第26話 教会の陰謀



 ————ラギオス帝国 帝城 謁見の間 アルバート・ラギオス——




「フジワラの街への出兵、何卒お願い申し上げます」


「そうは言ってもの、王国に獣王国が不参加ではの。国内もまだ落ち着かぬ。帝国単独でというのはちと厳しいのう」


 余は目の前で跪く、聖光教会のミッテルト枢機卿へとため息混じりにそう答えた。


 面倒な。


 今年ももう半月で終わりというところで、聖光教会が獣王国と王国で信徒をそそのかし各地で騒乱を起こした。しかし各地の領軍に即座に鎮圧され、その結果教会本部の周囲に王国軍が駐屯するようになった。そして王国も獣王国も聖戦に参加することが絶望的になった事で、帝国に単独で聖戦に参加するよう求めてきおった。


 しかし王国も獣王国も対応が早かったのう。聖戦への参加を断った際に、すでに民が反乱を起こすのを予想し準備をしておったのじゃろうな。王国では一部の領主が領軍を反乱に参加させたようじゃが、周囲の領主によりあっという間に鎮圧されたと聞く。


 普通ならば信仰心の厚い領民が蜂起すれば、領主も一緒になって反乱を起こし王家打倒を考える。反乱に参加した一部の領主もそう考えたはずじゃ。しかしいざ反乱を起こしたらあっという間に鎮圧された。そのあまりの呆気なさから、情報収集も大した根回しもせず見切り発車をしたんじゃろう。帝国貴族の中にも聖戦に参加すべしと騒ぐ者が幾人かおるが、教会から金や利権をつかまされておる者ばかりじゃ。反乱に加担した王国の貴族も似たようなもんだったのではないかと考えておる。まあ生臭坊主の言葉を信じるとロクなことにならぬという事じゃな。


 それにしても王国と獣王国が全面的に真聖光教を支持するとはの。どうやら勇者のところに聖女が現れたという噂は本当のようじゃな。王国の貴族どもはその存在を知っていたから聖光教会に味方しなかったのじゃろう。


 そうは言っても今回動かなかった貴族はともかく、領民全てが聖女の存在を信じているわけではない。なのになぜ反乱に加担した貴族以外の者たちは、自分たちの領地の民を抑えることができたのか? 


 それは反乱が起こると同時に、各地の領主である貴族と教会から派遣されている司祭や民との間で話し合いが行われたからだそうじゃ。その結果、各町と村から重病の者を集め、フジワラの街にある病院へと送ったらしい。それでふた月後でに完治して戻らなければ聖女の存在は偽りとし、以後は貴族たちは聖光教会を支持をすると約束したそうじゃ。それで一旦は民の乱は収まったと。王国に間者を多く派遣しておるシュバインがそう言っておったのだから間違いないじゃろう。


 ちなみに獣王国では早々に真聖光教を国教に定め、問答無用で教会に攻め入り司祭や大司教を捕らえたらしい。まああの国はそこまで信仰心が高くはないからの、そういった力技が通用したんじゃろう。しかし治癒水と教会での治療は今後どうするつもりなのかの? 特に治癒水は教会本部から聖水が送られて来なければ作れなくなるんじゃがの。まあ教会に敵対したのじゃからその辺は考えておるか。


 うーむ、しかし王国は見事じゃの。国教である聖光教を否定したというのに、領地を持つ貴族のほとんどが王家に味方するとはの。しかも反乱を起こした民との話し合いが、混乱を最小限にスムーズに行われておる。このような事はだいぶ前から準備をしておらねばできぬことじゃ。事前に相当数の貴族やその一族の重病人をフジワラの街に送り込んでいたのは間違い無かろう。皆長生きしたいからの。完全治癒のギフトを持つ聖女がいるとなれば、腐敗した聖光教よりも真聖光教に味方するのも頷けるというものじゃ。


 武力で聖女を手に入れようにも、勇者がいることを知っておる王家がまず話に乗らぬしの。そうなれば独力でとなるが、つい最近我が帝国軍が撃退されたばかりじゃ。無理して攻めて負ければ死ぬだけではなく王家によって家を取り潰されるじゃろう。ならば長いものに巻かれると考えるのも納得じゃ。


 それに比べ我が国は出遅れたの。まさか本当にどのような病でも治すと伝わる、完全治癒のギフトを持つ聖女がフジワラの街におるとはの。知っておれば聖光教など早々に見限り支持したというのに……まあシュバインも責任を感じておるからこれ以上は言うまい。それにフジワラの街とは停戦中じゃ、知っていたとしても近づくことは難しかったじゃろう。最近まで四公も健在だったしの。


 じゃがその四公のうち二家は当主を粛清し、伯爵に降爵させ子に跡を継がせた。もちろんきゃつらの寄子であった貴族も半分以上粛清した。そうして長年帝国を支えてきた四公は二公となり、メルギスが皇帝となった時に傀儡にしようと考える高位貴族はいなくなったと言えるじゃろう。


