第41話 帝国VSフジワラ連合 中編



 ――緩衝地帯 魔王国軍陣地上空 セイラン・ハニーサックル――




「カカカカッ! 見たかハニーサックル家の小娘! 帝国の騎兵が機関銃で一掃されておる!」


「ハァ……小娘ではなくセイランじゃ。竜王様、いつまでも子供扱いしないで欲しいものじゃ」


 飛竜に乗った我を小娘扱いする竜王へ、我は眉間に眉を寄せながら答えた。


 以前の我であれば、竜王を前に緊張と恐怖で黙っていることしかできなかったじゃろう。竜王は数百年前に神器によって父上を半殺しにし、その神器の特殊効果により長年再生が遅れ苦しんでいた父上を見てきたからの。


 じゃが今は違う。この竜王がとんでもない酒飲みの酔っ払いで、我の尻に手を伸ばしてくるエロジジイであることをリョウスケの街に住むようになってから知ることができた。なによりこのエロジジイは神器をリョウスケに貸し出している。そしてその神器はシュンランが持っている。つまりここにいるのはただのエロジジイじゃ。そんな者に何を恐れることがあろうか。


「ワシの半分も生きておらんのじゃ、小娘で十分じゃろ。それとも275歳を超えたババアとでも言われたいのか?」


「ぐっ……小娘でよい……」


 痛いところを突いてくる。ここで貴様もジジイだろと言い返したいが、竜王の乗る竜籠のすぐ横にはリキョウ元将軍と、黒竜族の長であるカコウがおり目を光らせておる。竜王を侮辱でもしようものなら斬りかかられ燃やされかねん。いくら我でもこの二人には勝てぬ。ここはおとなしくしている以外の選択肢が思い浮かばぬ。


「カカカッ! 冗談じゃセイランよ。ハニーサックル家の新当主を小娘などと思っておらんわ」


「このっ! くっ、それならばよい」


 からかわれたことに一瞬頭に血が上ったが、リキョウとカコウの我を見る目が鋭くなったことでグッとこらえた。


 おのれ竜王。誇り高き我を侮辱したこと、覚えておれよ。いずれ戦妃となった暁には足蹴にしてくれる!


「しかしハニーサックル家のみとはいえ、まさか吸血鬼族がワシの招集に応じるとはの。デーモン族など領地運営に忙しいとか最もな理由をつけて参戦しておらんのにの」


「魔国の一員として、一族総出で参戦するのは当然のことじゃ」


「一族総出でのう……それで前当主は何をしておるのじゃ? ワシから受けた傷はもう治っておろう?」


「父上は他家への牽制のための留守番じゃ。今の魔国はどこも手薄じゃからな」


 嘘じゃ。竜王がいると知った父上はビビって家に引きこもっておる。じゃがそんなことは言えぬ。


「またロクなことをせぬといいのじゃがな」


「父上も懲りておる。ハニーサックル家に魔王様や竜王様に反抗する気はない。この戦いに我が一族の次代を担う若い者たちを連れて来ていることで信じて欲しいものじゃ」


 ここには一族で戦える者のほとんどを連れてきておる。領地には父上と年寄りしかおらぬ。それくらいせねばリョウスケと竜王に恩を売れぬと思ったからじゃ。といっても50名ほどしかおらんのだが、そこは眷属化したオーガと飛竜で補うほかあるまい。


 ああ、我の愚妹は幽閉しておる。リョウスケと我の障害にしかならぬからの。我が戦妃になるまではおとなしくしていてもらわぬと困るのじゃ。


「ふむ、まあ信じるとするかの。何かあればセイランが処罰するだろうしの」


「勇者を敵に回すようなことはさせぬ。もしそのような者がおれば同胞だろうが一族の者だろうが我が処罰しよう」


「一族はともかく他家を御しきれるのかの?」


「いずれできるようになる。そのためにここにいるのじゃ」


 シュンランやミレイアたちの異常な強さから、リョウスケの寵愛を受ければ戦妃になれるのは間違いない。となれば我もいずれはあの力を得ることができる。


 今はリョウスケとシュンランが警戒しておってなかなか親密な関係にはなれぬが我は不老不死じゃ、焦ることはない。少しずつ距離を縮めていけばよい。そのためにこうしてフジワラの街のために参戦しておるのだからの。


