第36話 影武者



 ——ラギオス帝国 帝城 執務室 帝国宰相 ユーラ・フルベルク公爵——




「馬鹿な……吸血鬼を一撃? なんなのだその光の槍というのは」


 私は報告をしてきた配下の者へ、吸血鬼をたった一撃で消滅させたという武器のことを問いただした。


「申し訳ございません。後を追わせていたハンターの手紙にはそこまでは」


「くっ、まさか吸血鬼を瞬殺するなど、なんという強さだ。そのハンターを私の元に来させろ。詳しい話を聞きたい」


「それが吸血鬼が現れる直前に何者かに背後から襲撃を受け、パーティは壊滅状態になったようです。現在は生き残った者の欠損した四肢の治療のため南街で順番待ちをしていて動けないので、とりあえずテイムした夜魔切り鳥に手紙を届けさせたということです」


「何者かに襲撃を受けた? 一体誰にだというのだ?」


「現場には商人の姿をしたシュバイン公爵に似た初老の男がいたと書かれていました。もし本当であるならば、シュバイン公爵の家の者に見つかり襲撃を受けたのではないかと。そのタイミングで吸血鬼が現れ、見逃された可能性があります」


「商人の姿をしたシュバイン公爵? それは本当なのか? だいたいハンター風情が公爵の顔を知っているわけが……いや、前回の侵攻の際にルシオン様が南街で盛大に出陣式をやったと言っていたな。その時にシュバイン公爵の顔を見た可能性があるか」


 それ以外に公爵位に就く人間をハンター風情が見る機会などない。となれば本物か? シュバイン公爵の居場所が不明なのは確かだ。それに雇ったハンターたちはCランクだと聞いた。そんなハンターたちを相手にいくら不意を打ったとはいえ半壊させたとなると、シュバインの配下の可能性も考えられる。前回の侵攻時に数を減らしたと聞いてはいるが、まだまだあの家には腕の立つ者がいる。


「ハンターたちは負傷した仲間の応急処置をしつつ遠くから様子を伺っていたようなのですが、リョウスケという男とその恋人たちが吸血鬼と吸血鬼化したオークをあっという間に殲滅したそうです。その後に最近フジワラの街で見かけるようになった魔導車という馬の無い馬車が複数現れ、それに商人の天幕から寝台に寝たままの人間が運び込まれたと。その様子を殿下とシュバイン公爵が心配そうに見ていたと書かれています」


「魔導車か。確かに最近南街で目撃したと聞いたことはある。どういう仕組みで動いているのかさっぱりわからない乗り物だとか。しかし殿下とシュバイン公爵が心配する人間が寝台に乗っていたか……まさか」


 いや、陛下は変わらず寝室にいる。側に置いている侍女からの報告もいつも通りだ。


 だがどうも引っかかる。


 まさか影武者? だがそれであればどうやって入れ替わりを? 侍女の中に裏切り者がいる? だが部屋の外の守衛の目をどうやって誤魔化す? まさかもう一箇所隠し通路が? メルギス殿下が知っていたとしても不思議ではないか。それをシュバインに教えただ可能性があるな。だがいったいどこに?


 これは一度調べねばならんな。まずは陛下が本物かどうかを侍女に確かめさせよう。


 私は配下の者を下がらせ、陛下の世話をしている侍女の1人を呼び出した。


 そして下の世話している時に足にナイフを刺して反応を見るように命じた。


 麻痺している身体なのだから痛いはずがないのだから遠慮はするなと。侍女は難しい顔をしたが、本物であったとしても本人は話せぬこと。もし何かあったとしても私が責任を持つと言って納得させた。


 どうせ国内を掌握すれば陛下には死んでもらうのだ。いくらでも責任をとってやる。



 そして翌日。陛下の姿が寝室から忽然と消えたとの報告が私の元へとやってきた。


 報告によると、昨日の夜に侍女が下の世話をしている最中に他の侍女たちの目を盗みつつ、陛下の太ももにナイフを刺したそうだ。その際に一瞬反応があったと思ったが、確信が持てなかったので刺した箇所に治癒水を掛けて明日にもう一度試そうと思ったらしい。


 他の侍女もいる中でそう何度も陛下の体にナイフを突き立てるわけにはいかないからこれは仕方ないだろう。しかしその晩、陛下は忽然と寝室から姿を消した。寝室の前に立たせていた衛兵もまったく気が付かなかったらしい。


