第43話 勇者と教皇
復活した皇帝が掌握する帝国軍本隊の中から、2千ほどいる聖騎士たちに守られつつ教皇が現れた。教皇は俺の持つペングニルを驚愕の表情で見ながら俺と皇帝のいる場所へと近づいてくる。
そして10メートルほど手前で止まり馬を降り同じく馬を降りた十数名の聖騎士と、40代半ばほどの細身でイタチのような顔をした法衣を着た男と共に俺のいる場所へと歩いてくる。
イタチ顔の男は恐らくミッテルト枢機卿だろう。確かこの男が帝国のフルベルク公爵に皇帝暗殺の話と、資金提供を持ちかけたとシュバイン公爵が言っていたな。
そんな事を考えながら近づいてくる教皇たちを見ていると、教皇が俺と皇帝の前で止まりペングニルを震える手で指差しつつ口を開いた。
「そ、その槍は……ま、まさか」
「ご想像の通り神器だ。名をペングニルという」
「ば、馬鹿な! 勇者ロン・ウーの残した神器は青龍戟と玄武の鎧と無限袋のみだったはずです。そのような槍の神器の存在など、どの文献にも残されては……」
「そりゃそうだ。新たに現れた神器だからな」
「あ、新たに現れた!? そ、それはではまるで……」
「そうだよ、女神から勇者が遣わされたということだ。まあ俺のことだな」
俺はそう告げたあとペングニルと首から下げていた魔導探知機。そして腰に装着しているアンドロメダスケールに精神力をこれでもかと流し込んだ。
その瞬間、ペングニルは蒼く白い光を、魔物探知機とアンドロメダスケールは黄金の光をそれぞれ強烈に放った。その際にアンドロメダスケールを操作して後方で放射線状に展開し、後光の光っぽくするのも忘れない。
周囲にいた聖騎士や帝国の兵たちは強烈な光に圧倒されたのか、一歩二歩と後ろへと下がっていく。
教皇もその横にいたイタチ顔の男も、驚愕の表情を浮かべながら俺を見ている。
俺は今回初めて公の場で自身が勇者であることを名乗った。
内心では勇者だなどと思っていないが、聖光教を潰すにはその方が都合が良いので勇者ということにした。ここまで来れば教会に利用されることもないしな。
「あ……あ……そ、その光はまさしく三種の神器……いやしかし勇者様が降臨なされたなど女神様は一言も……」
「カカカカッ! 信じられぬか教皇! だがその男が勇者なのは本当じゃ! 先代勇者と肩を並べ戦ったこの竜王がそこにおるリョウスケ・フジワラが二代目勇者であることを認めようぞ!」
「うむ、帝国皇帝である余も、その若者が勇者であることを認めよう」
三種の神器を目の当たりにしても信じられない様子の教皇に、籠に乗り竜人たちによって運ばれてきた竜王が降り立ち俺を勇者だと宣言した。そして後ろにいた皇帝もそれに続いた。
《アルメラ王国もリョウスケ・フジワラが勇者であることを認めます》
《獣王国も認めるぜ!》
そして少し間を置いてから恐らくリーゼが気を利かせてくれたのだろう。風の精霊魔法によって王妃と獣王の声が俺の耳に届いた。
「りゅ、竜王! それに陛下に王妃に獣王まで……で、では貴様……いえ貴方様は本当に勇者様であらせられると?」
教皇が震える声で問いかけてくる。
「そうだ、俺が女神フローディアによりこの世界に遣わされた二代目勇者。リョウスケ・フジワラだ」
「し、しかし勇者様が光臨なされるという神託などありませんでした。なのになぜ……」
「わからないのか? なぜ女神から神託がなかったのか、なぜ争いもないこの世界に俺が遣わされたのか」
俺は困惑する教皇に問いかける。
「ほ、滅びの森から聖地を取り戻すため……でしょうか?」
「そんなわけないだろう。わからないのなら教えてやる。俺は女神フローディアより欲にまみれ腐敗しきった聖光教会を断罪し、聖女と共に正しき教えを広めよと言われこの世界に遣わされたんだよ」
いや、駄女神の家を作るためなんだけどな。ここは聖光教を潰すために駄女神を利用させてもらおう。
「なっ!? わ、我々は欲にまみれてなど! 日々の生活は清貧に、そして民たちには慈愛の心を持って接しております! 腐敗などとんでもございません!」
教皇は跪きながら両手を胸の前で組み、懇願するかのように必死に弁明している。護衛の聖騎士たちも教皇が跪く姿を見て、慌ててその場に跪いた。ミッテルト枢機卿の表情は蒼白だ。この男はちゃんと自覚があるのだろう。
「清貧? そんな豪奢な衣をまとっておいて清貧だ? お前たちの悪行は全て女神は知っている! 女神は何度も戒めようとしたが、神託を受けられないほど信仰心を失ったお前たちを女神は見捨てた! そして俺が遣わされたんだ! 言い訳はもういい! おとなしく討たれろ!」
