第6話 第二王女の誘いと疫病神



「勇者様、突然押しかけて申し訳ありません」


「突然の訪問。大変失礼いたしました勇者様」


 ダークエル街区の1区にある元正門の横に立っている迎賓館の応接の間で、王妃と第二王女が揃って頭を下げている。


 彼女たちが座るソファーの後ろに立っている護衛の騎士や、エルフの女性も王妃たちに習い深々と頭を下げていた。


 そんな王妃たちの向かいには、俺とその両隣に先ほどまで母娘喧嘩をしていたサーシャと慌ててやって来たリーゼ。そしてシュンランが座っている。クロースは話をややこしくしそうだから帰した。今頃は兄のスーリオンにM2重機関銃の自慢をしていることだろう。


「頭を上げてください王妃様。できれば事前に連絡が欲しかったところではありますが……どうしてまたここへ? この街は安全ではありますが、ここへ来るまでは決して安全とは言い難い。いくらお付きの騎士がいるとはいえ、一国の王妃が来るようなところではないはず」


 俺は二人に頭を上げるように言い、なぜ突然やってきたのかを訪ねる。


「実は娘のマルグリットと一緒にお借りしている『ぐらでぃえーたー』に乗って国内の観光をしていたところ、王都からサーシャが『えいが」という素晴らしい演劇がこの街で見れるようになって喜んでいたという話を聞きまして。たまたま王国北部を観光していたこともあり、ならば直接行って確認してみようと」


「ならば直接じゃないわよお母様! 一国の王妃がなんでそんなに腰が軽いのよ! しかも戦えないお姉様まで一緒に! というかなんでお父様への報告を旅行中のお母様が知ってるのよ!」


 言葉は硬いがウインクをして、今にも舌を出してテヘッと言い出しそうな母親の言動にサーシャが再び興奮しだした。


「王妃たるもの王都でいざ何かあれば、すぐに舞い戻れる準備は怠らないものですよ」


 王妃の答えはサーシャの質問の答えになっていないが、彼女の後ろにいた若いエルフが気まずそうな顔を浮かべたのを俺は見過ごさなかった。恐らく王都にいるエルフとの定期報告の時に聞いたのだろう。情報がダダ漏れだなアルメラ王国。


「余計なことを……」


 サーシャもエルフの存在に気付いたのか、彼女をキッと睨みつけた。


「まあまあサーシャ。そう怒るな。可愛い顔が台無しだぞ。ほら、落ち着いて」


「ちょ、ちょっとやめてよ。か、可愛いだなんて……こんな所で言わないでよもうっ」


 俺がサーシャの頬を指で突付くと、彼女は顔を赤く染めて恥ずかしがる。


 うん、こういうウブな反応がまたそそるんだよな。


「あらあら、可愛がられていて何よりだわ。さすがは勇者様の加護を受けただけあるわね。もう婿殿と呼んだほうがいいかしら?」


「いや、あはは。それはまだ早いかと」


 俺は王妃の言葉に笑って誤魔化した。ここで言質を取られたら王国で一気に広がるのは間違いない。そしてこの王妃ならすかさず外堀を埋めてくるだろう。


 いずれはサーシャと結婚をするつもりだが、シュンランとミレイアが先だ。二人と結婚をしてからクロースやサーシャたちを嫁に迎えたい。それまで王国で勝手に盛り上がられては困る。


「フフッ、ごめんなさいね。私としたことが気が急いていたみたい」


 俺の反応に王妃はあっさりと退いた。やはり言質を取るのが目的だったようだ。ほんと油断ならないなこの人。


 そんなことを考えていると、王妃の隣りにいたマルグリット第二王女が口を開いた。


「勇者様の加護を受けれるなんてサーシャが羨ましいわ。私も是非加護を授かりたいわ」


「だ、駄目よ!」


 俺に潤んだ眼差しを向けるマルグリットへ、サーシャが立ち上がって反応する。


「えーなぜよ? サーシャより私のほうがスタイル良いし、勇者様もきっと気に入ってもらえると思うんだけど。是非姉妹揃って可愛がって欲しいです。どうかしら勇者様?」


「あ……いや、サーシャがいれば十分なので」


 一瞬姉妹丼という言葉が脳裏をよぎったが、俺は立ち上がったサーシャの腕を引き再び座らせながら答えた。


 確かにマルグリットは美形だし王の亡くなった側室の娘。つまり腹違いの姉なせいか王妃やサーシャより胸が大きく、着ている服も胸元が大きく開いていて深い谷間を覗かせている。正直言ってサーシャにはあまりない色気を感じる。しかし俺にはもっと色気のある恋人がいる。ローラとかローラとか……今さら惑わされたりはしない。


