エピローグ  断罪



「もう処刑されたのか?」


 ルシオンとの因縁に終止符を打ったあの戦いから二週間ほどが経ち、参戦してくれた各国へのお礼などの戦後処理を済ませ一息ついた頃。


 朝から訓練場でダークエルフたちと共に作業をしていると、ローラがやってきて王国にある聖光教会の大神殿で処刑が行われたと聞き俺は驚いた。


「ええ、4月に入ると同時に教皇とミッテルト枢機卿ほか3人の枢機卿。そして複数の大司教と司教が異端認定されて、財産を全て没収された後に火あぶりの刑になったわ」


「もう少し時間が掛かると思ったんだけどな。シュミット枢機卿はかなり無茶をしたようだな」


「まあね。帝国から借りた兵だけでなく、王国からも護衛の兵5千が派遣されたから一気に畳み込もうと思ったみたい。結果的に他の枢機卿たちは戦意喪失して、おとなしく捕まってくれたみたいよ」


「まあ大神殿や枢機卿の屋敷は王国内にあるからな。1万5千の兵に包囲されたら逃げることもできないし、抵抗しようとも思わないだろうな」


 いくらシュミット枢機卿の護衛ということで許可を得ているとはいえ、帝国の兵が1万もやってくるんだ。王国も兵を出さないわけにはいかないだろう。その結果として、ほかの枢機卿たちも3千の聖騎士程度では抵抗できないと観念したんだろう。


「いい気味だわ。できれば処刑されるところも見たかったけど、私は真聖光教会の創始者でもあるしね。顔を出すわけにはいかなかったのよね」


「火炙りなんか見て楽しいものでもないだろう。それよりシュミット枢機卿が教皇になることは確定でいいんだな?」


「ええ、本人はものすごく嫌がってたけど、勇者様の命令だと言ったらおとなしく受け入れたわ」


 教皇になるように伝えた時の父親の表情を思い出したのか、ローラは普段見せたことのないイタズラをした後の子供のような笑みを浮かべそう答えた。


 へえ、普段の冷たい笑みのローラもいいが、こういう子供っぽい表情をするローラもいいな。


「どうかしたの?」


「いや? 子供っぽい笑みを浮かべるローラも魅力的だなと思っただけだ」


「なにを言ってるのよ……それじゃあ仕事の邪魔になるから私は行くわ。あ、燃料缶一つ貰っていくわね? ラティが今回の戦いに参加できなくて落ち込んでいるから、遠出に誘おうと思っているの」


 照れたのかローラは俺から視線をそらし、作業をしているダークエルフたちの側にあるガソリンの入った燃料缶を一つ持ち上げながら俺へと許可を求めた。


「そうしてやってくれ。大丈夫だとは思うが気を付けてな。もう少し落ち着いたらまた狩りに行こう」


「ええ、シュンランたちに追いつきたいから私とクリスと三人でお願いするわ。バージョンアップが近いんでしょう? 戦力の底上げは必要だと思うの」


「そうだな……わかった」


 確かに前回のヘヤツクのバージョンアップから1年経っている。その間にマンカンの募集図面もバージョンアップして、5階建てを10階建てに改修し女神の街にも新規で建てていずれのマンションも稼働率は高い。お客様満足度も女神の街や高ランク魔物がいるエリアへの送迎バスの運行や、入居者が自販機を利用できるようにしたからかなり高いと思う。これらの事からいつバージョンアップしてもおかしくない状況だと俺は考えている。


 バージョンアップをすれば設備等が良いものに替わるかわりにコストが高くなる。今までCランクの魔石で支払っていたが、今までのバージョンアップをかんがみるに恐らくBランクの魔石で支払わなくてはいかなくなるだろう。マンションの建設だけではなく、原状回復に必要な魔石もだ。


 真聖光教病院にやってくるお客が増えてきている以上、いつまでも俺の原状回復のギフトで治していくわけにはいかない。なにせ今後は大量のBランクの魔石が治療に必要になるわけだからな。俺としては魔石はマンションの建設や設備に使いたいから、クリスには完全治癒のギフトを早く取得。してもらわないと困る。そういうわけでクリスのレベル上げは急務だ。


