第20話 爆炎



 ——ラギオス帝国 帝城 ウルム・シュバイン公爵——




「ふむ、ミッテルガとルーベルクは潰せそうじゃな」


 私が調べた資料を読み終わった陛下は、羊皮紙を机に置きつまらなそうに呟いた。


 羊皮紙には私と同じ四公であるミッテルガ公爵とルーベルク公爵。それらに従う貴族たちが行った不正行為が書かれている。二公爵家とも長年それぞれが司法局と財務局を統括してきた家だ。この二家が第二皇子のメルギス様へ近付いた時より陛下の命令で調査をしていた。今回はそれら調査結果をまとめたものを提出しただけに過ぎない。


「はい、自分に従う貴族家への偏った判決に公金の横領。公爵家跡取りによる領民の虐殺の隠蔽に、政府に隠れて領民へ重税を課すなど好き放題やっております」


「そうか、叩けば埃どころじゃないのう。で? 蝙蝠のフルベルクはどうじゃ?」


「申し訳ありません。黒い噂はありますが証拠が掴めませんでした」


 内務局長フルベルク公爵。第一皇子、第二皇子、第三皇子の後ろ盾をその時々の情勢によってコロコロと変え、昨年からはメルギス様を支持する動きを見せていた。しかし最近またルシオン様に近づく動きを見せている蝙蝠のような男だ。奴は教会の利権に絡んでいたり、邪魔な貴族を暗殺したりなど昔から黒い噂が多々あった。しかし外務局と情報局の長であるこの私でさえしっぽを掴むことができないでいる。


 国内ではなく他国の闇組織と繋がっているとは思うのだが、それがどこなのか特定ができていない。恐らく最近ルーベルク公爵家の配下のバートラン子爵家が火事を起こし、当主を含む一家全員が焼死する事件にも関わっていると思われる。


 火事の後バートラン子爵家は後継者がいくなったことで、ルーベルク公爵家がバートラン子爵家の親族の中から後継者を決めた。ここまではいい、寄親が後継者のいなくなった寄子の跡取りを決めるのはよくあることだ。


 だが問題は最近王国の教会本部に死んだはずのバートラン子爵家の令嬢らしき娘がいるという報告があったことだ。教皇の側にいるということで近づけず、本人と接触することができないでいるが、フルベルク公爵は聖光教会と繋がりが深い。


 もしかしたら帝国の教会支部を通してバートラン子爵家の娘を献上したのではないかと疑っている。バートラン子爵家の令嬢はまだ十にも満たない幼女ではあったが、将来は帝国一の美女となるであろうと噂されていた。フルベルク公爵と教会の繋がりをより深くするため、その娘を幼女趣味のある教皇に献上したのではないかと。そのためにあの火事を起こし、令嬢を誘拐したのではないかと私は疑っている。


 疑惑だ。あくまでも疑惑だが、フルベルク公爵の周りではこういったことがあまりにも多すぎる。


「なかなか上手くやりおるの……フルベルクを潰すのは難しそうじゃの。まあよい、粛清を始めればそのうちボロを出すじゃろう。ところで貴族たちと民からのルシオンへの評判はどうなっておる?」


「はい。王国相手に大敗したうえに捕虜となり、陛下に領土を諦めさせるという屈辱を与えたことに皆が次期皇帝とするには頼りなしと」


 私が陛下の命令で流した流言だが、思った以上に帝国中に広まっている。


「上手くいっておるようじゃの。一度皇太子にした以上は、簡単に降ろせぬからの。四公の粛清後はメルギスの後ろ盾を頼むぞ」


「はっ!」


「アマーリエと孫には悪いことをしたの」


「いえ……皇位継承ではよくあることですので」


 陛下のご好意で後継者となるルシオン様の正室に我が娘アマーリエを嫁がせたが、まさかこのようなことになるとはな。だが勇者が相手では分が悪すぎる。ルシオン様を皇帝にすれば、帝国が勇者が率いる三カ国に包囲され滅ぶのは目に見えている。


 娘と孫には悪いことをしたが、メルギス様の子には男子がいない。このまま男児が生まれなければ、アマーリエの産んだ孫がメルギス様の後の皇帝になる可能性は残っている。そこに希望を持つしかないか。


