第34話 刺客
——ラギオス帝国 帝城 執務室 帝国宰相 ユーラ・フルベルク公爵——
「メルギス様が妻子を連れて滅びの森に?」
配下の者の報告に私は訝しんだ。
「はい、監視していた者の報告によれば、帝国と滅びの森の間にございます緩衝地帯に入っていったそうです」
「妻子を連れて帝国北にある温泉に向かったと聞いたが、まさか滅びの森に向かうとは」
向かうとすれば亡命目的で王国だと思ったのだが、滅びの森になんの用が?
王国に亡命しようと国境を越えたなら、王都に辿り着く前に赤い蝙蝠に暗殺させるつもりだった。だが滅びの森に向かう理由がわからない。
フジワラの街にある真聖光病院にでも向かうのか? しかしそれも完全治癒のギフトでは治らないのは承知で、一縷の望みをかけて陛下を連れて行くというのならわかる。まあ陛下は相変わらず帝城の私室で寝たきりだ。隠し通路も含め厳重に警備をしているので、外になど連れ出せないのだが。もしやメルギス様か奥方が病気になられたとか? だがそれなら先ずは教会から大司教を呼ぶだろう。
私が考え込んでいると、配下の者が口を開いた。
「もしやとは思いますが、滅びの森を経由して魔国に向かった可能性もございます」
「魔国へ? 帝国と魔国は敵対している。王国ならともかく魔国に……そういえばメルギス様の名は竜王の名前から取ったのだったか?」
先代皇帝が竜王と仲が良く、陛下が留守中に生まれたメルギス様の名を勝手につけたとか。当時皇太子であった陛下は憤慨していたが、竜王はそれを聞いて喜んでいたと耳にしたことがある。まさかそのツテで竜王の元に? ずいぶんと細いツテではあるが……
いずれにしろ万が一にでも魔国に亡命されるのは不味いな。
「赤い蝙蝠にメルギス様の暗殺をするよう指示をせよ。魔国に入る前にだ。魔国に入ってしまえばいくら吸血鬼とて失敗するかもしれないからな」
王国ならともかく魔国には竜人がいる。もしも国境に竜人がいて、竜王の元まで護衛するとなると不味い。1対1なら吸血鬼が勝つだろうが、竜人が複数いた場合は吸血鬼でも仕留め切れない可能性がある。
「ハッ! 至急手配いたします。同行している奥方やシェリス嬢はいかがいたしましょう?」
「魔国の吸血鬼によりメルギス様は殺されたという証人になってもらう」
一緒に始末するには惜しい女たちだ。奥方もシェリス嬢もなかなかに美しい。メルギス様亡きあとは、貴族たちを取り込むための道具として活躍してくれるだろう。
「承知いたしました。メルギス様を確実に始末するよう伝えます」
配下の者はそう言って急ぎ執務室を出て行った。
「あとはシュバイン公爵だけだな」
奴の動きだけがまったく把握できない。さすが帝国の情報を一手に操る一族と言ったところか。奴の屋敷近くに潜伏させていた私の配下の者たちはことごとく音信不通だ。恐らく始末されたのだろう。
居場所がわからねば赤い蝙蝠に依頼もできない。あの吸血鬼どもは情報収集といった地味な仕事を請け負ってはくれないからな。腹が立つが実行部隊としては、これ以上無いほど使えるのは確かだ。ルシオン様と私が世界を征服するまでは利用してやろう。その後は竜人にでも始末させればいい。
さて、ルシオン様に娘を凌辱されたことを知った男爵との面会の時間だ。なだめに行くとするか。
まったく、ルシオン様は私の苦労も知らず好き勝手してくれる。大金を叩いて捕らえさせた魔人の女だけで満足してくれれば良いものを。
私はため息を吐きながら執務室を出るのだった。
——滅びの森 メルギス・ラギオス——
家族と護衛の騎士たちとともに鬼馬の引く馬車に乗り帝国の国境を密かに越え、シュバイン公爵の配下の者と連絡を取りながら緩衝地帯から人目の多い南街を避けて滅びの森へと入った。