 そしてローラの言うように人数が増えればレベルアップも遅くなるから、戦力の底上げをするなら少人数で行くほうが効率的だろう。


「ありがとうリョウ。それじゃあ楽しみにしているわ」


 ローラは笑みを浮かべながら手をヒラヒラさせて訓練場を去っていった。


「さて、残りの車からもガソリンを抜くとするか」


 俺は目の前で膝の高さの石壁によってタイヤを持ち上げられているジープの下に潜り込み、燃料タンクからガソリンを抜くのだった。


 カーシェアリングはあくまでも車を貸し出すサービスであり、ガソリンスタンドなどはマンションの設備として建築することはできない。よって燃料が無くなれば俺がマンションに戻り、間取り図のギフトを起動させマンカンの画面から募集図面を呼び出す。そしてカーシェアリングのために出現させた車を中古買い取りし、新車を新たに購入する。そうして現れた新車は燃料が満タンの状態で現れるので、それをまた燃料がなくなるまで使うという面倒なことをしている。


 なのでこうして手が空いた時に新車購入をして燃料をジープのオプション装備にあった燃料缶に入れ替え、中古車として買取らせて差額を払ってまた新車として購入して燃料を抜き取るを繰り返している。


 カーシェアリングの車両が増えたうえに、王国と獣王国と魔王国に援軍のお礼としてグラディエーターを2台ずつ貸与することになったからその燃料の用意もしなくてはならない。人手はいても俺がいないと新車を出せないからな。ちなみに車を特に欲しがっていた王妃と獣王には、月に二度しか燃料缶を届けるつもりはないからあまり乗り回さないようには言ってある。


 運転を教えるために派遣したダークエルフの話によると、二人とも大喜びしていて話を聞いてなかったみたいだが……こっちはちゃんと伝えたんだから運行中に燃料切れになっても知らんからな。


 そんな事を考えながら手をガソリンまみれにしつつ燃料の抜き取り作業を行うのだった。



 ◆



「へえ、皇帝が退位するのか」


 燃料の抜き取り作業を終えラティや恋人たちと夕食を食べながら聖光教のことを話していていると、リーゼが王国から手に入れた帝国の情報を話し始めた。


「ええ、メルギス皇太子が後を継いで皇帝に即位するそうよ」


「さすが皇帝といったところか。あっという間に国内を平定したな」


「ルシオンの腹心だった四公の一人であるフルベルク公爵も処刑されたしね。もうアルバート皇帝。今後は上皇じょうこうと呼ばれるみたいだけど、上皇に逆らう貴族なんていないわよ。フルベルク公爵家やその寄り子の粛清が終わって、もう反乱を企てるような貴族や皇族がいなくなったわ。だから退位しようと思ったんでしょうね」


「フルベルクって確か、ルシオンを見捨てて戦場から逃げ出そうとしたところを竜人族の戦士に見つかって捕まったんだっけ?」


「ええ、帝国軍本隊の後方で怪しい動きをしていたらしいわ。そこを警戒中の竜人が捕まえて、リョウと皇帝が現れた後に帝国に引き渡したそうよ」


「しかしなんで戦場にいたんだろうな。宰相だったんだろ?」


 宰相って内政のトップだよな? なんで戦場に出てきたんだ?


