第31話 第二皇子とセイランの野望




 ——ラギオス帝国 東部 皇家直轄領 第二皇子 メルギス・ラギオス——




「では兄上とフルベルク公爵が?」


「はい、間違いございません」


「そうか……兄上が」


 悔しそうに報告するシュバイン公爵の言葉に、私はソファの背もたれに身を預け目を瞑り天井を仰いだ。


 やはりそうだったか。


 そうでないかとは思っていた。父上が倒れてすぐにフルベルク公爵に連れられ現れた兄上を見た時、私は真っ先に暗殺を疑った。


 あの日、父を起こしに行った侍女たちが部屋に入った瞬間に次々と倒れ、父よりも軽いとはいえ似たような症状となったことも疑いを深くした。恐らく何者かが父上の寝室に毒を充満させたのだろう。


 ただ、どうやって帝城の厳重な警備を潜り抜けたのか。帝城の入口の兵や巡回している兵に被害はなく、最上階の父上の寝室の前にいた近衛のみが息絶えていた。帝城に空から侵入するのは不可能だ。離れた場所にある塔とは違い、帝城の屋上には遠距離攻撃を得意とするあらゆる属性のギフト持ちが警戒している。それらに見つからないよう侵入することなどできるはずがない。


 だが現実として父の寝室前にいた近衛のみが倒されていた。まさかと思った私は、父から教わった二つある隠し通路を確認した。するとそのうちの一つに使用した形跡があった。


 隠し通路は父と兄と私しか知らない。となれば兄上が……


 信じたくはなかった。が、それと同時にあの兄上ならと納得してしまう私がいた。


 兄上はたった一度の敗戦で皇位継承権を剥奪されようとしていた。私はあまりの処罰の厳しさに父上に抗議をしたが、父上は聞き入れてはくれなかった。それどころか私を皇太子にすると言い出し、それまで私を支持していた公爵家を粛清した。


 この粛清に関しては私も納得している。ルーベルク公爵とミッテルガ公爵の不正は誰もが知るところであったし、何よりも兄上が皇帝になる時には間違いなく私を擁立し反乱を起こそうとしているのがひしひしと感じられたからだ。私は二人が粛清され内心で安堵していた。


 ただ、私はあの兄上が黙って皇位継承権の剥奪を待つとは思えなかった。今は塔に幽閉されおとなしくしているが、外に出れば間違いなく父上に反旗を翻すと確信していた。


 しかしてその予想は当たってしまった。


 隠し通路が使用された痕跡を目にした私は、身の危険を感じ妻と娘を連れて帝都を離れた。そして内政の経験を積む為に与えられていた皇家直轄領の私の屋敷に着くと、主君であり親友である父を守れなかったことで自領で塞ぎ込んでいたシュバインに隠し通路の件を書いた手紙を送った。


 そして血相を変えてやって来た彼に、皇帝暗殺未遂の調査を命じた。その結果、フルベルク公爵が教会から多額の資金を得ていることと、魔国の闇組織と接触していることがわかった。恐らく聖戦に参加することに難色を示した父上を教会が廃したいと考え、それをフルベルク公爵が実行したのであろうと。そうシュバインは結論立てた。


「メルギス様。このままでは陛下とメルギス様のお命が危ないかと」


「それは……まあそうであろうな」


 敵の多い兄上にとっては都合の良いことに、父上は話すことも字を書くこともできない。しかし対外的には片言だが言葉を発することができていることになっている。その結果、兄上は皇帝代理となり父上の言葉を代わりに伝えるという建前で政務を行なっている。と言っても兄上は父上の侍女や攫って来た魔族の女と酒池肉林の毎日を送っており、実際に政務を行なっているのは宰相となったフルベルク公爵らしい。


 ただ、粛清に関しては兄上は積極的に指示をしている。兄上に娘を陵辱された下級貴族たちが私の元に助けを求めに来たが、いずれも新しく兄上の近衛となった者たちが率いる軍により粛清された。次は私だろうであることは容易に想像できる。そして皇位継承の障害がいなくなったところで父を討つつもりなのであろう。一度暗殺を試みた兄上だ、間違いなくやるであろう。


 私は良い、しかし妻と娘のシェリスだけは死なすわけにはいかない。


「それを防ぐ為には陛下にご回復していただかねばなりません」


「それは難しいのではないか? 父上は神経毒により脳を損傷されてしまった。脳ばかりは治療法が無いことは私でも知っているぞ?」


 以前に帝国にいる大司教が、内臓の損傷や四肢の欠損を治せても脳だけは無理だと言っていたのを覚えている。脳という臓器は複雑過ぎて、治癒をする際にイメージができないのだそうだ。