どうやらシュバインは上手くやったようで、父上を無事に帝城から脱出させ商人に偽装し既に滅びの森に入ったようだ。
森に入り狭い道をなんとか馬車で進み南街と繋がる道に出ると、道幅が一気に広くなり森の奥から南街に向かうハンターたちとすれ違うようになった。
その道を途中飛び出してくるゴブリンなどを騎士たちが討伐しながら進んで行くと、『フジワラの街』と『真聖光病院』と書かれた案内板が現れた。滅びの森の中だというのに丁寧なことだ。と、そう内心で苦笑しつつその案内板が指し示す方向に曲がり馬車を進めると、馬車がすれ違えるほど拡張されている道が現れた。
「すごいですお父様。滅びの森の中なのにこんなに立派な道が」
まるで領都の大通りのように広く舗装されている道に、愛娘のシェリスと妻のアリアは感心しているようだった。
「そうだな。普通はこんなに木を伐採すれば魔物が集団で襲い掛かってくるのだがな。勇者殿とその配下の者たちにとっては、それらはたいしたことではないらしい」
低ランクの魔物しか出ないとはいえ、これだけの道を作るほどの木を大量に伐採すれば数百匹の魔物が襲いかかってくるはずだ。それらを撃退しつつ舗装まで済ませるのだから大したものだ。それに伐採して終わりではない。滅びの森の木の繁殖力は異常だ。1ヶ月もすればまた元通りとなり道は塞がれる。そうなっていないのは、定期的に伐採に来ているからなのだろう。
そんなことを考えつつ、馬に乗り並走する20騎の騎士たちとフジワラの街へと向かった。するとシュバインの配下がやって来て、この先の野営地に父上と共にシュバインがいることを知らされた。
まるで軍が野営できるほどの野営地には多くのハンターたちが野営の準備をしており、その中には商人の馬車らしきものもあった。
野営地に入り騎士たちに野営の準備を命じた私は、妻と娘を連れてシュバインの配下の案内のもと、商人の馬車の横にある大型の天幕の中へと向かった。
天幕に入ると奥にベッドに寝かされた父上と、その横に侍女とシュバインの姿があった。
「おお、父上。無事で何よりです」
「お祖父様!」
私が父上の手を取り無事に帝城を脱出できたことを喜ぶと、シェリスも駆け寄って来て父上の手を握った。シェリスは父上のことがずっと心配だったようで、目には涙を浮かべている。父上はそんなシェリスの顔を見て目を細めている。孫娘に会えて嬉しいようだ。
「お祖父様これを! 麻痺に効く薬です!」
「あ……が……」
シェリスが懐から出した紙に包まれた薬に父上は何か言おうとしたがすぐに諦め、シェリスを愛おしそうに見つめた。ずっと調合室から出てこないと思ったら、あのような薬を用意していたとは。
帝国中の薬師に用意させた薬でも効果がなかった。それをいくら我が娘が調合したとはいえ効果があるとは思えない。だがまだ12になったばかりだというのに、自らの力で父上を救おうとするとは。なんと賢く優しい娘だ。
「シェリス。お義父様には後ほど飲んでいただきましょうね」
今すぐにでも飲ませようと水差しに手をかけたシェリスに、妻のアリアがそう声を掛ける。そんな妻の言葉にシェリスは素直に頷き、必ず飲んで欲しいと父上に言って離れた。
父上は本当に嬉しそうだ。あんな優しい目はシェリス以外に見せたことは無かった。父上はいつも覇気を纏い相手を射殺しそうな目で見ているからな。
「シュバインご苦労だった」
私は父上の隣で疲れた顔をしているシュバインを労った。
「はっ、メルギス様にお教えいただいた隠し通路のおかげです。ルシオン様はご存知なかったようで、警備の者も配置されていませんでした」
「うむ、しかしそれは帝都を出るまでだ。そこから誰にも見つかることなく、父上をここまで移送させることができたのはシュバインのおかげだ。感謝する」