「すまぬの。勇者が相手でなければルシオンでもいいのじゃがな」


「仕方ありません。既に三カ国が勇者側に付いているのです。勇者に恨みを持つルシオン様では帝国を守れますまい」


 ルシオン様にリョウスケ殿が勇者であると言っても信じはしないだろう。いや、たとえ信じたとしても、自分の復讐心を先祖の復讐にすり替えて戦いを挑むだろう。勇者単独ならそれでもいい、だが魔国と王国と獣王国が既に勇者側に付いている状態で敵対するのは愚の骨頂。帝国を滅ぼすわけにはいかないのだ。


「そうじゃの、ルシオンは止まらぬじゃろうな。ところであやつの様子はどうじゃ?」


「今のところおとなしく謹慎をしてはいますが、魔人の女を使い潰したようで妻たちを呼び寄せています。フルベルク公爵が会いたいと言っておりますが、一切外部の者とは会わせていません」


「そうか……ミッテルガとルーベルクを排除した後にルシオンの皇位継承権を剥奪する。そしてメルギスを皇太子とする。ルシオンと妻子には南部に領地を用意するゆえ、そこで余生を過ごさせよ。決して政治に関わらせてはならん。怪しい動きをした時は迷わず処罰せよ」


「……はっ!」


 気が重い……皇位継承から外されたうえに帝都から追い出されたルシオン様がおとなしくしているはずがない。恐らくは叛旗を翻すだろう。その時は私の手で始末をつけなければならない。そのような命令をしなければならない陛下もお辛いだろうな。


「そのような顔をするな。ルシオンには余がきつく言っておく。死にたくなければおとなしくしておれとな」


「お願いいたします」


「味方がおらねばあやつも動けまい。それより真聖光教会じゃったかの? あの噂は本当なのかの?」


 陛下が執務机から少し身を乗り出し興味深げに聞いてくる。


「はい、獣王国の第一王女のラティ様のご病気が、真聖光教会の聖女と呼ばれる者の力により治ったというのは本当でした。また、王国で難病を患っていた貴族家の当主が完治して戻って来たこともです。噂を聞きつけた我が帝国貴族も身分を隠して何人か向かっているようです」


 ラティ様が患っていた死病が治ったと聞いた時は耳を疑った。幻獣ユニコーンの角を手に入れたのかと思ったが、そうではなかった。まさかフジワラの街の中にある教会で治してもらっていたとは。しかも聖光教会かと思っていたら、その分派らしき真聖光教会という名の教会だった。


 シスターがいるのは捕虜の時に知ってはいたが、まさか聖光教の分派を作っていたとは知らなかった。そしてその後色々と調べたが、獣王国だけではなく魔国と王国の貴族で難病を抱えている者たちが同じように完治して戻ってきていることがわかった。知らなかったのは帝国だけであった。まあ真聖光教会のある街を攻めたのだから仕方ないことではあるが。


「では本当に伝説の完全治癒のギフトをそこの聖女が持っていると?」


「はい、そうとしか考えられません。ですが聖女クリスが南街の聖光教会にいた時には、そのようなギフトを持っているという話は一切聞いておりません。また、そのようなギフトを持つ者を教会が手放したことも不思議で仕方ありません」


「確かに不思議じゃの。ならば勇者のとこに行ってから授かったということかの」


「恐らくは……」


 戦妃といい勇者の近くには強大な力を持つ者がいたと聞く。恐らくそれと似た現象が起こっているの可能性がある。700年以上、教皇でさえ得ることのできなかった完全治癒のギフトを持つ者が突然、しかも勇者の近くに現れたのだ。勇者の祝福か加護か、そういったものがあると考えるのが妥当だろう。


「なるほどの……我が国の貴族も向かっておるのだったの。戻ってきたら余のところに来させよ」


「はい、そのように手配いたします」


 陛下にそう答え執務室を退室した。


 完全治癒のギフトに真聖光教会か……聖光教会からフジワラの街への出兵要請を受けた時にはそんな話は一切出なかった。ということは聖光教会は真聖光教会のことにまだ気付いていないということか。気付いていれば異教認定して是が非でも真聖光教を潰し、聖女クリスを手に入れようとするだろう。そしてその際の出兵要請はもっと強烈なはずだ。


 だがいつまでも気付かないはずはない。聖光教会が真聖光教会と完全治癒の存在に気付けば、異教徒を討てと発狂するのは目に見えている。王国ほどではないが帝国にも信徒は多い、どうやって出兵要請を躱したものか。


