第35話 移送



「オーナー! 助かったぜ!」


「あいつらどんどん再生していきやがってよ。もう駄目かと思ったよ」


「さすがオーナーだぜ、吸血オークが一撃で消滅するとかヤバすぎだろ」


「いやぁ、発煙筒を持っていたあの商人には感謝だぜ。あれがなかったら全滅してたかも知んねえ」


「Cランクハンターのパーティがいたのも運が良かったよな。助けが来るまでなんとか持ち堪えることができた」


「みなさんが無事で良かったです。売り上げが落ちるところでした」


「ひでえオーナー! 俺たちは常連だってのにそりゃないぜ!」


「「「そうだそうだ!」」」


「あはは、冗談ですよ。間に合って良かったです」


 吸血オークを殲滅した俺たちは、野営地にいたハンターたちに囲まれ感謝の言葉を受けていた。


 ここにいるのは見知った顔のハンターたちばかりだ。死人が出なくて本当に良かった。


 皇帝たちが到着する日が近かった事もあり、警備隊を増員して見張らせていて本当に良かった。シュンランと励んでいてあと少しという所で警備隊の詰所と部屋を繋いだ緊急時用のインターホンが鳴った時は、このタイミングでかよって悶々としたけど。まあ大量の発煙筒が炊かれていると警備隊から聞いて、そんな気持ちも吹っ飛んだけど。それさら速攻で皆を起こして飛竜に乗ってやって来た。やはり皇帝が帝都を出たことが発覚し、ルシオンが追っ手を差し向けたと思ったがまさか吸血鬼がいるとはな。


「おい、怪我してる者で治癒水が足りない奴はいるか?」


 隣にいたクロースがハンターたちに問いかける。着いた時には既に乱戦になっていたので、機関銃を撃てなかったせいかその顔は少し不満そうだ。


「あー、腕を噛みちぎられたのがいてさ。上級治癒水の持ち合わせはあるか?」


「あるぞ。今回だけ特別に格安で売ってやろう」


「助かる。クロースさんありがとな」


「気にするな」


 クロースが上級治癒水を渡すと、帝国のハンターは軽く頭を下げながら仲間の元へと向かった。


 皇帝に差額は請求するし、帝国からハンターたちには礼金が支払われるから最終的には彼らも儲かるはずだ。ここにいるハンターたちはどう考えても巻き込まれただけだろうし、彼らがいなかったら間に合わなかった可能性もある。彼らのおかげで助かったようなものだ。帝国もケチらないだろう。


 離れていくハンターの背を見ながらそんなことを考えていると、吸血鬼を任せていたシュンランが戻ってきた。無傷なところを見るとやっぱり余裕だったようだ。セイランより強いようには見えなかったしな。そのセイランを模擬戦で圧倒したシュンランなら大丈夫だろうと彼女に任せてきた。


「涼介、片付いたぞ」


「お疲れさん。男の方はどうだった?」


「涼介の一撃で消滅していた。女の方はまあ、セイランよりも遥かに弱かったな。トドメは刺さずに追ってきたセイランに引き渡した。闇組織の者らしく二度と手を出させないよう言い聞かせると言っていた」


「なるほどな。ということは皇帝暗殺未遂も吸血鬼が絡んでそうだな。まあ同族のセイランが話をつけるなら任せておけば大丈夫だろう」


 吸血鬼から街を守るという約束だしな。もしも闇組織が拒否するならセイランの一族が潰してくれるだろう。


 しかしさっきの一撃で吸血鬼が消滅したのか。竜王の言っていた通りだな。とは言ってもさすがに一撃で消滅させることができるのは進化した神器だけのようだが、初期化されている青龍戟でも再生を数百年単位で封じることができるらしい。これだけ強力な不死者に対しての特攻の効果があるなら、先代勇者と敵対した吸血鬼が大きく数を減らしたのも頷ける。