シュバインの服装は商人のそれだ。恐らくは帝国に出入りしている商人に成りすましてここまで父上を運んできてくれたのだろう。姿を変えることができる者が父上の身代わりになっていることといい、シュバインでなければ父上を救い出しここまで連れて来ることはできなかっただろう。
「恐れ入ります」
それでもシュバインは黙って頭を下げるだけだった。まだ父上の暗殺計画に気付かなかったことを悔いているのだろう。あれはどうしようもなかったというのに、真面目な男だ。
「道が広く舗装されていたおかげで思ったより早く移動できた。この分なら明日中にはフジワラの街に着くだろう。周囲にハンターたちがいるとはいえ警戒を怠るな。私が連れて来た騎士たちも好きに使うといい」
商人に成りすましているからか、そこまで大勢の護衛は引き連れていないようだ。とは言ってもシュバインのことだ、きっと森の中に兵を潜ませているだろうな。
「ご好意に感謝いたします」
その後、シュバインと明日の予定を話したあと私たちは天幕を出た。
シュバインは勇者へは話を通してあると言っていたが本当に大丈夫だろうか? フジワラの街に着いた途端にゴネられはしないだろうか? こちらは一度は敵対した国の人間であり、父上は当事者だ。弱みにつけ込まれ不当な報酬を要求されないだろうか?
念のためシェリスを見られないようにせねばな。天使のような我が娘を見たら、間違いなく治療の対価に欲しいと言い出すだろう。シュバインは勇者は成人した女性にしか興味がないと言っていたが、そんなこと本当かどうかわかったものではない。それに今すぐでなくとも、三年後シェリスが成人したら嫁に出すことが報酬だと言われたらどうするのだ。
やはり会わせてはならんな。アリアにもしっかり言い含めておかねば。
そう心に決めた私は騎士たちが用意した天幕に入り、アリアに言い含めた後眠りにつくのだった。アリアがあらあらと終始笑いながら私の話を聞いていたのが気になったが……
そしてその日の深夜。
天幕の外から護衛の騎士たちの慌てる声が聞こえて来た。
「何があった!」
「し、失礼します! メルギス様、敵襲です! 十数体のオークがこの野営地に現れました!」
私は起き上がり枕元にある剣に手を伸ばし天幕の外へと叫ぶと、護衛の騎士が入口を開きそう報告した。
オークが十数体か。騎士たちで対応はできるだろうが、念のため鎧は着けておいた方がいいだろう。
私は急ぎ妻を起こし鎧を身に着けるのを手伝わせた。そして外へ出ると、視線の先では一緒にこの野営地を利用していたハンターたちがオークと戦っていた。護衛の騎士たちは私の天幕を囲むように展開している。父上の天幕を見ると、ハンターに成りすましたシュバインの護衛たちが守っているようだ。数はこちらと同じくらいいる。やはりシュバインは配下の者を森に潜ませていたようだ。
ハンターたちが対応しているおかげで、こっちに向かってくるオークの数は少ない。
この程度なら大丈夫だと安心していると、ハンターたちの叫ぶ声が耳に入った。
『こ、こいつら斬っても再生しやがる!』
『きゅ、吸血オークだ! 吸血鬼の眷属だ! 昔魔国との小競り合いで戦ったことがある! 誰か聖水を持ってないか!? 聖水をかければ再生を止めれるし動きも鈍らせることができる! フジワラの街からの帰りの奴はいるか! 街の水を水筒に入れてる奴は!?』
『俺たちはこれから向かうところだ!』
『俺たちもだ!』
『くそっ! ついてねえ! とにかく斬ったら焚き火の火でもいいから燃やせ! 再生を遅らせるんだ!』
「吸血オークだと!?」
私はハンターたちの言葉に驚愕した。
なぜこんなところに吸血オークが?