 陛下にはまたご病気になってもらうしかなさそうだな。


 まったく、宗教とは面倒なものよ。



 ♢♦︎♢


10階建てのマンションを建ててから一週間ほどが経過した。


 この間フジワラの街で車の教習と、森の道を走っての実戦教習をカルラやスーリオンたち警備隊の希望者へ3日ほど掛けて行った。


 それからは警備隊用に予備を含め6台のジープを買って配備した。ハマーとは違ってジープは安く、日本円にすると1千5百万くらいだった。いや、十分高いんだけどな。


 ジープを2区の正門の横に作った駐車場に納車した時、みんなの視線が教習に使ったグラディエーターに向いていた。まあ見た目からしてグラディエーターの方がかっこいいしな。でも警備隊の皆に値段を教えたら、ジープの方がいいと首をぶんぶんと縦に振っていたよ。5千万の車に乗っての巡回は嫌だよな。俺も壊れたグラディエーターを見るのは辛いし。


 ジープに機関銃を載せて巡回に向かうスーリオンたちを見送った後は、シュンランとローラ組に別れハマーとグラディエーターの2台で未舗装の道を作るために北へと向かった。ダークエルフたちにはCランクの魔物がいるエリアまでしか道の舗装はさせていないから、それより先は俺がやる必要があるからだ。


 一日中走れば目的地に着くが、夜の森での運転はシャレにならないほど危険なので途中で俺たち用の宿泊所を作ってそこで一泊するつもりだ。


 ちなみに俺はローラが運転しリーゼロットとサーシャが乗るハマーの助手席に乗り、その後ろからシュンランが運転しているグラディエーターが追ってくる形となる。シュンランの車には、助手席にミレイア。荷台に機関銃を構えたクロースが乗っている。


 ローラはかなり運転が上手く、運転しながら前方をふさぐ魔物を氷のギフトで吹っ飛ばしていた。後部座席のリーゼロットも風の精霊魔法で道を塞ぐ魔物を吹き飛ばし、俺は対空専門要員としてペングニルを放っていた。ペングニルだと吹き飛ばすよりも貫通させてしまい倒した魔物が道を塞いでしまうので、ハーピーなど鳥系魔物を相手にするしかないからだ。


 ローラとリーゼロットが吹き飛ばした魔物は、後ろから来るミレイアとクロースが雷のギフトと機関銃でとどめを刺す。そんな連携攻撃をしながら時速60キロを維持して移動した。


 宿泊施設はでかい岩山があったので、そこを地上げ屋のギフトでくり貫き6LDKの部屋を作った。ここは俺たち専用の宿泊所にするつもりだ。


 二つ作った風呂に男女別に入り、みんなで夕食を食べてから持ってきたパソコンでパズルゲームなどをして遊んだ。そしてその日の夜はシュンランと一緒に寝て、いつもより静かに愛し合った。


 何回戦かしたあとシュンランと裸で抱き合いながら眠りにつくと、深夜にシュンランのうめき声が聞こえて目が覚めた。レベルアップしたんだな、これでレベル30かなと思いつつシュンランの手を握って髪をなでてあげると、彼女も苦しそうにしながら俺の手を握り返してくれた。


 しかしそこで思わぬことが起きた。


 なんと握っていた彼女の手から黒い炎が湧き出したんだ。なんだこれ! ってびっくりしていると、その黒い炎がベッドを燃やし始めて軽くパニックになった。このままじゃマズイと思い俺は急いでシュンランをベッドから床に下ろし、腕を上げたままにするように言って玄関に走り消火器を持って燃えるベッドに噴射した。


 しかしどういうわけか消えにくくて、消火に思ったより時間が掛かってしまった。恐らく水じゃ消えなかったかもしれない。火が消えたのを確認した俺は、シュンランを抱きかかえ風呂場まで急いで走った。それからは何事かと集まるミレイアやサーシャたちを無視してずっとシュンランの腕にシャワーで水を掛けてたよ。やっぱり水じゃ黒い火は消えにくかったが、まったく効果が無いわけではない。俺は水をシュンランの腕にかけ続け、ローラにシュンランの腕の周りを凍らせてくれと頼んだ。しかしその氷も黒い炎が爆発して破壊された。どうなってるんだこの炎と思いつつも必死で水をかけ続けていると、シュンランのレベルアップが終わったのか彼女の身体が動くようになり黒い炎が収まった。


