第37話 クリスのレベル上げと帝国の動向



「おーい! リョウスケ〜捕まえてきたぞ〜!」


 森の奥からズシーンズシーンという音と共に、鉄人1号とそのお付きのストーンゴーレムが2体現れた。それぞれが両脇に四肢を撃ち抜かれ凍らされているオークを抱えており、鉄人1号の頭部でクロースが機関銃を振りながらこちらへ向かって大声を張り上げている。


「よし、クリス獲物が来たぞ」


 グラディエーターの荷台でタバコを吸っていた俺は、後部座席で待機していたクリスに声を掛ける。


「ううっ、また殺生を行わないといけないのですね」


「いい加減慣れろって。人に害をなす魔物を倒せば治癒のギフトの能力が上がるんだ。そしたら多くの人を救えるようになるんだぞ?」


 俺は車のドアを開け、魔物相手とはいえ殺生を行うことを躊躇するクリスを抱きしめながらそう言い聞かした。


「ああ……汗とタバコの匂い……スーハー……や、やります。勇者様のお力になるためにも、傷付いた民を救うためにも」


 俺の匂いを嗅いで若干トリップした性……聖女は、車から降りて荷台に置いてある機関銃を手に持った。


「んじゃ置いていくから、次探してくる!」


「ああ、ご苦労さん。ローラにももう少し付き合ってくれと伝えておいてくれ。今日中にレベル15にはしたいからって」


「わかった! 私も『ぱわーれべりんぐ』してもらったからな! 夜まで付き合うぞ!」


 クロースはそう言い残して鉄人1号とお付きのゴーレムと共に森の奥へと向かっていった。


「さあクリス、この6体を撃ってくれ」


「はいっ!」


 俺の指示にクリスは上気した顔で機関銃をぶっ放し、四肢を撃ち抜かれた上に凍らされ身動きの取れないオークたちを蜂の巣にしていった。


 うーん、シスター服に機関銃。いいなコレ。


 俺は機関銃をぶっ放しているクリスの揺れる胸元を眺めながらそんなことを考えていた。



 皇帝を受け入れてから2週間が経過した頃。俺は来たる大戦に備えるため、フジワラの街の周辺でクリスのレベル上げを行なっていた。


 そう大戦だ。


 どうやら帝国は皇帝がいなくなったことに気付き、それをうちのせいにして皇帝奪還のために攻めてくるらしい。その話を王国から南街経由でリーゼから聞いた俺は、皇帝を毒で半死状態にしておいてなにが奪還だと鼻で笑った。


 とは言っても帝国の民はそんなことを知らない。うちが停戦中に皇帝を誘拐したと聞けば怒り心頭だろう。停戦中の再侵攻への大義名分ができたというわけだ。


 うちも帝国貴族を内々で治療してきたので、貴族たちは皇帝が治療のために真聖光病院に入院するために来ていることは理解しているようだ。だがルシオンの暴君ぶりに怯え、言うことを聞かない訳にはいかないらしい。


 なぜそんな帝国貴族の内情を知っているかというと、帝国貴族が入院中にサーシャがしっかり繋ぎを取っていたからだ。貴族たちが帝国に戻ってからも王国と連絡を取れるように手配していたらしい。帝国貴族もルシオンには面従腹背らしく、かなりの精度の情報を提供してくれているようだ。


 ベッドでその話をサーシャから聞いた時は、さすが元王女だと感心したよ。俺の上に乗っかって得意げな顔でもっと褒めなさいと見下ろしてきたので、そのまま激しく突き上げることで応えた。サーシャはそうじゃない! 違うの! と言いながらも喜んでくれた。


 そんなサーシャが繋いだ情報網から、今回の帝国の侵攻計画も手に入った。予定ではあと1週間もしないうちにルシオンは帝都から出兵し、帝国北部で各貴族軍と合流するそうだ。ただ、その数はなんと5万にもなるらしい。これはさすがに防衛戦のキャパを超えると思った俺は、王国と獣王国と魔国に援軍を要請した。


 かなり前から根回しをしていたこともあり、3か国ともに援軍を送ることは快諾してくれて今は兵を集めてくれている。ただ、なにぶん想定していたよりもルシオンの動きが早すぎたため、すぐに動かせるのは各国1万から1万5千が限界らしい。それでも4万はなんとか集まりそうだとは言っていた。あとは帝国と接している王国と魔国が国境にある砦に配備している軍を動かし、帝国軍の動きを牽制してくれるそうだ。


 予定では皇帝の治療が終わればシュバイン公爵が反ルシオン派の貴族たちをまとめ、元気になった皇帝を旗頭に帝都へ戻りルシオンを皇帝暗殺未遂と皇位簒奪の罪で処刑し一件落着になるはずだった。


 しかし皇帝がいなくなったことと、行き先がフジワラの街だということが早々に発覚してしまった。吸血鬼に狙われていたメルギス殿下ならともかく、どうしてうちに皇帝が来ることが発覚したのか? それはシュバイン公爵が殿下を追跡していたハンターの存在を教えてくれたことで、そこから漏れた可能性が高いことがわかった。