「はい、治癒のギフトでは脳の障害を治すことはできません」


「では……」


 回復は不可能ではないかと、私がそう言おうとすりとシュバインは右手のひらを突き出し制止した。


「ですが真聖光教の聖女であれば治せる可能性がございます」


「真聖光教の聖女……本当に存在したのか?」


 噂では聞いていた。あらゆる病を治すことができる聖女が、帝国が攻め落とそうとしていたあの街にいると。しかし私は信じられなかった。あの街は王国が建設したものだ。しかもその城主は魔人のハーフだという。本当に聖女がいるならば王国が手元に置くはずであるし、魔族の血の入った者の側にいるはずもない。


「聖女はいます。いえ、戦妃と言った方が正確でしょうか」


「何を言っている? 戦妃は勇者の伴侶だぞ? 彼女たちは全て勇者の故郷に同行したはずだ」


「今代勇者の伴侶がフジワラの街にはいるのです。そして戦妃の聖女は完全治癒のギフトを覚え、あらゆる病を完治させております」


「なっ!? 今代勇者だと!? あの街に勇者がいるのか!? だがそんなこと教会は一言も! それどころか聖戦を行い滅ぼそうとしているのだぞ!」


 勇者が女神より遣わされていたなど教会から聞いた覚えがない。本当に勇者なのか? 偽物だから聖光教会は討とうとしているのではないか?


「勇者は本当におりました。かの者の名はリョウスケ・フジワラ。フジワラの街を造りルシオン様が敗れ半魔と呼んでいる人物でございます。戦争時と虜囚の身となっていた際に、私は彼の持つ槍の神器をこの目で確かに見ました。停戦交渉の際に陛下も槍の神器だけでなく、エルフ族が先代勇者より託された無限袋を持っていたのを確認しております。さらには勇者しか取り出すことができないと言われているその無限袋から古代竜の頭部を出したとか。ですから陛下は素直に停戦に応じ、勇者と敵対しないよう恨みを持つルシオン様を皇位継承から外そうとされていたのです」


「ば、馬鹿な……」


 神器を持ち無限袋から古代竜の頭部を取り出すしたなど……まさか本当に勇者が今世に?


 しかしそれならば、たった一度の敗戦で皇位継承を外された兄上への仕打ちも理解できる。兄上は敗戦後ずっと砦を落とすと、黒髪の半魔を殺すと叫んでいた。そんな人間を次期皇帝になどできるはずがない。教会からの聖戦の申し出ものらりくらりと躱していたのも納得だ。女神の使徒である勇者を討つ聖戦などあるはずがない。むしろ聖光教を討つことこそが聖戦であろう。


 なるほど、父上の今までの行動は全て勇者と敵対しないためのものだったということか。


 本当に勇者がいるのであればその隣には戦妃がいる。帝国1万の軍が歯が立たないわけだ。


「勇者の伴侶が何人いるかは定かではありませんが、そのうちの一人が恐らく聖女なのでしょう。戦妃は超常の力を持っていたと伝承にあります。であれば、あらゆる病を治す完全治癒のギフトを持っていても不思議では無いでしょう」


「それは確かに……だが完全治癒のギフトは病を治すギフトなのであろう? 父上の場合は外傷に近いと思うが」


「確かに教会にもたとえ完全治癒でも脳の病気は治せないと言われました。しかし王国に潜ませている密偵によりますと、最近心の臓の病と妻や子の名前や存在すらも頻繁に忘れる脳の病気を患った老人が完治して戻って来たとの報告がありました。その事から教会に伝わる完全治癒の効果には間違いがあるのでは無いかと」


「つまり父上も治る可能性があると?」


「はい、試す価値はあるかと」


「なるほど……」


 確かに試す価値はある。父上さえ元に戻れば、今は兄上に面従腹背している貴族や騎士たちも父上の元に集まるだろう。そうなれば私の妻と娘の命は助かる。


 だが停戦したとはいえフジワラの街には一度攻め込んでいる。その街を治める勇者が父上を治療してくれるものなのか。そう思った私はシュバインに確認したが、このまま兄上が皇帝になればフジワラの街に攻め込むことは間違いない。それは勇者も迷惑がるであろうと。つまり攻められたくなかったら父上を受け入れて治してくれというわけだ。


 しかしそんな半ば脅迫に近い要請をされれば、勇者の心証は良くは無いだろうと思ったが、父上が完治した暁には今後フジワラの街には一切迷惑をかけないこと。停戦ではなく恒久的にフジワラの街のある土地の所有を認めること。膨大な報酬を約束することで許してもらうつもりのようだ。


 確かに父上の容体が良くなるのであれば、土地の権利や報酬をいくら払っても良い。そもそもあの土地は帝国のものでは無い訳だしな。


「さらにシェリス様を伴侶にと差し出……」


「それは許さん! シェリスはどこへも嫁には出さん!」


 シュバインがとんでもないことを口にしようとしたので私テーブルを強く叩き口を封じた。


 例え勇者であろうとも、可愛い一人娘を差し出してなるものか!


