第39話 シュミット枢機卿



 ※すみません、地図書いてたら時間がかかって戦闘シーンまでいけませんでした。次話こそは必ず!


 世界地図は近況ノートに貼り付けてあります。

 注:介護用パンツ大陸ではありません。

 https://kakuyomu.jp/users/shiba-no-sakura/news/16817330653661422986





 ―― 魔国東部 聖光教会 枢機卿 エリオ・シュミット――




「急げ! 戦いが始まる前に何としても我々の手で教皇を捕縛するのだ! それこそが真の信仰であると心得よ!」


「「「「「「ハッ!」」」」」


 私は周囲を走る聖騎士たちにそう檄を飛ばし、自らも馬の腹を蹴り急がせるのだった。


 聖光教会は滅ぶ。ならばせめて我々の手で終わらせなければ……それが長年女神様の名を利用し私腹を肥やしてきた聖光教と、その枢機卿の家に生まれた私の務めなのだから。



 私は幼い頃から聖光教の腐敗を見てきた。当然枢機卿という教皇の次の地位にある私の父も腐っており、常に王国貴族や商人たちと共に信仰を利用し金集めをしていた。そんな環境で育った私も父のしていることを当然のことのように思っていた。


 しかしそれは妻のニアに出会ったことで私の考えは変わっていった。


 ニアは辺境の村の狩人の娘として生まれ、父親が傷ついて帰ってきた時に治癒のギフトが発現したそうだ。恐らく遠い祖先に治癒のギフト持ちがいたのであろう。しかしそのことが村長に知られ、聖騎士により教会へと連れてこられシスターとなった。


 当時彼女は私より2つ下の13歳で非常に美しく、そして強い女性だった。そんな彼女に私は一目惚れをし、用もないのに父の手伝いだと言って本殿へと足を運んだものだ。


 そして彼女から、教会の腐敗が金儲けだけではないことも知った。まさかシスターたちが治癒のギフト持ちの子を教会が得るためにという名目で、司祭や司教たちの性奴隷になっているなど知る由もなかった。


 そんなある日。ニアが身体を求めてきた大司教を半殺しにし、牢に入れられたと他のシスターより連絡があり私は急いで大神殿へと向かった。


 私はすぐに執務室にいる父の元に行きニアを牢から出すようにと懇願した。渋る父に教会内でシスターたちにしていることは知っていると。このことを国中に触れ回ると脅しもした。そんな私に父は取引を持ちかけてきた。教会内で行っていることを全て呑み込めと。そうすればニアを牢から出し、今後ニアには誰にも手を出させないと。


 勇者様のように戦う力を持たない私はうなずくしかなかった。私が父の跡を継ぐまでの我慢だ。継いだ後は教皇様にシスターたちへ行っていることをやめさせるよう進言すると。私がこの腐った教会を正道へと戻すのだと。それまでの我慢だと自分に言い聞かせた。


 そしてニアは解放され数年後、私は彼女を妻にしローラという愛する娘を授かった。


 だが教会は私が思っていた以上に腐りきっていた。父が死に代替わりを果たし私が枢機卿となり、教会の改革ができると思ったが甘かった。まさか唯一まともだと思っていた教皇まで腐っていたとは……それでも私は幼女趣味の教皇様へ何度も苦言を申し上げた。しかし私の声は届かず、それどころかまだ幼かったローラを側付きにすると言い出した。


 私はそれがこれ以上文句を言うのであればローラにも手を出すぞという教皇の脅しだということがわかり、私は娘を守るために見て見ぬ振りをしなければならなかった。当時妻が病に臥せっており、娘を守れるのは私しかいなかった。


 しかしその愛する娘が私ができなかった事をあっさりとやり遂げた。亡き妻から譲り受けた心の強さと、15の時に発現した氷のギフトにより大神殿にいる司教や大司教だけでなく、聖騎士たちまでも皆殺しにしたのだ。そして教皇様を脅し、二度とシスターたちを性奴隷としないことを約束させた。


