第2話 念願?のお知らせ


 ——フジワラの街 サーシャ・アルメラ——



「サーシャ、王都からもう数台車を融通してくれないかって連絡が来てるわよ」


「却下よ。リョウスケが燃料の抜き取りが大変だって言ってたもの。これ以上仕事を増やすわけにはいかないわ」


 真聖光病院での治療も忙しそうだし。最近連日レベル上げに出かけているクリスが早く完全治癒のギフトを覚えてくれればいいんだけど。


「そうなのよねぇ。連絡係のエルフに伝えておくわ。それにしても王国では王妃が馬のない馬車を操縦して走り回ってるって大騒ぎみたいよ?」


「えっ!? お母様はもう一人で運転してるの!?」


 私は一人で運転できるようになるまで二週間以上かかったのに。リョウスケがなかなかOK出してくれなかったのよね。まあ車庫入れの時に他の車にぶつけまくった私も悪いんたけど。


 それだって王国に車を貸与してからまだ1週間も経ってないのよ? 運転の教官として派遣したダークエルフの判断が甘すぎなんじゃない?


「運転だけなら二日もあればできるようになるわよ。あっちの車庫は広いし。誰かさんみたいに車庫入れができないせいで、10日以上運転の許可をもらえないってこともないでしょ」


「うるさいわね! リーゼなんてズルじゃない。リョウスケが呆れてたわよ」


 風の精霊魔法を使って車を浮かせて上から駐車するなんてズルよズル!


「駐車できればいいのよ。あんな重たい車を浮かせるなんて、エルフだからと誰にでもできることじゃないのだしこれも技術よ技術」


「なにが技術よ、まったく。でもお母様大丈夫かしら? 人を跳ねたりしてないといいんだけど」


 絶対飛ばすと思うのよね。


「クラクションを鳴らしまくってるそうよ? それでマルグリットと一緒に国内のあっちこっちにある別荘をハシゴしてるみたい」


「お姉様と? まあ、あのお姉様が車を見て放っておくはずがないか。縁談とかどうするんだろ」


 ルシオンとの結婚が破談になって大喜びしてたかと思ったら、いつの間にか南街にある王族専用の屋敷にリョウスケが作った部屋へ入り浸っていたし。最近じゃ南街に待機しているエルフを使ってビールと日本酒を送れってうるさいし。それで今度は王国に援軍の御礼として貸与した車に目を付けて、お母様と遊び回ってるわけね。もういい歳なのに何をしてるんだか。


「なんでもこの間の戦争でサーシャが活躍したのを聞いて、リョウを本気で狙ってるらしわ。私も祝福の戦妃になるんだって」


「お姉様はギフト何も持ってないじゃない……」


「あの子のことだから、勇者の祝福を受ければギフトに目覚めるとか思ってるんじゃない? まあ見た目は良いけど中身がグータラだから、リョウが相手にするとは思えないけど」


「確かにあんな欲まみれの怠け者はリョウスケの好みじゃないわね」


 この街では町長のリョウスケを筆頭に全員が働いている。そんな中でお姉さまがグータラしてたらさすがのリョウスケも怒るだろうし。そして怒られたからとあのお姉様が働くとも思えないし。


「ふふふ、そうね。マルグリットはここに来たらずっと部屋でビールを飲みながらパソコンでゲームやってそう。でもまあマルグリットはいいのよ。問題はエリックも戦妃になるとか言い出してることね」


「はあっ!? エリックは男じゃない!」


 弟のエリックが戦妃になりたい? ということはリョウスケとベットでするってこと!? 男同士でそんなこと、そんな……ちょっと見てみたいかも。


「なんで顔を真っ赤にしてるのよ。エリックにしろ王にしろ、戦妃になる方法を知らないんだからそう思うのも仕方ないでしょ」


「そ、そうね。知らないんだもんね」


 そうだったわ。リョウスケに抱かれて……その……こ、子種をもらうことが戦妃になる条件だということを知らないんじゃ仕方ないわね。


「まったく、この間の戦争でリョウが勇者だって広まったでしょ? それで自分も勇者の加護を受けたいと駄々を捏ねてるみたいなのよね。リョウに会うために王都を抜け出そうともしたらしいわ」


「あー、あの子は勇者の物語が好きだったものね」


 私があの子が小さい頃から勇者の絵本を読み聞かせた影響なんだけど。


「戦妃になるのはともかく、まだ14歳の王太子を国の外に出すわけにはいかないから王も困ってるらしいのよ」


「そんなの放っておけばいいのよ。お母様がなんとかしてくれるわ。お母様は戦妃になる方法を薄々勘付いてるみたいだし」


「その王妃がマルグリットと一緒に車で旅行に行っていないのよ」


「……エリックには私から女の子しか勇者の加護は得られないって手紙を書いて送るわ」


 使えないわねお母様!




