第6章 近代化する街

第1話 新たな陰謀


※ 今回はプロローグ的なお話で短めです。





 ―― 魔国 吸血鬼族領 十二支族 ソロモン家当主 アグマ・ソロモン――



「フジワラの街の町長が勇者だっただと!?」


 帝国とフジワラの街との戦争の偵察に行かせていた一族の者たちからの報告に、私は椅子から立ち上がり声を張り上げた。


 フジワラの街の存在は知っていた。ある日突然滅びの森の中にできた街で、低ランクハンターたちへ宿を提供しているとか。場所が帝国近くである事と、未だに我らを家臣だと思っているデーモン族から痛快なことにダークエルフという労働力を奪った相手なので放置していた。


 たがそのフジワラの街で町長と呼ばれている半魔が勇者だと?


「ハッ! リョウスケなる者が勇者であること。そして手にしていた武器が神器であることを竜王が認めておりました」


「当主よ間違いない。形こそ違っていたがアレは我が弟を消滅させた神器と同じく、蒼白い強烈な光を放っていた。アレは我ら吸血鬼を滅する光だ。間違いない」


「馬鹿な……女神はなぜまた勇者をこの地に」


 暇だからと偵察に同行した叔父の言葉を私は信じざるを得なかった。なぜなら叔父は700年前に実際に勇者率いる人族の軍と戦った経験があるからだ。その叔父と竜王が言うのだ、勇者であることは間違いないのだろう。


「本人は聖光教を粛清するために遣わされたと言っておりました」


「聖光教? まさか腐敗していた程度で女神が勇者を送り出したと?」


 ありえん。教会の腐敗など今に始まったことではない。何百年も前から腐敗していた。教会を利用して利益を得ていた我らが言うのだから間違いない。


 そんな教会を今さら粛清するなど、遅いどころの話ではない。


「嘘であろうな。当主よ、女神は魔に連なる我らを今度こそ滅ぼそうとしておるのやもしれん」


 叔父が白いあご髭を撫でながらそう口にする。


「女神はロン・ウーの差配に不満を持っていたか」


 遙か古代。我ら吸血鬼とデーモンと魔人は、滅びの森の奥地に現れた魔界の門を潜り魔物たちと共に魔界からこの世界へとやって来た。いわば女神の創ったこの世界での異物だ。当初は数が少なかったらしいが長い年月をかけて数を増やし、デーモン族や吸血鬼族。そして魔人族などが各種族毎に幾度となく先住民を殲滅するべく襲いかかったそうだ。


 しかし女神の加護を得た人族は手強く決着がつくことはなかった。そんなこう着状態の時に強大な力を持つ魔王ドーマがデーモン族に誕生し、それまでバラバラだった魔族を一つにまとめ魔王国を建国した。そして700年前にこの世界を征服するべく先住民へと戦争を仕掛けた。


 だがその試みは女神が遣わした勇者ロン・ウーによって阻まれた。


 幸いなことに勇者は甘く、我らを滅亡させようとはしなかった。


 そのことに女神は不満を持っていたのだろう。そして今度こそこの世界の異物てある我ら魔族を滅ぼすべく、新たに勇者を遣わしたと考えたほうが自然だ。


「であろうな当主よ。どうする? 今のデーモン族に魔王ドーマのように強力な力を持つ者はいない。我ら吸血鬼族も当時の半分以下の数だ。十二支族の中で最大勢力の我がソロモン家でさえ5百と少ししかいない。それに比べ当時5千程度であった竜人族は、今では3万と数を大きく増やしている」


「魔族のフリをするまがい物どもめ……」


 叔父の言葉に700年前に比べ圧倒的に劣勢な状況と、軽蔑する竜人族が繁栄していることに私は唇を噛んだ。


 勇者は我らを見逃す代わりに、竜人族などという半魔を魔王ドーマの後釜に指名した。そんなこと認められるはずがないのだが、当時一族の半数以上を勇者によって消滅させられた我らと魔王を失ったデーモン族に拒否する力はなかった。


 竜人族は我らがこの世界にやってきた際に、女神が我ら魔族に対抗するべく先住民である人族と竜の間に造ったまがい物の魔族だ。奴らは長い間人族の傭兵のような立ち位置だったが、魔王ドーマが奴らの国を攻め服従させてからは戦闘奴隷として我らがこき使っていた。そんな者たちが今では我らの上に立っている。


「それだけではないぞ当主。勇者の側には戦妃の存在も確認できた」


「戦妃!? そうか、勇者がいるならばいてもおかしくはないか」


「ああ、竜王の持っていた青龍戟を使う半竜の女と、強力な氷のギフトを使う修道服を着た女。そして巨大なゴーレムに乗るダークエルフの女と広範囲の雷のギフトを使う、恐らくサキュバスのハーフと思われる女がいた。この4人は間違いなく戦妃だろう。それほどの力を持っていた」