「メルギス様……」


「シェリスはどこにも嫁には行きたく無いと言ったのだ! それは私の側にずっといたいということだ! 父親として私は娘の願いを聞く義務がある! シェリスはどこへもやらん!」


「シェリス様が嫁に行きたく無いというのは、薬の開発をしたいからではないかと」


「ぐっ……そ、そんなことはない」


 確かにずっと引きこもって新薬の開発ばかりしている変わった娘ではある。だがそれは政務に疲れた父や私のために、身体が少しでも楽になるようにと薬を調合しようしてくれたことから始まったのだ。


 娘の調合した薬にシュバインも世話になっているのに、この男はなんということを言うのだ。


「はぁ……今はシェリス様のことは良いとしましょう。まずは陛下を帝城よりお救いしなければなりません」


「うむ、確かにそうだな。して、どうやって父上を帝城から連れ出すのだ?」


「まだ使われていない隠し通路をお教えください。ルシオン様も万が一の時のために、全ての隠し通路を闇組織に教えてはいないでしょう。であれば残りの通路を使って陛下をお救いすることは可能です」


「それはそうだが、ルシオンの手の者が父上の寝室に出入りしているのでは無いか? となればすぐに父上がいなくなっていることに気付き、追っ手を差し向けられるぞ?」


「幻惑のギフト持ちが手の者におります。その者のギフトで周囲からはその者が陛下に見えるようにできます。陛下は動くことも話すこともできませんので、しばらくはそれで誤魔化せるでしょう」


「そのようなギフトを持つ者がいるとは……さすが帝国の諜報を担当する一族だな」


「おやめください。私は陛下をお守りできなかった無能です」


「そう卑下するな。皇族のしかも皇位継承権の上位の者しか知らない秘密の隠し通路を使われたのだ。シュバインでなくとも防ぐことはできなかったと私は思う」


「それでもフルベルク公爵がルシオン様と接触を試みていたことと、闇組織と繋がりがることを知っていたのに予見できなかったのです。これを無能と言わずなんと言いましょう」


「そうか……」


 後悔からか悲痛な表情を浮かべるシュバインに私は掛ける言葉が思い浮かばなかった。


 数分ほど沈黙の時間が流れた頃、顔を上げたシュバインが言葉を続けた。


「失礼しました。それで隠し通路の場所はお教えいただけますでしょうか?」


「いいだろう。父上の救出を頼む」


「承知いたしました。必ずやお救いし聖女の元へ送り届けます」


「私も妻と娘を連れて同行しよう。ここにいれば兄上にいつ討たれるかわかったものではないからな。勇者の元ならばここよりは安全だろう」


 父上がいなくなったと知れば真っ先に私を亡き者にしようとしてくるだろう。ならば帝国軍1万を殲滅した勇者の元にいる方が安全であろう。王国亡命という手もあるが、今は王国も兄上を警戒して国境に大軍を張り付かせている。それに長年帝国が一方的に戦争を吹っかけていた国だ。追い返される可能性もある。最悪は亡き祖父が親しくしており、私の名前に縁のある竜王様の所に向かえばいい。まずは父上を勇者の元に預けることが優先だ。


「確かに。ではその為の準備もしておきます」


「うむ、苦労をかける」


「いえ、全ては私の不徳の致すところでございますれば」


 そう言ってシュバインは執務室を出て行った。


 まったく、責任感の強い男だ。


 しかし勇者か……未だに信じられないがシュバインがあそこまで断言するのだからフジワラの街にいるのだろう。しかし人魔戦争をしているのであればともかく、女神はいったい何が目的で勇者を送り込んだのだ? 


