第32話 帝国からの使者



 13ヶ月ある一年のうちの1月も終わりに近づき、少しずつ暖かくなってきた。


 フジワラの街のあるこの土地は日本の関西辺りの四季に近い気候だから、日本だと3月頃の気温だと思う。


 ここより北にある女神の街周辺は雪が膝上くらいまで積もるが、フジワラの街付近ではくるぶし程度くらいにしか積もらない。なので年明けから多くのハンターたちが街にやって来て盛況だ。


 女神の街の入居者たちに関しては、人族の場合はほとんどの者たちが鬼馬などの魔獣をテイムしているし、獣人は身体能力が高く竜人族は空を飛べる。そんな彼らにとっては雪が積もってようが森の中の移動は妨げにならない。さすがは高ランクパーティだと言った所か。


 まあ俺たちも時間を見つけては吸血鬼化したセイランの飛竜に乗り女神の街まで行き、クロースの作り出した鉄人の上に乗って雪の上を移動しながら狩りをしている。飛竜といいゴーレムといい本当に便利だ。


 セイランはかなり協力的であり、3頭いる眷属の飛竜のうち2頭を自由に使わせてくれる。その対価と言ってはなんだけど、フジワラの街の春蘭マンションのVIPルームを無料で貸している。それだけの価値が吸血飛竜にはあるからな。


 セイランは部屋の設備や自販機に大満足で、毎日酒を浴びるように飲んで自販機のタバコの吸い比べをして楽しんでいるそうだ。彼女の世話をしている吸血鬼メイドのオルロットさんが困った表情でそう話していた。


 最初セイランは恋人たちの強さを目の当たりにして俺以外にも腰が低くなったり、蛇口から聖水が出ることを知って悲鳴をあげたり、魔王城で見たことのある竜人を見かけたと思ったら隣のマンションから竜王が出て来て恐怖で卒倒しそうになり、『絶対に勇者に敵対しては駄目じゃ』とブツブツ言って数日ほど引きこもっていたけど回復したようで何よりだ。


 ちなみに執事の吸血鬼はどうしているのかと聞いたら、魔国にあるハニーサックル家の屋敷とフジワラの街を蝙蝠になって頻繁に往復しているそうだ。律儀にも毎回正門を通って出入りしているらしい。どうやらセイランの決済が必要な書類を持って来ているようで、当主が家を空けていることで執事の人も大変だと思う。執事さんには悪いが、吸血飛竜は便利なのでセイランにはなるべく長くいて欲しいと思う。


 吸血飛竜があればフジワラの街から飛ばせば30分ほどで女神の街に移動できるし、風や寒さなんかもリーゼの風の精霊魔法で外気を防いでもらえる。セイランの魔力的にこれ以上は吸血飛竜を増やすことはできないようだが、2頭も借りられるなら十分だ。


 そして盛況なのはハンターの区画だけではない。真聖光病院も常に満室状態で、介護度の低い四肢の欠損の患者は病院の敷地内に別館を次々と建てそこに収容している状態だ。そろそろ5階建ての病院をもう一棟建てた方が良いかも知れない。新しく合流した里のダークエルフのご婦人など、看護師の希望者はいくらでもいるしな。


 そうそう、例の痴呆症の症状が出ていた爺さんなんだけど、心臓の病気と一緒に全快した。まだこっちの言っていることが理解できる状態で良かったよ。おかげで健康だった時のことを思い浮かべてもらうことができ、心臓病や痴呆症になる前の状態に戻すことができた。


 多少若返ったが、今までも患者は子供か老人のどちらかだったということもあってごまかせる範囲内だ。うん、禿げていた頭に黒々とした髪が生えてたけど70歳の老人がが50代になっただけだから問題ない。困惑した親族から聞かれても女神様のお導きですと言えば納得してくれてるし問題ないったら無い。


 原状回復のギフトは時間を巻き戻す効果があるのはわかってはいたが、何十年も病を患っている患者には注意が必要だということを改めて実感した。


 そんな感じで未だにちょっと気不味いというか、最近目が血走っていて少し怖いクリスと治療をしたり、空きの日には恋人たちと吸血飛竜に乗って女神の街周辺で狩りをして過ごしていた。


 そして今日、フジワラの街に久しぶりに見る。そしてここに来るような人ではない人物が俺を訪ねて来た。



「お久しぶりですね。確かエルムートさんでしたね」


 正門の内側の警備隊の詰所内にある応接室で、ソファの対面でハンターに成り済ました格好で座る30歳くらいの男性へそう挨拶をした。


「お久しぶりですリョウスケ殿。その節は捕虜という身分にも関わらず、主君ともども手厚くもてなしていただきありがとうございました」


「いえ、大切な人質でしたのでお礼を言われるようなことは」


 そう、この男性はシュバイン公爵とルシオンが捕虜としてこの街にいた時に、シュバイン公爵の側付きだった男性だ。元々公爵の配下として斥候をしていたらいいんだけど、戦闘中に公爵とはぐれたらしい。それで他の捕虜となった兵士と一緒にいたところをシュバイン公爵が見つけ、身の回りの世話をさせていた。


