第28話 ルシオン皇帝代理と吸血鬼



 ——ラギオス帝国 帝城 帝国宰相 ユーラ・フルベルク公爵——



 廊下中に嬌声が響く中、私は皇太子殿下であり皇帝代理であるルシオン様のいる執務室へ向け歩を進める。そして執務室の前に着くと、部屋の前でウンザリした顔で警備をしている私の配下の騎士二人に部屋の中に入る旨を伝えた。すると騎士が扉をノックするが、返ってくるのは女の嬌声だけだった。


「よい、開けよ」


 私は困り顔の騎士の肩を叩き、扉を開けるように命令した。


 そして開かれた扉の中に入ると、執務机に座っているルシオン様にまたがり腰を振っている全裸の女の後ろ姿があった。


「あっ、あっ、あっ、も、もう……ああーっ!」


「くっ、締まる……ぐぅぅっ……ハァハァハァ」


「ルシオン様」


「ふぅ……ん? フルベルクか、なんだ報告か?」


「きゃっ!」


 私が声をかけるとルシオン様はまたがっていた女を床へと放り投げ、ズボンの股間のボタンを閉めながら返事を返した。


 執務室の床に投げ出され、腰をさすりながら恥ずかしそうに床に散らばる服をかき集めている女にの顔には見覚えがある。


「その女性はブランシュ子爵家の令嬢とお見受けしますが?」


「ああ、子爵が臣従の証として好きに使ってくれと言うからな。下半身を好きに使ってやってる」


「そ、そうですか。くれぐれも殺さないようお願いします」


 この馬鹿皇子め。いくら好きに使えと言われたからと、貴族令嬢を昼間から執務室で抱いていいわけがないだろうが! そんな辱めを娘が受けたと子爵が知ったら、潜在的な敵になるかもしれないという事くらいわからないのか!


 そう内心でそう罵倒しつつも、どうせ言っても無駄だと思いせめて雷撃で殺さないようお願いするに留めた。


「さすがにそれくらいはわかっている。なかなか具合が良い女だからな。長く楽しむために殺しはしねえよ。だがうっかり雷撃を放っちまうかもしれねえから、早いとこ魔人の女を捕らえてこい。ああ、ダークエルフでもいいぞ」


「魔人の捕獲に関しましては闇組織に依頼しておりますのでもうしばらくお待ちください」


 この色狂いめ。まあいい、貴族の令嬢を殺されるよりはマシだ。


「急げよ。まあしばらくは女に困ることはねえからな。親父付きの侍女は上玉ばかりだしよ。ククク、幽閉され散々我慢させられてた分をしっかり取り戻さねえとなぁ」


「ほどほどにお願いします。それよりも病に倒れておられます陛下直属の近衛ですが、いかがいたしましょうか?」


 私は今日ここに来た目的である、皇帝暗殺を防げなかった罪で拘束し牢に入れている近衛兵の処遇をルシオン様に問いかけた。


「あん? 全員処刑する決まってんだろうが」


「し、しかし近衛は全員が皇家の血を引く者で、雷のギフト持ちです。幸い陛下は命までは失っておりません。近衛の実家から助命の嘆願が届いておりますれば、今回は隊長だけの処刑に止めるべきかと」


 さすがに全員処刑はまずい! 彼らは次男や三男とはいえ全員が高位貴族の出だ。いくら皇帝暗殺を防げなかったとはいえ、全員殺すのはやりすぎだ。そもそもその暗殺も自作自演ではないか。


「俺を半殺しにした奴らをなんで生かしておきゃなきゃなんねんだ? それに密かに俺の親衛隊の生き残りを葬ったのは近衛の野郎たちだったんだろ?」


「そ、それは……陛下のご命令でしたので仕方なく行ったのだと思います」


 チッ、そういえば夏頃に脱走して近衛に半殺しにされたんだったか。


 しかし、しまったな。今後ルシオン様を私の傀儡とするのに邪魔な親衛隊を、密かに赤い蝙蝠に殺させたのを近衛のせいにしたのが裏目に出たか。


「んなこたぁ関係ねえんだよ! 幼い頃からの俺の仲間を! あの半魔野郎との戦いの中で俺を庇いながらも生き残ったアイツらを殺した奴を俺は許せねえ! 俺自ら嬲った上に殺してやる! だから処刑の準備をしろ!」