ん? なんだ? 父上の天幕の近くで、勢いよく炎を吹き出す筒のような物を男が野営所のあちこちに投げている。あの男は確かシュバイン公爵の側にいた者だったはずだ。
野営所が大量の煙に包まれ始めている。あれは煙幕を発生させる物だったのか?
野営所のあちこちで炎を噴き出しつつ大量の煙を出す筒を見ていると、ハンターたちの合間を抜けたオークがこちらに向かって来た。それを護衛の騎士が斬り伏せ私を見て叫んだ。
「メルギス様! 奥様とシェリス様と共にお逃げになるご用意を! 吸血オークがいるということは吸血鬼も近くにいます! 狙いは我々の可能性があります!」
「なっ!? 吸血鬼だと!? 兄上からの刺客か!?」
「ククク、その通りですメルギス殿下」
「やっと見つけたわ。早く済ませて帰りましょ」
私の叫びに答えるかのように突然天幕横の暗闇から声が聞こえ、振り向くとそこには黒いマントに身を包んだ白髪の男女が立っていた。彼らの目は赤く、その口元からは牙が覗き見えていた。
「吸血鬼……」
「殿下! 早くお逃げください! ここは我らが時間を稼ぎます!」
「ほう、どうやってかね?」
「ぐっ!」
「ぐあっ!」
騎士たちが私を逃す時間を稼ごうと吸血鬼の前に立ちはだかると、黒い矢のような物が複数飛んできて騎士の腕に刺さった。
あれは……魔族が使うという闇魔法か。
「ククク、最近はつまらぬ仕事ばかりでしたからね。少し運動をしましょうか」
「ちょっと、人族なんて弱過ぎて眷属にもできないから、早く用を済ませて帰りたいんだけど?」
「すぐに終わります。貴女は逃げないように見張っていてください」
「ハァ、はいはいリーダー。まったくもう、早く終わらせてよね」
「聞け! 我が騎士たちよ! 吸血鬼相手に逃げるのは難しい! 戦うぞ!」
話の内容から狙いは私のようだ。父上の存在に気づいていないのは不幸中の幸いだが、私を殺した後にこの野営所にいる者たちを皆殺しにする可能性もある。少なくとも後ろの天幕にいる妻と娘は確実だろう。ならば戦うまでだ。
「殿下……この身に代えましても必ずやお守りいたします」
「私もここで死ぬつもりはない。行くぞ! ライトニングアロー《雷矢》!」
私は5本の雷の矢を頭上に出現させ吸血鬼の男に向けて放った。
「総員突撃! 殿下をお守りしろ!」
その雷の矢を追うように20人の騎士たちが、剣を手に吸血鬼へと駆け出した。
「なんですかこれは。昔戦った帝国の皇族より弱々しい雷ですね」
吸血鬼はそう言って腕を一振りし、闇の刃のようなもので私の雷の矢を一掃した。
「くっ!」
確かに私の雷のギフトは兄上に遠く及ばない。だがまさかあんなにあっさりと迎撃されるとは。
「さて、踊るとしましょうか」
私の雷を打ち払った吸血鬼は短剣を取り出し、その短剣で自らの両手首を切りつけた。
「何を!? 血迷ったか! 死ね!」
「死ぬのは貴方たちですよ」
先頭の騎士が吸血鬼の奇行に戸惑いつつも剣を振り上げると、吸血鬼の手首から流れ出ていた血が無数の鞭となり宙を舞い始めた。
「ぐあっ!」
そしてその血の鞭は騎士の両腕を切断し、もう一つの鞭が騎士の首を刈り取った。
突然目の前で仲間の騎士の首が跳ね飛ばされたことに一瞬動揺する騎士たち。
そんな騎士たちの中へ、無数の血の鞭をしならせながら吸血鬼が飛び込んだ。
「クハハハハ! 弱い弱い弱い! 人族は相変わらず脆弱な種族ですね!」
そこからは吸血鬼による一方的な虐殺だった。吸血鬼は騎士たちの斬撃をものともせず踊るように血の鞭を振り回した。その血の鞭は的確にミスリルの鎧が覆っていない場所を狙い、騎士たちの目を貫き腕や首を次々と切り落としていった。
「くっ」
乱戦となっているそこに雷のギフトを撃つことができず、私は騎士たちが切り刻まれていく姿をただ見ていることしかできないでいた。
ここまでか……
私はミスリルの剣を抜き構えた。
背後の天幕からは妻と娘の啜り泣く声が聞こえる。騎士たちの断末魔の叫びに劣勢だと言うことが分かったのだろう。
父上の天幕に視線を送ると、シュバインの配下の者たちがハンターたちから流れて来た数体の吸血オークと戦っている。
もはや吸血鬼には、私が死に目的を果たした所で帰ってくれることを願うほかない。
父上、アリア、シェリス。どうか無事でいてくれ!