 消えた陛下の行方はわからず、現在帝都とその周囲の貴族たちの兵が総動員で探している。


 恐らく影武者だったのだろう。侍女が怪しんでいることを悟り逃げたか。


 しかしいったいどうやって? 寝室の出入口にいた衛兵は殺されることなくそのままだ。陛下の寝室がある階の下にいた衛兵も誰も殺されていないし、怪しい人影も見ていない。暗殺を指示したルシオン様は、自分が暗殺されることを恐れて帝城の警備は万全にされている。その中で逃げることができるとすれば……やはりもう一つ隠し通路があったとしか考えられない。


 メルギス殿下が別の隠し通路を知っていたのだろう。陛下は万が一兄弟で争った時のために、二人に別の隠し通路の存在を教えた。それならルシオン様の知らない隠し通路があったとしても不思議ではない。


 場所はもう確定している。陛下の寝室のどこかだ。陛下はメルギス様に皇帝となった際に一番逃げやすい場所の隠し通路を教えたか。メルギス様にはルシオン様ほどの武力がないことを心配されたのかもしれないな。


 しかしそうなると本物の陛下はフジワラの街か。シュバイン公爵が脱出させ付き添っているのは間違いないな。陛下の身を心配して逃したか。治らないことを知りつつも聖女の力に縋ったのかもしれん。無駄なことを。


 しかしいずれにしろ不味いことになった。


 陛下がいなくなった以上、ルシオン様に報告しないわけにはいかない。見つけることができなければ私の首が物理的になくなる可能性もある。となればフジワラの街にいることを伝えねばならんか。


 まずは隠し通路を見つけ塞がねば。その後にルシオン様へ報告に行くとするか。


 ルシオン様がこのことを知ればどうなるか火を見るよりも明らかだ。気が重い。未知の武器を持つ相手と戦争をする余裕などないというのに。





 ——ラギオス帝国 帝城 執務室 帝国皇帝代理 ルシオン・ラギオス——




「あん? 親父が影武者だった? んであの半魔のところに治療に向かってるだあ?」


 子爵の娘だというなかなかに締まりの良い女があまりにも気持良くて、ついうっかり息子から雷も一緒に放っちまって死にそうになったから兵士に治癒水を用意させていた。そしたらフルベルクのやつが大事な話があると訪ねてきた。


 面倒だったが兵士に女の治療をさせている間は寝室も使えねえし、仕方なく服を着て執務室に来てみればとんでもない話を聞かされた。


「まさか最初から影武者だったってわけじゃねえだろうな? いや、それはねえか。それなら俺が皇帝代理になった時に、兵を率いたシュバインと現れなきゃおかしい」


 あの親父がやられっぱなしでいるはずがねえしな。


「はい。間違いなく本物の陛下は毒によって全身が麻痺しております」


「んでどうやって親父は影武者と入れ替わったんだ?」


「それが陛下の寝室の本棚に仕掛けらしき物がございまして、その仕掛けが解けないので本棚を破壊したところ床に階段がありました。降りてみると、帝都から半日ほど離れた場所に繋がっておりました。人が通った形跡がありましたので、そこから影武者と入れ替わったのかと」


「隠し通路がまだあったのか!?」


 親父には一つしかないと聞いたぞ!


「はい、恐らくはシュバイン公爵に同行していた、メルギス殿下が陛下より知らされたかと」


「メルギスが!? いや、第二皇子ならありえるか。親父の野郎、俺たちに別々の隠し通路を教えやがったのか」


 どういうつもりだ? 俺とメルギスが皇位継承で争うと思ったか? だが皇帝の寝室の隠し通路なんか、俺が皇帝になっていたらメルギスに暗殺されるじゃねえか。いや、あいつがそんなことする度胸がないのはわかっちゃいるがよ。それでもムカつくなあのクソ親父。


 しかしメルギスも半魔のところにいるのかよ。次は自分が暗殺されると思ったか? なかなかに良い勘をしてるじゃねえか。


「目撃者が多い以上、陛下がいなくなったことはもう隠せません。こうなれば陛下はもう誘拐されたということにするしかありません」


「まあそうだろうな。そうか、半魔のところに行ったか。まさか敵のところに逃げ込むとはな。シュバインもボケたか」


「恐らくはフジワラの街にある真聖光教会に向かったのだと思います。そこには聖女と呼ばれる完全治癒のギフトを使える者がおりますれば、最後の希望として縋ったのではないかと」


「聖女? 完全治癒? なんだそりゃ?」


 前に攻めた時にそんな話は聞いた覚えがねえぞ?