 ルシオンが暴れた時とか、シュバイン公爵と一緒に奔走していた男性だったので俺もよく覚えている。あの時はシュバイン公爵も苦労してたもんな。捕らえた時は目つきは鋭いが少しふっくらしている男性だったけど、開放する時はやつれてたもんな。


「それでも鎖に繋がれることも牢に入れられることもなく、素晴らしい魔道具に囲まれて毎日風呂にも入れる生活をさせていただいた事は感謝しております」


「ははっ、まあああいう部屋しかうちにはないもんですから。シュバイン公爵はその後元気にされていますか?」


「はい、一時は塞ぎ込んでおりましたが今では精力的に働いています」


「塞ぎ込んでいたという事は……皇帝陛下の暗殺未遂の件で?」


「やはりご存知でしたか……はい、我が主君は責任感の強いお方ですから」


 やっぱり暗殺未遂だったのか。リーゼからの続報で、皇帝は強力な毒か何かで暗殺されかけて倒れているのではないかというのは耳にしていた。


 確か皇帝とシュバイン公爵は友人関係だったはず。そんな近い距離にいたのに暗殺を未然に防げなかったことに責任を感じていたんだろう。エルムートさんの言うように責任感の強い人だったしな。


「そうですか、元気になられたようで良かったです。それで今回はどのような要件でここに?」


 停戦中にも関わらず、ルシオンが攻めて来るとかそういう情報を伝えに来てくれたんだろうか?


「まずはこちらを。我が主君であるシュバイン公爵の委任状です」


 俺は家紋だろうか、それが押された蜜蝋により封をされた手紙を受け取り中を確認した。


 そこには俺への挨拶の文と、側近のエルムート氏に全権を委任すると書かれていた。


 手紙に書けないような内容がをこれから聞かされるんだろうか? なんだか気が重くなってきたぞ。


 俺が手紙を読み終えたことを察したのか、エルムートさんが口を開いた。


「よろしいでしょうか?」


「ええ」


「では今からお話しすることは御内密にお願い致します」


「……わかりました、約束しましょう」


 聞きたく無いんだが、そんなこと言える空気じゃないしな。覚悟を決めるか。


「実は……聖女様に治療していただきたいお方がおりまして。その方の受け入れをリョウスケ殿にご許可をいただきたく、我が主君より言付かって参りました」


「なるほど……」


 やっぱりロクなことじゃ無さそうだな。別に帝国貴族は今までも受け入れて来た。戦後間もないということもあって堂々と帝国貴族だとは名乗ってはいないが、そんなのは入院中に看護師がいくらでも聞き出す事はできる。であれば別に俺の許可なんか必要なく、勝手に身分を隠して真聖光病院を尋ねればいい。金を持っている貴族は特にウェルカムなんだから。


 それをだ。俺にわざわざ許可を取ると言う事は、その人間を受け入れる事でこっちに面倒ごとが起こる可能性があると言っているようなものだ。で、今の帝国の状況で公爵が気に掛け、しかも手紙にも書いて残せないほどの人物ときたもんだ。そしてその人物は帝国で重病を患っており、俺に面倒ごとが舞い込む可能性があると来たら思い浮かぶのは一人しかいない。


「その……もしかして皇帝陛下じゃないですよね?」


「……はい、お察しの通りでございます」


「マジか……」


 俺は深々と頭を下げながら答えるエルムートさんの前で、手を額に当て天を仰ぎ見た。


 ビンゴかよ……しかしそうか、暗殺に使われた毒の治療は神殿では無理だったってことか。となると神経毒か何かか? それで教会が唯一治療できない脳をやられた?


 どうする? 受け入れて皇帝の居場所がバレたらルシオンが速攻で攻めて来そうだ。それに皇帝が意識不明とかだったらそもそも治療は不可能だ。原状回復を人間にかける場合は、設備や家具なんかとは違って相手の意識がしっかりしてないと難しい。


「ちなみに皇帝陛下の病状は? 意識はありますか?」


「はい、全身が麻痺しておりますが、意識はしっかりしております。主君の問いかけにも瞬きをする事で答えられております」


「そうですか……」


 意識がはっきりしているなら治療は可能だ。可能だが、とんでもない爆弾を抱え込むことになるんだよなぁ。


 俺が頭を抱えていると、エルムートさんは恐る恐る話しかけてきた。


「その……聖女様のお力で治療は可能でしょうか?」


「まあ絶対とは言えませんが、意識があるなら大丈夫だとは思います」


「おおっ! では是非陛下の受け入れをお願いいたします! このままではルシオン皇太子が皇帝に即位することになってしまいます。そうなれば不本意ではありますが、帝国とフジワラの街で締結した停戦条約も反故にするかと。それはこの街にとっても良いこととは思えません」


