしな。ゴムの加工場やリアカーの製造場。蒸留酒や燻製肉の製造施設などを全部1区から移したからな。肉と鉄とゴムと酒の混ざったような匂いが凄いんだ。そんなとこに王族や皇族を住まわせるのもな。


 うーん、やっぱ迎賓館の所しかないか。そういえば5階建てのマンションで狭い土地用なのか長細い形で割と安いのがあったな。それを建てて2階と3階を王国。4階と5階を帝国に割り振ればいいんじゃないか? 最上階じゃないと上皇は文句を言いそうだしな。その点、王妃はそういうのにはこだわらない性格だ。王国騎士も大人だし、どっちが上とか揉めることもないだろう。


 念のためフロアーを割り振ったらエレベーターで決まった階にしか降りれないように設定すれば、王国と帝国の騎士が顔を合わせることもないか。入口だけ持ち回りで警備でもさせておけばいいだろう。


 5階建てか。バージョンアップしたことで、設備は新しいのしか設置できないんだよな。安いマンションとはいえ、白金貨200枚。2億円くらいかな? いや、Bランク魔石払いだからその倍以上か。


 まあ仕方ない。シェリスもいるし、治療費と賠償金も持ってきてくれたみたいだしそれを使って建ててやるか。



 上皇たちとの話し合いを終えた俺は、とりあえず上皇とシェリスたちを以前滞在してもらっていた病院の貴族用の部屋へ案内した。


 するとさっそく上皇は酒の販売機はどこじゃと聞いてきた。病院では酒は販売していないと言ったら、この世の終わりみたいな顔をしていたけど。あとで差し入れに来るからと言ったら満面の笑みに変わったけど。


 本当に帝国のために人質としてきたんだよな? 


 その後は王妃に上皇が来たことを伝え、驚きつつも納得している王妃に迎賓館を一時取り壊して新しいマンションを建てることを告げた。


 そして王妃たちに荷物をまとめてもらい、一旦サーシャとリーゼとラティが生活する部屋に移動してもらってその間にマンションを建築するのだった。


 ここは各国の王族の別荘地じゃないんだけどな。などと心の中で愚痴りながら。




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