第42話 帝国VSフジワラ連合 後編



 ―― 緩衝地帯 帝国軍本陣 帝国宰相 ユーラ・フルベルク公爵――




「な、なんだあの女どもは……いったいどうなってやがんだ」


「…………」


 隣から黒鬼馬に跨るルシオン様の動揺した声が聞こえる。しかし私はその言葉に答えることはできない。なぜなら500メル先にいる対魔槍部隊が次々と倒れていく姿から目が離せないからだ。


 視線の先では半竜の女が戟を振り回す度に、荷車に設置した分厚い盾がまるで紙のように切り裂かれていく光景が見える。そしてその横では広範囲を氷漬けにしていきながら悠然と歩くシスター服の女と、全長20メルはありそうな巨大な鉄のゴーレムの頭の上から魔槍を乱れ打ちしていくダークエルフの女の姿があった。


 それだけではない。彼女たちの後方からは無数の雷の雨を降らすピンク色の髪の女と、空を飛び巨大な竜巻を次々と作り出し兵たちを切り刻んでいくエルフの女の姿もある。


 チラリとルシオン様の顔を見る。最初この5人の女たちが王国軍の陣地から飛び出した時は、半魔野郎の女たちだ捕らえろと嬉々として命令していたが今ではその顔を驚愕に染めている。


 なんなのだあの女たちは。強い……いや強すぎる。たった5人で対魔槍部隊1万へ突っ込み、正面の盾を突破し内側から食い破るほどの武力を持つ者の存在など聞いていない。いや、ルシオン様の様子からこの方も知らなかったのかもしれない。


 捕虜となっている時にあの街にいたのではなかったのか? ルシオン様は先ほどあの街の長の女たちだと言っていた。ならばその存在を知っていたということだ。だというのに何故彼女らの力を知らなかった? いくら軟禁されていたとしても、これほどの力を持つ女たちに気付かないはずがないだろう。どこまで愚かなのだこの男は……


「ルシオン様! 対魔槍部隊が崩れました! 兵たちが次々とこちらへと逃げ帰ってきます! また、王国軍の側面を奇襲する予定だった部隊が、30台ほどの馬のない馬車に乗ったダークエルフたちから魔槍にて攻撃を受け壊滅状態です! ご指示を!」


 呆然と崩されていく対魔槍部隊の姿を眺めているルシオン様に、最近親衛隊の一員となった若い騎士が指示を求めた。


「なんだと!? 役に立たねえクソどもがっ! 逃げてくる奴には矢を放て! 敵前逃亡は許さねえ! 俺も前に出る! あのクソ女どもは孤立している! 魔力も精神力も無限じゃねえ! 対魔槍部隊と本隊で押し潰せ!」


「ハッ! 逃亡する兵へ弓を射かけ、本隊を前進させます!」


 親衛隊員はルシオン様の命令を本隊の各指揮官に伝えるべく、鬼馬を走らせその場から離れていった。


 ルシオン様も残りの親衛隊を引き連れ前線へと向かう。


 そして少しして逃亡してくる兵へ向け一斉に弓が射掛けられたあと、足を止めていた本隊が再び前進を始めた。その速度は徐々に速くなっていく。


 不味いな……確かにあの5人の女たちはであれば、多大な犠牲を払うことになるかもしれないが数の暴力でなんとかなるかもしれない。だがその後は盾無しであの魔槍の待ち構える王国軍に突撃するのか? どうする? 奇襲部隊も壊滅したとなれば攻撃はこちらに集中するだろう。


 冗談ではない。あんな連続して放たれる鉄の礫の中になど私は行きたくなどない。


 早足から駆け足となっていく本隊の中で、私は側近と護衛の兵に視線を送り徐々に速度を落としていった。いつでも逃げられるように。





 ――対魔槍部隊中心部 ローラ・シュミット――



「ハァァァ、ハアッ! 盾は無くなったぞ! 鉄の礫に撃ち抜かれたくなければ去れ! 逃げる者は追わない!」


 シュンランが兵たち構える分厚い盾を紙のように切り裂いたあと、帝国兵たちに逃げるよう勧告している。盾を失った瞬間に機関銃の弾に撃ち抜かれていく者を見た兵たちは、シュンランの追わないという言葉が後押しとなり一斉に後方へと逃げていく。