 ♦♦♦




「ローラ、氷獅子が来るぞ。相性が悪いだろうから俺が相手をする」


 俺は魔物探知機に映った魔物をタップして氷獅子であることを確認したあと、体高5メートルはあるトロールを凍らせ粉々に砕き終えたばかりのローラとクリスへ向かって声を掛けた。


 氷獅子には氷による攻撃は効かない。つまり氷のギフトを使うローラではダメージを与えることができない。


「嫌な相手ね。リョウお願い」


 ローラは眉間にシワを寄せたあと、クリスの腕を取り後ろへと下がる。


「任せろ。っと、速いなオイ!」


 あっという間に俺たちの前に現れた全身が真っ白な獅子に向け、俺はペングニルを振りかぶり投擲した。


 ロストと五分身を発動したペングニルを氷獅子は認識すらできず、五本のペングニルによって身体を串刺しにされ倒れた。



 ルシオンとの最後の戦いから十日ほどが経った頃、俺はローラからの要望どおりローラとクリスのレベル上げのために狩りに来ていた。


 皇帝を治療した聖女がいるということが広まったのか、数日前から主に帝国から大量に病気の患者が真聖光教病院へとやって来ている。このままでは治療のために街から出れなくなると思った俺は、こうして嫌がるクリスを引きずってレベル上げにやってきているわけだ。


「一丁上がり。クリス、とどめを刺してくれ」


 氷獅子を仕留めた俺は、獲物が息絶える前にクリスへと指示をした。


「ううっ……はい……えいっ!」


 ローラの横にいたクリスが魔鉄製の特注のメイスを手に倒れている氷獅子へと向かうと、トロールを砕いた時と同じようにメイスを氷獅子へと振り下ろしその頭部を潰した。


「お疲れさん」


「ううっ……どうして私だけ打撃武器なんですか? グロいです」


「だってクリスは剣の腕がからっきしじゃないか。だったら鍛錬の必要のない打撃武器を使うしかないだろう」


 レベルアップしたことにより身体能力は高いので、クリスの振るうメイスの威力は相当なものだ。さらにクリスが使っているのは、彼女のために特別に作らせた魔鉄製のメイスだ。Bランクの魔物程度ならこのメイスで砕けないものは無いと言っても過言ではない。当たればだが……


 まあ彼女に当てることはできないから、こうしてトドメを刺す要員になっているわけだ。これもレベルを上げるためなので我慢して欲しい。


「こ、これでレベル20にはなれるはずです。完全治癒を取得できますよね? もう狩りに参加しなくても良くなりますよね?」


 たとえ相手が魔物でも殺生をすることに抵抗のあるクリスは、懇願するように俺へと確認してくる。


「まあ計算上はレベル20にはなるとは思うが、完全治癒のギフトを授かるかはなんともいえないな」


 なにせ前例が700年前の聖女だけだ。確実に覚えるとは言えないし、覚えるにしてもレベル20で覚えるかもわからない。もしかしたら30の可能性だって十分にある。


「そ、そんなぁ」


「それに完全治癒を覚えてもレベルは上げてもらうぞ?」


「えええええ! なぜですか? 完全治癒を覚えたらレベルを上げる必要はもうないんじゃないですか!?」


「完全治癒にどれだけの精神力を使うかわからないしな。できれば一日一回とかじゃなく、数回発動できるようになって欲しい。そのためにもレベルアップで精神力を上げる必要がある。クリスも精神力が切れたからと苦しんでいる人を放置するのは抵抗があるだろ?」