私は全身に雷を纏い吸血鬼の背後へ向け駆け出した。
「おっと、見えてますよ」
すると吸血鬼は後ろ向きのまま血の鞭を私へ向け放つ。私は雷を纏った剣でそれを斬るが、死角から迫って来た複数の血の鞭が私の身体を切りつけた。
「ぐっ」
血の鞭は纏っていた雷によって蒸発しミスリルの鎧によって防ぐことができたが、吸血鬼の怪力によって放たれた鞭の威力は凄まじく、私は後方の街道へと吹き飛ばされてしまった。
「なるほど。雷を防御に使うとは考えましたね」
「ぐっ……私には才能が……ないからな」
私はそう答えながら剣を支えに立ち上がる。その際に背後に視線を向けると、街道沿いの木に吸血鬼の女が寄りかかりながらつまらなそうに髪をいじっている姿が見えた。参戦する気は無さそうだ。
「よい工夫だと思いますよ。まあ悪あがきですが」
そう言って最後の騎士の首を刎ねた吸血鬼は、私との距離をそのままに無数の血の鞭を放ってきた。
「ぐっ、ぐはっ!」
何本かの地の鞭を切り払うことに成功したが、私の抵抗はそれまで。
次々と向かってくる血の鞭が私の全身を襲い打ちつけた。その衝撃の連続に私は雷を維持することができなくなる。
「もうお終いですか? もう少し粘ってくれると思ったんですけどね」
全身を打ち据えられ街道の真ん中で倒れた私の元に吸血鬼が近づき、つまらなそうに見下ろす。
「ねーえ、早く終わらせましょうよ。もう十分でしょ?」
「そうですね、まあ少しは楽しめましたしこれで終わりとしましょうか。では殿下、そのお命を頂きます。ああ、安心してください、私たちの目的は殿下だけです。ご家族には手を出しませんので」
「ぐっ……それは……助かる……な」
そうか、目的は私だけだったか。ならばもう思い残すことはない。
シュバイン、父上と娘たちのことは頼んだぞ。
安心し覚悟を決めた私は仰向けのまま空を見上げた。そこには二つの月が浮かんでいた。
こんな時でも変わらず綺麗な月だと眺めていると、その青と赤に輝く月に突然三つの影が浮かび上がった。
最初は小さな点でしかなかったそれは徐々に大きくなり、瞬く間にその姿を浮き彫りにしていった。
「ひ……りゅう?」
「飛竜? 何を言っているのです? こんな夜中に飛竜が空を飛ぶなど……おや? 確かに飛竜ですね。もしやドラゴンにでも巣を襲われでもし……ん? まさかここを狙って……え? あっ、ぐあああああ!」
「なっ!?」
「リ、リーダー!? え? 竜人!?」
私の視線を追うように空を見上げた吸血鬼は、飛竜が急降下してくる姿に首を傾げた。するとその瞬間、青白い光を発した物がまさに光の速さで飛んできて吸血鬼の胸に突き刺さった。そして驚くことに吸血鬼の身体が一瞬で消滅した。
その光景に私と女吸血鬼が驚き声を上げると、飛竜が頭上に達したタイミングで一人の美しい黒髪の女性がその背から降り立った。彼女の頭部からは二本の真っ白な角が生えており、それが竜人であることを現していた。
その竜人の女性は淡く青白い光を発する戟を手に持っており、降り立つと同時に女吸血鬼へと襲い掛かった。
あ、あれはもしや青龍戟!?