「お優しいわねシュンラン。あいにく私にはそんな余裕はないわよ?」


 私は帝国兵たちを凍らせながら、立ち止まったシュンランに近づきそう声を掛けた。


 機関銃の弾がさっきから私たちにも当たっているけど、その全てが弾かれている。


 リョウの加護があるから大丈夫なことはわかっていたけど、なかなかに心臓に悪いわねこれ。あ、今シュンランの目に銃弾が弾かれたわ。瞬きもしないで平然としてるなんてどういう神経してるのよこの子。


「先日レベル40になったとはいえ魔力も無限ではないからな。逃げてくれるに越したことはない」


「それもそうね。でも私にそんな器用なことはできないわ」


 私もレベル30になったけど広範囲の敵の、それも盾を持つ腕だけを凍らせるなんて器用な真似はできないわ。


「構わん。既に逃げ出した兵に追従する者も出てきた。すぐに撤退するだろう」


「それじゃあもう少ししたら私たちも……」


 私がそう言いかけた時、敵軍の後方から悲鳴が聞こえた。


「ルシオンの野郎が逃げる味方を矢で射ち殺したぞ! 相変わらずの外道だな!」


 シュンランと視線を合わせたまま何が起こったのか考えていると、少し離れた場所でアイアンゴーレムで盾を薙ぎ払い機関銃を撃ち込んでいたクロースがゴーレムの頭の上から状況を教えてくれた。


「どうやらシュンランの慈悲の心も無駄になったようね」


「……外道が」


「敵兵の目の色が変わったわね。死兵は厄介よ?」


 逃げれば味方に殺されることがわかったのか、背を向けていた帝国兵が恐怖に怯えつつも目を血走らせながら私たちへと視線を向けている。


 きっと死にもの狂いで向かってくるでしょうね。


「ルシオンのいる本隊に行く。そしてルシオンを討つ。ローラは道を作ってくれ」


「それしかなさそうね。リョウはまだかしら?」


「さあな、リーゼが空の上だから街の状況がわからん」


 シュンランの言葉に空を見上げると、かなり高い位置でリーゼが滞空しながら精霊魔法を発動していた。最初はもっと低い位置にいたのだけど、敵の矢が煩わしくなったのでしょうね。当たっても傷つかないとわかってはいても、無数に飛んでくる矢を無視できるほどリーゼは剛毅な性格をしていないものね。


 そんなことができるのはリョウに絶対の信頼を寄せいているシュンランとミレイアくらいじゃないかしら? ミレイアの周囲には矢が大量に落ちているのに、顔色一つ変えず雷の雨を降り注いでいるし。そういう部分でもこの二人には敵わないと思わせられるわ。


 それにしてもエルフたちがリーゼを見る視線が凄いわね。あれはもう崇拝に近いんじゃないかしら? 開戦前に何人かの長老がリーゼにふっ飛ばされていたし、長老たちの立場がどんどん低くなっていくわね。


「ルシオンの本隊が突っ込んでくるぞ! 奴ら数で押し潰すつもりだ! 竜王の軍も動いた! こっちを援護してくれるみたいだ!」


 大人数でシルフの鉄槌を放ち帝国軍の歩みを止めてくれている後方のエルフ部隊に視線を送っていると、クロースが再び帝国軍の本隊の動きを教えてくれた。


「どうやらこちらから行く必要はなくなったみたいね」


「是非もなし。ならば出迎えてやろう」


「じゃあ行くわよ? 帝国兵よ! 凍死したくなければどきなさい! 凍結世界フリージングワールド!」


 前方の帝国軍へ向け氷のギフトを発動すると、私の足もとから氷が地面を伝って前方へと疾走する。そして触れる物全てを凍らせていき、氷の道を作った。


 私が作った氷の道をシュンランが駆け出す。逃げ遅れ氷像と化した帝国兵を横目にその後ろを私は追い、氷の道を繰り返し何度も作っていく。


「なんだ? 突っ込むのか!? なら任せろ! 私も道を作ってやる!」


 氷の道を進む私たちの前にアイアンゴーレムをジャンプさせたクロースがものすごい音とともに着地し、盾を構え行く手を阻む帝国兵たちをそ両腕で薙ぎ払い機関銃を撃ち込んで倒していく。


 こういう時は脳筋のクロースは助かるわね。精神力の節約になるわ。


 クロースの目立つ動きで私とシュンランのしようとしていることに気付いたのか、リーゼによる巨大な竜巻が進路上に発生しその竜巻にミレイアの雷が降り注ぐ。帝国兵たちは竜巻によって盾を弾かれ身を切り刻まれた挙げ句、雷によって感電しその生命を絶たれていく。