「帝都に残しておくと裏切ると思ったんじゃないかしら? そもそも皇帝の暗殺を闇組織に依頼した人間だし」


「あ〜、まあそりゃあ留守をまかせるのは怖いか。しかしあの目付きの悪い皇帝が引退して上皇ね。まあ皇位を譲っても院政を敷いて実権は持ったままなんだろうけど」


 俺の言葉に話を聞いていたシュンランやミレイアたちも頷いている。


 メルギス殿下とは皇帝が滞在中に一緒に飲んだりもしたが、彼は温厚で性格が良い。うちとしては付き合いやすいけど、皇帝として貴族たちを厳しく管理できるのか疑問だ。シュンランたちも俺と同じ意見なのだろう。


「そうでもないみたいなのよね。今回の粛清はメルギス殿下が全て差配したみたいなの。フルベルク公爵家なんて当主が処刑されただけでなく、家も取り潰されたうえに15歳以上の男子は全て処刑されたわ。女性と子供も奴隷落ちになったみたい」


「あのメルギス殿下が? それは意外だな」


 当主の処刑はともかく、俺から見ればまだ未成年の男子も処刑して女性と子供たち全員を奴隷落ちにするとか……あの娘のこと以外では温厚なメルギス殿下がしたとは思えない仕打ちだ。


「幽閉されていたルシオンをそそのかした当事者だもの。温厚なメルギス殿下も実の兄を死に追いやった者を許せなかったんじゃないかしら?」


「ああ、そういえばメルギスが皇帝代理になるまでは兄弟仲は悪くなかったと言ってたな。そうか、兄を狂わせた当事者だから許せなかったか。そうなると俺も恨まれているかもな」


 一緒に飲んでいる時に酔ったメルギスが ”なんで兄上はこんな事を……”と悲しそうに呟いていたのを思い出す。ルシオンが皇位継承することが決まっていた頃は仲は悪くなかったみたいだしな。フルベルクが余計なことをしなかったら、辺境の地で生きながらえることはできたはずだ。そんな兄を唆して死なせたフルベルクが許せなかったか。


 まあルシオンの皇位継承を白紙にしたのも、奴を殺したのも俺なんだけどな。メルギスとは皇帝を治療し終えて戦場に向かっている間に、シュバイン公爵と共にダークエルフに車でメルギスと奥さんと娘さんを帝国軍のいる場所まで送らせたからあの日以来会っていないけど俺のことも恨んでいるかもしれないな。


「リョウのせいじゃないわ。あの時皇帝も言ってたじゃない。そもそも帝国がこの街を攻めようとしなければ良かった話よ。あとルシオンが想像以上に愚かだっただけ」


「そうだぞ涼介。私たちはこの街を守るために戦っただけだ。ルシオンは自滅したのだ。それなのにメルギス殿下が涼介を恨むのであればそれは逆恨みだ」


「そうだそうだ! あの親馬鹿野郎が文句を言ってきたら私が乗り込んでいって張り倒してやる!」


「そうです! その時は私もクロースお姉さまと一緒に戦います! 今度こそ勇者様の役に立ってみせます!」


「ははは、確かにそうだな。まあメルギス殿下は馬鹿じゃないし大丈夫だろう」


 シュンランとクロースとラティの言葉に俺は笑みを浮かべ答えた。


 メルギス殿下はルシオンと違い賢い人間だ。ちゃんと割り切ってくれるだろう。


 それから帝国の話をいくつか皆として、久しぶりに全員で屋上の露天風呂に入ろうということになった。


 いつものようにラティも一緒に入ると言い出すかと思ったが、そんなことはなくおとなしくサーシャの部屋へと帰っていった。


 どうもシュンランが色々と言い聞かせてくれたようで、身体が成長するまでは俺が受け入れないことをわかってくれたようだ。そのせいか皆の倍は食べて毎日限界まで鍛錬をしているらしい。


 確かに最近は肉付きが良くなってきたように見える。


 その後は屋上の露天風呂で七人の恋人たちと夜遅くまで裸の突き合いをしつつ、屋上に設置した自販機でアイスを食べたり酒を買って飲んだりしてゆっくりと過ごすのだった。


 聖光教会と帝国の混乱が収まったことで、やっと俺たちの街に訪れた平和を噛み締めながら。




 ――――――――――――


 ※作者より。


 5章はこれで終わりです。6章は内政をメインとしつつ、魔国で新たな火種が起こります。

 本作は7章で完結する予定ですので、それまでお付き合いいただければ幸いです。



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