 一日一回じゃあの数の患者をさばけないかもしれない。俺のためにも数回は使えるようになってもらわないと困る。


「そ、それは……ううっ、わかりました。でもご褒美はください」


 クリスは涙目になりつつも、先ほどとは違う意味で懇願してくる。


「あー、わかった。帰ったらシャワーを浴びないでクリスの部屋に行くから。でも最近暑くなってきたから結構臭うぞ?」


 俺もかなり恥ずかしいんだけどな。でもそれでクリスがやる気になってくれるなら我慢するしかないか。


「それがいいんです! 是非そのままでお願いします! 蒸せた身体から出た聖なる汗の匂い……ああ……夏が待ち遠しいです」


「クリス……貴女まったく隠さなくなったわね」


 修道服姿のまま股をこすり合わせ、恍惚とした表情を浮かべるクリスにローラはドン引きした顔で話しかけた。


「女神様が遣わした勇者様の汗や匂いに尊さを感じることのどこを隠す必要があるのです? ローラさんは相変わらず信仰心が薄いですね。だからこの聖なる行為が理解できないのです。勇者様こそ女神様の化身。聖人なのです。その聖人の身体から出るもの全ては聖水なのです。聖水の匂いを嗅ぐことや飲むこと、そして身体の奥に注ぎ込んでもらうことを求めることのどこに恥ずかしがる必要があるというのです? ちょっとローラさん? 聞いてます? だいたい毎日のお祈りをせずにドライブばかりに行って夜は酒場で飲んでばかり。真聖光教の創始者としてもっと自覚を……」


「ハァ……まさかあのクリスがこんな風になるなんて。リョウ、責任を取って面倒を見てね」


 変態発言からローラへの説教へと変わったクリスを呆れた目で見ていたローラが、俺へと視線を向けてそう口にする。


「俺のせいではないとは思うが……まあ責任はしっかり取るから安心してくれ」


「それならいいわ。それじゃあノルマもこなしたし今日はもう帰りましょう」


 ローラの提案に頷いた俺は彼女とともに、乗ってきた飛竜が待機している場所へと歩き出した。


「あっ、待ってください二人とも! 私を置いていかないでください!」



 ◆



「お帰り涼介。帰って早々に悪いが急いでフジワラマンションの部屋の原状回復を頼む。入居待ちのハンターがいるんだ」


 街の飛竜離発着場に着き、マンションへ戻ろうとするとシュンランに呼び止められ原状回復をするように言われた。


「あー、そういえば今日何組かが女神の街に拠点移動したんだったか。わかった、すぐに向かうよ」


 10階建てのフジワラマンションと春蘭マンションの2棟は人気で、賃料が高いのに常に満室状態だ。これは高収入のCランク《シルバー》のハンターが増えたこと。そしてBランクの魔物のいるエリアまで送迎があること。さらに緊急時には救援が来ることなどが好評で、上を目指すハンターたちがこぞってこの街にやって来ているからだ。


 戦争が終わってからサキュバスやインキュバスに、魔人のパーティが一気に増えたことも一因だろう。どうも俺が勇者だということが魔国で一気に広まり、敵対しないために各種族の長から送り出されているようだ。そのせいか魔族とは思えないほど行儀が良い。


 ただ、俺とすれ違う時に直立不動になって頭を下げるのは止めて欲しい。先代勇者は彼らの種族にどんだけ強烈なトラウマを植え付けたんだ?


 まあサキュバスのアンジェラ姉妹は俺が只者ではないことは気付いていたみたいで、態度が変わらなかったのは救いだけど。常連のハンターたちもそこまで驚いてなかったな。あ、やっぱり? って感じだった。



 シュンランから退去済みの部屋の原状回復を頼まれた俺は、ご褒美を後回しにされて悲しそうな顔をするクリスと、そんな彼女を哀しそうな目で見るローラと別れマンションへと向かった。


 その途中、外壁の上で仲良さげに話しているカルラとスーリオンの姿を見かけた。


 そうそう、所帯持ちの従業員用の5階建てマンションを最近建てたんだ。もともといたオルドやソドたち鍛冶師もこの街が安全になったので家族を呼んだのと、酒に釣られて新たなドワーフもやって来たというのもある。あとレフとベラもそろそろ子供を作りたいと言っていたので、いつまでも1LDKの部屋じゃ手狭だろうと思ってさ。


 その新たに建てた従業員用のファミリーマンションには、カルラとスーリオンの部屋を用意してある。まあつまりそういうことだ。あの奥手のスーリオンがやっとカルラに告白したようで安心したよ。結婚はまだのようだけど、部屋だけは先に確保しておいた。告白成功祝いにスーリオンと一緒に飲んだ時に伝えたら、気が早いって普段仏頂面のあの男が照れてて面白かった。幸せそうな顔をしてたよ。


 そんな仲睦まじい二人を横目にマンションに入り、フロントで退去立会いなどをしてくれていたダークエルフの従業員に部屋の番号を確認した。


 そして目的の部屋に入り間取り図のギフトを発動し、金色に輝くパソコン画面へと視線を向けるとヘヤツクのアイコンの下に『ver.2020』という文字が点滅していた。


 バージョンアップのお知らせだ。


「あ……来てしまった」


 俺はとうとう来てしまったバージョンアップに、嬉しい気持ちと同時に今後コストが高くなっていくことに複雑な気持ちになるのだった。

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