「涼介、サーシャとリーゼは何をしているのだ?」


「皇帝の天幕に行ってるよ。元王族と元宮廷魔導士だしな」


 二人には皇帝の天幕に向かってもらった。俺を知らない護衛の者も多いだろうし、彼らに無駄な警戒をさせないためだ。


「リョウスケちょっといい?」


「お? 噂をすればだ」


 皇帝のいる天幕からサーシャとリーゼが男性二人と共に出てきて俺を呼んでいたので、俺はシュンランとクロースを連れて向かった。


「勇者殿、この度はご助力に感謝いたします」


「勇者殿、救援感謝いたします」


「シュバイン公爵にエルムートさん。間に合って良かったです」


 俺は頭を下げる二人に笑顔でそう答えた。


 発煙筒を渡しておいて正解だったな。あれを迷いなく使ってくれたエルムートさんもグッジョブだ。


「まさかこれほど早く助けにきてくれるとは思いませんでした。しかも飛竜に乗ってなど。その……あの灰色の飛竜はもしや」


 エルムートさんが野営地の上空を旋回している2頭の飛竜を見上げ、恐る恐る聞いてくる。


 ずいぶんと目が良いなこの人。ハンターたちはテイムされた飛竜だと思っているのに、この暗闇の中で色が見えるとは。


「ええ、縁あって吸血鬼の十二士族の一家である、ハニーサックル家の当主の助力を受けておりまして。吸血飛竜を貸してもらってるんです」


「やはりそうでしたか。吸血鬼が飛竜を眷属化したと聞いたことがありましたのでもしやと思っていましたが、まさかハニーサックル家がそうだったとは。そしてそのハニーサックル家の当主と友好関係を築くとは、いやはやさすが勇者殿ですね」


「彼女の妹と色々ありましてね。おかげでこうして助けに来ることができました」


 セイランの名誉のためにも、神器にビビって向こうから友好を申し出たというのは黙っておこう。まあ彼女も色々と思惑がありそうだしな。どうも戦妃になる方法に勘付いているみたいだ。やはり長寿の種族は要注意だな。


 この前も恋人たちが身に着けている下着を見て、速攻でねだって来たし。しかも大人の自販機の中で1番過激なのを選んだあげく、目の前で着替えようとした。クロースが監視のために付いてきていなかったら、ついつい見逃す所だった。


 そういえばオークは吸血鬼化していたな。魔物を吸血鬼化できるのはハニーサックル家だけだったはず。ということはセイランの身内が闇組織にいるのか? 確か当主だけが受け継ぐ術だと聞いたんだけどな。まさかセイランの父親が絡んでる? そういえば一族は人数が減って領地経営に余裕が無いとか言ってたな。となると暗殺で金を稼いでいても不思議では無いか。


「勇者殿。陛下も御礼を言いたいでしょう。中へお入りください」


「いや、皇帝も動けない姿を俺に見られたくは無いでしょう。もうすぐ迎えの車が来るので、それに乗せて病院に向かいましょう」


 シュバイン公爵の申し出に俺は首を振り断った。


 あのプライドの高い皇帝だ。和解したとはいえ敵だった俺に今の姿は見せたく無いだろう。俺もあの覇気に満ちていた皇帝の弱った姿を見たら憐れんでしまうかもしれない。それは皇帝を傷付けるだろう。