 ふむ……長年滅びの森の侵食から国土を守ることしかしておらず、奥地にある聖地を取り戻す気配が無いことに業をにやしたのかもしれんな。


 であるならば女神に祈るとしよう。父上がご回復なされた際には必ずや聖地を取り戻すと。






 ——滅びの森 セイラン・ハニーサックル ——




「アッハハハハハ! 待て! 逃げるな! ほら飛竜! 火を吹け! もっと近づけ! 私の機関銃で蜂の巣にしてやる!」


「おーいクロース! あんまり遠くに行くなよぉ! って、行っちゃったよ。まったく、しかしやっぱり飛竜は速いな! セイラン助かるよ」


「う、うむ。喜んでもらえて何よりじゃ」 


 我は隣を並走するリョウスケに引き攣った笑みを浮かべそう答えた。


 まさか戦妃がこれほどおるとは……


 700年前に現れた勇者でさえ3人だったのじゃぞ? それが既に6人もおるうえに、一人を除き一騎当千の実力を有しておる。


 特に厄介なのがシュンランという竜人のハーフじゃ。高い身体能力のうえに竜人の火竜種と同様に炎を吐く。しかもそれがなぜか爆発もする。さらにはどういうわけか竜王の元にあるはずの、先代勇者の神器である青龍戟を持っておる。あれで斬られれば父上と同じように傷の完治に百年以上は掛かるであろう。それでもリョウスケの槍で突かれるよりはマシじゃが。


 次にミレイアという珍しいサキュバスのハーフじゃ。雷のギフト持ちが戦妃になるとあれほど恐ろしいとは。接近できればなんとかなりそうではあるが、例え身体能力と魔力が上がる夜でも近づける気がしない。恐らくこんがり焼かれて終わりじゃろう。


 先ほど高笑いしながら飛竜を追いかけて行ったクロースとかいう女も危険じゃ。巨大なアイアンゴーレムの頭の上に乗り、自分だけではなくゴーレムにまで機関銃という魔槍を持たせている。あの魔槍から飛び出す鉄の礫はミスリルの鎧すらも貫通するうえに、何百発と連射が可能じゃ。それを本人と搭乗しているゴーレムだけではなく、周囲にいるゴーレムも持っている。あの鉄の礫の嵐の中を抜けて接近するのは不可能に近い。いや、近づいてもあの我をも上回る膨大な魔力によってゴーレムの形状を一瞬で変化させ、ゴーレムの中に隠れてしまうだろう。その間に周囲におるゴーレムに我は蜂の巣にされるであろうな。


 あの風の精霊を操るエルフも脅威だ。一度精霊魔法を受けてみたが一歩も動けなかった。あのエルフも我を軽く超える魔力の持ち主であろう。その膨大な魔力を与えた風の精霊によって身動きを封じられ、無数の風の刃に切り刻まれる未来しか見えぬ。単独で空を飛べるというのも厄介じゃ。


 ローラというシスターも戦いにくいの。凍らされたくらいでは死にはせぬが、あの娘も機関銃を撃っておったしの。凍らされた後に機関銃の鉄の礫を打ち込まれたら木っ端微塵じゃ。溶けるまで再生できないというのは厄介じゃ。


 最後にサーシャというアルメラ王国の元王女じゃ。あの娘、驚くことに王国に伝わる女神の祝福というギフトの所持者じゃった。身体能力が高い吸血鬼である我でも今の時点でも力負けしておるのに、それを勇者を含め戦妃全員を2倍にするとか。悪夢じゃろ。


 後一人まだ戦妃になっておらぬ獣人の娘がおるので、その者には負ける気がせぬがそれもこのままでは時間の問題じゃろう。


 しかし良かった。


 飛竜を眷属化しておいて本当によかった。こればかりは魔物を眷属化する秘術を完成させた祖父に感謝じゃ。


 リョウスケの神器を目の当たりにした時には馬鹿な妹を呪ったが、Aランクの魔石20個と飛竜を眷属化していたことでなんとか側にいることを許してもらえた。


 敵対していたら先代勇者に滅せられた祖父のようになっておったやもしれん。神器は駄目じゃ、あれだけは不死の肉体を持つアンデットである吸血鬼との相性が悪い。女神も吸血鬼族には勇者も手こずると思ったのじゃろうか? あんな特攻武器を与えるとは勘弁して欲しいのじゃ。


 父上もアホじゃった。勇者が元の世界に帰ったからと長い時間を掛けて準備し、デーモン族と共に当時魔王じゃった竜王に反旗を翻し勇者が残していった青龍戟で竜王に斬られおった。いつまでたっても治らない傷と痛みに顔を顰めながら、『神器が残ってるなど聞いてないぞ!』と延々と恨言を幼い頃に聞かされてうんざりじゃった。神器の存在を知った時に逃げれば良かったのにと何度思ったことか。