 一番の懸念のルシオンは、来年の春までに遠方にある皇家の直轄領の領主に赴任してもらう。当然メルギス直轄の騎士を監視につける。放っておけば領民を虐殺しそうじゃからな。勝手はさせぬ。力を失ったことで改心し、家族と一緒に安らかに過ごしていてもらいたいものじゃ。


 甘いか、甘いんじゃろうな。じゃがあんな男でも余の息子じゃ。勇者さえおらねば跡を継がせるつもりじゃった。そんな息子を将来の火種になるからという理由で殺すことなどできはせぬ。


 ルシオンのことはまあよい。それよりも目の前におる聖光教の枢機卿じゃ。前回の聖戦の誘いは、粛清による国内の混乱が収まらないためということで先送りにした。しかし王国と獣王国が聖光教に対し、ここまで強硬な態度に出るとは誤算じゃった。かといって勇者相手に聖戦を起こすとかなんの冗談じゃ。そんなものに参加するつもりはない。しかし粛清をしてまだ間もないことから国内に不穏分子はまだ残っておる。元四公の者らも大義名分があれば動き出すじゃろう。そんな時に破門され、民を扇動されるのはちと面倒じゃ。もう少し時間を稼ぎたいいのう。


 まあじゃから単独での聖戦は難しいと答えたわけなんじゃが、目の前の枢機卿は納得してくれるかのう?


「陛下は聖戦を行なっている間に反乱が起こると仰るのですか?」


「粛清したばかりじゃからの。聖光教を信仰しておらぬ貴族もそこそこおる。そ奴らが聖光教による聖戦じゃからとおとなしくしている保証はなかろうて。せめて王国と獣王国との共闘なら安心して戦力を投入できるんじゃがの」


「そ、それは……で、ですが帝国の力があれば単独でも! 3万! 3万で良いのです! それだけの兵力があればあのような小さな街、必ず陥落しましょう。その後はあの街も周辺の土地も帝国の物となります。次期皇帝であらせられるメルギス様が軍を率いれば、実績ともなりますし悪い話ではないと思うのですが」


「ククク、1万で駄目だったから次は3万か。それで? 帝国の半数近くの兵を動員している最中に王国と獣王国と魔国が攻めてこない保証があるのかの?」


「…………」


 答えられぬか。まあ現在進行形で聖光教に逆らっておる国じゃからの。そうでなくとも勇者に弓を引けば間違いなく攻めてくるじゃろうな。


「そういう訳じゃ。帝国は聖光教を否定はせぬが、聖戦を単独で行うこともできぬ。せめて聖戦の最中に他国が攻めて来ない保証がなければ動くことは無理じゃ。枢機卿と教皇にはその努力を願いたいの。話は以上じゃ」


「お、お待ちください陛下!」


 余は呼び止める枢機卿を無視し謁見の間を後にした。


 ほんにうるさい男じゃ。


 まあこれで時間はだいぶ稼げた。あとはフジワラの街へ使者を送り、帝国貴族と大商人どもの一族の中で重病を患っている者を治療して貰えば良い。その後は王国の真似じゃな。貴族と領民を抑え、聖光教から距離を置く。そのタイミングでメルギスに皇位を譲り、勇者との関係を改善させる。そうすれば帝国も生き残れるじゃろう。うむ、その後は余も気兼ねなくフジワラの街に行くことができ、あのビールをまた飲めるというものじゃ。来年の夏までには飲みに行きたいのう。今から楽しみじゃて。





 ——アルメラ王国 聖光教会本部 教皇 ストロネーク・コニッシュ ——




「そうですか、駄目でしたか」


 私は帝国から戻ってきたミッテルト枢機卿の報告を聞きため息を吐いた。


「申し訳ございません。出兵中の帝国の防衛のことを言われますと無理も言えず……」


「くっ……まさか獣の国だけではなく、王国まで邪教に味方するとは!」


 なんたる罰当たりな! 


「はい、王国と獣王国にはいずれフローディア様による天罰が下るのは間違いないでしょう。怒ったフローディア様が勇者様を遣わされるかもしれません」


「その可能性は大いにありますね。そのためにもこの本部を王国に接収されるわけには行きません」


 聖水が湧き出す泉は移設可能ですが、700年前に勇者様が降臨されたこの教会を失うわけにはいきません。勇者様さえ降臨されれば王国も獣の国も改心させることは可能なのですが……


「はい。しかしながら王家も勇者様の降臨を予想している可能性があります。今でこそ王都での反乱阻止のために軍を本部のすぐ側に駐屯させているだけですが、降臨された時に一気に攻め寄せ勇者様を確保される恐れがあります。それをさせないためにも聖女を手に入れ信者を今一度まとめなければなりません」