 その竜巻の中を私とシュンランは、リョウの加護に守られながら駆け抜けていく。


 そして盾を持つ1万の軍の最後尾を抜けると、300メルほど先にルシオン率いる本隊の姿が視界に映った。


「壮観だな」


「そうね」


 こちらへ向かってくる3万もの軍を前に、不敵な笑みを浮かべるシュンランに私は肩をすくめながら同意した。


 恐怖は湧かない。リョウの加護に守られている私たちを通常の武器で傷つけることはできないことを知っているから。ギフトもそう、私たちには地水火風雷いずれのギフトによる攻撃も通用しない。


 だから前方に3万の軍がいようとも、後方に死兵となった数千の兵がいようとも足がすくむことはない。これが戦妃の力。リョウを愛し彼を守るために得た力。


「行くぞ! クロース! ローラ! 私に続け!」


 シュンランが青龍戟を掲げ、ルシオンのいる3万の軍へ向け駆け出した。


 その後ろを私とアイアンゴーレムに乗ったクロースが追いかける。


 と、その時だった。


 ドゴオォォォン!


 私たちとルシオン軍の間に巨大な雷の塊が打ちつけられた。それはまるで雷でできた槌のようで、打ちつけた地面をえぐり焦がした後に爆発し周囲に紫電を撒き散らした。


「これは!?」


「ミレイアではなさそうね」


 あまりの威力にシュンランと私は足を止め顔を見合わせる。


 威力的にはミレイアの放った雷球に近い。けどミレイアは後方にいてここからは離れている。いくら彼女でもこの遠距離にこれだけ巨大な雷の塊を作れるとは思えないし、何より私たちの行く手を遮る理由がない。


 となればルシオンが放った雷のギフトか、もしくは……


「来たわ! 上よ!」


 雷の槌が落ちた場所を見て思考を巡らせていると、頭上まで飛んできたリーゼが空を指差しながらそう告げた。


 リーゼに促されるまま視線を空に向けると、雲から一頭の灰色の飛竜が現れ急降下してくる姿が見えた。その背には背筋をピンと伸ばし立っている皇帝の姿があり、その後ろにリョウとその腕にしがみついているクリスの姿があった。


「やっと来たか」


「そうみたいね。間に合わないかと思ったわ」


 口もとに笑みを浮かべホッとしている様子のシュンランに、私は再び肩をすくめながら答えた。


 どうやら帝国との戦争はこれで終わりのようね。あとはリョウと皇帝がうまくやるでしょう。


 お父様は間に合ったのかしら? 戦場のどこかにいるといいんだけど。





 ――帝国軍本隊 ルシオン・ラギオス――




「なっ!? い、今のは!?」


 俺は突然目の前に降り注いだ雷の塊に足を止めた。


 今のは親父の雷神のトールハンマー!? 


 いやそんなはずがねえ! 親父は動くことができねえはず。そんな親父がギフトを放てるはずが……なら王国軍陣地にいるあのサキュバスのハーフの女が? あり得ねえ、あんな遠距離からあの威力のギフトを放てるわけがねえ。ならいったい誰が……


「ルシオン様! 空から灰色の飛竜が!」


「灰色の飛竜だぁ?」


 親衛隊長の言葉に空を見上げると、雲の中から出てきた灰色の飛竜が急降下してきて対魔槍部隊と俺のいる本隊の間の地上数メートルの所で滞空した。


「嘘だろオイ……」


 俺は王冠を頭に載せ、飛竜の背に立っている白髪の老人の姿を見て固まった。その老人は身体が麻痺して動けないはずの親父だったからだ。


 な、なんで親父がここにいるんだよ! 聖女じゃ治せねえはずじゃなかったのか!? まさか教会に騙された? いや、教皇が同行してるんだその可能性は低い。なら教会ですら治るとは思っていなかった? いずれにしろ不味い! このままじゃ俺が破滅する!