「……承知いたしました」


 くっ……ここまで怒っているなら仕方ない。近衛の実家からの嘆願を無視する事になるが処刑する他ないか。


 目的としていた陛下の暗殺未遂は上手くいった。皇家しか知らない秘密の抜け道を使ったとはいえ、寝所を警備していた近衛数名を葬るとはさすが赤い蝙蝠レッドバットともいうべきか。高い金を払っただけはある。陛下もまばたきと呼吸しかできないほど身体が麻痺し、皇帝としての政務を行うことができない身体となった。


 その後、私は私兵を伴い塔よりルシオン様をお助けし、混乱している帝城をルシオン様は皇太子として見事収めた。そしてルシオン様が皇太子として皇帝代理として就任する事を各貴族へと宣言。陛下が存命なことと、一番の懸念であった四公のミッテルガとルーベルク公爵両家が粛清済みということもあり、反対する者はいなかった。


 表面上は。


 諜報組織を持つシュバイン公爵は、暗殺を防げなかったことで責任を感じ帝都の屋敷にて謹慎中。しかしその配下は必死に暗殺者を捜索している様子。その他有力貴族たちも今の所は静かだが、面従腹背なのは明らかだ。以前メルギス様を擁立を支持していた下級貴族はルシオン様の粛清を恐れ令嬢や領民の中で美しい女を生贄に捧げているが、内心では誰もルシオン様のことは認めていないだろう。


 それも当然だ。つい先日まで廃嫡寸前だった皇太子が、陛下の暗殺未遂により皇帝代理の地位に返り咲いたのだからな。誰がどう見ても暗殺を仕組んだのがルシオン様だと考えるはずだ。宰相に任命された私も共犯者だと疑われていることだろう。


 だからこそ彼らを取り込むために寛大な心を見せねばならないのだが、差し出された令嬢を昼間から執務室で犯し陛下の近衛を皆殺しにすればそれも期待できない。


 ルシオン様が色狂いで苛烈な性格をしていることはわかっていた。だから私はルシオン様からメルギス様支持へと鞍替えしたのだ。


 そんな時に聖光教会から、塔に幽閉されているルシオン様の後ろ盾になるため連絡を取って欲しいという話が来た。そして闇組織への仲介の話と、教会からの膨大な資金提供の話が立て続けにあり、それと同時期に四公のミッテルト公爵とルーベルク公爵が粛清された。次は我が公爵家かもしれないと思った私は、覚悟を決めルシオン様側へと付くことにした。


 塔から救い出され、陛下が半死状態になっている事を知ったルシオン様はたいそうお喜びになった。そして私を帝国宰相に任命し、混乱する貴族たちを抑えるよう命令された。それから2週間。毎晩帝城で働く侍女や下級貴族の令嬢を寝所に連れ込み、種の無駄撃ちをしているルシオン様を横目に、各貴族家の当主と面会し落ち着きを取り戻した所だというのにここで陛下の近衛を皆殺しにしろとは……


 半分はルシオン様の親衛隊を殺すよう指示をした私の責任とはいえ、感情のままに高位貴族の一族を殺そうとするとはなんとう愚物。


 ハァ……わかってはいたことだ。今更愚痴っても仕方ない。とにかく近衛の処刑後に騒ぎ出す貴族たちを収め、身の危険を感じたのか先週から領地に戻っているメルギス殿下を暗殺する準備をしなければなるまい。メルギス様亡き後も面従腹背の気配を見せる貴族たちは粛清し、帝国を完全に掌握。そして陛下には永遠に御退場いただく。やる事は山積みだ。


 まあそれはいい。それよりもルシオン様の滅びの森の砦への復讐が問題だ。どうも王国と獣王国は聖戦に否定的な様子。獣王国など砦にある真聖光教などという邪教を国教として定めている始末だ。気持ちはわかる。難病を患っていた王女が完治したのだ、それが聖光教でなくとも信仰したくなる気持ちもわかるというもの。最初は信じられなかったが、聖女は本当に存在するようだからな。


