第27話 赤い蝙蝠


 ——ラギオス帝国 帝都 帝城 南の塔 ルシオン・ラギオス——




「オラアッ! 出せ! 俺をここから出しやがれ!」


 俺は部屋のドアを思いっきり蹴り飛ばし叫んだ。


 クソがっ! 両腕さえ封じられてなきゃギフトで一撃だってのに!


 俺は後ろ手に縛られ、ご丁寧に鉄枷まで嵌められている自分の両腕を肩越しに見て唇を噛んだ。


 確かに親父が俺を廃嫡することを知った時、文句を言おうとして部屋を出るために暴れた。その時に塔内の兵士も何人かぶっ殺しもした。しかし塔の外に出たところで親父の近衛兵たちに取り押さえられた。たとえ同じ雷のギフトの使い手であっても1対2、いや1対3までならあんな奴らに負けることはねえ。だが1対20じゃどうしようもなかった。あいつら手加減することなく俺を半殺しにしたうえに、たいした治療もせず俺を縛り上げ鉄枷を嵌めてこの部屋に引き戻しやがった。


 それから数ヶ月。俺は一人でこの部屋に軟禁されている。両腕が使えない不自由さに苛立ち侍女のババアを一人蹴り殺してからは、城の兵士が俺の世話をしにやってくる始末だ。男に飯を食わせてもらい身体を洗われるとかどんな拷問だクソが!


 正室のアマーリエと側室を呼んでも誰も来ねえどころか、息子や娘たちを連れて辺境にある俺がもらう予定の帝領に向かっちまったと聞く。


 クソッ! どうしてこうなった! なんで俺が廃嫡され弟のメルギスが皇太子になるんだ!


 たった一度、たった一度負けただけじゃねえか! 2万、いや3万の兵を集めればあのリョウスケとかいう半魔を殺せる! あの砦を陥せる! 停戦協定がなんだってんだ! んなもん破って王国が怒ろうが知ったこっちゃねえ! 勝ってあの砦を占領すりゃあ王国を二方面から攻めれるんだ。もし王国が攻めてきたら返り討ちにしてやりゃあいい。なのになぜ親父は攻め込まねえ! それどころか敗戦の将の俺を排除しようとしている。なぜだ! あの半魔とアルメラ王国がそんなに怖いのかよ! 


 冗談じゃねえ! このまま辺境の地に軟禁されてたまるか。どうにかしてここを脱出して親父を説得しなきゃならねえ。そして廃嫡を取り消させねえと俺はただのいち辺境領主にされちまう。


 だが歳を取り日和ひよった親父を説得できなかったら? 


 その時は……親父を殺すしかねえな。


 廃嫡されるまでは俺が皇太子だ。親父さえ死ねば俺が正当な後継者になる。だが問題は四公だ。俺が親父を殺したとなれば、大義名分を得たと嬉々としてメルギスを擁立して俺を排除しにくる。そうなったら味方のいない俺は殺されちまうだろう。それじゃあ駄目だ。かと言ってあの強欲貴族どもを味方にするのは難しい。シュバイン以外の奴らはメルギスを傀儡として帝国を牛耳ることしか考えてねえからな。そのシュバインも学友であり長年連れ添った親父を殺した俺の味方はしねえだろう。


 親父を殺した後にメルギスを殺すか。いや、そうしたらそうしたで俺の息子を担ぎ上げるだけか。せめて息子たちが城内にいればそれも防げるんだが……


 どうする? どうすれば廃嫡を逃れられる? どうすればあの半魔に復讐ができる?


 考えろ。このままじゃ俺は皇族じゃなくなっちまう。考えろ……


 しかし良い案は浮かばず13月も半ばを過ぎ、世話役の兵士から来年早々に俺の廃嫡が公表されることを聞かされた。


 俺は怒り狂い部屋中の物を蹴り壊した。そして暴れ疲れ眠っていた時だった。


 不意に冷たい風が俺の頬を撫で、その瞬間ベッドの横に気配を感じた俺は飛び起きた。


「誰だ!」


 ベッドから転がるように距離を置き気配のする方向を見ると、そこには黒いマントに身を包んだ男が立っていた。その男の背後のカーテンは風で揺れている。


 まさか塔の最上階のこの部屋の外から入ってきたのか? いったいどうやって?