「カカカッ、まあ勇者殿は助兵衛じゃからの。セイランは良い尻と太ももをしておるし時間の問題じゃろう」


「スケベジジイが……」


 竜籠から我の太ももを見てニヤニヤしている竜王へ、我は小声で毒づいた。


「竜王様? またセクハラをしてるんですか? お仕置きしますよ?」


 竜化した火竜族の女性が空を飛びながら竜王の乗る竜籠に近づくと、手に持っていた戟で躊躇いなく竜王の頭を何度も叩いた。


 確かこの女はメイファンだったか? 竜王の一族だとリョウスケが言っていたな。最初サーシャの経営する食堂の厨房で見かけた時は、まさか竜王の一族で側付きの戦士だとは思わなかったがの。


「ぬおっ! メイファン!? やめい! 戟で頭を叩くな痛いじゃろうが! ワシは竜王じゃぞ!?」


「勇者様から竜王様がセクハラをしたら遠慮なくシバくように言われていますので。仕方なくです」


「目が笑っておるぞ!」


「気のせいです気のせい。それより帝国軍に動きがありますよ?」


「先遣隊を全滅させられたばかりで動きじゃと? ん? な、なんじゃあれは!?」


「ほほう……馬鹿皇子もなかなか考えたの」


 メイファンの指差す方向を見ると荷台に巨大な盾を乗せた大量の荷車を先頭に、1万ほどの軍が本隊から離れ王国軍のいる丘へと縦長に進軍していく姿が見えた。その姿を見て我は帝国の皇子の狙いがわかり感心した。


 荷台は牽くのではなく複数人で押すように動かしており、荷台に設置されている盾を王国軍に向けながら進んでおる。盾はここから見てもかなり分厚く、表面には魔物の皮らしきものを貼り付けている。恐らくミレイアの雷撃対策であろう。しかも盾は先頭だけではない。荷車の後を続く軽装の歩兵たちも似たような盾を頭上に掲げ、複数人で支えながら進んでおる。


 後方の歩兵まで持っているのは、丘の上からの攻撃に備えるためじゃろうの。


 しかしあれほど大量の盾を用意しているとはの。確かルシオンは一度機関銃によって全滅させられた経験があったんじゃったな。学習したということか。


「そういえばフジワラの街に攻めて来た時も、盾を重ねて距離を詰めてくる者がいたと聞いたの。あれで機関銃の弾を防ぎながら近接戦に持ち込もうというわけかの」


「竜王様。援軍に向かった方が良いのではないでしょうか?」


 笑みを浮かべながら呟く竜王に、竜籠の上で周囲を警戒していた火竜族の若者が持ち場を離れ竜王へと進言をした。


 あの若者は魔王の第一王子であるロン・シリュウだったかの。経験を積ませるために竜王が連れてきたと言っておった。我も以前に一言二言話したことがあるが、なかなかに好青年じゃった記憶がある。あの問題児で有名じゃった第三王子のバガンと同じ兄弟とは思えぬの。


「シリュウか、援軍など必要なかろうて」


「しかし……確かにキカンジュウという魔道具の威力は恐ろしく強力ですが、所詮は鉄の礫を高速で放つものであると聞いております。なればあれほど分厚い盾を並べられてはその効果も弱まるというものではないでしょうか?」


「まあ機関銃だけしか無いのであればそうじゃろうのう。じゃがあそこにはシュンランがおるからの」


「シュンラン……さきほど黒炎の玉を大量に撃ち出した半竜の女ですか。確かにあの数は凄かったですが、過去に愚弟のバガンに敗北したと聞いてこります。その程度の力しか持たない者がいったい……」


「シリュウ! 二度とシュンランを半竜などと口にするでない! シュンランは黒竜族の一族として認められておる! それはつまり我が竜人族の仲間じゃ! それを貶めることは許さぬ!」