「勇者殿……お気遣いありがとうございます」


 俺の言葉にシュバイン公爵は再び頭を下げた。


 すると今度は背後から声が掛かった。


「ここにいたかリョウスケ殿。いや、勇者様と言った方が良かったかな?」


「いえ、リョウスケでいいですよ。勇者という柄ではないので」


 振り向くとミスリルの全身鎧を纏った、優しそうな顔をした20代後半くらいの男性が美しい女性と可愛らしい女の子を連れてこちらへと歩いてきていた。


「なるほど、聞いていた通りの青年のようだな。私はメルギス・ラギオス。ラギオス帝国の第二皇子だ。この度は危ないところを助けてくれて感謝する」


「夫をお救いくださりありがとうございます勇者様」


「あ、ありがとうございます。ゆ、勇者様」


「皇帝陛下と殿下が森で合流することは、シュバイン公爵の配下の方から聞いていましたので。間に合って良かったです」


 メルギス殿下の感謝の言葉に続き、奥さんと娘さんが深く頭を下げた。


 そんな彼女たちに笑顔で答えると、殿下が娘さんを隠すように前に立ち真顔で俺を見つめてきた。


 イヤイヤイヤ、俺はロリコンじゃないからな? 何を警戒してんだよこの男は。


 俺が笑みを引き攣らせていると、遠くから機関銃の音と車のエンジン音が聞こえてくる。


「迎えが来たようです。あの音は機関銃の音なので気にしないでください。夜の森は魔物が多いですから」


「きかんじゅう? ああ、確か石の礫を放つ魔道具だったか」


 殿下が俺の隣にいるクロースの肩に掛けられている機関銃を見てそう口にすると、クロースはニヤリと笑ったあと機関銃を誰もいない方向に構え引き鉄に手をかけた。


「何をしようとしてるのだお前は!」


 そんなクロースの頭をシュンランが青龍戟で叩いた。


 ゴツンとものすごい音が周囲に響き渡り、目の前にいた殿下と奥さんや娘さんの表情が強張った。


 大丈夫、これくらいじゃクロースの頭は割れないから。


「アイタッ! シュンランこそ何をするのだ! 第二皇子が見たそうだったから撃って見せようとしただけではないか!」


「帝国の騎士たちがいるのだぞ! 空気を読め!」


 痛そうに頭を抱えるクロースに、シュンランが諭した。


「あ……」


「そういうことだクロース。まだ終戦からそんなに日が経ってないからな。後日殿下が見たいと言ったら見せてあげればいい」


 防衛のためだったとはいえ、帝国の兵を数千人も殺した武器だ。ここにもあの戦いに参加した騎士がいる。シュバイン公爵やエルムートさんなんて顔を青ざめさせている。あの一方的な戦いを思い出したのだろう。


「わかった。ごめんリョウスケ」


「わかればいいんだ」


 俺は素直に謝るクロースの頭を撫でた。あ、コブができてる。というかコブで済むんだから、レベルって反則だよな。あれ? 今気付いたんだけど青龍戟には火災保険が通用しない? 俺もシュンランは怒らせないようにしよう。うん。


「い、痛い……コブを撫でられると痛いぞ……リョウスケはそうやって私を痛めつけて興奮するのだからな。仕方ないから帰ってから好きなだけ私を鞭で叩いていいぞ」


「リョウスケ殿? 鞭とは?」


「え? あ、いや何でもないです。あっ、ほら車が来たぞ! シュバイン公爵に殿下も車に皇帝陛下を乗せてください」


 クロースの爆弾発言に殿下が白い目で俺を見ながら聞いてきたタイミングで、街道に輸送用のワンボックスカーが2台と、それを挟むようにジープが4台停車した。


 その後、皇帝をワンボックスカーに乗せ、車に驚く殿下たちや護衛の騎士と兵士。そして足をやられて歩けないハンターにも乗ってもらった。そして残ったハンターたちに亡くなった騎士の埋葬を頼み、俺は恋人たちと申し訳なさそうにしているセイランを連れて飛竜で車両を護衛しつつ病院へと向かうのだった。


 移動中セイランに吸血オークのことを聞いたのだが、あのオークはやはりセイランの一族が眷属にしたオークだった。しかしセイランの父親が闇組織を運営しているのではなく、大昔にセイランの祖父が眷属化させたオークだそうだ。セイランの祖父は彼女よりも魔力が高かったそうだが、人魔戦争時に先代勇者によって殺されたそうだ。その時にセイランの祖父に眷属化された魔物が、主を失ったことで四散したらしい。その魔物を何者かが手に入れ、流れに流れて闇組織の元にいたそうだ。セイランは闇組織が暗殺を魔物の仕業に見せるために使っていたのではないと言っていた。


 そういう経緯もあって、今回の襲撃にハニーサックル家が間接的に関わってしまったことを詫びていた。


 そんなこと言われても何百年も前の話だしな。セイランが生まれる前の話なんだから気にする必要はないと言っておいた。そしたらセイランはホッとしていた。俺もセイランの父親が貧乏を苦に闇組織を運営していなくて安心した。