 私は自らの無力さを感じつつも娘を守るために奔走した。各枢機卿に対し枢機卿としての権力を全て放棄すると。そして教皇様にも私が辺境の地に赴任することで、娘の命だけは助けて欲しいと。


 枢機卿たちは将来教皇になる政敵が減ること。教皇様はローラの凶行の動機が動機なだけに、大事にするのは教会として不名誉なこと。あと口うるさい私が大神殿からいなくなることを天秤にかけ、親娘ともども左遷という形で話がついた。


 そして私は信者がほとんどいない魔国の魔都にある神殿へ、ローラは南街の神殿へと放逐されることとなった。


 ローラとの別れの日。あの子は私に一言、今まで守ってくれてありがとうと。でももうこれからは必要ないわとだけ言って去っていった。その娘の後ろ姿を見送った私は誇らしかった。私が苦心していたことを代わりに成し遂げるほどに、強かったニアにそっくりに育った娘が誇らしかった。


 それから数年。魔国で飼い殺しの日々を送っていたのだが……


「ローラ、なぜもっと早く教えてくれなかったのだ」


 私は一昨日、突然飛竜に乗ったローラが屋敷に現れた時の事を思い返していた。


 その日は教会から屋敷に戻り、夜遅くまで執務を行っていた。


 しかし突然屋敷の庭に竜化した竜人と、灰色の飛竜が降り立った。


 椅子から転げ落ちるほど驚いた私は、屋敷にいるメイドたちを守るために剣を手に庭へと向かった。しかし庭に着くと屋敷の警備をしていた者が、火竜種の竜人と話をしていた。


 私はその竜人を見て驚いた。魔国に住む者なら知らぬ者がいないリキョウ元将軍だったからだ。


 どういうことなのかと近づくと、リキョウ将軍の背後にローラがいることに気付いた。なぜ娘がここに? 南街にいたのではなかったのかと混乱しつつもローラへと声を掛けた。


『ロ、ローラこれはいったい……なぜリキョウ将軍と一緒に?』


『お父様、久しぶりね。将軍には魔王国の王都を飛竜で飛ぶことを許可してもらうために同行してもらったの。それより大事な話があるから中に入れてくれないかしら』


 元将軍を同行させ飛竜に乗ってくるほどの話とはどれほどのものかと目眩がしそうになったが、私は黙ってうなずき屋敷にリキョウ将軍と娘を迎え入れた。


 そして応接室へ二人を通し、メイドが茶を配り部屋から出るとローラが口を開いた。


『顔色が良くなったわね。本部を離れて正解だったんじゃない?』


 ローラがからかうような口調で私に言う。


『おかげさまで教皇様やほかの枢機卿に小言を言う必要もなくなったのでな。それより将軍まで連れて一体何事だ? リキョウ将軍。将軍は確か竜王様のところにおられると聞きましたが?』


『そうだ。馬鹿王子の世話役を離れ今は竜王様の元にいる』


 私の問いかけに将軍は頷きローラへと視線を向けた。


『私、今はフジワラの街に住んでるのよ。真聖光教。聞いたことあるでしょ?』


『真聖光教!? まさかそこにいるのか!? 教会に邪教扱いされていることを知っているのか!?』


 私は真聖光教という聖光教が敵視し滅ぼそうとしている新教に、まさかローラがいるのではと声を荒げた。


『いるもなにも私とクリスで立ち上げた宗教だもの。ああ、聖女というのはクリスのことよ』


『なっ!? ローラが真聖光教を……』


 私は驚きすぎて口が開いたままになっていた。まさか娘が滅びの森に突然現れた街を本拠地とする真聖光教なる宗教。教会から邪教に指定されている宗教を立ち上げたなど、信仰心が薄かったはずの娘に一体何があったというのだと。