 どうも森で吸血鬼が襲撃を掛けてくる少し前に、シュバイン公爵の配下が怪しいハンターたちを見つけ戦闘になったらしい。しかしハンターたちを殲滅する前に吸血鬼が現れ、皇帝を守ることを優先し取り逃したそうだ。恐らくそのハンターたちはルシオンの回し者で、メルギス殿下を追ってきたのではないかと。そして皇帝の姿を見られ、帝国に報告が行き帝城に皇帝が影武者だということが発覚したのではないかと言っていた。


 それにしては動きが早いとは思ったが、ハンターには鳥系魔物をテイムしている者もいる。なら帝国へ手紙を送ることも可能だろう。


 いずれにしろ想定よりルシオンの動きが早いことで、皇帝の治療が間に合うか微妙になった。治療自体は一瞬で終わるが、1ヶ月同じ部屋にいないといけないという縛りが今回は厳しい。となれば万が一間に合わなかったことを考え、周辺国に援軍を求めたわけだ。


 最悪森の手前で帝国軍の動きを止めて時間稼ぎをしてくれればいい。うちからも機関銃と車両部隊を派遣するから、時間稼ぎは可能だと思う。そのためにスーリオンとカルラが教官となり、ダークエルフの機関銃の射手を現在量産中だ。最終的には500人規模になると思う。これだけいれば野戦でも万の敵を相手にしても戦えるだろう。


 それでも野戦となれば犠牲が出るのは避けられないだろうが……


 願わくば皇帝の治療が終わってから進軍を開始してほしいものだ。


 そういった戦争の準備を行う中、いざという時のために俺はクリスのレベル上げを計画した。彼女のレベルが上がれば上級治癒も行えるようになるだろうし、精神力も強くなる。戦場で負傷者の治療に大いに役立ってくれるはずだと思ったからだ。


 そのために1週間前から病院での治療の合間を見つけては、こうして近所でレベル上げをしていると言うわけだ。


 おかげでクリスは早々に上級治癒が使えるようになり、四肢の欠損の治療も可能となった。そしてレベル12になり精神力も上り、クリス自身の力で1日に3人もの欠損患者の治療が可能となった。1日に1人しか欠損患者の治療ができない大司教を既に軽く超えている。50年近く精神修行をした大司教を数日魔物を倒して超えるとは……やっぱレベルアップってチートだわ。


 先代勇者の亡くなった恋人である聖女の情報が皆無なため、完全治癒をどれくらいで覚えるのかはわからない。でも俺はそう遠くないと思っている。だって四肢の欠損を治せる上級治癒は、レベルアップしていない大司教とかでも使えるわけだし。恐らくレベル30くらいで覚えるはずだ。シュンランとミレイアがその辺りで新しいギフトというか種族魔法が発現したからな。ミレイアの場合は魅了で大変だったけど……主に俺の身体が。


 しかしレベル上げをするうえで一つ問題があった。それはクリスが戦闘訓練を受けたことも、戦闘経験も一切ないことだ。そのうえ運動神経が壊滅的だった。火災保険が適用されているとはいえ、同じ後衛であるサーシャに比べても正直クリスの運動神経の低さは異常だ。魔物の爪や牙には火災保険が適用されないことから、一緒に狩りに連れていくのはもっとレベルが上がってからじゃないと怖い。


 だから俺たちで無力化した魔物を運んできて、機関銃でとどめを刺させている。この方法だと戦闘に参加していないからか、サーシャもそうだったが得られる経験値は少ない。その結果、シュンランたちの時に比べるとレベルは上がりにくい。だがまあそこは数をこなせばいいということで、主に俺とローラとクロース。たまにシュンランとミレイアでクリスのレベル上げを手伝っている。


 その中でもローラが一番張り切っており、次から次へと魔物を狩ってくる。きっと妹みたいな存在のクリスの身の安全のために、早く身体能力を上げてあげたいんだろう。決して普段からクリスにうるさく言われていることへの仕返しではないと思う。毎回大量の魔物にとどめを刺したことで、精神的に疲弊しているクリスを見て満足げな笑みを浮かべているが気のせいだろう。


 クロースは新たに来たダークエルフたちが街に慣れてきたこともあって暇な時間が増え、帝国が軍備を整えていることで俺が女神の街に狩りに行くのを控えたことから喜んで付き合ってくれている。機関銃を撃てるのが嬉しいらしい。



「お、終わりました勇者様」


「お疲れさん、じゃあ次が来るまでまた休憩してようか」


 全てのオークにトドメを差し若干顔を青ざめさせているクリスから機関銃を受け取った俺は、アンドロメダスケールを操作してオークの体内から魔石を回収した。そしてクリスの肩を抱いて車の中で休んでいるように告げた。


「はい。あの……今日のご褒美にその……」


「ああ、風呂に入る前にクリスの部屋に行くよ」


「はいっ! 待ってます!」


 顔を真っ赤にしながらご褒美をねだるクリスに、俺は汗とタバコの匂いをそのままにクリスの部屋に行くと伝えると彼女は満面の笑みを浮かべ抱きついてきた。


 きっと夕飯までずっと俺の脇や股間の匂いを嗅いで、俺の体液を顔に掛けられてアヘ顔になるんだろうな。おかしいな。あんなに清楚で大人しい子だったのに、どうしてこうなってしまったんだろう? 性癖とはここまで人を狂わせるものなのか? 聖女が性女になるほどに……