「リョウスケ……」


 そんな俺の言葉にサーシャは恥ずかしそうに俺の手を握る。そう、サーシャには確かに色気が不足している。が、彼女にはこれがある。もう何度も抱いているのに咥えてくれと言った時や、新しい体位を試す時など毎回羞恥に顔を染める彼女。そして求めればなんだかんだと言いつつも前も後ろも全て許してくれる。そんな従順な彼女の方が男は興奮するし、愛おしく感じるものだ。


「あら、ふふふ。フラレちゃった」


 俺の返答にマルグリットは、懐から竜の刺繍が施されている扇を取り出して口元で開きながら笑った。どうやら俺とサーシャをからかうために冗談で言ったようだ。なかなかイイ性格をしている。


「マルグリットいい加減になさい。国に帰しますよ?」


「ええ!? 怖い思いをしてやっと来たのにそれは嫌よ!」


「なら大人しくしていなさい」


「……はい、お母様」


「あのー、王妃様はここに滞在するおつもりで?」


 どうも長居をするつもりのように聞こえた俺は、まさかと思いつつも念のために確認した。


「ええ、先ほどああは言いましたが、ずっとサーシャのことが心配でした。楽しく過ごしているとの報告は聞いてますし、戦場でサーシャの充実した姿を見て安心もしておりました。ですが可愛い娘とこれほど長い期間離れて暮らしたのは初めてで……どうしても娘の生活ぶりをこの目で確認したかったのです。親馬鹿だと笑ってください」


「いえ、親馬鹿などとは決して」


 確かにもう1年以上も離れて暮らしている。母親として心配なのは当然か。


 そう納得しているとサーシャが俺の耳元で囁いた。


《リョウスケ、騙されないでよ? 私を王国から追い出してここに来させたのはお母様なんだから。あ、別に嫌ではなかったわよ? むしろ来たかったというか……と、とにかく親馬鹿と呼ばれるような母親が、いくら勇者がいるからって娘を廃嫡までしてそのうえ王国から追放して押しかけ女房になって来いなんて言わないってこと!》


 なるほど。言われてみればその通りだ。娘を心配するような親なら、勇者に取り入るために王族から廃嫡して追放なんかしないか。しかし改めて考えてみると、とんでもない母親だなこの人。


「あらあら、聞こえましたよ? 勇者様の人となりを知り、この男性になら大切な娘を預けることができると思ったからなのですが……サーシャも満更でもなさそうでしたし。でも私はどう思われてもいいのです。こうして二人が幸せそうにしている姿を見れたのですから」


「あ、いや……別に王妃様を批判しているわけでは」


 うーむ、確かにサーシャが追放される前に一度エルフの族長と一緒に無限袋の件で会ってたしな。その時に俺の人となりを知り、サーシャの気持ちも察して送り出したのか。まあ、サーシャはツンデレだからな。そうでもしないと俺の所に行かないと思ったのかもしれない。


「リョウスケ、また術中にハマってるわよ。相変わらず腹黒いわねお母様」


 王妃の言葉に再び納得しかけた俺に、サーシャが注意を促してくる。


「まあ! 実の母親になんて酷い言い草。親の心子知らずとはこのことですね。サーシャを送り出したあと、食事ものどを通らなかったというのに……母は悲しいです」


 そう言って王妃はマルグリットと同じように扇を取り出し広げ、そこに隠れるようにハンカチで涙を拭う仕草をした。


 そんな母親の姿を隣りにいるマルグリットと、向かいに座るサーシャとリーゼが呆れた表情で見ている。


 もうそれだけで理解した。ほんとこの王妃と話すと疲れるわ。


「ハァ……ではしばらくサーシャの生活ぶりを見るために滞在するということでいいのですね?」


 俺は早く王妃の茶番劇から開放されたくて滞在を認めることにした。どうせ駄目だと言ってもハンター証があるから問題ないとか言い出しそうだし。


「ええ、しばらくお世話になります。それと『えいが』というのもできれば観たいのですが」


「わかりました。リビングに設置しておきます。ほかの設備も新しい物に交換しておきますので」


「まあ! ありがとうございます勇者様。少ないですが滞在日代わりにこちらをお受け取りください」


 王妃がそう言うと、背後にいた護衛の騎士が足もとあった箱を持ってテーブルの横に置いた。それを一番近くに座っていたシュンランが開け中を確認する。


「涼介、Bランクの魔石だ。200個近くはあるぞ」


「200個も?」


 Bランク魔石が200となれば、今の相場だと白金貨100枚。1億円ほどだ。どれだけ長い間滞在するつもりなんだ? いや、そもそもなぜ高ランクの魔石をこんなに持ち歩いている? 旅行中に映画の事を知ったのではなかったのか?