 半死状態の陛下がもし聖女により完治したらと不安になったが、教皇曰く、神経性の毒により負傷した脳は上級治癒でも完全治癒でも治すことはできないと聞き安心した。確かに外傷はギフトを持つ者のイメージの範囲内でしか治すことはできないらしいので、脳のような複雑な臓器は治せないのは常識だ。そして病気ではないから完全治癒でも治すことはできない。つまり陛下が再び歩いたり話せるようになることはあり得ないということだ。


 完全治癒のギフトに目覚めた聖女か。聖光教が必死に聖戦を起こそうとしているのも理解できる。聖女を手に入れなければ聖光教は尻すぼみとなろう。信者が少ない今がチャンスだと思うのも仕方ないだろう。


 しかし王国と獣王国が真聖光教寄りな以上は、なんとか聖戦を2万人程度の挙兵で収めてもらわなくてはならない。それ以上だと留守中に王国に侵攻される可能性がある。そして王国に手こずっている間に魔国も野心を抱かないとは限らん。


 陛下の暗殺を調べており、いずれ粛清する予定のシュバイン公爵の力を借りるわけにはいかない以上、私がなんとかルシオン様を説得しなければならない。愚物を操るのも苦労する。


 私がまだいるというのに令嬢を無理矢理立たせ、机に手をつかせて股間を尻に打ちつけ始めたルシオン様にため息を吐きながら一礼し執務室を後にした。


 愚物ほど傀儡にしやすいとはいえ、この女好きはなんとかならないものか。


 そう呟きながら近衛兵の処刑の段取りをするためにその場を離れたのだった。



 ♢♦︎♢



「貴様! 半魔ごときが偉そうに! 十二支族の一家であるジークスルー家がこの宿を使ってやると言うのだ! それを断るとか死にたいのか!」


「そんな態度だから泊められないと言っているんだよ。ここにあんたらに貸す部屋はない、おとなしく魔国に帰れ」


 俺は聖地の『女神の街』とクリスたっての希望で名付けた宿場町の南にある正門の前で、白髪で赤い目をした吸血鬼が率いる一団と対峙していた。


 俺の両隣にはシュンランとミレイアとローラとクロース。門の上には機関銃を構えたダークエルフの警備隊が数十人ほど集まっている。


 この吸血鬼の一団。と言っても吸血鬼は男女二人しかいなくて、あとは青白い肌をした魔人とこれまた青白い肌をしたインキュバスが十数人ほどだ。彼らはAランク《ミスリル》のハンターらしいんだが、西街で女神の街の存在を聞きつけてやって来たらしい。フジワラの街のことも知っていたらしいが、周囲に低ランクの魔物しかいないのと竜人族が長期滞在していると聞いて避けていたそうだ。仲が悪いみたいだしな。


 ところが自分たちの狩場の近くに女神の街がいつの間にかでき、そこには竜人族がいないということで利用しにきたらしい。


 俺としては吸血鬼族と関わったことがないので泊まりたいなら泊まらせてやってもいいと思っている。が、目の前にいる吸血鬼は駄目だ。だって魔物探知機が青く点滅してるんだよ。初対面で敵意満面とか泊めるわけない。どうもデーモン族の奴隷であったダークエルフが門番をしていることとか、魔人のハーフに見える俺が街の長であることが気に入らないらしい。


 竜王やクロースから吸血鬼のことはいろいろ聞いていたけど、聞きしに勝るほどの種族至上主義者でプライドも相当高いようだ。


 そういうわけでまず正門でダークエルフを侮辱し揉めていた所に割って入り、俺より先に怒鳴り散らそうとするクロースを抑えつつ俺が前面に立ってお帰りいただく事にした。


 吸血鬼は闇系統の魔法と自らの血を媒介にした攻撃方法のほか、吸血による眷属化をすることができしかも不死ときたもんだ。いずれも火災保険では防ぐことができない攻撃方法を持つ吸血鬼とはできれば戦いたくないんだが、このままだと戦闘は避けられなさそうだ。


「貴様!」


「もういいわエリオット、魔人に竜人にサキュバスの半魔ごときが、ジークスルー家とハニーサックル家を侮辱したのよ。それだけで万死に値するわ。コイツらをとっとと皆殺しにしましょう。さあ、お前たちやってしまいなさい」


 激昂し手に黒いモヤをまとったエリオットとかいう吸血鬼に、隣にいた青いドレスを着たグラマーな女吸血鬼が高慢な態度で制止した。そして背後に生気なく立っていた、恐らく眷属化された魔人とインキュバス十数人が一気に襲い掛かって来た。