「教会に残っている記録では、完全治癒とはあらゆる病を治すことができるギフトだとか。ただ、脳の病気だけは難しいとのことです。ですから脳を毒に侵されている陛下には効果がないでしょう」


「治せねえのは間違いねえんだな?」


「はい。教皇がそう言っていました」


「ならいい。しかしそんなギフトがあんのかよ。欲しいなその聖女」


 その女がいれば俺が病気になっても安心だ。


 しかしそうか、親父が半魔のところにいるのならチャンスだな。


「フルベルク、親父とメルギスは半魔に攫われたと国中に触れを出せ。そして貴族どもに五万の兵を集めさせろ。親父たちを救いに行くと言ってな」


「ご、五万ですか!? さすがにその数は……国境も手薄になってしまいます。もし王国や魔国が攻めてくれば、国境を突破されてる可能性があります」


「皇帝を拐われたんだぞ? 大義はこっちにある。王国と魔国にはそう説明しておけ。それでも攻めてくるなら、半魔野郎をぶっ殺したあとにその足で王国から攻めてやる。これは決定事項だ」


 腰抜けのアルメラ王が動くわけねえとは思うが、もし攻めてきたなら今度こそ滅ぼしてやる。まあ攻めてこなくても次はアルメラなんだがな。魔国が攻めてきたらとりあえずは防衛だな。あの国は一筋縄にはいかねえからな。こっちが半魔のところから戻ってくる間に、領土を接している西側の土地はいくらか取られるかもしれねえが、まずは王国を平らげ獣の国も滅ぼす。そして王国民と獣を奴隷にして奴等を先兵に魔国に攻め入ってやる。


「しょ、承知いたしました。すぐに手配いたします」


「二週間だ。二週間後に俺は帝国北部の滅びの森の緩衝地帯へ向け出発する。その時に五万の兵が帝国北部に集まっているようにしろ」


「に、二週間ですか!? それではさすがに糧食の準備ができないかと」


「前回は1万の兵を1年間養えるだけの糧食を1ヶ月で集めただろうが。今回は半魔野郎のいる砦を1日で落とす。その後は、二千人程度を砦に置いておくつもりだ。半魔野郎の使っていたあの石礫が飛び出る魔道具が手に入るから、それだけの兵でも十分だろう。残りはすぐに帝国に戻す。それならそんなに糧食は必要ねえだろうが。足りなきゃ商人に格安で吐き出させろ。あとこれを機に儲けようとする商人は、一族郎党皆殺しにすると振れを出せ。そうすりゃあ貴族どもも集めやすくなるだろ?」


 前回親父が商人どもに吹っかけられたとか言ってたしな。俺は甘くねえ、俺を利用して儲けようとする奴らは皆殺しだ。


「確かにそれであれば急げばなんとかなるやもしれませんが、商人たちの反感が大変なことになります」


「反感だ? だからなんだ。文句を言う奴は殺せ。誰のおかげで金儲けができてると思ってんだってな。皇帝が拐われたんだぞ? そんな一大事に国のために身を切れねえ奴らなんか必要ねえ。少しでも文句を言うやつがいたら確実に殺せ。金儲けしか考えてねえ商人どもへの見せしめにしろ」


「……承知致しました。商人たちには食料を全て吐き出させます」


「そうしろ。まあ助ける予定の親父は半魔の野郎に殺されるんだがな。手間が省けて助かるぜ」


「そちらも抜かりなく手配いたします」


「誰にも見られねえようにな」


「ハッ!」


「それでいい」


 帝城で俺が殺すより、敵の手によって殺されたことにした方がいい。そして俺は親父の仇を討ち、誰に文句を言われるでもなく皇帝になる。なかなかに泣ける展開じゃねえか。皇帝になる時に貴族どもの前で親父のことを話して涙でも流せば国もまとまるだろう。問題は涙が出るかどうかだが、上着の裾にでも小さな水袋でも忍ばせておくか。失敗したらシラけるから練習が必要だな。


 フルベルクの野郎。いつもいつも国を早急にまとめなければとかなんとかいつもうるせえが、俺が手本を見せてやる。国主の仇討ちこそが国をまとめるのに一番簡単な方法だってな。まあその国主は俺が殺させるんだが。


 ククク、しかし半魔野郎を殺せる機会がこんなに早く来るとはな。皇帝が拐われたなんて大義名分がありゃ、貴族たちも出し惜しみはできねえだろう。そんなことをすりゃあ、全てが終わった後に取り潰しだ。


 シュバインの野郎は役立たずだったが、最後に良い仕事をしてくれた。褒美に親父と一緒に死なせてやろう。その後は家は取り潰して財産も没収だな。長年公爵の地位にいた家だ。相当溜め込んでるだろう。俺が有効利用してやる。帝国への最後の奉公ができてシュバインも喜ぶだろう。


 半魔野郎も今度こそ終わりだ。どんだけ強力な魔道具を持っていようが、圧倒的な兵力で押し潰してやる。そしてお前の女たちを目の前で犯して殺してやる。

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