 俺や様子を見に来たみんなも驚いていたが、当事者のシュンランが自分の腕を見つめ一番驚いていた。そしてこう呟いた。『もしかして爆炎のギフト?』と。


 爆炎ってまさか爆炎の魔女と呼ばれたシュンランのお母さんが使っていたという、炎の派生ギフトのことかと聞くと彼女は色は違うがそうかもしれないと答えた。


 それから彼女は迷惑をかけたとみんなに謝ったあと、バスローブを羽織り少し確認してくると言って部屋の外へと向かった。俺たちもその後を着いて行った。


 外に出るとシュンランは早速腕から黒い炎を出し、周囲の木を燃やしていった。次に黒い炎を球状にして飛ばしたと思ったら、着地と同時に激しく爆発した。それだけじゃない。腕から黒い炎を出していないのに、遠くにあった木がいきなり爆発したりもした。まさにシュンランから聞いた、彼女の母親が使っていた爆炎のギフトそのものだった。


 俺がすげえ、これが爆炎のギフトかと口ずさむと、隣にいたリーゼロットがあれはギフトじゃないと否定した。どういうことだと聞くと、どうやらシュンランが出す黒い炎からは魔力を感じるらしい。精神力を消費するギフトからは魔力は感じないから、あれはギフトじゃないそうだ。


 ということはもしかしてあれって黒竜種のブレスか何かなのか? レベル30になったのをきっかけに発現した? レベル20の時に何もなかったのは、ミレイアの魅了の時同様に魔力が足りなかったからか? ブレスっぽくないのはシュンランの母親のギフトの特性を受け継いでいるから?


 そんなことを考えていると、黒い炎で周辺の森の木を燃やし破壊し尽くしたシュンランがじっと腕を見つめたあと俺たちの所へと帰ってきた。そしてやはり精神力が減ったという感覚がない。爆炎のギフトと似た効果がある竜人族のブレス……なのかもしれないと言っていた。ブレスと口にしてはいるが、シュンラン自身竜化もできないのになぜ使えるのか不思議に思っているようだった。そもそもブレスは口から出るのに腕から出ている時点でおかしいし。


 そこで俺が推論としてレベルアップのことを隠しつつ、竜人族の能力が開花したんじゃないかとみんなに説明した。ブレスっぽくないのは、母親のギフトの特性も引き継いでいるのではないかと。


 そんなの聞いたことないってローラとリーゼロットに突っ込まれるかなと思ったが、そんなことはなくみんな納得してくれた。ローラとリーゼロットが薄っすらと笑みを浮かべてわかってるって顔をしていたことから、もう完全にバレてるなと思ったよ。俺も苦しい言い訳をしているのは自覚している。


 それから朝までまだ時間があるから寝直そうということになり、俺はシュンランを連れて部屋へと戻った。そして原状回復で部屋を直し二人でベッドに横になった。シュンランは上機嫌だったよ。笑顔で父上と母上の能力を引き継げたって、母上のように爆炎を操れるようになったってそりゃあもう子供のように喜んでた。あんなにはしゃぐシュンランは初めて見たかもしれない。


 しかしレベルアップにより得た身体能力と、膨大な魔力を使っての爆炎の魔法。進化はしないが先代勇者が残した青龍戟。ハッキリ言って彼女は俺より強いかもしれない。もうシュンランが勇者でいいんじゃないかと思った。


 そんなことを考えながら嬉しさで興奮覚めやらない彼女の話をベッドでずっと聞いていたらいつの間にか朝になった。


 そして皆で朝食を食べ、クロースがシュンランに『ずるいぞ! 私も爆炎の魔術師になりたい!』『爆炎魔法を放つ前はザーザードザーザードと詠唱をするのだ! 魔法名はべノンだからな!』と騒ぎ、いつもより機嫌の良いシュンランにハイハイと軽くあしらわれる姿を皆でまたかと笑いながら見ていた。ミレイアだけ引き攣った笑顔に見えたのは、多分また詠唱を強要させられるかもしれないと思っているからかもしれない。


 それから皆が着替えてから部屋を出て、無限袋に閉まっていた車を出して午前中にはダークエルフたちが舗装した道の最終地点に着くことができた。


 そこからは俺とシュンランで木を切ったり爆散させたあと、地上げ屋のギフトで道を作りながら前進して行った。


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