 セイランは街に戻ったら魔国に一度戻り、一族の者を連れて闇組織を襲撃しに行くらしい。そして残りの眷属化された魔物を全て処分するそうだ。父上は祖父の遺産を利用している者たちを許さないだろうと。闇組織を率いる吸血鬼も間違いなく処分されるだろうと言っていた。とは言ってもハグレとはいえ同族は殺したくないみたいだから、細切れにして聖水に浸して封印するらしい。聖水はフジワラの街にいくらでもあるしなと苦笑していたよ。


 封印した吸血鬼をどうするのか聞いたら、いずれセイランの一族が他の支族をまとめた時に復活させ種馬にして飼うらしい。哀れな。


 そんな話をしながら車に襲いかかってくる夜の魔物を燃やしつつ、日が上り始める頃には街の南西にある病院の入口に着いた。


 後は警備隊のダークエルフたちと看護婦さんに任せ、俺は飛竜を敷地内の駐機場に降ろしマンションへと戻りシュンランと一緒に眠りについた。その日は昼近くまで眠り、午後は帝国の動きをリーゼに探ってもらったりして過ごした。



 そして翌日。


 とんでもなく豪華な部屋に陛下を入院させてくれて感謝しますと、シュバイン公爵が礼を言いにきた。俺はそれだけの入院費と治療費をもらうので気にしないでくれと伝えた。


 その際にセイランが攻撃してきた吸血鬼に聞いたところ、追っ手は皇帝を狙ったのではなく、殿下の方を狙っていたらしいのだが帝国は皇帝がいなくなったことに気付いていないのかと聞いた。


 そしたら今のところはそうでしょうとシュバイン公爵が答えた。


 普通いなくなったらすぐにわかるはずなのにどうやって? と聞いたら色々なギフトがありますのでと答えをはぐらかされてしまった。変身できるギフトでもあるのかなと思い浮かんだが、悪意がある者がこの街に近づけば魔物探知機でわかるしいいかと思いそれ以上深くは聞かなかった。


 そうそう、殿下の娘さん。名前をシェリスと言うらしいのだが、彼女は調合のギフトを持っているらしい。そんな彼女はハンターたちに滅びの森にある薬草を採ってきてもらうため、街のギルドに採取の依頼していた。祖父である皇帝の症状を少しでも和らげてあげたいんだそうだ。


 それで皇帝だけかと思ったら、入院している患者の症状をクリスや看護師さんたちに聞い回っているらしい。他の患者さんにも症状を和らげる薬を作ってくれるみたいだ。


 うちには薬師がいないから、こういうのは本当に助かる。確かに俺はどんな病気でも治せるが、治せるようになる1ヶ月間は痛みや苦しみを和らげることができない。病院に行く度に治療を待つ患者さんから、いつこの苦しみから解放されますかと聞かれて俺も辛かった。


 だから俺はシェリスに会いに行き、薬草の依頼にかかる費用は全てこちらで負担するから好きなだけ依頼して欲しいと伝えた。それが森の奥地にある薬草でも、女神の街にいるハンターに俺から依頼を出すからと。


 女神の街にはまだギルドの支店がないからな。俺がハンターたちに直接依頼するしかないんだ。


 俺の言葉にシェリスは嬉しそうに御礼を言ってくれた。御礼を言いたいのは俺の方なんだけどな。本当に良い子だ。


 母親に似て目が少し垂れていて、なかなかに可愛らしい。将来はきっと母親のような美人になるに違いない。


 そんなことを考えていると、殿下が娘はやらんぞっ! 可愛い娘を鞭で打たせはせんっ! て怒りながらシェリスとの間に入ってきた。


 だから俺はロリコンじゃないんだって! 12歳の少女をくれなんて言うわけないだろ!


 それとクロース! お前のせいで俺が特殊性癖の持ち主だと誤解されたじゃないか! 帰ったらお仕置きだ!

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