 それにシスタークリスは信仰心の厚い子ではあったが、ギフトの力は並程度だったはず。そんな子を聖女に祭り上げるなど何を考えているのかと。


『クリスは完全治癒が使えるわ。戦妃だから当然ね』


『か、完全治癒!? 戦妃!? い、いったいなにを言っているのだローラ?』


『勇者が降臨したのよ。そしてフジワラの街を造った。私とクリスはそこに行って、色々あって勇者に惚れてクリスと一緒に戦妃にしてもらったの。勇者の名はリョウスケ・フジワラ。先代勇者のロン・ウーと同じ世界から来た人族よ。ああ、街には竜王様もいるわ。だから将軍とも知己だし、今日お父様のところに来る時も同行してもらったの』


『なっ!? ゆ、勇者様が!?』


 嘘だ! 勇者様が降臨されたなど、そんなこと教会本部から一言も……そう口にしようとした時だった。


『シュミット枢機卿。ローラ女史の言っていることは本当だ。私と竜王様がこの目で新たな三種の神器の存在を確認した。だから竜王様がフジワラの街にいるのだ。新たな勇者様を他国の悪意から守るためにな』


 リキョウ将軍の言葉に私は言葉を呑み込み、そして娘の言葉が本当だと信じる他なかった。


 勇者様と同じ時を生きていた竜王様が認めたのだ。この世界にそれを否定できるものなどいるはずもない。


『で、では本当に勇者様がフジワラの街に?』


『いるわ。教会が女神より知らされていない理由くらいわかるでしょ?』


『……我々は女神様に見放されているということか』


 身に覚えがないはずがない。聖光教には聖職者という俗物が溢れ返り、聖地を取り戻すとは口では言うものの誰一人行動を起こそうとはしない。信徒たちからも血統以外で新たなギフトを授かる者がいなくなったことで、女神様はこの世界を見放されたのではないかという声も昔から多くあった。


 しかしそれは勇者様が現れるという神託がなかったことで確定した。我々は女神フローディア様より、信仰する者として相応しくないと言われたのだ。


『今さらね。そんなことはお父様もわかっていたでしょう?』


『そうだな……わかっていた。それでも信仰することで、聖光教の愚行を女神様に許してもらえるのではないかとも考えていもいた』


 それくらいしかやることがなかったからな。私が勝手をしないよう監視をしている者も楽だったろう。


『愚行ね。聖戦なんてその極みね。女神の使徒である勇者に弓引くことが聖戦だなんて笑わせてくれるわ』


『ハッ!? そ、そうだ! 教皇様をお止めしなければ!』


 不味い! もう帝都を出発しているはず! 勇者様に弓引くことは女神様に弓引くのと同じだ! それだけは! それだけはなんとしてでも阻止しなければ!


 しかし席を立とうとする私に、ローラが手で座るように促しながら口を開いた。


『ねえお父様。なぜ人魔戦争をしているでもなく、滅びの森に大陸全てが侵食されている状況でもないのに勇者が遣わされたのかよく考えてくれるかしら?』


『勇者様が遣わされた理由? ま、まさか聖光教を? そこまで女神様はお怒りだというのか?』


『さあどうかしら? でもだとしたら自浄能力があることを見せないと不味いんじゃないかしら? そうすれば女神様も慈悲をくれるかもしれないわよ?』


『わ、私に教皇様を異端審問に掛けろというのか?』


『それができる状況はリョウスケが整えてくれるわ。お父様は戦場に来るだけでいい。教皇が勇者に刃を向ける前にね』


 私は娘の言葉に震えながらも頷くしかなかった。




「急がねば……教皇が勇者様に刃を向ける前に、なんとしてでも我らの手で捕縛しなければ」


 私は馬を駆り、護衛の聖騎士とともに戦場となるであろう緩衝地帯へと向かうのだった。



 ◆



「間に合わなかったか」


 皇帝の治療を明日に控えた俺は、病院の待合室で顔見知りのエルフの女性からルシオンが緩衝地帯に到着したという報告を受け肩を落とした。


 あと1日だったんだけどな。


「はい、あと1日足止めができていればと王妃様が詫びていました」


「いや、王妃様が帝国の貴族に働きかけをしてくれなかったら、もっと早くに着いていたはずだ。そうなったら俺が動けない以上、より多くの犠牲が出たと思う。王妃様には感謝していると伝えてくれ」