「お母様……最初からここに来るつもりだったのね」


 隣でサーシャが王妃に向かって呆れたように言う。


 マジか……最初からここに滞在するつもりで、だからうちが欲しがっているBランクの魔石を用意していたというわけか。映画云々の話はたまたま旅先で知ったから、ここに来る理由として使えると思って利用しただけか。


「フフフ、そんなことはありませんよ。たまたまです」


「……これは滞在費と改修費として受け取らせていただきます。では準備してきますので俺はこれで」


 シラを切る王妃にどっと疲れが増した俺は立ち上がり、箱を無限袋の中に入れてシュンランを連れて応接室を出た。


 もうやだこの王妃!



 ◇◇◇



「それでマルグリット王女の様子はどうなんだ?」


「どうって言われても、相変わらずどうやってリョウスケを呼び出して夜這いをかけようか考えてるみたいよ? 迎賓館に設置した自販機でお酒も大量に買ったみたい。ここの生活が気に入ってどうしてもリョウスケの妻になりたいみたいね。お姉様ももう結婚しないといけない歳をとっくに過ぎているし、このまままたルシオンみたいなのと婚約させられたらたまらないから必死なのよ」


 1週間前に王妃とともに迎賓館に滞在することになったマルグリットだが、やたらと迎賓館から出て俺に会いに来るようになった。そしてその度に思わせぶりな態度を取り、昨日とうとう設備の故障と称して俺を部屋に呼び出し、いきなり目の前で全裸になって抱きついてきた。


 いい身体だったが俺は荒ぶる息子を必死に押さえ、彼女を突き放しそんなつもりもそういう関係になるつもりもないと伝えてその場を後にした。


 そして狩りが休みの今日。女性に恥をかかせたことでマルグリットが傷ついたんじゃないかと心配になり、サーシャが日中にいる食堂&喫茶の『プリンセスサーシャ』へ彼女に会いに来てマルグリットの様子を聞いてみたのだが……返ってきた言葉は悩んでいた俺が馬鹿馬鹿しく思えるものだった。


「なんというか……貴族や王族の女性ってみんなそんな感じなのか?」


「全部じゃないけど、だいたいあんな感じね」


「でもサーシャは違うよな? 腹違いの姉妹とはいえ、一緒に王宮で育ったのに全く違う印象を受けるんだが」


「私は剣術を習っていたし滅びの森には出入りしていたけど、お姉様は貴族の子女と夜会やお茶会ばかりしてたもの。そりゃ違うわよ」


「そういえばそうだったな。いや、まあ傷ついてないんならいいんだ」


「あの程度で傷つくほどヤワな神経なんてしてないわよ。でもあんまりお姉様の前でそういうこと言わないほうがいいわよ? 傷ついたふりして同情を誘ってくるから」


「そ、そうか。そうだな。わかった気を付ける」


 うーん、この世界に来て出会う子が性格の良い子ばかりだったから、女のそういう怖さを忘れていたかもしれないな。


「ねえリョウスケ。優しくて勇者でもある貴方がモテるのは仕方ないことだし、将来のためにもたくさんの子孫を残すべきだとは思ってはいるけど……お姉様だけはおすすめしないわ。間違いなく振り回されるし苦労するわよ?」