 幸いあれが親父だと確信してるやつは少ないはずだ。今なら殺せる。


 そう考えた俺は飛竜へ総攻撃を命じるため、口を開こうとしたその時だった。


『我が臣民たちよ。余はラギオス帝国皇帝 アルバート・ラギオスである。今すぐ争いを止めよ』


「な、なんだこりゃあ!」


 突然耳元で親父の声が聞こえ俺は思わず背後を振り返った。しかしそこに親父の姿は無く、よく見ると周囲にいた親衛隊や兵士たちも俺と同じように背後を振り返り首を傾げていた。


『フジワラの街の町長のリョウスケ・フジワラだ。皇帝陛下の声をエルフの風の精霊魔法によってこの戦場にいる全ての者の耳に届くようにしてある。動揺せずに皇帝陛下の言葉に耳を傾けて欲しい』


「クソッ! エルフか! 半魔の野郎余計なことしやがって!」


 10万近くいる人間の耳に直接声を届けることができるなんて聞いたことねえぞ!


 だが現実として俺の周囲の奴らには届いている。少なくとも本隊にいる兵には聞こえていると考えて間違いねえだろう。


 不味い、これじゃ誰も俺の命令で動かねえだろう。なら俺が直接……そうだ。それしかねえ。大丈夫だ、俺はあの老いぼれには負けねえ。ついでにあの半魔もぶっ殺してやる。


 俺は親衛隊と共に最前線へと黒鬼馬を進めた。自らの手で親父と半魔に引導を渡すために。




 ◆



「なんとか間に合ったようだな」


 魔王国軍と獣王国軍と戦闘をしていた帝国兵が、戦いを止め少しずつ下がっていく姿を飛竜の上から見てホッと胸を撫で下ろした。


 1時間前に原状回復のギフトで皇帝の治療に成功した俺は、急いで皇帝とクリスを飛竜に乗せ戦場へと急行した。途中で飛行型の低ランク魔物に邪魔されてもうざったいので高高度を飛んできたわけだが、シュンランたちがルシオンのいる本隊に突撃する前に到着できてよかったよ。


「うむ、もっと早く来ていればこの戦争自体を止めることができたのじゃがな」


「文句はルシオンに言ってくれ。こっちは最短で治療をしたんだからな」


 5千ほどだろうか? 王国軍の陣地の前で倒れている兵たちを見て残念そうに呟く皇帝に、俺は感謝こそされても文句を言われる筋合いがないと言う意味を込め答えた。


「そうじゃな。勇者殿には感謝しておる。おお、もちろん聖女殿にもな」


「俺が治したことをバラすなよ?」


「ククク、わかっておる。では余の兵らに説明するとするか。リーゼロットよ頼む」


 そう言って皇帝は俺たちの姿を見た途端、文字通り飛んできたリーゼに風の精霊魔法の発動を頼んだ。


「ええ、シルフお願い。この地にいる全ての人の耳に皇帝の声を届けて」


 リーゼは虚空に向けてそう言った後、皇帝へと頷いた。もう話していいということなんだろう。


 遠くにいる人間の耳元に言葉を送る精霊魔法は、通常はもっと近距離で数十人程度に届けるのがやっとらしい。しかしそこはレベル30となったリーゼだ。この戦場にいる全ての人の耳に届けることも可能らしいのでお願いしてみたというわけだ。


 それから皇帝はフルベルク公爵とルシオンが共謀し、帝国を我が物にするために皇帝の暗殺を計画したこと。


 暗殺自体は未遂で終わったが、毒により身体が麻痺し動くことも話すこともできなくなったこと。


 しかし真聖光教にあらゆる病を治すことができる聖女がいるということを忠臣であるシュバイン公爵により聞き、公爵の力を借りてフジワラの街にある真聖光教会へと自らの意思で赴いたこと。


 そして聖女により毒によって麻痺した身体が元に戻り、帝国が兵を挙げたと聞きフジワラの街の協力を得て急いでこの戦場にやってきたことを説明した。


 一通りこれまでのいきさつを説明した皇帝は、最後に余はフジワラの街により攫われたわけではないこと。この戦争はルシオンの私怨により起こされたものである。よって直ちに矛を収め撤退するよう帝国皇帝として命じた。


 それにより魔王国軍と獣王国軍と戦っていた帝国兵は全て剣と槍を収め後退していった。シュンランを囲んでいた兵も同じように剣を収め、ルシオンの本隊にいる兵もお互いに顔を見合わせた後にそれぞれが剣を収めていった。