 一瞬王国の風の精霊使いのエルフが侵入してきたのかと思ったが、雲に隠れていた月明かりが部屋に差し込み男の姿を照らした瞬間にそれは違う事を認識した。


「……吸血鬼」


 まるで病人のような白い肌に白い髪。そして赤い目に口元から覗く牙。間違いない、吸血鬼族だ。


「ククク、お初にお目にかかります皇太子殿下。私は『レッドバット《赤い蝙蝠》』より派遣されてきた者です」


 吸血鬼は腕を前にし腹部辺りで折り曲げ、頭を深々と下げながら挨拶をした。


「レッドバット……魔国の闇組織か!」


 以前シュバインから魔国で最強の闇組織の名を聞いた。その時に聞いた名が確かレッドバットだったはずだ。確か吸血鬼が多く在籍してると言ってたな。そんな闇組織の者がここにいるということは、俺を暗殺しにきたということか?


 いや待て、廃嫡と辺境の地に幽閉が決まっている俺を暗殺する必要があるのか? たとえ殺すにしても辺境の地に行ってからの方が殺しやすいはずだ。帝城に侵入する危険を冒してまでわざわざ殺す必要なんかあるのか?


 そんな俺の内心を見透かしたのか、吸血鬼は薄っすらと笑みを浮かべ口を開いた。


「ご安心を。殿殿下の御命を奪いに来たのではありません。今回は依頼主からの伝言を殿下に伝えるために参りました」


「伝言だと?」


「はい。殿下を皇帝にするための計画のお話です」


「!? ……聞こう」


 俺は近くのソファに腰をかけ、足を組みその伝言やらを聞くことにした。


 吸血鬼から聞いた計画は皇族で俺とメルギスにしか教えられていない隠し通路を暗殺者が使い、親父を特殊な毒で物言わぬ半死状態にして俺を皇帝代理とするという内容だった。


 なぜ半死なのかと疑問に思ったが、確かに親父を殺せば四公を始め多くの貴族どもが俺が皇帝になる事を邪魔をするだろう。だが言葉を発せぬほどの麻痺状態にできるなら、俺が代理として実権を握ることは可能だ。それでも四公が言う事を聞くか不安だったが、吸血鬼によると既に四公のうち二家は粛清されているらしい。恐らくメルギスを皇太子に任命する前に、あいつを傀儡としようとしている奴らを親父が排除したんだろう。


 上々だ。親父はメルギスの皇帝就任後のためを思って掃除したんだろうが、俺にとってもそれは都合がいい。それでも親父が死ねばメルギスを擁立しようとする貴族が出てくるだろうが、半死ならば四公ほど力のない奴らは動けねえだろう。


 その間にメルギスを殺す。そうしてしばらくは俺が皇帝代理として実権を握り、俺に心から従わねえ貴族を粛清して足場を固める。最後に帝国を完全に掌握したら親父に死んでもらい俺が皇帝となる。


 そうか、隠し通路があったか。まさかそんなところから暗殺者が侵入するなど考えもつかねえだろうな。


 親父が半死になって混乱しているところで、今回の計画を考えたある大貴族が俺をこの塔から外に出してくれるらしい。しかしある大貴族ね。まあ魔国の闇組織と繋がってんだ、だいたいは予想がつく。ククク、蝙蝠繋がりとはシャレがきいてるじゃねえか。まあいい、利用するだけしたら奴も粛清してやる。それまでは重用してやろうじゃねえか。


 俺は吸血鬼から聞いた親父の暗殺。いや、半殺し計画に協力することにした。


 待ってろよ半魔野郎。すぐに帝国をまとめてテメエをぶっ殺しに行くからな。




 ♢♦︎♢



「みんなグラスは持ったか? ラティはお酒はまだ駄目だぞ?」


「そんなぁ、もう17歳なのでお酒は飲めます」


「身体が若返っちゃってるからな。もう1年は我慢してくれ」


 治療をした時よりも肉が付いると言っても実質14歳かそこらの肉体年齢だ。まだお酒を飲むには少し早いだろう。


「そうだぞラティ。ほら、私が注いでやるから」


「ク、クロースさん! それってドクターペ○パーじゃないですか!」


「あっははは! いいからいいから」


 クロースに苦手な炭酸ジュースを注がれてそうになり、必死にグラスを持って逃げるラティに苦笑しつつリビングに集まった皆の顔を見回した。


 ビールが注がれたグラスを手に持ち、恋人たちが楽しげに話している。



 13月の最終日となり、俺は恋人と婚約者候補を連れて聖地の宿場町のマンションの最上階の別荘へとやって来ていた。


 年末年始はここで過ごし、恋人たちとゆっくりする予定だ。


 ああ、婚約者候補というのはラティのことだ。なぜ彼女が婚約者候補かと言うと、13月に入って少しした頃に獣王とラティが、拘束された状態の聖光教の司祭と司教と大司教に大量のシスターを連れてやってきたんだ。そして彼ら彼女らをお土産だと、治癒水の輸出を頼むと言って置いていった。