 しかしその瞬間。


『『『『『ガガガガガ!』』』』』


 正門の上から機関銃による無数の弾丸が吸血鬼の眷属だけでなく男女二人の吸血鬼に容赦無く襲い掛かった。


 後方からもクロースが機関銃を撃っている音が聞こえる。


「なっ!? アガガガガ!」


「え? きゃあああがががが!」


「ローラ」


「ええ、凍りなさい! 『凍結世界フリージングワールド!』


 俺の言葉にローラが蜂の巣となりつつある吸血鬼の一団とその周囲を凍らせ


「シュンラン」


「任せろ。『爆炎』!」


 シュンランが腕を伸ばし凍った吸血鬼たちを竜魔法で爆散させ


「ミレイア」


「はいっ! 『轟雷ごうらい


 ミレイアが無数の雷を散らばった肉片へ落とし焼き尽くした。


「やったか?」


「リョウスケ、それはフラグというのではなかったか?」


「ははは、まあこれでも死なないのは聞いていたからな。わざとだ」


 クロースにそう答えつつ吸血鬼のいた場所に近づくと、細切れとなりつつも雷から逃れた肉片がピクピク動いていた。それはやがて二箇所に集まっていき融合し、拳大ほどの大きさになったところで蝙蝠の形へと変化した。そしてその蝙蝠はキーキー言いながら飛び立ち、一目散に逃げていった。眷属たちの肉片は動かないし再生しないことから、ここまで細切れにして復活するのは吸血鬼だけのようだ。


「なるほど。肉片一つ残さず灰にしないと吸血鬼は殺せないというのは本当だったんだな」


 聞いてはいたけど間近で見ると本当に驚きだ。


「なんだ、試すためにシュンランに焼き尽くさせなかったのか」


「ああ、吸血鬼族と本格的に揉めたら面倒くさそうだからな。殺す気はなかったよ」


 数は少ないと言っても蝙蝠に変化できて不死とかめんどくさすぎる。これで夜になると身体能力や魔力が上がるってんだから尚更だ。


 俺と恋人たちなら倒せるが、ダークエルフたちではいくら機関銃があっても今回のように数を揃えて一気に押し切らないと厳しいかもしれない。


 闇魔法や血を使った魔法が見れなかったのは残念だが、恋人たちを危険に晒す可能性があったしな。火災保険が適用されない以上、不意打ちで初見攻撃で一気に畳み掛ければ簡単に倒すことができるならそのほうがいい。まあ何もできないまま倒されたことに怒ってまた来そうだけど。しばらくはマメにこっちにも来た方がいいだろうな。


 帝国も皇帝が倒れルシオンが皇帝代理になったらしく、また攻めてくるかもしれないってのに面倒なことだ。エルフを派遣してもらって街と街の間の通信は迅速に行えるようになったが、万が一の時にすぐもう一つの街に移動できるようにならないものか。車で6時間ほどで着くとはいえ、一刻を争うような時は間に合わないかもしれない。もっとスピードが出せればいいんだが、魔物が飛び出してくるからな。ぶつかれば俺たちは無事でも車が廃車になりかねない。


 飛竜クラスをテイムしたハンターがいたけど、あれは羨ましかった。この間、発煙筒が炊かれて救助に行く際に貸してもらったんだけど、めちゃくちゃ速かった。運んでくれたお礼に高ランクの魔物の肉をたらふく食べさせてあげたら頭を擦り付けてきて可愛くてさ。俺もテイムのギフトが欲かったと切実に思ったよ。飛竜がいれば1時間もかからずにフジワラの街に行けるんだけどな。さすがに高ランクのテイムのギフト持ちでも、1頭しかテイムできないBランクの飛竜を無期限で貸してはくれないだろうな。


 フジワラの街と女神の街を繋ぐ道の両サイドに壁を作ってスピードが出せるようにするしかないか。かなりしんどそうだな……


 そんなことを考えながら眷属たちの肉片の片付けをダークエルフたちに頼み、俺と恋人たちは部屋へと戻るのだった。



 しかし数日後に奇縁から飛竜が手に入れることができることを、この時の俺は想像もしていなかった。


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