あまりにも酷い言い訳に俺は心底うんざりし、手に待っていたペングニルの穂先を教皇へと向けた。
「ひいぃぃぃ! あ、あり得ない! 敬虔な信者である私が女神様に見捨てられたなどあり得るはずがない! そ、そうです! あの男は勇者などではなく魔族のハーフです! きっと私たちの知らない精神系の魔法で竜王や皇帝たちを洗脳しているに違いありません! おのれ勇者様の名を騙る悪魔め! 聖騎士たちよ何をしているのです! 異端者を、あの悪魔を討ちなさい!」
ペングニルを向けられ腰を抜かした教皇は恐慌状態となって錯乱し、後ろに下がりながら聖騎士たちに俺を討つように命令した。
聖騎士たちは教皇の命令に逆らえないのか、困惑しつつも立ち上がり腰の剣に手をかけた。
その時だった。
「待て! 勇者様に剣を向けてはならぬ! それは女神フローディア様に剣を向けることと同義と心得よ!」
帝国軍本隊の最前列にいる聖騎士たちの中から、ヨレヨレの法衣を身にまとった40代後半ほどの金髪の髪をオールバックにした壮年の男性が現れ剣を抜こうとした聖騎士たちを押し留めた。
「シュ、シュミット枢機卿!? な、なぜ貴殿がここに! いや、それよりもなぜ止めるのです! あの男は勇者様の名を騙る悪魔です! 早く討つのです!」
「竜王様がお認めになり、三種の神器を持っているのです。あのお方が勇者様であることの何を疑えというのです。教皇よ観念しなさい。腐敗した聖光教は信仰する女神様に愛想を尽かされたのです。敬虔なる信者である聖騎士たちよ聞きなさい! 聖光教会は現教皇であるストロネーク・コニッシュを異端であるとし、異端審問に掛けることを枢機卿が一人エリオ・シュミットの名において宣言します! 以後は私の命令に従いなさい!」
シュミット枢機卿の言葉に剣に手をかけていた聖騎士たちの動きが止まり、困惑した表情で周囲にいた仲間と顔を見合わせている。
彼がローラの父親か。来ることは聞いていたが、見たところお供の騎士は十数人。たったそれだけの数で2千の護衛がいる教皇を異端審問に掛けると宣言するとは、教会の腐敗を見過ごしてきた割にはなかなか肝が座ってるじゃないか。
「なっ!? 私が異端審問に!? ふ、ふざけるのもいい加減にしなさい! 聖騎士たちよ私は教皇です! 枢機卿ではなく私の命令に従いなさい! 辺境の地に追いやられたシュミット枢機卿は、聖光教会を恨みあの悪魔の仲間になったのです! 一緒に枢機卿も討つのです!」
しかし異端審問に掛けると言われた教皇が黙っているはずもなく、シュミット枢機卿を俺の仲間として一緒に討つように聖騎士たちへ命令する。ミッテルト枢機卿はというと、絶望した表情のままキョロキョロと周囲を見渡している。恐らく逃げるタイミングを図っているのだろう。
「勇者殿に剣を向けるというのであれば魔王軍が相手となろう」
そこに籠から降りてきた竜王が戟を構えて俺の前に立ちそう宣言した。竜王の周囲には竜化済みのリキョウ元将軍と、シュンランの後見人であり師であるカコウと側付きのメイファン。その上空には千人以上の竜人と、灰色の飛竜にまたがったセイランが武器を聖騎士たちへ向け滞空している。
「帝国も恩ある勇者殿を守ろう。全軍戦闘態勢に入れ!」
《アルメラ王国も勇者様をお守りします! 全軍突撃準備!》
《獣王国は大恩ある勇者様を守るためなら最後の一人になっても戦うぜ! 野郎ども! 勇者様に剣を向ける奴らは皆殺しにしろ!》
竜王に続き皇帝と王妃。そして獣王の声が耳元で響く。リーゼの精霊魔法により全軍に伝わったのか、周囲にいる帝国軍の兵士たちは一斉に剣を抜き槍を構え聖騎士たちを包囲した。ここからは見えないが、王国軍と獣王国軍の兵士たちの戦意溢れる声も聞こえてくる。
「あ……わ、我々は……」
「聖騎士たちよ、わかりましたか? これが勇者様のお力です。勇者様と共に人魔戦争を戦い神器である青龍戟を託された竜王様が、本当に精神系の魔法などに侵されたと思うのですか? 剣の柄から手を離しなさい。女神様を信仰するのであれば、あのお方に剣を向けてはなりません」
周囲にいた帝国兵に包囲され一斉に刃を向けられたことに動揺している聖騎士たちに、シュミット枢機卿は諭すように語りかけた。
その結果、聖騎士たちは腰の剣から手を離し、一人また一人と俺へと跪いていった。