「!? ハ、ハッ! も、申し訳ございません竜王様! 」 


 シリュウ王子の言葉に竜王が烈火のごとく怒り一喝した。


 それはそうじゃ、もしもリョウスケがこの場にいたら魔国との関係にヒビが入った可能性もある。あの男は恋人が侮辱されて黙っているような男ではないからの。確かバガンを半殺しにした時もシュンランを侮辱されたからだったはずじゃ。兄弟で同じことをやろうとするとは、魔王は教育を間違えたのではないのかの? バガンに比べれば理知的な男ではあるが、この男を次期魔王と見るにはまだ早かったようじゃな。


「カコウもすまなかった」


 我がそっと第一王子への評価を下げていると、王子は黒竜族の長であるカコウへも頭を下げ詫びた。


 ふむ、配下の者にも頭を下げれるか。まあそこは評価しようかの。


「シリュウよ、シュンランがバガンごときに負けるほどの実力かどうか、その目で確認するがよい」


「ハッ!」


 竜王に諭され頭を下げるが、その目は疑念に満ちておるようじゃ。


 半竜ごときがいったい何ができるのだとでも言いたそうじゃの。


 わかるぞその気持ち。我もシュンランの吸血鬼を軽く超える身体能力を目の当たりにするまでは、たかが半竜だと思っておった。今ではリョウスケ以外に我を消滅させることのできる存在だと認識しておるがの。


 シリュウよ、お主もすぐにわかる。あの女は敵に回してはならない存在だということをな。





 ――獣王国フジワラ連合軍本隊 ダークエルフ軍臨時指揮官 スーリオン――




「オイオイ、なんだあの分厚い盾はよ!」


「ふむ、やはり対抗策を用意してきていたか。ならば先ほどのは威力偵察だったというわけか」


 隣で大声で騒ぐ獣王をうっとおしく思いつつも、私は先ほど2千ほどの騎馬隊が威力偵察のために組織されたことを悟った。


 王国軍にも機関銃があるか、その数がどれほどかを確かめるために兵を捨て石にしたか。相変わらず非道なことを平然とやる男だ。


「ルシオンの野郎も考える頭があったってわけか。あれじゃあ機関銃はあまり効果がなさそうだな」


「大丈夫だ獣王。あそこにはシュンランやミレイアたちがいる」


「ガハハ! 確かにそうだな。シュンランたちの本気が見れるいい機会ってわけだ。戦妃か、伝説の通り一騎当万の力が本当にあるのか見せてもらうとするか。お? 俺たちを抑えるために布陣している帝国軍に動きがあるぞ」


「む? 確かに……後方に騎兵が集まっているな」


 獣王の言葉に正面に布陣している帝国軍1万へと視線を移すと、陣の後方に騎兵が集まっているようだ。こちらを攻めるなら騎兵は前方に配置するはず。それを後方に集めるということは、あの盾を載せた荷車が突っ込んだ後に王国軍の側面を騎兵で崩すつもりなのかもしれん。


 シュンランたちがいるから大丈夫だとは思うが……念の為に抑えておく必要はあるな。


「カルラ、銃兵をジープに搭乗させてくれ。敵の騎馬部隊が動いたらこちは先回りして攻撃する」


「あいよっ! 銃兵隊! ジープに搭乗! 敵の騎馬隊が動いたら片付けるよ!」


 副官として付いてきてくれたカルラがマウンテンバイクを漕ぎながら、私の指示を塹壕にいるダークエルフたちに伝えていく。


 その後ろ姿を見ていると、獣王がニヤニヤした顔で話しかけてきた。


「おうおう、惚れた女から目が離せねえってか? もうプロポーズはしたのかよ?」


「いや……まだだ」


「なんでだよ? サラはともかくカルラはとっくにリョウスケのことは諦めてるんだろ? 人族はダークエルフより寿命が短えんだぞ? 早くしねえとカルラが婆さんになっちまうぞ?」


「そんなことは言われなくてもわかっている。この戦いが終わったらプロポーズをするつもりだ」


 そう、帝国の脅威がなくなればフジワラの街は平和になる。カルラも一つの区切りとして将来のことを考えるはずだ。


「カアァァ! お前それ絶対に言っちゃいけねえ言葉だってわかってんのか?」


「な、なにがだ?」


 私は右手を額に当てて首を振る獣王が何を言っているのかわからず動揺した。


「いいかスーリオン。この戦いが終わったら告白やプロポーズをすると言った奴は死ぬことになる。これを死亡フラグって言うんだよ。迷信とかじゃねえぞ? 俺もそんな事を口にした奴が過去に死んでいったのを何度も見た。リョウスケは女神の呪いだと言ってたな」


「め、女神の呪い?」


 どういうことだ? なぜ戦いの後にプロポーズをすると口にすることで女神に呪われるのだ?