「なっ!? 強い! ぎゃっ! や、やめっ!」
私は見覚えのある彼女の持つ戟と、圧倒的な身体能力で女吸血鬼を一方的に切り刻むその姿に驚愕した。
「さ、再生が! な、なんで!?」
両手に持っていた短剣ごと、両腕を切断された女吸血鬼が再生できないことに驚愕の表情を浮かべる。
そんな彼女の胸に美しき竜人の女性が無表情なまま、戟の先端を突き刺した。
「あぎゃっ! い、痛い痛い痛い!」
「竜魔法『爆裂』」
そして女吸血鬼の叫びを無視し、一言そう口にすると戟の先端が爆発した。
周囲には女吸血鬼の肉片と、焼け焦げた匂いが漂っている。
だが残った肉片が徐々に一箇所に集まっていく。そしてそれが蝙蝠の姿になったところで、竜人の女性は蝙蝠の翼を踏みつけ手をかざした。これは再生が終わるまで何度でも爆発させ吹き飛ばすつもりか?
そう考えていると急に頭上に影が差し、一頭の飛竜が街道へと降り立った。その背には白髪の吸血鬼の女性が椅子に座りキセルを吹かしていた。
新手の吸血鬼かと警戒していると、その吸血鬼の女性は竜人の女性に親しげに話しかけた。
「シュンランストップじゃ。その女は支族のはぐれで、闇組織の構成員じゃ。あとは我に任せて欲しい。ここで消滅させるよりは誰を敵にしたのか理解させ、アジトで残っている者たちに忠告した方が効果的じゃからの」
「ふむ、そうか。ではセイランに後は任せる」
シュンランと呼ばれた竜人の女性はかざしていた手を下ろし、蝙蝠と化した女吸血鬼を掴み飛竜の背に乗っているセイランと呼ばれた女性へと渡した。そして私へと話しかけて来た。
「失礼、貴方はメルギス殿下で間違いないか?」
「あ、ああ。そうだが君は?」
「私はシュンラン。フジワラの街の町長である涼介の伴侶だ。殿下と陛下を助けに来た。吸血オークもすでに涼介たちによって殲滅されているだろう。安心して欲しい」
「リョウスケ……で、では勇者殿の伴侶!?」
では戦妃ということか? なるほど、それであればあの圧倒的な強さにも納得だ。
「ああ、そうだ。もうすぐ車が来るはずだ。それに乗って私たちの街まで来るといい」
「そうか……助かった。感謝する」
くるまというのがどういった物かわからなかったが、私は九死に一生を得たことに感謝し頭を下げた。そんな私にシュンラン殿は軽く手を振り、中級治癒水を私に渡したあと野営地の中へと去っていった。
飛竜に乗ったセイランと呼ばれた吸血鬼の女性は、キーキーと喚く蝙蝠に何やら言い聞かせている。そんな彼女たちの姿を横目に治癒水を飲み、傷が回復した私は立ち上がり野営地へと戻った。
野営地に戻るとシスター服を着た女性と、ピンク色の髪の女性が騎士たちに治癒水を飲ませていた。
どれも上級治癒水らしく、それらを躊躇いもなく大量に使ってくれたおかげで6人の騎士が命を取り留めた。もう駄目だと思っていたので彼女たちには感謝しかない。
「あなた!」
「お父様!」
天幕を見ると妻と娘が目に涙を浮かべ駆け寄って来る姿が見えた。
二人とも無事だったようだ。
「アリア! シェリス!」
私はもう会えないと思っていた愛する妻と娘を両腕を広げ受け止め、そして強く抱きしめるのだった。
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