「よろしい。では聖光教の守り人である聖騎士たちよ。そこの異端者である元教皇を捕縛しなさい。聖光教会の罪は聖光教会にて断罪するのです。勇者様のお手を
「「「「「ハッ!」」」」」
「ば、馬鹿な! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 私は教皇ですよ! 私を捕縛など女神様の怒りを買い魂が永遠に彷徨うことになり……は、離しなさい! 聞いているのですか!? 今すぐその手を……あぎゃっ!」
シュミット枢機卿の命令により、聖騎士たちは一斉に尻餅をついている教皇へと向かった。教皇は抵抗したが、あまりに暴れるからだろうか聖騎士の一人に殴られおとなしくなった。一緒にいたミッテルト枢機卿は抵抗することなく聖騎士達によって捕縛された。肩を落とし項垂れたその姿からは諦めが見える。
そして二人は聖騎士たちによって後方へと連行されていった。
「勇者様。お初にお目にかかります。聖光教会の枢機卿が一人、エリオ・シュミットでございます」
教皇が連行されるのを見届けたシュミット枢機卿は、俺の前までやって来て跪きながら挨拶をした。
「シュミット卿、立ってください。間に合って良かったです」
「ほんと、間に合わなかったらどうしようかと思ったわ」
俺がシュミット枢機卿に立つように告げると、背後からローラの声が聞こえてきた。
振り返るとシュンランとクロースとリーゼと共にローラが笑みを浮かべて立っていた。
「ローラ……なんとか間に合うことができた。急いだせいで聖騎士の数を集められず、教皇の捕縛は命がけになることを覚悟したがね」
シュミット枢機卿は立ち上がり娘のローラへと答える。
「聖光教を残したいならそれくらいはしてもらわないと困るわ」
「ハハッ、これは手厳しいな」
「リョウ、教皇の処罰は聖光教に任せてくれるということでいいのよね? それをもって自浄能力があることを認め、存続を許すよう女神に言ってくれるんでしょ?」
「ああ、女神にはそう伝えておく。ただ、生半可な処罰では認めない。教皇は当然のこと、汚職をしていた者は全て処刑することが条件だ。それができないなら俺が潰す」
駄女神と連絡なんて取れないけどな。それなのにローラとこういう会話をしているのは、事前にこういう形で矛を収めようと打ち合わせをしていたからだ。
「ということよお父様。できる?」
「はっ! この命に代えましても必ずや!」
「将来の義父に死なれても困るから、王国と帝国に後ろ盾になるように伝えておきます。皇帝、いいか?」
「うむ、生臭坊主どもを一掃できるなら手伝おう」
後ろを振り返り皇帝に同意を促すと、皇帝は快く答えてくれた。その際に口元が緩んでいるローラの姿が視界に入ったが、照れくさいのですぐに枢機卿へと視線を戻した。
「勇者様、陛下……ありがとうございます。必ずや聖光教会を立て直して見せます」
「期待しています。まずは教会の膿を取り除いてください」
「ハッ!」
「全てが片付いたらフジワラの街に招待します。それまでお元気で」
「ありがたき幸せ。では私はこれで」
そう言ってシュミット枢機卿はお供の聖騎士ととも去っていった。
「お父様気を付けて」
そんな父親のへローラが願うように呟く声が聞こえた。
他にも枢機卿は二人いる。その二人も処罰しなければならないとなると、一筋縄ではいかないだろう。今は従っている聖騎士たちも敵になるかもしれない。
俺は不安そうにしているローラを見た後、皇帝へと視線を向けた。すると皇帝は頷きローラへと声を掛けた。
「大丈夫じゃローラよ。余が1万の護衛をシュミット卿に付け守ろう」
「ありがとうございます陛下」
皇帝の言葉にローラは頭を下げ感謝の言葉を口にした。
それから皇帝は本隊を指揮する将軍を呼び出し、直ちに帝国に戻り治安回復を行うこと。シュミット枢機卿に護衛の兵を付けることを命令し、その命令に従った帝国軍は戦場から撤退を開始した。皇帝も俺に世話になったと一言の残し、ルシオンの遺体を回収したあと将軍と共に去っていった。
帝国軍が撤退していく姿を見た王国と獣王国。そして魔国の軍も帝国軍の動きに合わせるように撤退を開始した。
俺は竜王と王妃と獣王にそれぞれ礼を言ったあと、スーリオンを始めダークエルフたちを労った。そして恋人たちと共に飛竜に乗り、一足先にフジワラの街に戻るのだった。
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