「ああ、どうも女神フローディアは独身らしい。それで神聖な戦いの前に色事にうつつを抜かしている奴には呪いがかかり死にやすくなるそうだ」


「そんな馬鹿な……」


 いや、リョウスケは女神はロクデナシだと言っていた。実際に会ったことのあるリョウスケが言うのだ、間違いないのだろう。となると私は女神の呪いにかかったということか? 私は好きな女に気持ちを伝えられないままこの戦いで死ぬのか?


「スーリオン! 準備はできたぞ! ん? なんで青ざめてんだ? まさかビビってんのか? あははは! 大丈夫だって! 私が絶対にあんたを死なせはしないからさ!」


「カルラ……」


 私が女神に呪い……いやカルラと死別することに恐怖心を抱いていると、当のカルラが戻ってきて私の肩をバンバンと叩きながら元気づけた。


 フッ、なんと情けないことを考えていたのだ私は……女神フローディアの呪い? だからなんだというのだ。私にはすぐ目の前に本物の女神がいる。この女神に守られる? 違う! 私が守るのだ!


「ガハハハ! そうかそうか! スーリオンを守るか! おしっ! なら俺もお前を死なせねえためにも一肌脱ぐとするか! 聞け! 獣王国の戦士ども! ダークエルフたちが出たら俺たちも正面の軍を蹴散らすぞ! やっとだ! やっと勇者に恩を返せる時が来た! 人族の奴隷だった先祖を救い国まで造ってくれた先代勇者への恩返しを今代の勇者にするぞ! 俺たちはもう大丈夫だってよ! 人族の奴隷になるようなヤワな種族じゃねえってことを証明してみせろ!」


「「「「「オオオオオオオオッ!」」」」」


 地を震わすかのような獣王の怒声に後方にいた獣人たちが剣や槍を掲げ応える。


「うひゃあ! 鼓膜が破れそうだぜ! おいスーリオン、早く行こうぜ」


「ああ、必ず君を守る」


「あん? なんだって!? 獣人たちの声がうるさくて聞こえねえよ!」


「なんでもない。行くぞ」


 私は大声で聞き返してくるカルラに笑いかけ、機関銃を手に同胞が搭乗しているジープへと向かうのだった。





 ―― 王国軍陣地 シュンラン――




「あら、馬鹿だ馬鹿だと思っていたけど、ルシオンにも学習能力というものがあったのね」


「前の防衛戦で盾を重ねて突っ込んできた兵がいたらしいからな。そこからヒントを得たのだろう」


 感心したように話すローラに、私は苦笑を浮かべながら答えた。


 涼介から機関銃による攻撃を体験したルシオンがこういった対抗策を考える可能性は聞いていたが、まさかこれほどの数を短期間で用意するとはな。


 私は縦に長い隊列を組み、鉄を何枚も重ねた巨大な盾を荷車の荷台に設置した物を押しながら進んでくる1万ほどの軍を見下ろしながら、涼介の言っていたことを思い出していた。


 先頭だけではなく後方にいる兵も巨大な盾を頭上に掲げ、それを複数人で支えながら進んでくる。そしてその全てにミレイア対策なのだろう。魔物の皮らしきものが貼り付けてある。これでは丘の上から機関銃の斉射を行っても、ミレイアが轟雷を放ってもあまり効果は望めないかもしれない。


 敵は盾で機関銃の弾を防ぎつつ距離を詰め、乱戦に持ち込み機関銃を無効化するつもりか。そして盾を持つ1万の軍から距離を置きながらこちらにゆっくりとだが進んできている、3万の帝国軍本隊が襲いかかってくるといったところか。