 皇帝がその光景を見てホッとした時だった。


「騙されるな! そこにいるのは皇帝じゃねえ! 偽者だ! 脳の傷は治せねえ! これは700年前にいたとされる聖女でも不可能だったと教会が証言している! 攫われた親父が! 皇帝の偽物がここにいる意味を考えろ! 既に皇帝はあの半魔に殺されたに違いねえ!」


 本隊であろう3万ほどの軍の中から、護衛の兵を連れたルシオンが現れそうのたまった。


 かなり無理があると思うが、どうやらルシオンは押し切るつもりのようだ。そうしなきゃ待っているのは縛り首だからな。


「ほう、余が偽者と申すかルシオン」


 皇帝が手に紫電をまとわせながら飛竜の背から飛び降り、ルシオンへとそう問いかけた。


「気安く俺の名を呼ぶんじゃねえ偽者が! 俺は皇帝の長子だ! 実の父親を見間違えるわけがねえ!」


「……そうか。ではどうする? 余を討つか?」


 ルシオンの言葉に皇帝は表情を消し身体に紫電を纏わせた。だが俺には表情を消した皇帝の顔が、どこか悲しそうに見えた。


「当然だ! 皇帝の名を騙る野郎を生かしておくわけがねえだろうが!」


「そうか……では余とサシでやり合おうではないか」


「ああいいぜ。この俺が偽物ごときに負けるわけがねえからな」


 そう答えたルシオンは身体に紫電を纏わせ、剣を抜き構えた。


 ルシオンもさすがに皇帝を名乗る者を相手に、配下の者が味方するとは思っていないのだろう。1対1での戦いを受け入れた。


「よかろう。帝国軍に告ぐ! 余は今より反逆者であるルシオンを討つ! 何人たりとも横槍を入れることは許さぬ!」


「死にぞこないが! とっとと死にやがれ! 『雷竜のあぎと』!」


「フンッ! 雷神のトールハンマー!」


 皇帝の宣言が終わると同時に100メートルほど離れた距離から、ルシオンは雷でできた竜の頭を皇帝へと解き放った。雷竜の頭は複雑に蛇行をしながら高速で皇帝へと向かっていく。


 それに対して皇帝はこの戦場に来た時に放った雷の巨大な槌を頭上に生成し迎え撃とうとするが、その大きさは最初に見た物よりかなり小さい。


 皇帝の雷神の槌がルシオンの放った雷竜の頭を叩き潰そうと襲いかかる。


 が、しかし雷神の槌と雷竜の頭が突然消滅した。


 俺が二人の雷のギフトの間に割って入ったからだ。


「なっ!?」


「ぬっ!?」


「いや、勝手に殺し合いをされても困るんだけど」


 俺はスーツのズボンのポケットに左手を突っ込み、右手で頭をかきながら皇帝とルシオンの間に割って入った。


 ここで皇帝を殺すしかルシオンに生き残る道はないのはわかる。皇帝を偽者として討つことができれば後はどうとでもなる。歴史は勝者が作るものだから、殺された皇帝は本当に偽者にされるだろう。そして本物の皇帝を殺したのは俺ということにもだ。


 そうなる可能性があるのに黙って見てろって? できるわけがない。治療費だってまだもらってないんだからな。


「くっ、また消えやがった! いったいどうなってやがんだ!」


 ルシオンは前回の俺との戦いを思い出したんだろう。自分のギフトが通じないことに苛立っているようだ。


 ギフトが通用しない相手は俺だけじゃなく、シュンランたちもそうだと知ったら発狂しそうだな。


「なぜ邪魔をする。余は横槍を入れぬよう言ったはずじゃぞ」


「いやいや、俺は帝国兵じゃないから。それに最初に放ったギフトでかなり精神力を使ったんだろ? そんな状態で戦われてもしも負けでもされたらこっちが困る。なんのために治してやったと思ってるんだ?」


「ぬう……それは」


「わかったなら引っ込んでいてくれ。そこの馬鹿皇子は元はと言えば俺に用があったはずだ。そうだろ? 負け犬さんよ」


「誰が負け犬だ! ぶっ殺すぞ!」


「俺に腕をふっ飛ばされたうえに捕虜になったじゃねえか。負け犬以外なんて言うんだ? しかも逆恨みしてお仲間を大量に連れて来るとはな。お前一人じゃ何もできないのか? 情けねえ男だな」