 それだけならいい。いや、聖光教の司祭どころか大司教クラスまで攫って来てしかも置いていくなよと言いたいことはあるが、四肢の欠損を治せて上級治癒水を作れる大司教がいるのは正直有難い。13月になって王国から何百人も送られて来た重病人の対応で、四肢の欠損患者の治療が遅れ気味だったので助かるのは確かだ。最初非協力的だった大司教たちも、聖女クリスのなんちゃって完全治癒のギフトを目にしたらクリスを拝みだして協力的になったし。正直獣王には彼らを連れて来てくれたことには感謝している。


 が、帰り際にラティも嫁としてもらってくれと残していったことには文句を言いたい。


 そりゃサーシャとリーゼに手を出したことで、獣王国からも嫁候補が差し出されるだろうと。そしてその女性は間違いなくラティだろうということはリーゼには言われていた。これは各国のバランス的に仕方ないことだから断れないということも。


 サーシャとリーゼに手を出していなければまだ抵抗できたんだろうが、手を出した以上は獣王国だけ受け入れないというのは難しいのはわかる。これも自業自得だと諦めるしかないんだろう。


 でも事前の連絡もなしにいきなりラティを置いていくのはどうなんだよ。ラティは真っ赤な顔で不束者ですがよろしくお願いします! って言うしさ。俺は引き攣った笑みでよろしくと返すしかなかったよ。


 それでも最後の抵抗とばかりに獣王には、俺がラティに手を出すまでは婚約者ではなくあくまで候補ということにしてもらうことを呑ませた。勝手に獣王国でラティが婚約者だって広めるなよとも釘を刺した。


 問題はラティだ。実際17歳の彼女は俺にいつベッドに誘われてもいいように、ローラとクロースに色々と聞いているらしい。その話を聞いたときにはよりにもよってその二人かよと頭が痛くなった。


 案の定、しばらくしてラティが、他の恋人たちが身につけている大人のおもちゃの自販機で買ったエロ下着が自分も欲しいと言って来た。俺は頭痛を覚えつつさすがにまだ早いだろうと思ったが、そんな事を言えば彼女に年齢のことを持ち出されるのはわかりきったことだ。だからラティに似合う下着が今のところないので入荷したらな。とかなんとか言ってその場は誤魔化した。


 まあその後クリスがローラを連れて下着をくださいと言って来た時も驚いたけど。童顔で清楚なロリ巨乳の彼女にとうとう彼氏ができたのかと少し残念な気持ちになりつつも、そりゃこんなに可愛かったらできるかと思い部屋に入れて買い溜めしていた過激な下着を色々と選ばせてあげた。清楚な彼女が選んだ下着を見て色々妄想したよ。相手が聖騎士の男か知らんが羨ましい限りだ。いや、恋人が6人いる俺が羨ましがったら殺されるな。うん、クリスに彼氏ができたことは良い事だ。素直に2人の仲を祝福しよう。


 そういえばあの日、洗濯に出していた俺のパンツが無くなってたんだよな。もしかしてローラが持っていったのかな? 前に一人であまりしないと言っていたけど、まさか俺のパンツをおかずにしているとは……彼氏冥利に尽きるといえば尽きるな。けど彼女にはいつも言葉責めをされているからな。今度ベッドで俺のパンツをナニに使っているのか聞いたりして仕返ししてやろう。



 そんなここ1ヶ月のことを思い返しているうちにラティを追い回していたクロースの頭にシュンランのゲンコツが落ち、ホッとしたラティがオレンジジュースをグラスに注ぎ終える姿が視界に映った。


 俺はグラスを掲げリビングのテーブルを囲む恋人たちへ向かって口を開いた。


「それじゃあみんな注ぎ終えたようだし、今年も一年お疲れ様。乾杯」


「「「「「乾杯♪」」」」」


 俺は恋人たちとグラスを打ちつけ一気にビールを飲み干した。


 それからは今年1年大変だったなと恋人たちとお互いにねぎらい、テーブルに用意した料理を食べて年を明かした。日付が変わる頃にはいつの間にかお酒を飲んでしまいベロンベロンになっていたラティを寝室に運び、その後は恋人たちと一緒に屋上の露天風呂で満点んお星空のもとで汗を流した。


 初めて六人の美女を一列に並べて後ろから順番に愛したよ。控えめに言って最高だった。


 そんな年末を送り、年始になって狩りに行きつつも夜は3人ずつベッドで恋人たちとイチャイチャする日々を送っていた頃。


 王国からフジワラの街経由で、エルフの精霊通信がリーゼへと届いた。


『ラギオス帝国皇帝不予』


 それは帝国の動乱の始まりを告げる知らせだった。

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