「4人か……700年前よりも一人多いな」


「そうだな、我に傷をつけた竜妃セドラほどではまだ無いように思えるが、半竜の女は竜王から借り受けたのか青龍戟を持っていた。神器に我らを消滅させる能力がある以上、セドラと同等と見たほうが良かろう」


「厄介な……だが戦妃の力が700年前の戦妃ほどではないということは、勇者の力もロン・ウーほどではまだないということか。その新たな勇者の動きは? 監視しているのだろうな?」


 ロン・ウーほどではないとはいえ、相手が我らを消滅させることのできる神器を2つも持っているのであればここは一先ず様子見をしたほうが良いだろう。ロン・ウーのような甘い男の可能性もある。下手に手を出して最初の殲滅対象にされては敵わん。


「それがどういう訳かフジワラの街に一定の距離まで近づきますと、ハニーサックル家の当主が街から飛んでくるのです。そして街に近づくのであればハニーサックル家が全力で防ぐと警告してくるのです」


「ハニーサックル家の当主が?」


 どういうことだ? なぜ十二支族の中でも最弱の家がフジワラの街に?


「不味いな当主よ。セイランの小娘は戦妃になるつもりかもしれん」


「なっ!?」


 馬鹿な! そんなことになれば我らは……


 我が家といくつかの家は、長い時をかけてハニーサックル家の力を削いできた。灰となりミスリルの箱に封印したハニーサックル家の一族も多く保管している。それもこれも全てはハニーサックル家だけが持つ、魔物を眷属化する技術を得るためだ。あの技術を我が一族全員が使えるようになれば、魔王ドーマのように滅びの森にいる魔物たちを大量に使役することができる。そうなれば我がソロモン家が十二支族をまとめ、竜人を滅ぼし新たな魔王となることも夢ではない。


 しかし膨大な魔力を持つセイランが当主となってからは思うようにはいかなくなった。返り討ちにあった者も出てきて、ここ数十年は手を出すのを控えていた。


 もしもハニーサックル家の当主が戦妃になったなら……恨みを持たれている我らは間違いなくあの女に滅ぼされるであろう。


「当主よ、あの小娘が戦妃になろうとしているのであれば静観は悪手だぞ」


「わかっている叔父上。だがセイランが勇者の下にいるのであれば我が一族、いや十二支族総出で挑んでも勝つ可能性は低い」


 セイランだけなら灰にすることはできるだろう。だがあの小娘の側には勇者がいる。勇者の持つ神器と相性が最悪の吸血鬼族ではリスクが高過ぎる。


「ではどうする? 戦妃となったセイランと戦うか?」


「それも避けたい。ただでさえ吸血鬼族の中で一番魔力の高いあの女が戦妃になって更に強くなれば、我らもただでは済むまい」


 もしもセイランが今より更に魔力が増えたなら、Aランク。いやSランクの魔物を複数体使役する可能性もある。そんな相手と戦えば多くの者が戦闘不能にされるだろう。そしてその隙をあの小娘が逃すはずがない。


「だがこのまま黙って静観していればいずれそうなるぞ?」


「いや、勇者を憎んでいるデーモン族を使う」


「デーモン族に勇者殺させるか。それならばセイランが戦妃になることは防げるが……確かにデーモン族は魔王ドーマを勇者に殺されたことを恨んでいるが、今の奴らに魔王ドーマほどの力を持つ者はいないぞ? いくら憎くとも勇者抹殺のために単独で動くかどうか……それに我らはデーモン族とは敵対に近い状態だ。その我らが提案して動くとも思えん」


「我ら吸血鬼族が実行部隊として動くのであれば受け入れるだろう」


「ん? さきほどデーモン族を使うと言ったではないか」


「ああ、デーモン族の持っている魔道具を借り、それを我らが使う」


「デーモン族の持つ魔道具を我らが使う? ハッ!? 『ドーマの眼』か!」


「そうだ。あの魔道具を使って勇者を抹殺する」


「あの魔道具が噂どおりの効果があるなら確かに……しかしデーモン族が素直に貴重な魔道具を貸し出すか?」


「貸し出すさ。奴らではあの魔道具を使いこなせない。だから今まで使えずにいた。だが不死の我等であれば使いこなすことが可能だ。未だに我らを下に見ているデーモン族ならば、多少のリスクを呑み込み貸し出すだろう」


 あの魔道具をデーモン族が使えば確実に死ぬ。だが我らならばそのリスクは無いに等しい。


 勇者に恨みを持つデーモン族ならば、リスクを呑み込んででも我らを利用しようとするだろう。


 利用するのは我らの方なのだがな。いつまでも魔王を輩出はいしゅつした種族としての誇りだけで生きている無能な奴らなど、言いくるめるのは容易い。せいぜい利用させてもらうぞ。我がソロモン家のためにな。



※※※※※※※


作者より


次話からはしばらく内政モードです。合間合間に吸血鬼族とデーモン族の動きを入れていく予定です。決戦は7章になる予定です。




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