「ガアァァァ! 殺す! 殺す殺す殺す! 『雷撃』!」


 本当のことを言われて逆上したルシオンが雷撃を放ってきたが、俺は無防備にそれを全て受け止めた。


「ん? 今なにかしたか?」


「なんでだよ! なんで俺のギフトが通用しねえんだ! どんなインチキ魔道具を持ってやがる!」


「魔道具なんて持っていないが? お前のギフトが弱いから通用しないだけだろ?」


「半魔野郎がぁぁぁ! 殺せ! この半魔を殺せ!」


 俺の挑発に逆上したルシオンは後ろにいた側近に声を掛けた後、今度は剣を手に単身で向かってきた。俺とルシオンの距離は100メートルほどだ。


 ルシオンの命令を受けた親衛隊らしき者たちは動かない。その視線は俺の後ろにいる皇帝へと向いている。これは完全に側近にも見放されたな。


 そうとは知らず顔を怒りで歪ませ向かってくるルシオンを少し憐れみつつも、俺はペングニルに精神力を流した。その瞬間、ペングニルが強烈な青白い光を発した。


『あ、あれはまさか!?』


 ルシオンのいた本隊から何やら驚く老人の声が聞こえたが、俺はそれに構わずペングニルを振りかぶった。


 ルシオンは牽制のつもりなのか雷撃を何度も放ちながら間合いを詰めてくる。しかしその全てを無視し、俺はペングニルをルシオンに向け放った。


「そんなものが当たるかよ! 武器を手放すとは馬鹿が!」


「そうでもないさ。ロスト、クインティブル《五分身》」


「なっ!? 消え……グハッ! か゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」


 俺の手を離れたペングニルはその姿を消した後5つに分裂し、その全てがルシオンの鎧を貫き胸と腹部へと突き刺さった。


「あ……ぐふっ……な、なぜ……やりが……消え」


 心臓を貫いたはずなのに、ルシオンはまだ息があるようで驚愕に目を見開いていた。恐らく雷のギフトで無理やり動かしているのかもしれない。


「さあな、あの世でゆっくり考えればいい。じゃあな」


 俺はペングニルを振りかぶりその首を刎ねた。


 ルシオンの頭のあった場所からは大量の血が吹き出し、跳ね飛ばされた首は驚愕の表情を浮かべたまま地面へと転がった。


 終わった。やっとルシオンとの因縁に終止符を打つことができた。


「すまぬの。余の代わりに」


「違うさ、ルシオンとはもともと因縁があった。その決着を付けただけだ」


 親子の殺し合いを見たくなかったという気持ちも無くはないが……それでもあの時、帝国との交渉のためとはいえルシオンを殺さなかった事が今日のこの事態を招いた。だからルシオンは俺が討つべきだった。


「その因縁を作ったのは余じゃ。余があの時に勇者殿の街を攻め取ろうとしなければ……」


「それはそうなんだけどな。そうだな、悪いと思うなら治療費と賠償金を弾んでくれ。帝国にはさんざん迷惑をかけられたんだから期待してる」


 こっちはそろそろバージョンアップしそうで戦々恐々としてるんだ。1990バージョンの時はあれだけ待ちわびたバージョンアップも、マンションの建築コストを考えるともう単純に喜べなくなってるんだよ。まあそれでも楽しみではあるが。


「ククク、そうじゃな。全てが終わった後に支払うことを約束しよう」


「シュバイン公爵と約束はしていたが、皇帝から直接聞けて良かったよ」


 AランクとBランクの魔石をありったけ吐き出させてやるから覚悟しろよ?


 そんな事を考えながら皇帝に笑いかけていると、ルシオンの率いていた本隊の中からミスリル製の高価な全身鎧に身を包んだ2千ほどの騎士の軍団が現れた。そしてその騎士の中から、白馬に乗った豪奢な聖衣に身を包んだ老人が姿を見せた。その老人の視線は俺と、俺の持つペングニルへと向けられているようだ。


 あの爺さんが教皇みたいだな。


 まあ神器らしき物を持っているだけでなく、先代勇者と同じく結界らしきものを発動した俺を目の当たりにして出てこないはずはないよな。そもそも逃げないよう、皇帝にフルベルク公爵に資金提供をしたのが聖光教だということは黙っていてもらったわけだし。


 さて、それじゃあ我らが聖女クリス様のいる真聖光教の糧となってもらうとするか。


 俺は聖騎士らしき者たちに囲まれながら近づいてくる教皇を、口元に笑みを浮かべながら待つのだった。



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