 そんなことを俺に抱きつきながらスーハーを始めたクリスを見下ろしながら考えつつ、それでもクロースよりは俺への精神的負担は少ないかと思いされるがままにした。クロースの場合は日に日に道具が増えハードになっていくからな。アレに比べれば全然許容範囲内だ。


 それからいつまでも脇の匂いを嗅いでいるクリスを引き剥がし車に押し込んだあと、俺は再びグラディエーターの荷台に乗りタバコに火をつけるのだった。



 ♢♦︎♢



 クリスのレベル上げが終わり、彼女とローラたちを神殿前に降ろしてからマンションの地下駐車場に車を戻し1階のロビーに上がった。すると竜王とリキョウ将軍の姿が見えた。


「おお、勇者殿! 帰ってきたか! ちょっとこの酒を外に出してくれ」


 竜王は俺の姿を見るなり、自販機で買った大量のビールや日本酒の入った箱を俺へと差し出してきた。


「また皇帝に嫌がらせに行くのか? 後でどうなっても知らないぞ?」


 竜王は頻繁に皇帝の見舞いに行っている。なんでも皇帝の父親とは仲が良かったらしく、皇帝のこともまだ皇帝が小さい頃から何度か顔を合わせていたそうだ。メルギス殿下の名前も、前皇帝が竜王の名前であるメルギロスから取ったらしい。その話を聞いて、だからメルギス殿下があんなに竜王に対して親しげだったのかと納得した。最初竜王が見舞いに行った時は、腰を抜かすほど驚いていたみたいだけど。まあそりゃそうだよな。魔国の最高権力者がこんなところにいるとは思わないよな。


 まあ顔見知りの皇帝の見舞いに行くのはいい。ただ、行くのが夜だけで必ず酒を持っていくことが問題なんだ。どうもシュバイン公爵曰く、皇帝は停戦交渉の時に竜王が飲ませたビールの味が忘れられなかったらしい。メルギス殿下に皇位を譲ったら、この街に滞在して毎日ビールを飲んで暮らすつもりだったようだ。迷惑な……


 それが現在は全身麻痺の状態で入院している。それを哀れに思った竜王がビールを差し入れに行っているというのが表向きの理由だ。皇帝は水や流動食はゆっくりなら口に入れて飲み込むことはできる。でなきゃとっくに衰弱死してるしな。だから酒も飲もうと思えば飲めるんだけど、麻痺した舌で味なんてわかるわけがない。


 そんな皇帝に竜王は酒を渡し、シュバイン公爵や侍女が飲ませているらしい。しかしシュバイン公爵曰く、皇帝の顔が微妙に悔しそうに見えたそうだ。そんな皇帝の横で竜王はじゃんじゃん酒を飲み美味い美味いと騒いでいるらしい。もうこれはイジメだろ。


 だから俺は皇帝が元気になったあと、どうなっても知らないぞと竜王に警告をしたのだが……


「嫌がらせとは人聞きが悪いの。ワシは亡き友の息子を元気付けようと好物のビールを差し入れに行っておるだけじゃよ。恨まれるようなことはしておらん」


 当の竜王は素知らぬ顔でそうのたまった。隣でリキョウ将軍も呆れた顔をしている。


「喧嘩するなら街の外でやれよな」


 俺は深いため息を吐いたのち、差し出された大きな箱を受け取りマンションの外に出した。


 二日に一度は俺の帰りを待っている竜王にこんなことをさせられている。マンション内で買った物は俺しか外に出せないから仕方ないんだけどさ。病院にも自販機は設置してあるが、さすがに酒は置いてないし。ちなみにジュースやアイスの自販機は患者に好評だ。買いすぎて治療費が足らなくなったアホもいたけど。まあ後日ハンター業で稼いでちゃんと支払ったから別にいいけど。


「わははは! ワシとアルバートの坊主が喧嘩などするはずなかろう。では行ってくるでの。今日はどんな顔をするか楽し……おっと、これで顔面の麻痺が少しでも良くなればいいんじゃがのう」


 俺から酒の入った箱を受け取った竜王は、それをリキョウ将軍に渡しながらうっかり本音を漏らした。が、慌てて皇帝の顔面の麻痺を治すためと苦しい言い訳しながらマンションを後にした。


「治ったら騒がしくなりそうだなこりゃ」


 俺は再びため息を吐きつつ、神殿にあるクリスの部屋へと向かうのだった。



 そんな慌ただしくも賑やかな生活を送り一週間が経過した頃。


 ルシオンが帝都を出発したとの連絡がフジワラの街へともたらされた。





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くろっぷさんからまたまたファンアートを頂きました。今回はセイランです。ちゃんとキセルを吹かしてました(笑


https://kakuyomu.jp/users/shiba-no-sakura/news/16817330653049050853

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