「それはそっちの都合でしょう。皇帝が代わろうが約束は守ってもらわないと困る。困るんだが……ルシオンじゃなぁ」


 相当恨まれてるだろうし、条約締結時に見届け人になった魔国や王国や獣王国を平気で無視しそうだ。だってアイツ馬鹿だもの。


「申し訳ございません。ルシオン様はこの街に相当な恨みを持っておいでで……おっしゃる通り、当然我が帝国の都合によりご迷惑をおかけする事は理解しております。ですが陛下も主君もこの街と敵対するつもりは一切なく、これまでもこの街に敵意を持つルシオン様を皇位継承から外すなど友好関係が築けるよう努力して参りました。陛下さえご回復なされば、これまで以上に良い関係を築くことができます。帝国としましてはフジワラの街がある土地の所有権を帝国は恒久的に認め、十分な謝礼をする用意があります。また、聖女様のいらっしゃる真聖光教を国教に指定することもできると思います」


「駄……いや女神を国教にか……」


 駄女神が遣わした勇者に皇帝が殺され、半ば強制的に人魔戦争を集結させられたことで帝国は聖光教を国教にはしなかった。それを今回国教にすることができるという。まあ皇帝が話せないからシュバイン公爵の独断だろうが、あの皇帝なら自分を助ける為にした約束なら守りそうではある。


 黙っていても真聖光教の信者は増えるだろうが、これが国教に指定されるのはでかい。獣王国でも最近国教に指定され、王国も聖光教と離れようとしているこのタイミングで帝国が国教に指定すれば王国も続きやすいはずだ。


 悪くない。皇帝を完治させ帝国を救った報酬も期待できるだろうし、真聖光教を一気に布教できるのは悪くない話だ。


 どうせルシオンが皇帝代理になったと聞いた時点で、再度侵攻して来る事は覚悟はしていた。それが早いか遅いかの違いだ。迎撃の準備はできているし、なにより皇帝の治療が先に終われば侵攻もできずルシオンは失脚するだろう。


 ならとっとと皇帝を治療した方が街も安全だし得だ。


「わかりました、皇帝陛下を受け入れましょう」


「おおっ! ありがとうございます! 何卒陛下のことお願い申し上げます」


「最善を尽くします。ただ、こちらにも受け入れの準備があります。この街の運営に関わる者だけでも今回のことを話す許可をください。もちろん緘口令は敷きます。皇帝陛下が滞在することをルシオンに知られて危険になるのはこちらも同じですからね」


「承知いたしました。ですができるだけ少人数にお願いいたします。万が一ということもございますので」


「ええわかりました。ですが皇帝陛下をどうやってここまで連れ出すのです? 帝城からルシオンの目を盗み連れ出すことに成功したとしても、すぐに皇帝陛下がいないことが発覚し追っ手が差し向けられると思うのですが」


「それは秘密とさせてください。ただ、ご心配には及ばないとだけ」


「そうですか。一応こちらでも街道の警備の人数を増やしておきます。あ、ちょっと待ってくださいね」


 俺はそう言って席を外し、詰所内の倉庫に向かい目的の物を取りに行った。


「お待たせしました。これは発煙筒と言って、小規模な炎と煙が出る道具です。使い方は後ほどお教えしますので持っていってください。緊急時にこれを複数焚いてくれれば、近くにいるハンターや警備隊の者が気付き救援に向かいますので」


 そう言って俺は発煙筒を5つほど渡した。


「そのような魔道具が……よろしいのですか?」


「ただ発火して煙が出るだけの物です。そう高価な物ではありません」


「ありがとうございます。リョウスケ殿のご好意に感謝いたします」


「こちらとしても皇帝陛下に亡くられては困りますのでお互い様です。まあ報酬はしっかりいただきますけどね」


「必ずやご期待に添えるよう手配いたします。魔石も帝国にあるうちで融通できるものはできるだけご用意させていただきます」


「それは助かります」


 まああれだけ南街で魔石を集めまくっていたら、うちが欲している事くらいはわかるよな。Aランクの魔石、期待しているぞ。


 それから少し雑談を交えつつ帝国の状況を聞き出した俺はエルムートさんに発煙筒の使い方を教えた後、彼が外に待機させていた従者と一緒に鬼馬に乗って急ぎ帝国に戻るっていくのを見送った。


 予定では二週間後に皇帝がここへやって来るようだ。それまでにこっちも色々と準備をしないとな。

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