「シュンランさん、スーリオンさんと獣王様の軍の正面にいる帝国軍の後方に騎馬が集まってます」


「確かに……盾の部隊が崩した後に東の側面を騎馬部隊で崩すつもりか? ん? スーリオンたちも気付いているようだ。ならあっちはまかせて大丈夫だろう」


 残していった本陣に視線を送ると、スーリオンたちがジープに乗り込む姿が見えた。獣王軍も塹壕の前で陣形を作っていることから、私はあっちはスーリオンたちが対処するだろうと結論づけた。


 そもそも正面の盾部隊に崩されるつもりもないしな。


「シュンランどうするの? あれじゃあ機関銃を防がれるわよ?」


 リーゼが指示を仰ぐためか、エルフ部隊を離れやって来るなり私に確認してくる。


 その目はどこか楽しげだ。私がどう返答するのかわかっているのだろう。


「盾がなくなればただの的だ。ならば私が取り除こう」


「ふふふ、そう言うと思っていたわ。足止めはエルフにまかせてちょうだい。ああ、当然私も同行するわよ? ローラも行くでしょ?」


「当たり前じゃない。全力を出せるこの機会を逃す手はないわ」


「聞こえたぞ! 私も行くからな! 鉄人の強さを見せてやるのだ!」


「私はここから崩れた場所を雷で狙い撃ちにします」


「そうか、ならばリーゼ。エルフ部隊には機関銃の射程に敵の半分以上が入ったところで足止めを頼む」


「わかったわ」


「ちょっと! 私を忘れないでよね! 『女神の祝福』 はいっ! これで大丈夫よ!」


 リーゼに足止めを頼んでいると、鬼馬に乗ったサーシャがやって来てギフトを掛け直してくれた。


 その瞬間、体中からとてつもない力が沸いてきた。気が付かなかったがどうやら効果が切れかけていたようだ。


「助かる」


 身体能力と精神力が2倍となった私がサーシャに礼を言うと、彼女は片手をヒラヒラさせながら去っていった。



 それから少しして荷車に盾を設置した1万の軍が機関銃の射程まで近づいてきた。


 するとクロースが石のドーム内で機関銃を構えるダークエルフたちへ向け叫んだ。


「聞け! 勇敢なる我が同胞たちよ! 今から我ら戦妃が吶喊とっかんし邪魔な盾を取り除く! 我ら戦妃には夫である勇者の加護があり銃弾は効かない! 貴様たちは我らに構わず敵を撃て!」


「「「「「おおっ!」」」」」


「「「「「我らが戦妃クロースに栄光あれ!」」」」」


「フハハハハ! 魔弾の戦妃であるこのクロースに任るのだ!」


「魔弾の戦妃?」


「二つ名というやつだ! これから数千年も私の名が残るわけだからな! どんな戦妃かすぐわかるように付けたのだ!」


「そうか……」


 二つ名とは自分以外の人間が付けるものだと聞いたが……まあクロースがそう呼んで欲しいならそれでもいいが。私は呼ばないがな。


 そうこうしている内に敵の軍勢はそのほとんどが300メルの射程内に入った。


「皆行くぞ!」


 私は涼介がドワーフに作らせた黒竜の革鎧と青龍戟を手に、同じく黒竜の革鎧を着込んだミレイアとクロース。そして緑のチュニックの服の上から白く染めた同じ黒竜の革鎧を着込んだリーゼと、修道服の上から魔鉄のハーフプレイトメイルと魔鉄製の剣を手に持つローラへと声を掛けた。


 そして私たちは1万の軍勢とその後方にいる3万の軍勢。合計4万の軍勢へ向け駆け出した。





 ―― 魔王国軍陣地上空 竜王メルギロス――



「な、なんだあの馬鹿げた力は!」


「カカカカカ! だから大丈夫じゃと言ったじゃろう」


 1万の大軍にたった4人で突っ込んで行き、次々と先頭の盾を載せた荷車を破壊していくシュンランたちの姿を目の当たりにし驚愕するシリュウへワシは笑いながら答えた。


 まあ気持ちはわかる。エルフたちの風の精霊魔法でその場に釘付けにし足を止めさせ、そこにシュンランが黒炎弾を乱れ打ちしながら突っ込み、ローラは周囲にいる全てを凍らせつつ剣を振るっておる。いつもより巨大な鉄人に乗ったクロースも機関銃を斉射しながら飛び込んでいき、その上空で滞空しているリーゼロットは巨大な竜巻を発生させ帝国兵を切り刻んでおる。