「確かに。聖女さえいれば民も聖光教を支持するでしょう。邪教が支持されているのはひとえに聖女の存在があるからですしね」


 やはりフジワラの街に攻めいる必要はあります。ですがどうやって帝国を動かせば……


 私が考えを巡らせていると、ミッテルト枢機卿が緊張した面持ちで口を開いた。


「教皇様。王国と獣王国をこちら側に引き戻すことは現時点では難しいかと。であれば帝国皇帝はどうあっても動かないでしょう。皇帝は先日の敗戦からどうもフジワラの街と敵対することを避けているように思えます。しかしルシオン皇太子は別です。彼はフジワラの街に深い恨みを持っています。彼ならたとえ帝国単独でも、そしてそれにより帝国が他国に攻め込まれようとも聖戦を行ってくれるでしょう」


「何を言っているのですミッテルト枢機卿? ルシオンは来年にも皇位継承権を剥奪され、遠方の土地に幽閉されると言ったのは貴方ではないですか。その力を失ったルシオンに何ができるというのです」


「そうです。ですがそれまではルシオン皇太子は皇太子のままです」


「それはそうでしょうが……!? まさか!」


 皇帝を暗殺するつもりですか!?


「はい。今皇帝に何かあればルシオン皇太子が皇帝になります」


「し、しかし粛清されたとはいえメルギス第二皇子を支持する貴族はまだいるはず。それでは内戦になるのではないですか? そうなれば聖戦どころではなくなりますよ」


「確かに。であれば死なないまでも話せず身体も動かない状態になったとしたらいかがでしょう?」


「……それならば皇帝がどんな形でも生きているのであれば、ルシオンは皇帝代理として力を振るうことは可能だと思います。メルギス第二皇子を擁立する勢力が事を起こそうとしても、皇帝の命令だと言えば味方する貴族も多いでしょう。ですがそんなことができるのですか?」


 皇帝が死なずに生きていれば味方の少ないルシオンでも、皇帝の勅命だと言って皇帝代理として権力を振るうことはできるでしょう。たとえ口がきけなく身体が動かない半死の皇帝の勅命だとしてもです。震える手で勅命を発したとルシオンが言えばその勅命は有効になるでしょう。そして数年その体制が維持できれば、ルシオンが全ての帝国貴族を掌握することは可能でしょう。


 そして掌握したところで皇帝を殺せばルシオンが正式に皇帝となる。ですが帝城の守りは王国に比ではない。現在軟禁されているルシオンにできるはずもないし、そもそもどうやって皇帝を半死というそんな都合の良い状態にできるのか。


「はい。魔国の闇組織が言葉を話せず身体を麻痺状態にする特殊な毒を所持しているそうです」


「なるほど。神経系の毒を死なない程度に調整したわけですか。ですがどうやって皇帝にそれを服用させるのです?」


「その毒は特殊な魔道具を使うことにより空気に混じらせることができるようです。闇組織の者にルシオン皇太子に接触させ、帝城にあると言われている一部の皇族しか知らない抜け道を教えてもらいそこから侵入して皇帝の寝室に入り込み毒を撒けば……」


「それならば確かに可能ですね……ですがその闇組織とどうやって接触をするつもりなのです? 聖光教会が関わったと知られるのは論外ですよ?」


「実は帝国からの帰りにフルベルク公爵家に招かれまして……そこでこの話を伺いました。もちろん直接的にではなく遠回しにですが、公爵なら闇組織との接触も依頼も可能なのは間違いありません」


「フルベルク公爵ですか……確かに彼なら魔国の闇組織を動かせても不思議ではありませんね。そうですか、粛清を恐れルシオンを擁立することに覚悟を決めたというわけですね」


 あのコウモリも四公が次々に粛清されたことに、次は自分ではないかと不安になったのでしょう。こちらからルシオンへ接触するように言っても成果を出さなかったというのに、自分の身が危うくなった途端にこれですか。自分だけで実行せず教会に話を持ってきたのは、依頼にかかる資金の負担と後ろ盾になってもらうためというところですかね。フルベルク公爵らしいといえばらしい動きです。


 まあルシオンに接触して抜け道を聞き出し、帝城に忍び込んで皇帝の暗殺をするなどという依頼するのです。とんでもない大金がかかるのは間違いないでしょう。あのケチなフルベルク公爵が自腹を切るのを嫌がったと考えれば納得です。何よりそれほどの大金が動けば帝国に知られる可能性もありますしね。


 本当に半死にできるのか不安はありますが、このままでは信者が邪教を信仰して行くのを見ていることしかできません。それを阻止できないことはフローディア様への裏切りとなります。勇者様が降臨される前になんとか信者を引き戻さなければ、邪教により世界が汚染されいずれ滅ぶかもしれません。


 つまりこれも聖戦。ならば利用できるものは例え魔国の闇組織でも利用するべきでしょう。世界の平和のために皇帝には半死半生の身となってもらいましょう。


 私はミッテルト枢機卿の提案を受け入れ、すぐに実行するように指示をした。

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