 妹はドアホウじゃな。知識があったのに勇者に向かって行くとか救いようが無いわ。神器で斬られなかっただけ幸運じゃろう。斬られておったら今頃消滅しておったじゃろうな。しばらくは領地から出さぬようにせねば。


 我は祖父や父とは違う。もちろん愚妹ともじゃ。神器とわかった瞬間に五体投地することを決心したからの。プライド? そんなものは生きていてこそじゃ。吸血鬼は不死の体を持つだけに、死に対してはどの種族よりも恐怖を抱いておるのじゃ。神器を相手に戦うくらいなら、Sランクの火竜と戦った方がマシじゃ。


 良かった。勇者が敵にならなくて本当に良かった。


 一緒にいた執事とメイドには、魔国にいる一族に我がリョウスケに臣従したことを伝えさせに行かせておる。というか二人とも生気をなくした顔で逃げるように国に戻っていきよった。アンデットなのにあそこまで生気を無くした顔ができるものなのかと感心したわ。まあ神器によって受けた傷で苦しむ父上の世話をしておった者たちじゃからの。気持ちはわかる。


 ちゃんと我の元に戻ってくるのであろうな? 


 まあいずれにしろわれがリョウスケの側にいる限りは我が一族は安泰じゃ。領地は父上と母上が魔人の小作人たちを使って上手くやるじゃろう。どうせ文句など言いには来ぬ。父上が来てもトラウマが刺激されるだけじゃろうしの。青龍戟とそれ以上の神器とか、見たらショック死するんじゃなかろうか?


 さて、これで勇者を敵に回すことは無くなったが、問題はここからどうやって敵対する吸血鬼の十二支族に対抗するかじゃな。どの支族も魔物を眷属化する我が一族の秘術を狙っておる。我が当主になってから急接近してきたジークスルー家も間違いなく狙っておるじゃろう。愚妹を誑し込んでおるようじゃがご苦労なことじゃ。


 今でこそ露骨に狙って来る者はいないが、我が幼かった頃は危なかった。父上が竜王によって負傷してからは、長年まともに戦うことができなかったからの。おかげで十二支族で数が一番少なくなってしまった。といっても一族の者たちは完全に滅せられたわけでは無い。細切れにされて聖水に満たされたミスリル製の箱に封印され各支族の元にある。捕虜みたいなものじゃな。吸血鬼族は数が少ないからの。完全に滅することは支族同士で禁じておる。


 とは言っても動けるものが少なくなったのは確かじゃ。吸血鬼族で一番魔力の高い我が成人し、秘術を継承して複数の飛竜とオーガキングクラスの魔物を支配下に置いてからは持ちこたえておるがの。我がいなかったらとっくに滅んでおったじゃろう。


 我は強いが一人で十二士族を相手に戦えるほどでは無い。しかしリョウスケなら余裕じゃろう。じゃがリョウスケが戦えば吸血鬼族が滅んでしまう。それだけは避けねばならぬ。これ以上数が減ればデーモン族の奴隷にされかねん。奴ら働き手であったダークエルフたちを失い困窮しておるからの。その内反乱でも起こしそうじゃ。


 ではどうするか? 簡単じゃ、我も戦妃になればよい。そうなればAランクの魔物も複数体眷属化でき、細切れにされて捕虜となっている一族の者たちを救出できる。そうなればハニーサックル家が吸血鬼十二士族の筆頭となれるじゃろう。


 その為にはまずはリョウスケの側に常にいて、伴侶としてもらわねばならん。


 それは良い。我のこの魅力的な肉体を持ってすれば、見るからに女好きのリョウスケもイチコロじゃろう。血も吸わせてもらえるやもしれん。眷属化はしようとしたら滅せられそうじゃから諦めるしかないの。死にたくはないしの。


 問題は住環境じゃ。


 部屋は良いし見たこともない魔道具はどれも便利じゃ。『じはんき』で買える酒も最高じゃし、タバコも様々な種類があって楽しめておる。


 蛇口をひねれば水だけではなくお湯まで出てくるのも最高じゃ。好きな入浴をしたい時にすぐにできるしの。


 そう、最高なんじゃが……なんで部屋の水が全て聖水なんじゃぁぁ!! 


 我の眷属である飛竜が飲んでひっくり返ったではないか! 


 我ほどの高位の吸血鬼であれば、傷ついてさえいなければ特に害はないが心臓に悪いんじゃ!


 一体なんなんじゃあの『まんしょん』とかいう建物は!


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