「承知しました。それと長老たちからなのですが……」


「ミーリエルさん、伝えるように言われたんだろ? いいよ、なんとなく予想はできるし」


 俺は普段は気の強そうな優等生顔の彼女が、珍しく眉をひそめ言い辛そうにしているのを見て笑いながらそう言った。


 彼女は俺の夜の恩人であるルーミルの恋人だ。前に俺が日頃の感謝の気持を込めて二人を街に招待したこともあって、戦場に行っているリーゼの代わりに王国と戦場との連絡役として送られてきた。


「申し訳ありません。では……全ての戦える風の精霊魔導士を動員したと。我らエルフは勇者様と共にありと伝えるようにと」


「ははっ、相変わらずだなエルフの長老たちは」


 俺がダークエルフと仲が良いのが相当気になるらしい。


「申し訳ありません。恥ずかしくて穴があったら入りたいです。できれば精霊の森の奪還は老いぼ……長老たちが天寿を全うしてからでお願いします」


「あはは、若いエルフも大変だな。まあ助力には感謝してるし、ちゃんと精霊の森は取り返すから心配しないよう伝えてくれ。ダークエルフだけ過剰に優遇はしないから」


 マンションは移転という形で建てるけどな。でも長年王国で生活してきたエルフたちが森の生活に耐えられるのかね? まあそこは俺が心配するとこじゃないか。長老たちに頑張ってもらおう。


「そのお言葉だけで十分です。迫害してきたダークエルフを牽制するなど、本当に恥ずかしい限りです」


「まあ長老たちにはダークエルフに詫びてもらうけどな。まさか何もしないで森に戻れるだなんて思ってないだろう?」


「……よく言っておきます」


「大変だな」


 精霊の森に一緒に住んでいた頃から仲が悪く、その後精霊の森が侵食されてからは700年以上エルフはダークエルフを迫害し彼らが魔王側につくほどにまで追い詰めた。しっかりと詫びて200年くらいは多少肩身の狭い思いくらいしてもらわなきゃ、ダークエルフたちも納得しないだろう。


 それから憂鬱そうな顔で帰っていくミーリエルを見送った俺は、待合室のバルコニーに出てタバコに火をつけた


「ふぅ」


 みんな大丈夫だろうか。


 シュンランたちのことは心配していない。彼女たちには火災保険の家族特約が付いている。魔物と戦うのであれば心配だが、武器を持つ人間相手なら心配はいらないだろう。身体能力も高いし、たとえ保険適用外の素手で殴られてもビクともしないと思う。


 だが送り出したダークエルフの戦士たちは違う。報告では帝国軍はさらに増員し6万になったと聞く。いくら機関銃があるといってもさすがに無傷とはいかないだろう。


 中級や上級治癒水は持たせられるだけ持たせた。四肢が欠損しようが死にさえしなければなんとかなる。この街の彼ら彼女らの部屋に連れて帰ることができさえすれば俺が全て元通りにしてやれる。


 本当なら俺も行きたかった。飛竜に乗れば往復で2時間も掛からない距離だ。治療の時間に戻ってくればいいだけの話だ。だがルシオンが暗殺者を送り込んでくる可能性を無視できなかった。


 戦える多くのダークエルフを戦場に派遣したうえに恋人たちと一緒に俺までいなくなれば、表向き皇帝を治療する役割となっているため残していかないといけないクリスと皇帝の身が危ない。だから俺が残らざるを得なかった。俺には魔物探知機があるからな。これがあれば暗殺者を見つけることは容易だ。


 「頼むぞシュンラン、ミレイア、クロース、ローラ、リーゼ、サーシャ。俺とクリスが皇帝を連れて行くまで皆を守ってくれ」


 俺は緩衝地帯のある南へと視線を向け、帝国軍6万といま正に相対しているであろう愛する恋人たちへ向けそう口にするのだった。

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