「そんなつもりはないから安心してくれ」


「でも姉妹丼とか興味があるんじゃないの?」


「ば、馬鹿そんなこと……ん? なんでそんな言葉を知ってるんだ? そんなの一度も言った覚えはないんだが。まさかDSMドットコムを観てるのか?」


 そういえば最近口での奉仕が上手くなったような……


「!? ち、違うわよ! ク、クロースよ! そう! クロースが観てそういうのがあるって教えてくれたのよ!」


「そうかソウダッタノカー」


「ちょ、ちょっと! なんで棒読みなのよ! あ、あんな街中で鏡張りの車の中でするような破廉恥な動画なんか見てないから!」


「そうかそうか」


 動揺して頭が真っ白になったのか、顔を真っ赤にしてマジックミラー車のことを口にするサーシャの肩に手を置き生暖かい目で見つめた。ずいぶんと詳しいじゃないかと。


「な、なによその目!」


「いや、見られながらすることに興味があるとは意外だったからさ」


 そうか、人に見られるかもしれないことに興奮するのか。なら恋人としてその願いを叶えてやらないとな。


「なっ!? だ、だから違うって! 見てないしそんなのに興味なんかないから! ちょ、ちょっとリョウスケ! どこに連れて行くつもりよ!」


「いや、今から車で森にでかけてさ、車の中でしようと思って」


「だ、だからそんなのに興味なんかないって言ってるじゃない! は、離してってば」


「まあまあ、いいからいいから」


 俺は拒絶する割にはまったく腕に力が入っていないサーシャの腕を引き、食堂を出て駐車場へと向かった。


 そしてハンターの送迎用のワンボックスカーの予備車に乗り、ハンターたちが狩り場としているエリアへと向かいそこで車の中でサーシャと愛し合うのだった。


 スモークガラスでもなんでもない車の中で脱がされ、耳元で俺にハンターたちが通りかかるかもと囁かれながら後ろから突かれるサーシャはいつもよりも興奮していた。そんな必死に声を抑え、幾度も絶頂をするサーシャに俺も興奮してしまい何度も求めてしまった。


 そういえばバージョンアップした設備の中に、ファッションホテルの設備もあったな。マジックミラー張りになっている浴室の鏡を取り外して、今度ワンボックスカーの窓に取り付けてみよう。そして次は街道の横に車を停めてしよう。


 サーシャは最初は恥ずかしがるだろうけど、結局は今日みたいに受け入れてくれるだろう。そして今日よりも感じてくれるに違いない。基本的にムッツリなんだよなこの子。ツンデレでエッチな子とか最高だろ。


 帰るために運転席に座った俺は窓をカーテンで覆われた後部座席で、股を広げ股間と胸と顔を体液でベタベタにしたまま失神しているサーシャをバックミラーで見ながら次の計画を練るのだった。



 そんな可愛い恋人の新たな性癖を知った日から数日後の早朝。


 昨晩遅くにマジックミラー車を完成させ、上機嫌で恋人たちと家のリビングで皆と朝食を食べている時だった。


 リビングの壁にずらりと並んでいる各門と繋がっている緊急用のTVモニター付きインターホンのうち、正門と繋がっているインターホンが鳴った。


 何かあったと思った俺は立ち上がりインターホンへと向かう。背後ではシュンランたちが食事を止め、すぐに動けるようテーブルの上を片付け始めている。


 そんな彼女たちの気配を感じながら俺は、TVモニター付きインターホンの応答のボタンを押した。するとカルラの顔がモニターに映しだされる。


《あーリョウスケ、食事中に悪い。かなりマズイことが起こってさ》


「どうした? 何があった?」


 困り果てたという表情のカルラに、これは相当面倒なことが起こったなと思った俺は覚悟を決め何がったのかを確認する。


《それがさ。皇帝、いや上皇になったんだっけ? その上皇が馬車に乗って正門に来たんだよ。ご丁寧にハンター証まで持って》


「はあっ!? 上皇だって!?」


 王妃が来たと思ったら今度は帝国の元皇帝かよ! ここは観光地じゃねえんだぞ! 


 よし、追い返そう!


 そう決めて口にしようとした時だった、カルラが続けて口にした言葉に俺は驚愕した。


《それだけじゃないんだ。聞いて驚け、第一皇女も一緒なんだよ》


「だ、第一皇女って、まさかシェリス皇女のことか!?」


《そうだよ。前に病院に寝泊まりしてたあの心優しい子だよ。な? やばいだろ?》


「やばいなんてもんじゃないだろ。あの親馬鹿皇帝から娘を引き離して連れてくるとか。何考えてんだあの上皇は」


 ちゃんと皇帝の許可を得て連れてきてる……わけないよな。あの親馬鹿がこの間みたいな緊急時でもないのに、娘を滅びの森に行かせるなんて認めるはずがない。間違いなく黙って連れて来たとしか思えない。でも上皇はなんでシェリス皇女をここに連れてきたんだ? 


 しかしマズイな……シェリス皇女がいるなら追い返すわけにもいかなくなった。上皇や護衛がいるとはいえ、敵は魔物だけとは限らないしな。粛清された貴族の残党が狙っている可能性もある。


 けどこのまま受け入れたとしてだ。彼女がここにいることをメルギス皇帝が知ったら……あの超絶親馬鹿のことだ。軍を差し向けてくるかもしれない。


 本当に……本当にあの上皇は疫病神だな!


 毎回問題ごとしか持ち込まない先代皇帝に、俺はモニターの前で深くため息を吐くのだった。

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