 それぞれが一騎当千の圧倒的な力で荷車を薙ぎ払っていっているのじゃ、彼女らの強さを初めて見るシリュウが驚くのも無理もなかろうて。


 おまけに盾がなくなった場所に機関銃の弾が次々と打ち込まれていっておるしの。ついでにミレイアの雷もじゃ。あれはたまらんじゃろうのう。帝国兵には同情するのう。


「で、ですがあれほどの炎弾を放っておいてなぜ魔力が尽きないのです!? そのうえ一撃であの分厚い盾を両断するあの膂力りょりょくはいったい……なっ!? シュンランの持つあの青白く光る武器はまさか!?」


「今頃気づいたのかの。青龍戟じゃよシリュウ」


「ゆ、勇者様に貸し出したと聞いておりましたが、それをなぜシュンランが!?」


「さての。勇者殿が持つに相応しいと判断したからではないのかの? シリュウの目から見てもそうは思わんかの?」


 はっきり言って全盛期のワシよりシュンランは強い。当然じゃ、ワシの姉上と同じ戦妃となったのじゃからな。まだ姉上ほどの理不尽な力は得ていないようじゃがそれも時間の問題じゃろ。


 さて、シリュウの目にはどう映っておるか。幼い頃から青龍戟を持って戦場に出たいと言っておったからの。プライドを優先しシュンランを否定するか、現実として受け入れるか……答えによっては次の魔王にはなれぬぞ?


「ぐっ……く、悔しいですが私が持つよりも遥かに相応しいとかと」


「ほう、ではバガンに負けるような娘に見えるかの?」


「見えません。愚弟程度ではまったく歯が立たないでしょう」


「カカカ、そうか。現実を受け入れるか。いいじゃろう、シリュウよ。魔王となった暁には、勇者殿とシュンランの子をその方の子の妻か夫に迎え入れよ。それがシャオロン魔王国千年の安寧に繋がると心得よ」


「ハッ! 必ずや!」


 うむ、強さに自身のある竜人族が竜人族のおなご。しかもハーフであるシュンランを認めるとはの。シリュウの悔しそうな表情から、認めるのは相当な勇気が必要だったはずじゃ。とりあえずは合格じゃの。あとはどうやって勇者殿の子を迎え入れるかじゃが……そこはシリュウに任せるとするかの。ワシではまったく思い浮かばんからの。


 魔国の次期魔王となるシリュウを満足気に見ておると、隣で飛竜に乗りながら優雅にキセルをふかしているセイランの呟く声が聞こえた。


「崩れましたねぇ。呆気ないこと」


「まあこんなもんじゃろ。ルシオンにしては頭を使ったようじゃが、戦妃相手にそんな小細工が通用するはずもなかろうて」


 王国軍陣地へ視線を向けると、全ての荷車を破壊され正面から機関銃の斉射を受け次々と倒れていく兵の姿が見える。


 後方にいるルシオンの本陣も動揺しているようでその歩みを止めておる。盾を持った1万の軍は前方からの銃撃と頭上からの落雷。そして竜巻によって切り刻まれ総崩れのようじゃ。既に後方にいた兵は本隊の方へと逃げ出しておる。


「さて、ルシオンはどうするかの。ワシなら撤退するがの」


「しないでしょうねぇ」


「じゃろうな」


 ワシとセイランはお互いに顔を合わせ、そしてため息を吐いた。


 ルシオンの性格から撤退などありえないじゃろ。となれば帝国兵が助かるには、アルバートの小倅が来ることだけなのじゃが……もう治療を終えていてもおかしくない時間なのじゃがの。


 勇者殿はまだかのう。


 ワシはフジワラの街がある方向へ視線を移し、命令に逆らえない帝国兵を憐れみつつ勇者殿の姿を探すのじゃった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る